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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:4 鞄には愛だけを詰め込んで
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4-6 嗚呼、青春の日々

   

 魔王式典はつつがなく終了した。

 途中、慶喜がパフォーマンスとして魔術で火柱をあげてみたり。

 なぜか彼のそばに背の低いメイドの少女が付き従っていたり。

 そういうよくわからないことはあったものの、魔族国民の支持は得られたようだ。

 

 だが、ようするに魔族国民は誰でも良かったのだろうと思う。

 この危機を打開できるような力を持ったものなら、誰でも。

 それが魔帝アンリマンユの後を継ぐものならば、うってつけだ。


 20年間空位だった魔王の座に、ついにひとりの人物が収まったのだ。

 これから交戦ムードが一気に高まってゆくだろう。

 それとともに、廉造への協力者も増えていくはずだ。

 五魔将がどう動くのかはわからないけれど、すでに何人かは廉造と手を組んでいる。

 

 たとえば、港町ブラックラウンドの海賊ドルフィンだ。

 彼は街を取り戻すために、廉造を支援することを確約していた。 


 元魔王候補の廉造と、新たなる魔王慶喜。

 そのふたりの台頭によって、暗黒大陸は変わろうとしている。

 それが良いことなのか悪いことなのかは、わからないが。

 

 

 かくして、物資の補給、戦力の調達、魔王式典などなど、

 用事を済ませた一同は、再び魔王城にUターンをする。 

 一ヶ月にも満たない、わずかな短い滞在であった。

 

 

 

 慶喜は、ブラザハスに残るようだ。

 魔王として慶喜には、魔族国連邦の首都ブラザハスを統治する権限があるのだという。

 五魔将リージーンの執務の引き継ぎだ。


 これから彼は、新米の魔王として、帝王学のようなものを叩きこまれてゆくのだろう。

 魔王とは、魔族の象徴だ。

 戦闘能力だけが全てではない。それ以上に大切なことももっとある。

 

 今度は慶喜も見送りに来てくれた。

 

 

 キャスチはすっかり怪我も治ったシルベニアに抱きつきながら、


「帰りはシルベニアちゃんと一緒ー!

 わしすっごいすっごい頑張っちゃったんじゃぞー、

 褒めて褒めてー、シルベニアちゃん褒めてー、ほーめーてー!」

 

 などとはしゃぎ周り、シルベニアに魔法弾を打ち込まれていた。

 あの師弟のコミュニケーションは過激すぎる。

 ご同乗は遠慮したい気分だった。



 魔王城に向かうのは、廉造、デュテュ、リミノ、キャスチ、シルベニア。

 さらに、新たに加わった何人もの将。

 そして、イサギだ。

 

「元気でやれよ、慶喜」

「イサ先輩もっすよ」

 

 手を差し出すイサギに、慶喜は恐る恐る手のひらを交わしてくる。

 イサギは意外そうに笑う。


「お前のことだから、

 寂しいから行かないでくれ、って頼んでくるかと思ったよ」

「ふふふ、ぼくも日々成長しているんすからね」

「みたいだな」

「それに、ぼくにはロリシアちゃんがいるんす!

 それがぼくの力になるっす!!」

 

 拳を突き上げて吠える慶喜。

 このノリは相変わらずのようだ。

 少し、安心した。

 最近元気がなかったようだから、思いつめているのかと思った。

 きっと、ロリシアとより良い関係を築いたのだろう。

 

 少年の原動力、

 それは少女以外にはありえない。


 というのはイサギの勝手な思い込みだろうか。

 

 しかしそのロリシアは、

 熱心にリミノになにかを教授してもらっている。

 

「つまり、鞭の叩き方というのは、

 手首でスナップを効かせるんですね」

『そうそう。大事なのは叩く箇所だよ。

 あんまり急所に当てると、致命傷になっちゃうかもしれないからね(≧∇≦)/』

「わかりました、お姉さま。

 それと、より効果的に心の傷をエグるための言葉のチョイスなのですが……」

 

 なにやら物騒なことを言い合っている気がする。

 そしてなぜリミノがそんなことを知っているのか。

 エルフの王族の教育というのは、なかなか業が深そうだ。

 

 ロリシアを横目に盗み見ながら、慶喜は幸せそうだ。

 イサギの知らない間に、一体なにが起きているのだろう。


 ……人は、良い方にだけ変わっていくとは限らない。

 そんなことを思ってしまう。

 

「そういえば、イサ先輩」

「ん?」

「結局、その……あれ、聞いてないんすけど?」

「なんかあったっけ」

「先輩が、どうしてそんなに強いのか、って話っすよ」

「ああ」

 

 そういえばそうだ。

 彼には伝えておこうと思っていたのだ。

 

 慶喜の肩に手を当てる。

 他の人には聞こえないように、声をひそめた。


「……慶喜、お前が勇気が出せなかったのも仕方ないんだ。

 俺はもう、そこは三年前に通り過ぎていた道だったから」

「は、はあ?」


 怪訝そうな顔をされてしまったが、構わず続ける。

 

「あまり自分を責めるな、慶喜。

 廉造みたいなやつが特別なんだ。

 誰だって最初はできなくて当たり前なんだよ」

「なんでぼくいきなり慰められているんですかねぇ……?」

 

 わずかに距離を取ろうとする彼を捕まえる。

 イサギは慶喜の目を見ながら、真剣に告げた。


「俺は20年前、この世界を救った男だ。

 かつて、勇者イサギと呼ばれていた者だ」

 

 ついに、告白してしまった。

 一体彼はどう思うのだろうか。

 

 魔族と敵対していたイサギについて、見識を改めるだろうか。

 その感情がどう揺れ動くか、想像もできずにイサギは慶喜を見る。

 

 慶喜は引いていた。


「……イサ先輩……

 もう、手遅れだったんすね……」

「………………ん?」

 

 なにかがおかしい。

 問い返す。

 慶喜は眼鏡の奥の目を伏せた。


「先輩、いくらなんでもそれは擁護できないっすよ。

 たまたま昔の英雄と同じ名前をしているからって……

 厨二病を極めすぎていくところまでイッちゃいましたか……」

「おい待て」

「平気そうに見えても、やっぱり参っていたんすね先輩……

 ぼくと一緒にブラザハスで療養しましょう……

 心の病に効く治癒法術とか、あればいいんですが」

「待て待て」

 

 彼は壮大に勘違いしている。

 慶喜は柔らかい微笑みを浮かべていた。


「ちょっとお前は誤解をしているぞ……」

「うん……そうっすね、イサ先輩……」

「やめろ! 可哀想なものを見るような目を向けるな!」

 

 なんだこいつは。

 せっかく自分が勇気を振り絞ったのに。

 

 イサギは憤慨した。

 しかし、我に返る。

 ……もしかしたら、どの相手に言い出してもこうなってしまうのではないだろうか。

 

 例えば、デュテュに話してみた時に。


『……イサさま、おいたわしや……』

 

 って哀れみの視線を向けられたらどうだろう。

 爆死してしまうかもしれない。

 

 あるいは、こうだ。


『……なに仰っているんですか、イサさま。

 頭、大丈夫ですか?』

 

 デュテュに知能の心配をされる。

 これほど屈辱的なこともあるまい。


 ちくしょう、とイサギは身を翻す。


「てめえ、覚えとけよ慶喜」

「な、なんで怒っちゃっているんすか!」

「ちくしょうめ!」

「じゃ、じゃあわかったっすよ、全力で乗っかってやりますよ!

 う、うわぁ、まさかせんぱいがあのでんせつのゆうしゃだったなんてー!

 こいつはびっくりぎょうてんぐぐぐぐ」

「黙ってろ!」

 

 慶喜の口を物理的に塞ぐ。

 そばで話していたリミノがギョッとした顔でこちらを見ていたが、それだけだ。

 デュテュや廉造たちもなんとも思ってないようだ。

 

 この程度だったのか。

 イサギの名前はこんなもんだったのか。

 

 現実を直視して、なんだか落ち込んでしまいそうだ。

 まあいい。それならそれでいい。

 

「ま、まあいい。

 しっかりやれよ、慶喜……」

「先輩もお大事に……」

 

 ぶっ飛ばしてやろうか。

 肩をいからせながら、ヒ車に向かう。

 


 車に乗り込んで待つと、すぐに廉造が入ってくる。


「相変わらず騒がしい奴らだな、テメェら」

「仲間扱いされている!」

「仲間だろ?」

 

 真顔で問いかけられて、言葉に詰まった。

 廉造はこういうときには一切照れたりしない。

 

 廉造から顔を背けて、窓を向く。


「……仲間は仲間だが、なんつーか、な」

「ワガママな野郎だな」

「それ俺に言うかね」

 

 やれやれとため息をつかれた。

 だめだ。

 廉造と口喧嘩をしても、勝てる気がしない。


 今回、デュテュやリミノ、シルベニアやキャスチは別のヒ車に乗っていくようだ。

 ティヒにも余裕ができたのだろう。これも廉造の口八丁の産物か。

 

 すると、窓の外に慶喜が見えた。

 彼は隣に立つロリシアとともに、こちらに手を振っている。

 

 廉造の目を意識して、イサギはしばらく憮然としていたのだが。


「手ェ振ってやれよ」

「……しかしな」

「迷うなんて贅沢、もうできねえかもしれないぜ」

「……」

 

 確かにそうだけれど。


 イサギはこのまま暗黒大陸を去る。

 そして、もう二度と慶喜に会えないかもしれないのだけれど。

 

 プレハやセルデル、バリーズドにも、

 伝えたいことは、本当にたくさんあったのだけれど。

 結局、一言も残せなかった。

 

「あーもう」

 

 イサギはヒ車の扉を開く。

 すでに走り始めている車は砂埃をあげて、慶喜たちから遠ざかっている。


 イサギは半身を出し、口に手を当てて叫ぶ。


「慶喜ー!

 元気でやれよなー!」


 彼もまた。


「先輩こそー!

 ハーレム作ったら、ぼくにもわけてくださいねー!」

「うっせー! ばか!

 俺はひとりでいいんだよ!」

「ぼ、ぼくだってロリシアちゃんしか興味ないっすよー!」

 

 どさくさに紛れて告白しやがった。

 しかし、隣に立っているロリシアはなぜか小さくため息をついたように見えた。

 彼の恋は、なかなか成就が難しそうだ。


 笑ってしまう。

 そのまま、怒鳴る。


「いいか! 慶喜!

 好きな女はな、なにがあっても絶対に離すなよ!

 ぜってーだ! 目を逸らした途端に、いなくなっちまうんだからな!

 この大陸でふたりで幸せにやれよ! 慶喜!」

 

 もう彼の声は届かない。

 こちらの声も届いていないかもしれない。

 

 それでも慶喜は腕を突き上げた。

 王冠をかぶった、今は頼りない魔王だ。

 だけど、その姿は輝いて見えた。

 ロリシアと共に並び立つ彼は、眩しかった。


 もしかしたら慶喜はこの世界に骨を埋めるのかもしれない。

 だが、それもいいだろう。

 彼のそばには、彼の愛する少女がいるのだから。


「くっそ……」

 

 思わず悔しくなって、つぶやく。

 ヒ車に戻ると、廉造は腕を組みながら目を伏せていた。

 

 彼の向かいに座る。

 すると、廉造が口を開く。


「……必ず帰ろうぜ、イサ」


 イサギもまた、力強くうなずいた。


「ああ」

 

 互いの、待つ少女がいる世界へと。

 そうだ、帰るんだ。

 

 ――愛する女の元へと、だ。

  

 

 

 ◆◆

 

 

 

 そして、さらに数日後。

 魔王城。

 今この地は、冒険者の一団によって占領されていた。

 

 放棄されたダンジョンに、お宝目的で忍び込んだ冒険者たちだ。

 城を防衛していたわずかなゴーレム兵は、皆、打ち砕かれていた。

 

「ったく、しけてんなあ」

 

 迷宮攻略を生業とするA級ギルド<ラビリンス>の長、

 タウスは巨漢の斧使いだ。

 

 中をくまなく探せば小銭を拾うことは可能だが、

 彼が求めているのは、そんなものではない。

 一攫千金。国をも買い取ることができるような財宝である。

 

『魔王城』という響きに騙されていたか。

 

「お頭、もう帰りましょうよぉ」

「バカ野郎。こういうところには隠し部屋があるって相場が決まってんだよ。

 玉座の裏とか、石像の近くとか、くまなく探せバカ」

「玉座なんてないっすよぉ」

 

 タウスは部下に自分のことを『お頭』と呼ばせていた。

『ギルドマスター』などという気取った肩書きは照れてしまう。

 

 ともかく、一旦部下19名を中庭に集めたタウスは、

 彼らに告げる。


「いいか、ここで俺たちは名をあげるんだ。

 S級冒険者となって、誰からも羨まれる王宮仕えだ! いいな!?」


 だが、ひとりが手を挙げて眉をひそめながら発言する。


「でもお頭……ここ、あの『魔王城』っすよ。

 呪いを浴びちまいますよ……」

「バカ野郎。呪いなんて怖くねえんだよ」

 

 魔王本人が出てきたら、さすがの俺もビビっちまうけどな。

 言葉には出さず、つぶやく。

 

 

 その時だ。

 開けっ放しになっていた城門から、人影がこちらに向かってやってくる。

 

 他の冒険者とかち合ってしまったのだろうか、とタウスは不愉快そうな顔をした。

 人の獲物(クエスト)に手を出すのは、ルール違反だ。

 冒険者としてのしきたりを身体に叩きこんでやらなければならない。

 

 が、違う。

 歩み出てきたのは、男がふたりと、女がひとり。

 様子がおかしい。

 

 先頭の男は薄く笑いながら、こちらに殺気を叩きつけてきている。

 

「雑魚が、いるじゃねえか。

 オレらのシマに手を出した以上、

 どうなるかわかってンだろうな?」

 

 なんという禍々しさか。

 

 まずい。

 タウスは本能的に理解した。


 狩るものと狩られるもの。

 この世界には二種類の人間がいるのだと、気づく。

 

 タウスは一歩後ずさりした。

  

  

 ――自分たちは、魔王に遭遇してしまった。

 

  

  

廉造:ルート分岐。屍の魔王廉造ルート。

 

慶喜:ルート分岐。魔王慶喜ロリハーレムルート。勝ち組。

ロリシア:ルート分岐。魔王慶喜ロリハーレムルート。メイドご主人様Lv57。覚えた技=鞭・調教・尊厳破壊・言葉攻めLv57。


イサギ:ルート分岐。魔王慶喜軍家庭教師ルートEnd。日本人だからイッちゃっている。未来に生きている。

 

タウス:A級冒険者の男。特に見せ場もなく次の話で死にます。

  

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