4-4 世界vs<レンゾウ>
「動くんじゃねえ!」
鋭く怒鳴り声をあげた廉造。
噴水のように首から血を吹き出すリージーンの死体越しに、
彼は五魔将を睨みつける。
「オレァ、呼び出された魔王候補、廉造だ。
怪しい動きをした瞬間に、
そこにいるもうひとりの魔王候補、イサがテメェらの首を斬り落とすぜ」
なんつーやつだ。
一瞬で共犯者にされてしまった。
(まったく聞いていねえぜ、廉造くんよ……)
イサギは叫び出してしまいそうになったが、この場は平然を装う。
五魔将の長とも呼べるような人物をこの場で暗殺するとは、一体どういう考えだ。
あのままではデュテュが処刑されていたかもしれないとしても、凄まじい発想である。
(……いや、ちげぇな。
廉造はここに来る前の間に、もう考えていたんだろうな。
邪魔者を殺して、全員を一気にデュテュ派に引き入れるような方法を)
魔王廉造。
その称号にふさわしい狂気である。
辺りを満ちる緊張感は、今にも弾けてしまいそうなほどに危うい。
一方、リージーンの殺害を間近で目撃していたデュテュは口から泡を吹いて気を失っていた。
いくらなんでも弱すぎる。
そしてキャスチもまた、腰を抜かしたようにその場にへたり込んで……
「あ、あああ……はううううう……」
なにやら、ちょろちょろと水音を立てて、下半身を濡らしているようだったが。
術式教授キャスチの名誉に関わるため、これ以上の言及は避けよう。
しかし、これはクーデターだ。
血を滴らせた廉造に、殺意が突き刺さる。
だが、廉造。
まるで臆さない。
「なにが五魔将だ。テメェらは名前ばかりか?
暗黒大陸に引きこもって、くだらねェ会議か。
根性のねえやつらが集まって、ピーチクパーチクさえずっているんじゃねェよ。
前線で戦っていた姫さんやシル公のほうが、よっぽど役に立っているぜ」
「人間風情が我らを愚弄するか――」
その瞬間だ。
水軍の長、四本の腕を持つ魔族ダゴンが立ち上がり、拳を掲げた。
彼だけではない。
タイミングを同じくしてヘルバウンド市長も魔術を描いている。
(――無茶しやがって!)
イサギは跳躍し、円卓の上に登ると、
そのまま走ってダゴンの首を掴み、無理矢理地面に押さえつけた。
と、左目の眼帯を開いて、
いつでも禁術を放てるようにし、ヘルバウンドを睨みつける。
「ぐ……」
イサギの両眼に射すくめられたヘルバウンドは、脱力したように椅子に沈み込む。
ダゴンはイサギの手の下でもがこうとしていたため、そのまま絞め落とした。
たった一瞬で水軍の五魔将を取り押さえたイサギ。
その横で、廉造は腕を組みながら平然と立っている。
並の胆力ではない。
「協力しろ、と言う気はねえ。
魔族のトップ争いにも興味はねえ。
ただ、オレたちと姫さんのやることを邪魔すンな。
――殺すぞ」
魔族の君主たちが、まるで死んだように口を閉ざしてゆく。
その代わり、部屋の中は蒸すほどに暑く、汗が吹き出てくる。
静寂を破ったのは、議長メドレサだった。
「……また、すごいのが来たわね」
彼女は嘆息した。
威嚇する蛇のような髪を指で撫で、廉造を見やる。
「魔王候補、レンゾウと言ったわね。
あなたの要求を聞こうじゃない。
あなたはこのアルバリススでなにを為そうというの」
間髪入れず、答える。
「皆殺しだ」
血まみれの廉造はメドレサを見返す。
その姿は歴戦の将のようだ。
「冒険者の屍を積み上げて、ひとり残らず殺し、
極大結晶を手に入れて、オレは元の世界に戻る」
彼らのやり取りを眺めながら、
イサギはそっと左目を手で押さえた。
(……頼むから、この場にいる全員で剣の舞なんて、やめてくれよ)
廉造とデュテュがふたり同時に巻き込まれたら、それこそかばいきれる自信はない。
最悪、イサギの手による皆殺しだ。
国のトップが全滅したら、魔族国連邦だって瓦解してしまう。
なし崩し的にデュテュや廉造が実権を握るのか?
(そんなことになったら、とてつもない数の人死が出るぞ……)
血で血を洗うような権力争いが起こるだろう。
それも、全ての街で同時に、だ。
人間族と戦うような話ではない。
(やめろよ廉造、マジでやめろよ……)
誰もが今にも立ち上がり、剣を抜いてもおかしくない修羅場だ。
その場を保っているのは、今やメドレサ議長の落ち着いた言葉だけだった。
「あなたが今殺したその人はね、
この場にいる全員が一日でも早く死ねばいいのにって心から願っていたけれど、
結局いつまでも殺すわけにはいかなかった人なのよ。
そこには本当にたくさんの理由があったのだけれど、
あなたにはそれら全てを清算できるのかしら」
「知ったこっちゃねえな、ンなことは」
「……そうね、粗暴な王に言ったところで無駄な話だったわ」
急激に、メドレサを取り巻く雰囲気が冷却されてゆく。
あとひと押しで、この場の空気は砕け散る。
が、メドレサは手を打った。
乾いた音が室内に響く。
「わかったわ、レンゾウ。
あなたを私たちは誰も止めはしない」
「……あ?」
「私だって自分の命が大事よ」
メドレサはイサギを見つめていた。
そのどろっとした視線に、イサギは冷たいものを感じる。
こいつは、まさか。
だが、彼女はすぐにイサギから視線を逸らして、廉造を見やる。
「ダゴンを赤子扱いするような護衛を連れて、
それで私たちの命は人質も同然。
おまけに交渉の余地もなく、すでにひとりの死者が出た。
こんな状態で、対等に意見を交わせるわけがないわ」
「物分かりがいいじゃねェか」
廉造のその言い草、まるで凶悪犯である。
いや……、とイサギは思い返す。
紛れもなく罪人だった。
「ただ、仲間を殺した以上、
あなたを魔王と認めるわけにはいかないわ。
わたしたちにも、矜持というものがあるのよ。
皆が皆、リージーンのような男だとは思わないでほしいわ。
殺されるとわかっていても、そこだけは譲れないところね」
「どうでもいいさ、ンなことは。
色々ともらえるモンをいただいたら、すぐに帰る」
その言い草に、イサギは唖然としてしまう。
(まるで山賊だな……)
見せしめにひとりを殺し、物資を奪う。
本当に、なんてやつだ。
廉造は髪をかきあげながら、一同を見回して怒鳴る。
「オレは廉造。ここではない違う世界で生まれた。
望むのなら、あらゆるものを破壊し尽くしてやる。
それがオレの存在意義さ。
だがな、それでテメェらは満足か?
ここはテメェら魔族の国だろうが。
それをよそから来た野郎になにもかも任せて、満足か?
誇りはないのか? 結果的に命があればそれでいいのか?
くだらねェ。
オレは心底、失望したぜ。
テメェらみてえな腰抜けと組むぐらいなら、
姫さんとイサと暗黒大陸を取り戻す」
廉造は拳を掲げた。
全員に見えるように、突き出す。
「だがな、もし少しでも気概が残っているやつがいるのなら、オレのところに来い。
そンときは、好きなだけ暴れさせてやるよ。
テメェの力で、テメェらの国を、仲間を、恋人を守れ。
逃げるのは止めろ。立ち向かえ。闘え。
オレが言いてェのはそれだけだ」
彼の体に刻み込まれた封術の証が、わずかに輝きを放つ。
その膨大な魔力を感じ取ったのか、五魔将たちは口をつぐんだ。
このうちの何人かは覚えているのだろう。
かつて自分たちが仕えていた男、アンリマンユにあった同種の禁術を。
(こいつ……)
イサギもまた、驚いていた。
時折その片鱗を見せていたこともあったが、ここまでだとは思わなかった。
その粗暴な印象に覆い隠されているが、廉造の取り柄は戦闘能力だけではない。
彼には人の上に立つ器がある。
それは慶喜やイサギにさえ、持っていないものだ。
もしかしたら今まで、廉造という人物を見誤っていたのかもしれない。
彼はそんじょそこらのヤンキーではない。
類まれな才覚を持つ将星だ。
「あとで用があるやつは、オレの部屋に来い。
邪魔したな」
言いたいことを言い終わると、廉造は身を翻した。
イサギも彼の後ろにつく。
デュテュやキャスチを放置することには一抹の不安を覚えたが、
イサギの戦闘力を目の当たりにした彼らが、これ以上廉造の怒りを買うとは考えにくい。
後ろからメドレサのため息が聞こえてきた。
「さ、これでもまだ人間族に降伏を申し入れたいと思う人は、
なにか意見を挙げてほしいのだけど……」
廊下に出て、廉造の横に並ぶ。
「どうだった、イサ」
「やり過ぎだ、廉造」
「そうかい」
たしなめるが、彼は笑うだけだった。
さすがにイサギは苦言を呈する。
「……人を殺したんだぞ、廉造。
あんなに軽々と、お前らしくないだろ」
「らしくないだと?
あのままだったら姫さんが殺されていたんだぜ」
「話し合いの道は残されていただろ」
「甘ェよ」
「……」
頬にこびりついた血をこすり、廉造はこちらを見た。
「敵の敵は、味方だ。
これでデュテュ派の連中も動きやすくなる。
オレみてえなやつは、何をするかわからねェからな。
ケンカの心得第三条、ビビらせたもん勝ちよ」
さすがにイサギはその言葉を看過するわけにはいかなかった。
「廉造、これはケンカじゃない。
俺たちは魔族を守るために戦うんだ。
それなのに……」
「あ? 違ェよ」
廉造が苛立った口調でイサギを睨む。
「姫さんには借りがある。
あいつは悪ィやつじゃねえってことがわかったしな。
だがな、その姫さんに全てを押しつけて引っ込んでたのがあの連中だぜ?
テメェこそ見誤ンなよな。
オレは元の世界に帰るために戦うんだ。
あんな連中、知ったこっちゃねェよ」
「廉造……」
「そんなやり方じゃ、いつまで経っても帰れねえぞ。
テメェは甘すぎんだよ、イサ」
だとしても、イサギは自分の考えを変える気はない。
「廉造、人を殺したんだぞ」
「あいつは姫さんを殺そうとした。
気に入らねェ」
「遊びでやっているんじゃないんだ」
「イサ、テメェは――」
振り返ってきた彼は、息を呑む。
いつになく真剣な顔で、イサギは廉造の目を見返す。
「父さんも母さんも、俺が中学一年生のときに、
交通事故に合って亡くなった。突然だったんだ。
悲しかったし、悔しかったさ。
もしできるものならば、敵を討ってやりたかった。
あのリージーンにだって、息子や娘がいたかもしれない。
人の命を奪うということは、誰かに恨まれる覚悟を背負うということだ」
「……」
「廉造、お前はそんなことを続けていたら、
いつか、味方がひとりもいなくなるぞ。
人間族だけじゃない。
魔族までも敵に回し、いずれは全ての種族に囲まれて討たれる」
廉造は頭をかく。
それから据わった目をイサギに向けた。
「味方がいなくなる? だからなんだよ。
そンときは、全員をぶっ殺してオレァ元の世界に帰るだけだ」
イサギは思わず拳を握った。
「廉造、お前、
この世界の人々の命を、なんだと思って」
「……オレにも守らなきゃいけねえもんがある」
「そんなのはわかっている。
だが、誰でも同じだ。
お前だけが特別だとでも思っているのか。
愛弓さんは、お前の理屈を押し通すための、
ジョーカーなんかじゃないぞ」
「ンだとゴラ」
廉造の語気が荒くなった。
しばらくの間、睨み合う。
イサギは目を逸らさない。
先に引いたのは、意外にも廉造だった。
「……言うじゃねえか。
わかったさ、イサ。
他ならぬテメェの忠告だ。
心に刻んでおこうじゃねえか」
「そうか」
「ああ。次からはもっと上手くやる」
言い方が多少気になったが、
それが彼のギリギリの妥協点だったのだろう。
イサギも言いかけた言葉を飲み込む。
「……俺も、悪かった。
妹さんの名前を出しちまってな」
「いいさ。
オレだって無茶なことをしたということは、わかっている。
命を失うかもしれなかったってこともだ。
そんだけオレのためを思ってくれているってことだよな?
てめえはいつもそうさ。
いつだって誰かのために、だろ。
それぐらいわかる」
廉造は虫を払うように手を振る。
再び歩き出した彼の後ろを、イサギはついてゆく。
「ま、さっさと帰る準備をしちまうぜ。
これからオレたちの暗黒大陸解放戦線だ」
「……」
「もはや兵隊の数で勝敗は決まる時代は終わった。
ここはそういう世界じゃねえ。
どんなに数を揃えても大規模魔術でドカンさ。
だったら城を落とすのだって同じことだ。
オレたちだって十数人の冒険者に殺されそうになったんだ。
今度はオレがやり返してやらァ」
廉造の瞳には、戦を楽しむような輝きが浮かんでいた。
「商業都市レリクスとミンフェスに同時侵攻をかける。
だが、ミンフェスを攻めるのはフェイクさ。
睨み合っているうちに、オレとイサでレリクスを落とす。
あとは順番だ」
「廉造」
「あ?」
イサギは立ち止まる。
もうひとつ言わなければならないことがある。
振り返ってくる廉造。
彼の目を見据えながら、イサギは告げた。
「……すまない。
俺は廉造と共には、行けないんだ」
廉造は顔を歪めた。
「あ?」
わずかな殺意の気配が、彼の周りを漂い始めていた。
デュテュ:スプラッターとか怖い。ブクブクブクブク……
キャスチ:見せられないよ。
メドレサ:なんなのこのひと……召喚者とかもうやだ……おうちかえってたまごたべたいよう……
廉造:リージーンは“不運”と“踊”っちまったのさ……
イサギ:漁船・激おこぷんぷん丸。実は41話目にして初めてのおこである。