4-7 進撃の魔人
「うおおおおおお!」
背中に担いでいた斧を掴み、タウスは吠えた。
ビリビリと空気に振動が伝わってゆく。
廉造は眉ひとつ動かしていない。
「テメェらもちゃんと回復術を使っているんだろうな。
そうじゃなきゃ、練習台にもなりゃしねェぜ」
腰に帯びている剣を抜き放つ。
その刃の色は、紫。
晶剣ミラージュだ。
右と左から冒険者が斬りかかってくる。
廉造は冷静だ。
片方の剣を『剛気』をまとった素手で受け止め、
もう片方の冒険者にはミラージュを突き出す。
晶剣を剣で受け止めようとした冒険者は、
しかしその刃の裏に隠されたもう一本の“光刃”に腕を切り落とされた。
「うわああああああ」
「うっせェ」
廉造は男の首を切断する。
彼が同時に振るうことにできる光の刃は、まだ一本だ。
しかも、必ずしも出るとは限らない。
魔具の扱いは難しい。練達するまでには時間が必要だ。
廉造はこれをちょうどいい機会と捉えていた。
実践に勝るトレーニングはない。
廉造は掴んでいた剣の刃を握り潰す。
動揺を隠せない冒険者の腹に、そのまま剣を突き入れた。
これで二体。
「だが、まだなんだろ?」
思った通りだ。彼らは回復禁術を使っている。
ふたりの半死体を積み重ねて、廉造はその様子をじっくりと観察した。
ひとりの男の胸の傷がみるみるうちに塞がってゆく。
それだけではない。
もう片方の切断された首さえもが、まるで引き合う磁石のように繋がってゆくではないか。
正直、廉造ですら目を背けたくなるような光景だが。
「はァン」
廉造は拳を握り固めると、渾身の力で冒険者の臓腑に突き入れた。
引き抜く。
血まみれの手の中には、胃液の滴る輝く宝石があった。
首の千切れた冒険者の傷は、そこで再び開く。
彼は完全に絶命していた。
どうやらこの石が体の部位の近くになければ、再生機能は効果を発しないようだ。
リヴァイブストーン。
イサギが言っていた、冒険者を魂の尽きぬ限り動かし続ける魔具だ。
廉造は気味の悪いものを見るような目で魔晶を睨む。
「使えるモンはなんでも使う主義だがな。
……正直、こいつだけはゴメンだぜ」
そのまま握り潰す。
パリィンと澄んだ音を立てて魔具は砕け散った。
では同じように、もう片方の冒険者も、だ。
胃の中に手を突っ込み、かき回してリヴァイブストーンを探す。
しゃがみ込み、ギラギラと目を光らせながら、素手で冒険者の内臓を漁る男。
それはまるで死者のはらわたを食い尽くす、魔物のようだった。
その様子を見た冒険者たちは、震え上がっていた。
この化け物は、一体何なのだ、と。
まさに廉造。地獄からの使者である。
「なるほど。
けど、あれは真似したくねーな……」
イサギは鬼神のように戦う廉造を見て、げっそりとつぶやく。
以前の彼はあそこまでの力を持ってはいなかった。
けれど今は、人間族のA級――つまり、トップクラスということだろう――の冒険者を相手にしても軽々といなしている。
たった一度の戦いが、廉造を阿修羅に変えたのだ。
また、晶剣ミラージュの存在も大きいだろう。
イサギには使う気がしなかったが、彼が役立ててくれるならそれがいい。
廉造の近接戦闘能力は、ますます跳ね上がったように思える。
水を得た魚のようだ。
と、状況を観察していたイサギは逃げ出そうとした冒険者に気づいた。
城門に向かって一目散に駆けているのがふたり。
跳躍して、回り込む。
「ひっ」
叫び声をあげる彼に、イサギは銀鋼の剣を抜く。
廉造がブラザハスにいた頃、魔族の将から献上されたものである。
軽く硬い。銘はないが、使い勝手の良い剣だ。
小さくため息をつきながら、彼に告げる。
「わりーな。
だが、リヴァイブストーンを飲み込んでいるってことは、
お前らも“覚悟”して来ているわけだろ?」
う、うおおおおお、と。
追い詰められた獣のような雄叫びをあげながら、彼は向かってきた。
「知っているだろうが。魔王からは逃げられない、ってさ」
交差するその瞬間、イサギは剣を突き出した。
目を見開く冒険者。
「がっ」
間近で吐血を浴びる。
回復禁術が発動していない。
たったの一突きで男は息絶えていた。
イサギは感触を確かめるように、ゆっくりと刃を抜いた。
その剣の中ほどには、魔晶の輝きがこびりついている。
大きく息をはく。
「くっそムズいな、これ……」
イサギは胃の中にあるリヴァイブストーンを、剣の一撃で砕いたのだ。
だが透視能力を持っているわけでもなく、さらに常に動く人体が対象だ。
その上、リヴァイブストーンも胃の中で、固定されているわけではない。
冒険者の態勢から位置を推測して突きを繰り出したが、
今のはたまたま上手くいっただけだ。
「……圧倒的な力の差でもない限り、こいつはちょっと無理だな」
例えば相手があの地下室で会った少女だったら、
突きを繰り出したとしても、
リヴァイブストーンを砕けなければ、こちらの動きが止まる。
次の瞬間には、反撃をもらってしまうだろう。
リスクが高すぎる。
顔をあげる。
そこにはさらにふたりの冒険者。
逃げ出すためにイサギの隙を伺っている。
イサギは彼らに向けて、小さく首を振った。
「ま、廉造とシルベニアの相手をするよりは、
楽に死ねると思うぜ……」
生きながら焼かれたり、内臓に手を突っ込まれるよりはずっとマシだろう。
そう思い、イサギは再び剣を構えた。
廉造がさらに三人の冒険者を叩きのめし、
イサギが四人目の冒険者――巨大な大斧を持っていたギルドマスターだ――を切り伏せたところ。
シルベニアの周りには六名の冒険者が取り巻いていた。
いつものように紺色のローブをまとった彼女は、
無手に無表情で冒険者たちを眺めている。
ひとりの剣士が斬りかかろうと、一歩を踏み出した。
迂闊だ。
その軸足に、シルベニアの魔法が突き刺さる。
閃熱は一瞬で男の片足を消し飛ばした。
その場に転倒する男。
そこに後衛から、幾重にも結界法術がかけられる。
対するシルベニアもまた、魔術を唱えた。
「術式・炎檻塵」
男の足元から炎が巻き上がった。
同時に、次々と結界法術が砕かれてゆく。
一枚、二枚、三枚、四枚――そしてついに男が炎に飲まれた。
「あああああああ」
この世のものとは思えないような叫び声をあげながら、
男は焼かれ続けてゆく。
以前、イサギが冒険者を倒したのと同じ手段だ。
だが、剣士の男には再生の余地すらも残されなかった。
数秒程度で肉片の一片までも残らず蒸発させられる。
火力が桁違いなのだ。
シルベニアは退屈そうに半眼を冒険者に向ける。
「……もうめんどーなのめんどーなの。
魔王城ごとだったら、いくらでも砕いてみせるのにのに」
深いため息。
久しぶりにキャスチから開放されたというのに、
やっていることが害虫駆除ではスッキリしない。
もっとも、生きていて気分が晴れたことなど一度もないが。
そこに魔術師が火炎を放つ。
シルベニアは息をするように障壁を張る。
さらに魔術師の岩の砲撃。
防ぐシルベニア。
冒険者による波状攻撃だ。
「このまま押し込めェ!」
男が叫ぶ、だが。
その肩口に、シルベニアの放った魔法が直撃した。
苦しみにもんどり打って倒れる冒険者。
「なんなんだよ! 魔法師が!
早く隙を見せろよ!」
術式と魔法を同時に使用できる。
それこそが魔法師がこの世で最強の術師たる理由である。
その理不尽な強さに叫びながら、剣士が斬りかかってくる。
一瞬で発動する魔法と、緻密で迅速な術式。
シルベニアに死角はない。
剣士は頭部を吹き飛ばされ、同様に焼き尽くされる。
さらに戦線に加わった術師も含めて、六人が重なった。
三人が法術で援護をしながら、残る三人がシルベニアに攻撃を仕掛ける作戦のようだ。
シルベニアはふっと口元を緩めた。
「最初からそうしていればいいの」
術式発動。
だがそれは攻撃のためのものではない。
「いち、に、さん、し……たくさんたくさん」
術師たちの背後に、巨大な土壁が幾重にも屹立してゆく。
彼らの背には、中庭の四分の一を埋めるほどの土壁が作り出された。
一体これは。
逃げ場を奪おうにしても、もっと良い方法があるだろうに。
冒険者たちはシルベニアの意図がわからない。
その直後、シルベニアの指先に光が集まってゆく。
すらりと伸ばした人差し指。その先にはまるで太陽のような紅。
間違いない。今度こそ魔法だ。
冒険者は叫ぶ。
「ぜ、全員!
渾身の、障壁法術だ!」
六人のA級術師が全力で魔力を注いだ障壁。
光さえも歪め、それは真っ黒な結界となってこの世界に顕現するはずだ。
どんなに優れた魔術師であっても貫き通せるようなものではないだろう。
――形を結んだならば、だが。
「術式・百魔棄却」
障壁は発動した。
だが、そこには穴が穿たれていた。
数十センチの穴だ。
それぞれの冒険者の、驚愕に凍りついた顔が覗ける程度の。
シルベニアはキャスチ直伝の奥義により、コードを断ち切った。
その急所だけを、だ。
そして、魔法を放つ。
「しね」
シルベニアの指先から放たれた魔法は、辺り一面を真っ赤に照らした。
閃光はこれまでのものとは比べ物にない質量で、冒険者たちを飲み込んだ。
土壁をも一瞬で蒸発させながら直進し、止まらない。
とてつもないほどのオーバーキルだ。
「あ」
魔法は魔王城の室内の壁をも貫通してしまう。
やがて城壁に到達し、その表面を焦がして、やっとかき消えた。
「……う」
やってしまった。
もはや意識を失った冒険者たちがどさっとその場に倒れる。
慌てて彼らを焼却処分するコードを描きながら、シルベニアはうめく。
「……あ、あたしのせいじゃないの。
……冒険者が、冒険者が悪いの」
小さな汗が頬を伝う。
そのつぶやきは、冒険者たちの悲鳴にかき消された。
冒険者たちが全滅するまで、かかった時間はわずか十五分だった。
その後、魔王城は再びデュテュの手に戻った。
デュテュや使用人の護衛をしていたキャスチは、魔王城の惨状を見て唖然とする。
シルベニアの空けた大穴だ。
修復には時間がかかるだろう。
心を鬼にして、キャスチはシルベニアを撫でくり回しながら説教をする。
シルベニアは抵抗を諦めて、歯を噛み締めながらその罰を甘んじて受け入れていたのだった。
廉造:「冒険者を、食ってる……」「リヴァイブストーンを自ら取り込んでいるというの? 廉造初号機が……」。
シルベニア:意外と近接戦闘もこなせるスーパーウィッチ。相変わらずの固定砲台っぷり。
イサギ:名台詞のオンパレード。描写もなく一行でタウスさんを葬り去っていた。
タウス:特に書くことはありません。