表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:4 鞄には愛だけを詰め込んで
46/176

4-9 フライングゲット

   

 魔王城の前。

 そこのお姫様と押し合いへし合い中だ。

 一体何をやっているのだろう自分たちは、と思う。


「すぐに済みますから、イサさま。

 難しいことはなにもありません。

 それにとっても気持ちいいものだって、聞いたことがあります」

「いやそういう問題じゃなくて」

「わたくしにも戦う力を!

 魔族の皆様を守るために、ご協力くださいませ!」

「急に良いことを言われても」

 

 必死で抵抗する。

 鈍いイサギにも、さすがに彼女がなにをしようとしているかぐらいはわかった。

 下半身を露出させて、それでちゅーちゅーしようと言うのだろう。

 アレをだ。

 

 ……さすがに浮気じゃないと言い張るのは厳しい。

 デュテュのためだ、と声を大にしても無理だろう。

 だが。

 

「お願いします、イサさま……

 わたくしのために、わたくしのためにどうか……」

「えっと……」

 

 デュテュには死んでほしくない。

 当たり前だ。

 これは彼女の命に関わる問題だ。

 それを浮気だ何だと言って拒絶するのは、自分のくだらない都合なのではないだろうか。

 

「あのさ、デュテュ」

「あ、はい?」

 

 イサギの足元に膝立ちし、

 そのまま彼女は上目遣いでこちらを見上げてくる。


「……その、ちょっと聞いてほしいことがある」

「はい、聞いておりますよ?」

 

 イサギのベルトをカチャカチャ言わせながら、だ。

 お姫様のすることではない。


「その、ちゅっちゅっていうの? は、ようするにアレなんだろ」

「アレ?」

「その、男のアレを吸い取るっつーんだろ。

 しかも口で」

「はい、その通りです」

 

 にっこりとうなずくデュテュ。

 跪いているため、なにやら視覚効果がすごい。

 

「うーん」

 

 うなる。うなるざるを得ない。

 そんな別れ方はすごく嫌だ。ことあるごとに思い出してしまうだろう。

 ……それもデュテュの狙いなのかもしれないが。

 だとしたら、とんだお姫様だ。

 

「……あのさ、デュテュ。

 例えばこう、なんかできないのかな、もっとお手軽な感じのは……

 首を噛んで、そこから生命力を吸収するとか……」

「あ、できます」

 

 できるのかよ。


「じゃあそっちで頼むよ!」

「ええっ?」


 なんで驚いてしまうのか。

 デュテュは申し訳なさそうに眉をひそめる。


「で、でも、その……

 そういった行為は、はしたないのではないでしょうか……」

「いいよ全然、全然いいよ」

「ですが、男性から吸精する際には、

 なるべく気持ち良くして差し上げるのが、

 サキュバスの嗜みだ、って……」

「それはそうかもしれないが!」

 

 そっちのほうが嬉しいと感じる男性は多いだろう。

 というより普通はサキュバスに対するイメージとはそういうものだ。

 

「いいんだいいんだ。

 俺は上からのがいいんだ。

 そっちのが気持ちいいんだきっと」

「は、はあ……

 そ、そうですか……」


 デュテュはゆっくりと立ち上がり、

 頬を赤らめながらこちらを見つめてくる。

 イサギがドキッとしてしまうような、艶やかな表情だ。


「で、では、その……

 失礼しまして……」

「お、おう」

 

 国々によって、文化や常識は異なる。

 裸を恥ずかしがらない部族もあれば、人に肌を見せることが恥だと感じるところもある。

 アルバリススの世界は比較的、現代日本に似た常識を持っているが、

 それでもデュテュはサキュバスとして下から吸精するのはともかく、上からはとても恥ずかしいようだ。

 まったくもって、解せぬ。

 

 確かに密着されるのはドキドキするが、

 それでも首筋をちょっとかぷっとすれば済む話だ。


「で、ではその……

 失礼いたします……」

 

 デュテュはつま先立ちをして、イサギの首に手を回してきた。

 胸板に大きな胸が押しつけられて、ぐんにょりと形を変える。

 その飴色の髪から立ち上る媚香は、イサギの理性を緩慢に奪ってゆく。

 

(やばいなこれ……)

 

 目を閉じる。

 魔術や魔法ではない。これはただの彼女の一族の『体質』だ。

 だがそれが、イサギの感情を高ぶらせてゆく。

 

 クラクラしてしまう。

 彼女を抱きしめて無茶苦茶にしてしまいたいという衝動を押さえつけるのは、イサギですら苦心した。

 

 できれば早く終わらせてほしい。

 と、薄目を開くと、だ。

 

 眼前にデュテュの顔があった。


「え?」

 

 つぶやきかけたその口を、唇で塞がれる。

 頭が真っ白になった。

 石化したように固まってしまう。

 

 デュテュは固く目をつむりながら、

 思いっきりイサギの舌を吸う。

 

 ちゅぅ~~~~~~~~~~~~、と。

 

 精気どころか魂までも吸い取られてしまいそうだ。

 昇天してしまいそうなほどの快感である。


 抵抗らしい抵抗さえもできず、イサギはされるがままだ。

 このまま骨抜きにされて廃人になってしまうのではないかと、

 頭のどこかでぼんやりと危惧していたところで、ようやく。


 ちゅぽん、と唇が離された。

 

 ふらっとよろめいて、イサギはその場に尻餅をつく。

 デュテュは頬を紅潮させて俯いていた。

 

 なにか言わないと、とは思ったが、頭がまったく回らない。

 ふわふわとして、言葉は形に固まってくれない。

 

「あ、え、と……」

 

 意味のないつぶやきを漏らしていたところだ。

 デュテュの隣に。

 いつの間にか、にっこりとした笑顔で、


 ――リミノが立っていた。

 

 なんだろうか。

 全裸で雪原に放り投げられたかのような、この感じは。

 

 リミノは笑顔のままスタスタとこちらに近づいてくると、

 一発、イサギの頭をひっぱたいた。

 それからすかさず、その唇に唇を押しつけてくる。

 離した後に、今度は顔を赤くして、

 今度は弱々しくぺちり、とイサギの頬を張った。


 

 しばらくの間、誰もなにも言葉を発しなかった。


 

 イサギとデュテュとリミノ、

 まるで三すくみのようにその場に固まっていた。

 

 徐々に思考能力が戻ってくる。

 ようやくイサギは事態を理解した。

 

 そして、青くなる。

 思わず唇を指でなぞった。


 やってしまった、というか、

 やられてしまった、というか。

 

 デュテュはどことなくスッキリとした笑みを浮かべていた。


「ありがとうございます、イサさま。

 これでわたくしも、もう少し頑張れそうです。

 本当に今まで、ありがとうございました」

 

 恭しく頭を下げるデュテュ。

 かたやリミノ。

 彼女はなにやらニコニコしながら黒板を掲げている。

 嬉々としてその文字を指さしていた。


『責任』

 

 今年のイサギを漢字一文字――二文字だが――で表していた。

 

 言外でなら、いくらでも言い訳が思いつく。

 

 首筋って言っていたのにキスなんて知らなかった。

 あれはデュテュが巧妙に自分を騙したのだ。

 リミノだって放心していた自分に無理矢理したのだ。

 あんなのはどさくさに紛れてだ。略してどっさまぎ、だ。


 だが、それを口に出すのはさすがにはばかられた。

 あまりにも男らしくない。

 

 どうしよう。

 どうしよう。

 

 考え込んでいたのは、数秒ほどか。

 口を開く。

 

「あ、あのさ」

 

 思いが言葉となって漏れた。


「俺、ふたりの期待には答えられないかもしれないけれど!

 でも、絶対に死なないから、だから、だから」

 

 勇者だとか言われても、カッコ良くはないけれど。

 勇気を振り絞って、一六才の少年は彼女たちに叫ぶ。


「だからきっと、また会おう!

 また会おうな!」

 

 デュテュとリミノはちょっとだけ驚いたような顔をしていたが。

 それでも彼女は、微笑んでくれた。


「はい、イサさま」

『絶対だよ、お兄ちゃん(≧∇≦)/』

 

 胸の奥が熱くなる。

 これ以上気の利いたことは言えないな、とイサギは思った。

 ただひたすらに、黙り込む。

 なにかを叫んだら、もう泣いてしまいそうだ。



 そこに廉造とシルベニアがやっていた。

 ふたりとも旅装を整えている。


「おう、はええなイサ。

 じゃあ行くぜ」

「……ああ」

 

 イサギは廉造とともに歩み出す。

 一台のヒ車に三人は乗り込んだ。

 

 シルベニアは退屈そうに窓の外を眺めている。

 イサギは俯いていた。

 

 きっとデュテュやリミノは手を振ってくれるだろう。

 だが、今回はそちらを見つめることはできなかった。

 涙で別れたくはなかったのだ。


 廉造はなにも言わない。

 戦いの前で、彼も少し緊張しているのかもしれない。

 

 三人と御者だけを乗せたヒ車は、走り出す。

 

 彼らの戦場へと。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 魔王城から数日間走り、ヒ車はレリクスの手前で止まった。

 三人、それぞれ大きな鞄を抱えて歩き出す。


 ここから、廉造とシルベニアがゲリラ作戦に出るのだ。

 

 街の外に出た冒険者を片っ端から殺してゆく。

 そうして、徐々にレリクスに滞在する人間族の戦力を削ぐのだ。

 

 難しいことではないが、問題は彼らの体力だ。

 24時間、常に敵の脅威に怯えながら過ごすことになる。

 無茶な作戦だと、イサギは思う。

 忠告はとっくにした。

 それでも廉造はこの戦いを選んだのだ。


 だが、不思議だったのはシルベニアだ。

 彼女がこんな面倒なことに付き合うとは思わなかったのだ。


 小さな荷物を抱え、レリクスへの道を辿りながら、彼女は語る。


「イラは弱いからいなくなったの。

 それはそういうものだから、もう仕方ないの」

 

 ロクに運動もしていないのだろう。

 時々廉造に手を借りながら、彼女は息を切らせて歩く。

 

「でも、あたしは強いの。

 あたしは強いのに、ニンゲンが魔族をバカにするのは、許せないの。

 だから皆殺しにすれば、もうあたしをバカにする人はいないの」

 

 恐ろしい論理だ。

 彼女は、弱い奴は死ね、と言っている。

 

「でもシルベニア、

 そうしたら魔族だってほとんどの人が死ぬことになっちゃうぞ」

「……大丈夫。

 弱い子の中にも、頭が良い子もいるの。

 頭が弱くても、とても明るくて……その、良い子もいるの。

 そういう子は、あたしが守ってあげるの」

 

 それはきっとデュテュのことだ。

 シルベニアはホンの少しだけ耳を赤らめてつぶやいて、

 だがすぐに、その目に暗い光を宿す。


「パパもママも、人間族に殺された。

 けれど、仕方ないの。ふたりは弱かったから。

 あたしも一度負けた。でも生きている。

 だからもう負けないの」

 

 シルベニアはまるで自分に言い聞かせているようだ。

 まるでそれだけに価値があるのだと思い込んでいるように。

 廉造が彼女の頭に手を当てる。


「シル公。立派な心がけだが、ひとつだけ間違っているぜ」

「……なんなの。

 気安く頭を触らないでほしいの」

 

 ぷーと頬を膨らませるシルベニア。

 手を払う。

 廉造は笑いもしない。


「人間族と魔族の間に区分はねえんだ。

 オレは人間だが、人間を殺す。だが、魔族も殺した」

「……」

「いいやつはいいやつだ」

「……そんなの知らないの」

「じゃあイサはどうだ?

 あいつも人間族だぞ。殺すか?」

 

 シルベニアはちらりとこちらを見た。

 視線を落とす。


「……別に、なんでもないの。

 でも、殺さないであげてもいいの。

 トクベツに許してあげているの」

「まだまだガキだな、テメェは」

「レンゾウに言われるのはシャクなの」

 

 シルベニアが指先から魔法を放つ。

 ため息をつきながらも、廉造はその一撃を拳で払った。

 光は弾かれて霧散する。

 法術ではない。『剛気』によるガードだ。

 以前、魔王城に呼び出されたその日に、イラが行なっていた技だ。


 シルベニアも今さら本気で廉造を殺そうとしたわけではない。

 きっと、兄のような存在にじゃれているだけなのだ。

 ……かなり不器用な愛情表現だが。


 イサギは思わずつぶやく。


「イラさん、早くどっかで見つかるといいな」

 

 シルベニアは帽子を深くかぶって、聞こえないフリをしていた。

 そのウィッチハットを持ち上げて、廉造が笑う。


「素直になれねえやつだぜ。ほれ」

「……べつに、しらないの、そんなの」

 

 シルベニアはぴょんぴょんと飛び跳ねて、

 廉造の手から帽子を取り返そうとする。

 

 廉造は年下の女の子の扱いには長けているな、と。

 イサギはそんなことを思っていた。

 


 

 首都ブラザハスに滞在中、

 イサギはキャスチからシルベニアの正体について聞く機会があった。

 

 かつての五魔将。

 黒魔法師、オニキシア、

 白魔法師、パールマン。

 シルベニアは彼らの長女として生まれた。

 現五魔将ゴールドマンは彼女の兄だ。


 魔帝戦争時、ゴールドマンは11才、シルベニアは6才であった。

 激化してゆく戦局に、まだ幼かったとはいえ、

 魔族帝国最強の術師の麒麟児が駆りだされたのは、無理からぬ話だ。

 

 だが、兄ゴールドマンに比べて、シルベニアには素質がなかった。

 幼き彼女は魔法師ですらなかったのだ。

 

 魔帝アンリマンユはオニキシアとパールマンに命じ、ひとつの計画を立てた。


 ――シルベニア魔晶化計画。

 

 彼女は数多の魔晶とともに棺桶に閉じ込められ、氷漬けにされる。


 古来から、優れた術師が魔晶と化すという伝説は多々あった。

 肉体の枷を越えて溢れた魔力が硬質化し、魔晶となってしまうのだ。

 ならば、だ。

 シルベニアが半魔晶生命体となることにより、彼女はさらに多くの魔力を得ることができる。

 当時の魔帝アンリマンユは『封術』のように、様々な実験を繰り返していた。

 これもその一環である。

 

 かくして、シルベニア魔晶化計画は進められる。

 しかし、その直後だ。

 計画の全貌を知るものは勇者イサギによって討たれる。

 

 氷漬けにされたシルベニアは、眠りについたまま時を超える。

 ざっと――13年間。

 

 当時12才であったデュテュとキャスチが彼女を発見した時、シルベニアは半分魔晶に取り込まれていた。

 体の表面にはもう残っていないが、彼女の臓器は今でもほぼ魔晶と一体化しているという。

 

 そして膨大な力を手に入れたシルベニアは知る。

 戦争は終わり、両親は死に、

 そして13年ぶりに会った兄は、

 自分がとっくに死んだと思っていて、まるで化け物を見るような目で接してきた現実を。

 

 シルベニアはキャスチの元で修行を積み、今では魔族国連邦最強の術師となった。

 だが、その心は常に血を求めていた。

 

 戦うことのできなかった悲哀。

 両親に先立たれて、全てを失った孤独。

 シルベニアは殺戮を求める。

 人間族を恨み、力のないものを恨む。

 

 彼女は銀魔法師、シルベニア。

 人間族を殺すためだけに生み出された、魔晶兵器である。

   

 

 

デュテュ:サキュバスのお姫様。チャームの香りを撒き散らす。手を振った後にリミノをよしよしと慰める。

リミノ:清楚に別れたと思いきや、ちゃっかり登場。ちゃっかり唇を奪う。イサギを見送った後に泣いちゃう。


廉造:年下の女の子の扱いはお手の物。シルベニアとしばらくの間、ふたりきりルートです。

シルベニア:本編には出て来なかったが、キャスチにものすごく大きな鞄を三つぐらい持たせられそうになったため、魔法で撃ち抜いてから逃げてきた。割と暗めの過去を持つ。


イサギ:ルート分岐。魔王廉造の軍団長ルートEnd。ファーストとセカンドのキスをフライングゲットされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ