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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:5 さあ、神に抗おうではないか
53/176

5-4 乙女よ大志を抱け

  

 彼と初めて会ったのは、パラベリウのとある街。

 まだイサギが旅に出て間もない頃だった。

 

『俺様はこの国のために働くつもりだぜ。

 だがな、最低限この俺様が認めた相手だけだ』 

 

 そう言って、“彼”は両刃のブロードソードを抜いた。

 

『腕試しだ、小僧。

 俺様を納得させてみろ。

 それができたなら、お前と一緒に行ってやる。

 地獄でも魔王城でも、どこまでもなあ!』

 

 初めて手合わせをしたとき、イサギは負けた。

 それも、歯牙にもかけられなかった。

 当時25才のその戦士は、すでに傭兵の中で最強とうたわれていたのだ。

 異世界へ来て間もないばかりのイサギに太刀打ちできる道理はなかった。

 

 けれど。

 イサギはやられてもやられても、

 何度でも立ち上がった。

 諦めるわけにはいかなかった。

 

 その時、プレハは敵の手に落ちていたのだ。

 たったひとりでイサギは敵の本陣に乗り込もうとしたけれど、

 当時の自分はまだ、あまりにも弱かった。

 

 それではプレハを助けられない。

 

 イサギは己の弱さを認めて、嘆いた。

 それでもプレハを助けるために、涙を流しながら彼を頼ったのだ。

 

 命尽きる寸前まで彼に挑み、イサギはその末に認められた。

 彼率いる傭兵団と共に、魔帝軍に対抗した。


 そうして、プレハを助けることができたのだ。


 傭兵王バリーズド。

 三年の間、旅をした師であり、友人であり、

 また、頼れる兄のような存在だった。

 

 

 

 

 馬車に乗っても、まだ姉の意識は戻らなかった。

 あと少しはこのままかもしれない。

 

 命には別状はないけれど、悪いことをしてしまった。


 とりあえず、なにかに気づかれてしまった場合、

 イサギは身の潔白だけは証明しようと思う。


 寝そべるアマーリエを支えながら、フランツは楽しそうに鼻歌を歌っている。

 目が合うと、彼は微笑んできた。

 

「なあ、フランツ」

「うん? なになにどうしたか?」

 

 イサギから話しかけてくることは珍しい。

 彼はこちらに身を乗り出してきた。

 支えを失ったアマーリエの頭が椅子に激突してゴン、と音を立てる。


 ……大丈夫かよ、と思ったが。

 アマーリエは微動だにしない。

 頬をかく。


「……えっと。

 君たちの剣術について聞きたいんだ。

 一体誰に師事したものなんだ? 珍しい、だろう?」


 わずかな期待を込めて尋ねる。

 だが、可能性は薄いものだと思っていた。

 

 イサギがいなくなってから20年間だ。

 バリーズドが冒険者ギルドの長に収まったというのなら、

 彼の使っていた独特の剣法も、世界に広まっていてもおかしくはない。


 けれど。

 フランツはニコッと笑う。


「うん! おれたちな、とーさんに習ったんだぜ!」

 

 まさか。


「……もしかして君たちの父親は、もしかして、

 あの、ギルドマスター・バリーズド、なのか?」

 

 その言葉を聞くと、フランツは視線を左右に動かしてから。

 バツが悪そうに笑う。


「う、うん。いちおーな。

 バレちゃったら仕方ねーなあ」

 

 隠す気などなかったような顔だ。

 照れた彼は、頭をかく。


「ねーちゃんは、人にはあんまり言うなって口酸っぱいんだけど、

 でも、とーさんの息子であることは、おれの誇りだからさ。

 だから、いつだっておれは胸を張って言いたいんだ」


 えへん、と胸を張りながら、

 フランツは言い放つ。


「おれこそがギルドマスター・『戦聖』バリーズドの次男、

 フランツ・ビビッドだって、な!」

 

 彼はそう言ってニッと笑った。

 そのあどけない顔の造形はとてもあのバリーズドとは似ていなかったが……

 だが、彼の面影のある、爽快な笑みだった。

 

「もしかして、にーさん、

 とーさんのことを知っているのか?」

 

 純粋な目で尋ねられて、イサギはどう言おうか迷ったが。

 うなずく。


「ああ、そうだな……

 ……古い、仲間だ」

 

 イサギのその言葉を、

 フランツは「おおおおぉ……」と、憧れるように受け止めていた。

 

 

  


 イサギがバリーズドの仲間だと聞いて、

 意識を戻したアマーリエは、ある意味で納得したようだった。


『冒険者でもないのにあんなに強いなんて、おかしいと思ったわよ』

 

 それが彼女の感想だった。

 

 その日の宿に泊まったが、アマーリエに変わった様子はなかった。


『……打ちのめされたことは、いいわ。

 結局は、あたしがイサくんより弱かった、ってことだもの』


 ……下着についても、なにも気づいたことはないようだ。

 

 友人の娘を汚してしまったことについて、

 イサギはしばらく苦悩していた。


 その間、やけに優しかったイサギについて、

 アマーリエは不審そうな顔をしていたのだが。




 ◆◆


 


 馬車での移動中、せっかくなのでイサギは姉弟に術式を教えていた。

 特になにか見返りを求めていたわけではないが、彼らに教師を頼まれたのだ。

 

 アマーリエは「遠距離攻撃手段がほしい!」と言い、

 フランツは「いつもダウンするねーちゃんに治癒術をかけてやりたい」と言う。

 

 どうせひとりでも術式の修行はするつもりだったのだ。 


 バリーズドの娘と息子だということを考慮すれば、

 タダで教えても良かったのだが、そこはアマーリエが譲らない。

 ならばついでに旅費も稼がせてもらうことにする。


 世間の相場はよくわからなかったので、

 アマーリエが申し出た金額の八割で引き受けた。

 

 ふたりとも“魔視”自体は覚えていたため、飲み込みは早かった。


 素質はどちらかというとフランツのほうがあるようだ。

 少ない魔力量で、効率的に法術のコツを身につけてゆく。

 アマーリエはイサギが放った氷の魔術がお気に召したらしい。

 何度やっても失敗ばかりだったが、それでも繰り返し反復練習を続けている。


 ふたりとも、驚くほどの勤勉さだった。

 恐らく冒険者という稼業により、あらゆる技術を己の糧にしようと必死なのだ。

 彼女たちはまさしく競争社会の最先端を走るエリートだ。

 


 また、教えていたのは術式だけではない。

 早朝など、時間のある日には剣術の訓練も行なった。

 

 といっても、すでに彼女たちの技術は完成の域に達している。

 もはや口出すことなどない。

 

 と、言ったのだが。


「じゃあなんであたしは父さんとか、イサくんに勝てないのよ!

 そんなのおかしいでしょ! おかしいわよ!」


 などと食ってかかられてしまった。

 

 イサギは銀鋼の剣を肩に担ぎながら、語る。


「違うんだよ。バリーズドが使っていた剣技は邪剣だ。

 ひたすらに相手の裏をかき、奇抜な攻め手で圧倒する技術だ。

 正式剣術が蔓延しているスラオシャ大陸で、

 それに対抗するために傭兵の間で生まれて、バリーズドが完成させたもんなんだ。

 いわば、奇襲攻撃ってところだな」

「でしょ! すごい技なのよ!」

 

 アマーリエは目を輝かせながらうなずく。

 口ではなにかと言うが、実際は父親をとても尊敬しているのだろう。

 うなずきながら講釈を続ける。


「ああ、すごい。

 正式剣術をより深く知るものには、非常に効果的だ。

 だがな、俺もバリーズドも邪剣使いなんだよ」

「ええー……」

「同じような流派同士だったら、

 経験、筋力、闘気、思考瞬発力、そういったもので勝敗が決着する。

 どれも今のアマーリエには足りていないものだ」

「むむむ……」

 

 彼女はうなりながら斬りかかってくる。

 イサギはその剣撃を難なくさばく。

 

「ま、少しは俺も正式剣術を使えるからな。

 せいぜい経験値を稼いでくれな」

「ご親切にどうも!」

 

 つんのめりながらも態勢を変えて、再び襲い掛かってくるアマーリエ。

 柔軟性も体幹もよくできている。

 こいつは強くなるな、とイサギは剣を弾き返しながら思っていた。

  

  

 

 ◆◆

 

 

 

「イサくんってさ、普段なにをしているの?」


 その日は馬車のメンテナンスが入っているらしく、

 丸一日の休暇が与えられていた。


 さすがにトッキュー馬車は痛みも激しく、

 数日に一度は部品交換や調整が必要らしいのだ。


 いつものように宿屋のベッドに寝転がっていると、

 ふいにアマーリエに尋ねられた。


「……俺か?」

「なんで意外そうな顔しているのよ。

 イサくん、って普通に聞いているでしょ」

「えーと」

 

 イサギは頬をかく。

 そんなことを質問されたのは初めてだ。

 

「だって、いっつも腕組みしながら壁を睨んで、

 難しそうな顔をしているでしょ? 

 なにしているのかなーって」

「術式のコードを空に描いてみたり。

 投擲術の練習をしてみたり、しているな」

「あ、投擲術って、あのボルトを投げつけたときの?」

「ああ。俺は元々あまり術が得意じゃなかったからな。

 遠距離攻撃の手段を確保するために、相当修行したんだぜ」

「へええー」

 

 アマーリエは目を輝かせながらこちらを見つめてくる。

 彼女はこういった単純な鍛錬の話題に弱いらしい。


「ねえねえ、それってあたしにもできるかな?」

「さて、どうかな。

 俺は三年練習して、あれぐらいの腕前だ。

 闘気のコントロールができるなら、俺よりもっと早く習得できるだろう」

「ねえねえ、あとは? 

 あとなにかやっていることとかあるの?

 イサくん、あたしに教えてよ」


 せがまれて、イサギは顎をさする。


「うーん……あとはそうだな、

 他にもやることがないときは、フレーズを考えたりしているな」

「え?」

 

 アマーリエの笑顔がミシリと凍りつく。


「術名とか、口上とか、相手をビビらせる言葉とかさ」

「なんのために?」

「いやだって、いざってときに言えたらさ。

 そっちのほうがカッコ、いい……」


 言いかけて、やめる。

 同じ過ちを何度も繰り返してはならない。


「……いや、いい。なんでもない」

 

 それに、きっと彼女にこのロマンは理解できないだろう。

 アマーリエは急に現実に戻ったような顔でこちらを見やる。


「全然意味わからないけど……

 そんなこと、ずっとひとりで考えているの?」

「まあ……」

「イサくんって思っていたより、ずっと寂しいね」

「……」

「なんかかわいそう」

 

 同情されてしまった。

 眼差しが暖かい。

 なぜだろう。


「えっと……その、

 あたし、今から買い出しに行くんだけど、一緒に行く?」

「えーと……」

 

 なんだか哀れんでもらっている気がする。


「荷物の番ならフランツにさせるから、さ、いこいこ」

「あ、ああ」

 

 無理矢理、腕を引っ張られてしまう。


 まあいいか。

 どうせ宿にいても、彼女に言ったようなことしかしていないのだ。

 イサギは剣を腰に下げ、アマーリエについていくことにした。





 街に買い出しに来ていたイサギとアマーリエ。

 そこでイサギはこの大陸の現状を目の当たりにする。

 

 通りを歩くエルフ族の姿だ。

 メモを片手に首にチョーカーを巻いた女性が、身振り手振りで買い物を行なっていた。

 エメラルドグリーンの髪と瞳。装いは綺麗にしているが、間違いなく奴隷だ。

 それを見た瞬間、イサギは頭を殴られたような衝撃を覚えた。

 

「……エルフの、奴隷、か」

 

 20年前までは共に肩を並べていた種族が、今はこうして虐げられている。

 その光景は、無常感を誘った。


「あたし、ああいうの好きじゃないわ」

 

 携帯食料の詰め込まれた布袋を担いでいたアマーリエは、眉をひそめる。


「人の命を金銭で売買しようだなんて、なんか、傲慢だわ」

「……そうだな」

「あたしは強くなったら、

 この世界で納得のいかないことを次々と正していきたいの。

 女の子が花嫁衣裳も着られないような世の中は、嫌だわ」

「へえ」

 

 イサギは少し笑ってしまう。

 すると、聞きとがめられた。


「なっ、なによ! なにがおかしいのよ!」

 

 顔を赤くした彼女に指を突きつけられる。

 失言だったかな、とは思いつつも。


「いや、アマーリエにもそういう願望があったんだな、って。

 剣の道に生きるのかと思っていたよ」

「そ、そりゃあるわよあたしだって!

 お、お、おかしなことじゃないでしょ!?

 ずーっとフラちゃんの面倒だけ見ているわけじゃないんだもの!

 お……おんなのこ、なん、だから……!」


 左右に視線を忙しなく動かして、彼女は肩を縮こまらせる。

 その態度が面白くて、つい言及してしまう。


「どんな相手がいいんだ?」

「……そ、そうね。

 とりあえず、あたしより強い人が最低条件ね」

「途端になんだか難しくなった気がするぞ」

「そんなことないわ。別に腕っ節じゃなくてもいいの。

 心が強かったり、人間的に強い人ならいいんだから」

 

 開き直ったのか、アマーリエは自ら進んで話し出す。


「一生の問題なんだから、本当に慎重に決めたいわね。

 燃えるように愛し合った人だとか……

 優しいのは絶対だわ。同じ冒険者の人だったら嬉しいけど、

 でも危ない商売だから、ギルド職員みたいな堅実な人もいいかも」

「公務員みたいなものか」

「こうむ……? まあ、それはいいけど。

 でも、やっぱりあたしこんなのだから、なかなかいい人が現れないんだけどね。

 ホントはもう15才でいつでも結婚できるようになっちゃったから、

 そろそろ相手を探さなきゃいけないんだけど……」

「理想も高そうだしな」

「当たり前よ。あたしは強いのよ。

 そこらへんの人で妥協なんてしたくないもの」

 

 アマーリエは目を瞑りながら胸を張る。


「今は女性でも、剣一本でどこまでも成り上がれる時代よ。

 冒険者ギルドは本当に素敵な仕組みだわ。

 あたしはこれから先もずっと、人のためになるようなことをしていくんだから。

 冒険者ランキング一位のあたしに相応しい人じゃなきゃ」


 そう言って笑う彼女の姿は、少し眩しくて。

 イサギはバリーズドに夢を語らっていたときの自分を思い出す。


 冒険者ギルドはこんなにも人に希望を与えているのに。

 その一方で、なぜ他種族を蹴落とさなければならなかったのか。


 アマーリエのように、信じてくれている人もいるのだ。

 彼女たちの夢を砕きたくはない。

 イサギは薄く微笑み、彼女の背を押す。


「がんばれよ、アマーリエ」

「別に、イサくんに言われなくたって、頑張るわよ」

 

 いー、と歯を剥く彼女を、イサギは複雑な気持ちで見つめていた。

 

 

 

イサギ:闇に生きる自分にとっては、<スターダム>の姉弟がとても眩しい。


フランツ:強い男に憧れる。イサギにーさんに徐々に傾倒してゆく。

アマーリエ:強い男に憧れる……けれど、イサギはなんだか違うような気がしている。夢を追いながらも現実的。クラスの男子の馬鹿騒ぎも冷ややかな目で眺めているタイプ。

 

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