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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:4 鞄には愛だけを詰め込んで
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4-8 翼をください

   

 離れていた時間はわずか二ヶ月程度だったのに、魔王城を懐かしく感じる。

 その夜、自室に戻ったイサギは、かつて過ごしていた部屋を見回してため息をつく。。

 

(……よし、ここは荒らされていなかったようだな)

 

 まとめていた手荷物もそのままだ。

 どうせロクなものは入っていなかったのだから、

 冒険者たちも目をつけなかったのだろう。

 

 鞄を開けて地図を広げる。

 暗黒大陸東部が描かれている地図だ。


 拠点である魔王城を取り戻した。

 次は進軍だ。

 デュテュ率いる軍勢がミンフェスの街へと足を進める。

 その間に、廉造はシルベニアとともに商業都市レリクスを落とすのだという。

 

 遠距離からシルベニアが街を焼き、

 中に潜入した廉造が騒動に紛れ、冒険者を皆殺しにするのだ。

 それは自分たちがやられた手段とまったく同じだ。

 しばらく時間はかかるかもしれないが――レリクスは地獄と化すだろう。

 

 無関係な人間族も、大勢死んでしまうかもしれない。

 それどころか、元々住んでいた魔族もただでは済まないだろう。

 

(暗黒大陸に攻め込んできて、無関係な人間もなにもないか……)

 

 イサギは胸を押さえる。

 嫌ならば自分たちの住む大陸に帰れば良かったのだ。

 人のものを奪おうとするものは、いずれ奪われるに決まっている。 

 

 もしかしたらイラだって、その辺りの街に捕まっているかもしれない。

 どの道、暗黒大陸のことは廉造や慶喜、デュテュに任せたのだ。

 今さら自分が口出ししても仕方ない。

 

 と、部屋がノックされた。

 

「どうぞ」

 

 声をかける。

 やってきたのは、リミノだった。


『こんばんは、お兄ちゃん!』

「ああ、こんばんは」

 

 下げていた黒板を見せてくるリミノ。

 その首の傷はチョーカーで隠しているが、まだ彼女に声は戻らない。

 もしかしたら一生このままなのではないかと、

 時には不安に駆られてしまうこともある。


 だが、リミノはハツラツとした笑顔を浮かべていた。

 

『ねえ、お兄ちゃん、今大丈夫?』

「ん、ああ」

 

 そういえば最近、リミノともあまり話をしていなかった。

 椅子を持ってきてイサギの横に並ぶ彼女は、えへへ、と頬をかく。

 

 なんだか少し、懐かしい。

 

 慶喜がいて、ロリシアがいて、

 そして……愁がいたあの頃は、まるで遠い昔のようだ。

 

 つんつん、と肩を突かれる。


「ん」

 

 リミノは黒板をトントンと指差す。


『リミノね、こないだキャスチさまに褒められたんだよ。

 すごく術式の才能があるって。

 みっちりと鍛えれば、シルベニアちゃんみたいな凄腕の術師になれるかも、って』

「へえ、すごいじゃないか」 

 

 イサギは素直に関心した。

 キャスチほどの術師に太鼓判を押してもらえるのなら、

 それはもう間違いないだろう。


 けれど。

 そのためには、キャスチに師事する必要がある。

 ということは、だ。


「……そうか。

 リミノ、お前」


 彼女は太陽のような笑顔を浮かべたままだ。


『うん、リミノね。

 この魔王城に残ることにしたんだ。

 だからごめんねお兄ちゃん。リミノ、一緒に行けないんだ』

「……そう、か」

 

 イサギはなぜか気落ちしている自分に気づく。

 元々、リミノを連れて行くとも連れて行かないとも言っていなかったが、

 だがそれでも、彼女はついてくるものだと決めつけていた。

 

 好かれているのだという自覚もあった。

 あるいはそれは、イサギのうぬぼれだったのかもしれない。

 別れの話をしているのに、リミノはすっきりとした笑顔を浮かべているではないか。

 

 イサギは寂しそうに笑う。


「……わかった、リミノ。

 元気でやれよ。

 お前になにかがあったら、どこからでも駆けつけるからな」

 

 リミノは嬉しそうに何度もうなずいた。

 そうだ。イサギが彼女にできることなんて、たかが知れている。

 

 リミノはしばらく目を細めて笑っていたのだが。

 黒板にチョークを走らせる。

 

『あ、でもカンチガイしちゃダメだよ?

 もしリミノが王女さまじゃなかったら、

 お兄ちゃんと一緒に、ついていったんだからね!』

 

 リミノは文字を描く。

 再び向けてくる。


『スラオシャ大陸をエルフが歩くのは危険だから、

 そのときにはお兄ちゃんの奴隷ってことにならなきゃね。

 ね、大丈夫だよ、リミノちゃんとなりきれるからね。

 お兄ちゃんご主人様♡ って』

 

 それは、ちょっと恥ずかしい。

 からかうようにじゃれてくるリミノは、腕に絡みついてくる。


 だがすぐに離れて、黒板に書く。


『でも、リミノは王女だから、

 エルフ族のために立ち上がらなきゃいけないから、

 だから、いっぱいお勉強して、いっぱい強くならないといけないから』 

 

 そのキレイな文字が、震えるように歪んでゆく。

 リミノはまだ笑顔だけれど。


『だからまだ、お兄ちゃんと一緒には行けないけど。

 でも、リミノは強くなるから。絶対、エルフ族を守れるように。

 お兄ちゃんのそばに立っても、見劣りしないくらい。

 ひとりでもがんばれるように。

 プレハお姉ちゃんみたいになるから。

 だから、』


 リミノの手からチョークが滑り落ちた。


 彼女は俯いていた。

 その目に光るものが浮かんでいる。


 イサギは彼女にかける言葉がない。


 この数ヶ月、彼女がずっと努力を続けていたのは知っている。

 だが、その目標がプレハだというのならば、それはあまりにも遠い。

 極大魔法師と呼ばれ、アルバリススの術師の頂点に立っていた少女。

 それがプレハだったのだ。

 

 けれど、リミノはひとりでも、

 誰にも頼ることなく、前に進もうとしている。


 彼女には彼女の背負うものがある。

 そのために、犠牲にしなければならないものもある。


 ――恋心、だとか。

 

 だから手を伸ばす。

 リミノの頭を撫でる。


 彼女は顔をあげてイサギを見つめた。

 濡れた瞳は宝石のような輝きを浮かべて、イサギを映す。


 半年前の彼女は、まるで助けを待つだけの姫のようだったのに。

 ずいぶんと見違えたものだ、と思う。


「リミノ。今まで本当に、ありがとう。

 お前がいてくれて、俺がどれだけ救われたか」

 

 彼女は黒板を胸に抱き、

 潤んだエメラルドグリーンの目、こちらを見つめている。

 涙を堪えるように口を結んで。


「……冒険者ギルドをどうにかして、 

 そして、プレハも見つけたらさ。

 そんときは、また、お前に会いに、さ」

 

 顔をくしゃっとさせて、リミノは泣きながら笑う。

 チョークを拾うと、もどかしそうに黒板に文字を走らせる。

 

 そして、こちらに向けてきた。


『いいよ! そのときにはリミノも女王さまなんだから!

 プレハお姉ちゃんから、

 正々堂々とお兄ちゃんを寝取ってやるんだからね!』

 

 にっこりと笑う。

 それはいつまでも見ていたいと心から思うような、

 彼女の溢れんばかりの笑顔だった。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 魔王城から出兵するのは、廉造とシルベニアとイサギ。

 そして、遅れてデュテュたちがミンフェスへと向かう。

 

 つまり、デュテュともここでお別れだ。

 魔王城の城門前でお見送りのデュテュと向かい合う。


 最近は見送られてばかりのような気がするな、とイサギは思う。

 それだけ多くの別れがあったのだ。


 デュテュは普段着の真っ白なワンピースを着ていた。

 胸の前で手を組んで、上目遣いで見つめてくる。 


「イサさま、お話はレンゾウさまよりお聞きしました」

「あ、ああ」

「魔族のために、単身でその、

 に、人間族の集まるスラオシャ大陸に向かってくださるだなんて……

 その勇気のある行ない、称賛に値いたします……!」

 

 果たしてデュテュはイサギの種族を覚えているだろうか。

 半ば、魔族とみなしてはいないだろうか。


 まあいいや、と思う。

 どうせデュテュとはしんみりとした空気にはならないだろう。

 

「なんつーかさ、デュテュ。

 これからしんどいだろうけどさ、マジで頑張ってくれよ」

「はい! わたくし、まじで頑張ります!」

 

 そのとても元気の良い返事に、不安を覚えてしまう。

 慶喜もロリシアとともに歩き出した。

 リミノもキャスチに術式を習い始めた。

 なのに、デュテュだけは変わらず、だ。

 

 心配にもなってしまう、というものだ。

 きっと、ちょろいアホのままだ。


「……人間嫌いとか、

 そろそろ、どうにかしたほうがいいんじゃないかな」

「ええっ!?」

「だって戦場には人間族が出てくるわけだろ?

 いちいち体が竦んでいたら、戦えないじゃないか」

「そ、それは確かにおっしゃるとおりなのですが……!」

 

 震える彼女に腕を伸ばす。

 その頬に、手を当てた。

 デュテュは一瞬だけ体を震わせたが、

 すぐにその手のひらに手のひらを重ねる。


「あ、えと、あの……い、イサさま?」

「俺だって人間族だぞ」

「そ、それはその、そうなんですが……」

 

 顔を赤らめて視線を伏せるお姫様。

 

「ニンゲン族にも良い方はいらっしゃるのだと、イサさまのおかげでわかりました。

 ですが、その……まだやっぱり、怖いものは、怖いのです……」

「……そっか」

 

 聞いた話によると、

 デュテュの母親は彼女の目の前で無残に殺されたのだという。

 冒険者の仕業によってだ。

 

 それが彼女の心を縛りつけているのだ。

 きっとそれは、デュテュ自身がいつか向き合わなければならないのだろう。

 

 イサギにできることはなにもない、と思ったが。

 デュテュはそうではないとばかりに首を振る。


「……ですが、いつまでも怖がっていちゃだめですよね。

 わたくしも、わかっているんです。

 もしかしたら、冒険者の方と一戦交えることになるかもしれない、ってことも」

 

 魔帝の娘はグッと息を呑む。

 それから、こちらを見上げて言ってきた。


「だから、その、イサさま。

 そのときのために、わたくしにお力を貸してはいただけませんか」

「え? いや、でも俺は」

 

 これから旅立つのだ。

 彼女に懇願されても、どうしようもない。

 だが、違った。


「今まで、イサさまにはおっしゃっていないことがありました」

 

 彼女はとても似合わないような重い声で、つぶやく。


「わたくしは、サキュバス族の娘。

 その魔力は、他者から精気を奪うことによって成長するのです」

「ふむ」

 

 戦場で出会ったことはない。

 元々、種族の数が少ないのだ。


 そしてデュテュの論理は飛躍した。


「ですので、イサさま……

 お願いします、わたくしにちゅっちゅさせてください」

「どういうことなの」

「大丈夫です。

 その、やり方なら知っています。

 どうぞ体の力を抜いてリラックスしていてください」

「どういうことなの」

 

 デュテュはイサギのズボンに手をかけようとする。

 その目の光は、いつもとは比べ物にならないほどに真剣だ。

 少し怖いくらいである。

 尻尾も左右にブンブンと振り乱れている。

  

 彼女も魔族のために必死なのだ。

 そう考えれば、納得も……


(できねーし!)

 

 心の中でひとりボケツッコミをしてしまうイサギ。

 彼の頭は今、混乱の真っ最中だった。

  

  

 

イサギ:旅立ちます旅立ちます詐欺に終止符を打つために立ち上がる。次回、旅立ちます。本当です。本当に。嘘じゃないです。絶対旅立ちます。【速報】イサギ旅立つ!

 

リミノ:術師になるためにキャスチに弟子入りする。別れは清楚に。

デュテュ:初めてのーちゅっちゅー。キミとちゅっちゅー。40話ぶりのサキュバス設定再び。

 

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