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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:5 さあ、神に抗おうではないか
52/176

5-3 元勇者、一蹴する

  

 現在の状況を整理しよう。

 まず、馬車は進路を丸太で塞がれて、立ち往生。

 馬車は構造的にひとりでバックすることができないため、

 何人かで手伝わなければならない。

 

 次に、御者はほぼ戦闘能力のない若者。

 なんでも、Eランク冒険者の免許を持っているらしいが、

 それも全て荷物運びのクエストの成果のようだ。

 

 さらに<スターダム>のふたり。

 姉のアマーリエは目を回して地面に倒れこんで、

 弟のフランツは彼女を守るために動けない。

 肝心なときにこれで、よく冒険者ランクB級まであがれたものだ、と思う。

 

(さて)

 

 そして、自分たちは四方八方を囲まれている。

 イサギは顎をさすり、考える。

 

(“どこまで”やるかね)


 人の目がある中、あまり派手に暴れたくはないが。

 まあいいか、どうせ短い付き合いだ。

 

 いつものように、やろう。

 

「お前たち!」

 

 森の中にいる気配に向かって、怒鳴る。


「トッキュー馬車を襲って金品を強奪するつもりだろうが、無駄だ!

 今回この馬車に乗っているのは貴族などではない! 冒険者である!

 戦おうと思っているのなら、やめておけ! 死人が出るぞ!」

 

 それを証明するように、イサギはコードを編んだ。

 彼の頭上で火球が弾け、地面に火の粉を降らせる。

 以前、シルベニアが自分たちに見せてくれた、花火を作る魔術だ。

 

 こっそりと訓練していて良かった。

 とっさに放った魔術は100点の出来だった。

 こんなときにしか使う機会はないだろうが。

 

 さて、どう出るか。


 射出音がした。

 クロスボウだ。

 狙いはイサギではない。

 ボルトはまっすぐに馬を狙っている。


 まず先に機動力を奪おうとしたのだろう。

 その判断は正しいが、正しすぎて見え見えだ。


「センチネル!」

 

 イサギはあらかじめ法術を用意していた。

 障壁に守られた馬はボルトを弾き返し、無傷。

 

 イサギは再び叫ぶ。

 

「もう一度だけ繰り返す! 今すぐ武装を解除してこの場から去れ!

 さもなければ、お前たちは一瞬にして皆、死体となる!

 できることならば、俺も殺したくはない! ここからいなくなれ!」

 

 その大喝は、森の木々の葉を揺らすほどに響く。

 アルバリススの言語は全ての種族で共通だ。

 多少なまりの差があるとはいえ、それが理解できないということはないだろう。


 姉弟はどちらも呆気に取られた顔でイサギを見上げていた。

 普段はどこか掴みどころのない彼の、本当の姿を今見ているのだ。

 

 だが、イサギのその警告に対する返答は、雨のような矢だった。

 全て、術師であるイサギを狙っていた。

 ボルトは吸い込まれるようにしてイサギに突き刺さったかのように見えた。

 

 ギルド<スターダム>の姉弟だけが、神業のような彼の指先に気づいていた。


「馬鹿野郎どもが」

 

 イサギは吐き捨てるようにつぶやく。

 その指の間には、射出されたボルトが収まっていた。

 十七本。少なくとも射手は十七人。


「来世では、命を粗末にするんじゃねえぜ」

 

 体勢を低くし、イサギは両腕を鞭のようにしならせた。

 そして、投げ返す。

 十七本の矢を、まったく同じ方向――十七人の首に。

 悲鳴も上がらずに、森の中から人の気配が失せる。

 

 林間から剣士たちが飛び出してくる。

 人間族ではない。小鬼のような姿をしたゴブリン族だ。

 行き場を失った、哀れな男たちなのだろう。

 こうして追い剥ぎをすることでしか生きていけないものたちだ。

 同情はするが、だが、それだけだ。

 

 ゴブリン族の剣士は十三人。

 馬車の上から彼らを見下ろし、イサギは剣に手をかけた。

 が、考え直す。

 

「……いや、こっちにするか」

 

 その体勢のまま、魔世界にコードを埋め込んでゆく。

 普段から練習をしていた魔術だ。

 この程度の相手に通用しなければ、戦場では到底役に立たない。


 わずかな時間で正確な絵を描く。

 広範囲に及ぶ威力は必要ではない。

 人をひとり殺すのには、一本の針さえあればいい。


「フォースブリザード!」

 

 その発声により、魔世界がひび割れる。

 空気が軋む音がして、空中には十三本の小さな短剣のようなつららが出現した。

 短剣は重力に引き寄せられて次々と地上に落ちてゆこうとする。


 イサギは剣を抜き打ち、その腹で氷の刃を撃ち出す。

 

 出現さえさせれば、標準も投擲も必要ではない。

 どちらもそれは、自分がやる。

 果たしてこれを魔術と呼んでいいのかどうかは疑問であったが。

 

 イサギが銃弾のように打ち込んだ魔術の氷は、

 ほぼ確実にゴブリンの心臓に突き立てられていったが、

 たったの一本だけそうはいかなかったものがあった。

 イサギの剣の威力が強すぎて、空中で砕けてしまったのだ。

 

 生き延びたゴブリンは、全ての仲間が絶命したことも知らずに斬りかかる。

 その目標は<スターダム>だ。

 

 姉も弟も反応が遅れた。

 どちらもイサギの姿に見入ってしまっていたのだ。

 慌てて剣を抜くが、ゴブリンはすでに間合いの中。

 小鬼は錆びついた曲刀を掲げて、叫ぶ。

 

 だが、その声がノドから発せられることはなかった。

 姉弟の前に立つイサギが、彼を頭頂部から薪割りのように両断していたからだ。

 

 いつの間にそこに現れたのかすら、わからない。

 まるで幻影のように見えたかもしれない。

 血の跡もついていない剣を鞘にしまいながら、眼帯の少年は振り返る。


「悪いな。怪我はないか?」

 

 姉弟はなにも返さず、なにも言えなかった。


「やれやれ……

 死体を集めて焼いて、それから丸太の撤去作業か。

 いつまで経っても慣れないもんだな、こういうのは……」


 ただ、彼の鮮やか過ぎる手並みに、目を奪われていたのだった。

 

 

 

 

 まるで物語の中の英雄のようだった、と。

 アマーリエは言った。

 

 その日から姉弟の態度は変わった。


 イサギは半分は諦めていた。

 恐らくそうなるだろう、と思っていたのだ。

 怖がられて、距離を離されるのだろう、とも。

 だがそれは、少しイサギの予想とは違っていた。

 

 アマーリエがこちらを見る眼差しに、尊敬の色が交じるようになった。

 フランツはあからさまにイサギに対して馴れ馴れしくなり、

 身の回りの世話を率先して行なってくれるようになった。

 

 ふたりとも、イサギの人間離れした強さを見て、

 印象がプラスに働いたようなのだ。

 これはイサギの予期しなかった事態だ。

 

 かつてのアルバリススでは、イサギの桁外れの強さは恐怖の対象だったのに。

 これも20年の時代の変化なのだと感じる。

 冒険者という制度の誕生により、強者は敬われるものへと変わったのだ。

 

 というわけで。

 

「あ、あのさ、

 イサくん、ちょっと付き合ってもらえる?」

 

 宿屋で鞄の整理をしていたところで、アマーリエに声をかけられた。

 朝方。まだ出発までは時間がある。

 

 気丈な彼女だが、普段とは変わって、

 なにやら居心地悪そうに視線をあちこちにさまよわせている。

 言いづらい用事だろうか。


 ふとデジャヴを覚えた。

 以前にもこんなことがあったような気がする。

 ……あの時の相手は男だった。

 

「すまない、俺には心に決めた女性がいるんだ」

「はあ……?」

 

 アマーリエは怪訝そうな顔をしていたが、すぐに首を振る。

 

「よくわかんないけど……

 その、あたしと手合わせしてもらいたいのよ。

 ……イサくん、ホントはとんでもなく強いみたいだから」

「ははあ」

 

 合点がいく。

 向上心のある少女だ。


「……イサくんには、恥ずかしいところ見せちゃったし」

「野盗相手に遅れを取ったことか」

「……そうよ。

 言い訳をするのは冒険者道に反するかもしれないけれど……

 ふ、普段のあたしだったら、あんなやつら秒殺だったんだからね。

 そ、それも、証明しようと思って!」

「別に疑っちゃいないよ」


 イサギは肩を竦める。

 立ち振る舞いを見れば、その人の力量の下限ぐらいはわかる。


「ううう……!」


 アマーリエはサイドテールを揺らしながらうめく。

 よっぽど悔しかったと見た。


 しかし、20年前は誰もが疲れ果てたような顔をしていたのに。

 今の時代は違うのだろうか。

 少し、不思議だった。

 

「あのさ、アマーリエさ。

 お前、どうして強くなりたいんだ」

「え?」

「冒険者でB級って言ったらなかなかのものだろ。

 普通に生活をする上で不自由なんてないはずだ。

 なのに、どうしてあえて危険な道を選ぶんだ?」

「……それ、言わなきゃ駄目かしら」

「いや、別に。ただ気になっただけさ」

 

 アマーリエは少しの間、赤毛をもじもじとイジっていたが、

 やがて意を決したようにこちらを見やる。

 

「イサくんだから言うんだからね」

「光栄だな」

「……他の人は知らないけど、さ」

 

 アマーリエはブロードソードを持ち、腕を組む。

 

「あたしには具体的な目標があるのよ。

 まずはその人に勝てるように鍛錬しているの。

 冒険者ランキング一位を目指すのは、その次ね」

「へえ……ライバルか、目標か。

 その口ぶりじゃ、相当やるんだろうな」

「そりゃそうよ。イサくんよりも強いに決まっている」

 

 イサギの剣技を間近で見た彼女が断言するのだ。

 よっぽどの人物だろう。

 興味がそそられないと言えば嘘になる。


「ふーん。

 ダイナスシティにいるのか?」

「うん、まあ……

 なんか、死にかけているみたいなんだけどね……」

「え?」

「わたしたちを勝手に遠ざけておいて、

 それで勝手に死にそうになっているのよ。

 意味わかんないわ。

 会ったら思いっきりズレを正してやるんだから……」

「死にかけているやつ相手に拳を握って見せるなよな」

「これは例えよ、例え」

「ホントかよ」


 宿の階段を降り、食堂を横切ると焼きたてのパンの香りがした。

 忙しなく働いている婦人に頭を下げて、外へと向かう。


「そういえばさ、初めて会ったとき、言ってたよね」

「ん」

「ミスター・ラストリゾートは死んだ、って。

 そのときの顔が、なんだかすごく寂しそうだったから……

 その、ひょっとしてその人のために、ダイナスシティに行くかな、って」

「……それは、難しい質問だな」

「え?」

「哲学めいていると言っても過言ではない」

「てつが……え? 何?」

「確かに俺が戦うのは、ミスター・ラストリゾートへのレクイエムとも言える。

 けれど、彼がなぜ生まれなければならなかったのか、も熟慮しなければならない。

 ミスター・ラストリゾートは人の願いを叶えるためのペルソナだ。

 彼が本当に安らかに眠れるような世界を、俺は作りたいと思う」

「えっと……

 イサくん、日常会話さ」

「できる」

「イサくんって、その、

 ちょっと変わっているわよね」

「……」


 ズバリと言われて閉口してしまう。

 なかなか率直にものを言うお嬢さんだ。


 変わっているのだろうか。

 そうかもしれない。

 ……アマーリエの質問に、素直に答えただけなのに。

 

 彼女と話しながら宿屋の裏の空き地に回る。

 

 アマーリエはマントを脱ぐ。

 上はシンプルなシャツ、

 下にはスリットの入ったロングスカートを履いている。

 いつもの凛とした剣士姿だ。

 

 向かい合って、わずかに距離を離す。 

 

「おひとつ、胸をお借りします」

 

 アマーリエは丁寧に頭を下げた。

 そう言われると、悪い気はしないけれど。

 

 頭をかく。

 

「ま、好きなように打ち込んできなさい」

 

 イサギは剣を抜き、それを立てて構える。

 年下相手にこうして剣術の稽古をするのは、生まれて初めてのことだ。

 イサギとしても、多少緊張してしまう。


「いきます」


 アマーリエは切っ先が地面につくほどに低い体勢だ。

 戦士としては小柄な彼女――女性としては標準的な体格だ――がこういう構えを取ると、

 剣の出処がほとんど見えなくなる。

 

「……ん?」

 

 再び、わずかな既視感。

 彼女は地を滑るように駆けてきた。


「はああああああ!」


 アマーリエの鋭い瞳がイサギを貫く。


 その瞬間、イサギの脳裏に記憶がフラッシュバックした。

 

 彼女の姿が、とある知り合いと重なる。

 大陸正式剣術ではない。

 彼女のこれはかつてひとりの傭兵が扱っていた邪剣だ。

 相手を制するのではなく、殺すことに長けた技術。

 イサギのそれと同質のものだ。


 頭の中に猛将の咆哮が響く。


『てめえが伝説の勇者だってんならなあ!

 その実力、俺様に証明してみやがれェ!』 

  

 イサギの体は自然と動いた。

 変幻自在の剣撃に付き合う必要はない。

 それよりも早く、その体を断つ。

 踏み込み、掲げた剣を渾身の力で振り下ろす。


 光が瞬く。


「――」

「っ」

 

 気づく。


 イサギは彼女の眼前で剣を寸止めしていた。

 あとホンの少しでも力を加えたら、

 アマーリエの顔は真っ二つになっていたかもしれない。


 イサギの全開の殺気を間近で叩きつけられて、彼女はその場にへたり込む。

 魂が抜けたような表情をしている。


 しまった。


「お、おい、大丈夫……

 ……な、わけねーよな」

 

 彼女は焦点の合わない視線を地面に落としている。

 顔の前に手を振っても、反応がない。

 

 それどころか。


「……年頃の娘さんに、やっちまった」

 

 顔を手で覆う。

 

 ぺたんと座り込んだ彼女のスカートが、濡れていた。

 漏れ出た小水は、そのまま土を潤す。

 スカートの奥にある黒い下着も、わずかに変色してしまっていた。


 うめく。


「……どうするんだ、これ」

 

 ここに放置していくわけにはいかないだろう。

 もう一度思う。やってしまった、と。


 幸い、彼女の意識は戻らない。


 ということは今のうちにアマーリエを全裸に剥いて、

 彼女とその洋服を魔術によって水浸しにし、

 熱風の魔術かなにかで乾かしてしまえばいい。

 証拠隠滅が可能だ。

 

 と、考えてイサギは首を振る。


「……できるわけがない」

 

 誰かに根性なしと罵られたような気がしたが、気のせいだ。

 リミノが黒板に描いた『責任』の二文字が重くのしかかる。

 

 宿屋の人を呼んでこよう。そして、風呂に入れてもらおう。

 それがいい、それが一番だ。

 

 ちらり、と横目に彼女を見やる。

 真っ白な太ももは形が整っていて、美しい。

 アマーリエは綺麗な娘だ。

 普通の男性ならば、こういった光景を見て、

 なにかしら劣情を抱いてしまったりするのだろう。

 だけれど。


 その姿が、その肢体が一瞬、見慣れた初恋の人の姿に重なる。


(……プレハ) 

 

 イサギは思わず口元を手で押さえた。

 最近、女性がふとしたときにプレハに見えてしまう瞬間がある。

 だいぶこじらせているな、と思う。

 

 イサギは頭を振りながら、宿に戻る。

 

(やっべーな、プレハ……

 このままだと俺、お前に会わないと、

 ホント悟りを開いちまうかもしれねーぞ……)

 

 使わないのだから必要ないだろう、と思い込んだ下半身のある部位が機能を失ってしまう。

 そんな未来も、もしかしたらあるかもしれない、などとイサギは恐れを抱いていた。

  

 

 

イサギ:色んな相手を一蹴する。彼が戦う理由はミスター・ラストリゾートへのレクイエムであることがついに明かされる。最近の一番の幸せは、夢でプレハと会えたとき。


アマーリエ:赤毛の剣士。15才。SPDは100前後といったところ。イサギのよく知る邪剣の使い手。見せられないよ第二号。

フランツ:姉を守ろうと思って剣を抜くけれど、イサギの活躍に見とれてしまう。「にーさんすっげー!!! かっけー!!!!」状態。

 

山賊:特にありません。

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