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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:4 鞄には愛だけを詰め込んで
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4-3 元勇者、聳動する

   

 まだまだヒ車の中だ。

 廉造とキャスチは仲睦まじく――傍目には――過ごしている。


 移動中にいくつか確認しておきたいことがあったので、

 ふたりのじゃれ合いを一時中断させてもらう。


 イサギはキャスチに尋ねた。


「なあキャスチ。

 五魔将会議の列席者について、簡単に説明してほしいんだが」

「う、うむ、構わんぞ」

 

 彼女は腕組をしながらうなずく。

 その黒髪をなぜかツインテールに結んでいたが、

 これはデュテュが廉造のためを思い、

 さらに彼女の容姿を愛弓に近づけようとした結果である。


 キャスチも吹っ切れたのか、されるがままになっていた。

 色々含めて、まるで小学生が大人の真似をしているような仕草である。


「現在、五魔将は九人おる。

 先日にミョルネンが討たれたからの。

 その後継者として、ジャルワナ市のヘルハウンドが新たな十人目の五魔将に選ばれる予定じゃ」

「なんだよ、十人いるのに五魔将って。十魔将に名前を変えればいいのに」

 

 反射的に突っ込むイサギ。

 

「五魔将の『五魔』とは、五人という意味ではないのじゃ。

 魔族に必要な五つの資質。慈愛、武勇、政道、尽忠、智慮の、

 五魔を兼ね備えたものに与えられる称号……と、今ではそういう解釈がされておる」

「ふーん」


「まあそれは良いとして……

 他には現魔族国連邦魔術団団長ゴールドマン。

 魔族国連邦騎士団団長イグナイト。

 魔族国連邦水軍総督ダゴン。

 この三軍の頭が、武将としての五魔将じゃな」

「へえ」

 

 うなずく。

 魔術団、騎士団、水軍。

 先代のその三軍とはやりあったことがある。

 当時の魔族帝国の最高戦力たちだ。


「残る六人が、魔族国連邦の各都市、国々の君主たちじゃ。

 商業都市レリクス君主オセ。港町ブラックラウンドを仕切る海賊ドルフィン。

 ブラザハス君主リージーン。ドレッドノート君主ドレッドノート34世。

 トラファザ君主ペイモン。魔族国連邦最高議長メドレサ。

 この合計九名が今のところ、現五魔将であるな」

 

 キャスチはスラスラと語る。


 イラがいなくなった今、キャスチは貴重な情報源だ。

 言葉も噛まないし、うろ覚えでもないし。

 誰と比べているというわけではないが。


 イサギは重ねて尋ねる。


「その中で、それぞれの派閥の内情を聞かせてほしいんだ」

「ふむ、派閥か。

 そうじゃの……」

 

 キャスチは中空に視線を浮かべる。


「魔族国連邦は単純に区分けするのなら、三つの派閥がある。

 魔帝の娘デュテュを掲げる魔帝派。

 ブラザハス君主リージーンを中心としたリージーン派。

 そして、メドレサによるメドレサ派。

 この三つじゃな」


(一応、デュテュにも派閥があったんだな)

 

 手を叩きながら景色を眺めているデュテュを見て、そんなことを思ってしまう。

 

 闘気を操る訓練を続けていた廉造が、口を挟む。


「そいつらはどう違ェんだ?」

「うむ。デュテュ派は過激派じゃ。

 暗黒大陸から人間族を押し返し、機会があればスラオシャ大陸まで進軍。

 人間族を滅ぼすことが目標とされておる」

「マジかよ。

 姫さん殺る気満々じゃねェか」

「えへへー」

 

 照れて頭をかくデュテュ。

 それはリアクションが間違っているだろう、と思う。


「メドレサ派は穏健派じゃな。

 暗黒大陸を取り返そうとしておるが、人間を恐れてもいる。

 魔族の被害を最小限に押しとどめようとしておるの。

 一番建設的な派閥だと思っておるが、その分積極性に欠けるわい」

「ふむふむ」

 

 所詮は現状維持だ。

 その煮え切らない態度に腹を立てるものも多いだろう。

 

「そして最後のリージーン派は、親人間派じゃ」

「そんなやつもいるのか」

「降伏を主張するもの、属国化を主張するもの。様々じゃ。

 じゃが自国の国民を是が非でも守ろうとするその姿勢は、

 悪いことではないと思っておる」

「デュテュの敵かァ?」

「そういった単純なものではないのじゃ。

 リージーン派にもデュテュを支援しているものはおる。

 魔王城が人間族を引きつけるのは、どの派閥にとっても良いことであるからな」

「わっかンねェな……」

 

 廉造は頭をかく。

 

「トップが三人いるんだろ?

 で、そいつらの主張が全部異なっている。

 なんでそれでやっていけンだよ」

「そういうもんなんだってば、廉造」

「わっかンね」

「……まあ正直、俺もよくわからない」


 イサギも話としては知っている、というだけだ。


 商人、騎士、貴族、君主、それぞれにはそれぞれの思惑がある。

 リージーン派を主張しながらも、個人的に魔族を憎んでいる商人。

 あるいは穏健派でいながら、

 リージーン派と過激派の争いを助長するために双方に援助するものもいる。


 キャスチは神妙な顔で腕を組む。


「恐らく、今回の件でデュテュはそれなりの責任を取らされるじゃろうな」

「……責任?」

「うむ。様々な策謀があったとはいえ、

 デュテュ派は穏健派、親人間派を抑えて、召喚陣フォールダウンを起動させたのじゃ。

 それによってひとりの裏切り者が出たとあらば、

 魔帝派のリーダーとして担ぎあげられているデュテュへの追求は免れまい」

「そうか……」

 

 イサギはデュテュに目を向ける。

 デュテュは相変わらず微笑んでいる。


「仕方ありません。

 シュウさまが行ってしまわれたのも、事実ですから」

「……」

 

 イサギは口をつぐむ。

 彼女の役目はただひとつ、『責任を取ること』。

 それが上に立つ者の宿命なのだ。

 ただ廉造だけが「くだらねぇ」と吐き捨てた。

 

「……アンリマンユが存命だったらのう。

 あやつが魔族をまとめあげたそのやり方は決して褒められるものではなかったが、

 逆境に陥った今でこそ、アンリマンユのような人材が求められているのかもしれんの」

 

 思い出すようにしみじみとつぶやく。

 しばらくの間、車内には静寂の帳が降りる。

 

 イサギは頭を抱えたまま、後ろに寄りかかった。


 話を聞いた限り、五魔将たちも魔王候補を歓迎するものたちだけではないだろう。

 というよりも、親人間派にとっては魔王候補はハッキリと邪魔な存在だ。

 もしかしたら、暗殺者が放たれる可能性だってある。

 

(……俺がこっちに来たのも、間違いじゃなかったのかもな)

 

 デュテュと廉造から常に目を離さないようにしなければ。

 

 


 ◆◆

 


 

 そして、旅立ちから一週間と少し。

 

 魔族国連邦の最大の都市、ブラザハス。

 暗黒大陸西部に位置するこの街は、山脈を背に立つ天然の要塞だ。

 アンリマンユが誕生したのもこの街だと言われている。

 

 南方には未開の地が広がっているため、

 実質このブラザハスが魔族国連邦の最南端である。

 

 かつて英雄の時代、魔族の王クリシュナが迷宮を攻略し、極大魔晶に肥沃な大地を願って生まれたとされるのがこの辺りに広がるラディアント平原と、そこを縦断して流れるバロムス川である。


 暗黒大陸においてこの地の重要性を外すことはできない。


 首都ブラザハスと、暗黒大陸北西部のジャルワナ市、

 そして人間族に奪われている東部のレリクス。

 これらが魔族国連邦の基盤を支える、政治的にも重要な意味を持つ三大都市である。

 

 地獄門と呼ばれるその巨大な城門に向かい、一台の“ヒ車”が走っている。

 

 

 ボックスの中には、四人の人物がいた。

 彼らは、魔王城からいち早くブラザハスへと発った四人である。

 

 ヒ車はそのまま城下へと向かう。

  

 目指す先はブラザハスに立つ要塞――クリシュナ城である。

 

 

  

 

 五魔将会議は、クリシュナ城円卓の間で行われる。

 すでにその場には、九名の魔将が勢揃いしていた。

 それに加えて、ジャルワナ市市長ヘルハウンドもだ。

 

 扉を開いてやってきたのは、四人。

 先頭に立つのは真っ白なドレスを着た魔帝の娘、デュテュだ。

 皆の注目を浴びながら、彼女は空いている席に腰を下ろす。


 イサギと廉造、それにキャスチはその後ろに並んで立った。

 本来なら当然部外者は立入禁止の場所であるが、今回は魔王候補の披露の舞台でもある。

 そのため、イサギ廉造のふたりも、参会を許されたのだ。

 


「これで全員が揃ったわね」

 

 第一声は、魔族国連邦議長であるメドレサによって告げられた。


「それでは、これより魔暦752年度の五魔将会議を始めるわ」

 

 彼女はボンテージのような格好に身を包む黒髪の美しい女性だった。

 髪のうちの何本かが蛇となって蠢いている。

 

 

 とりあえずイサギは座る十一名を順番に眺めた。

 もちろん、政治的なことはあまりわからないため、武人としての視点だ。

 

 全員が全員、一定以上の力は持っている。

 その中でも特筆すべきはやはり、三軍の長か。

 皆、武装解除されているものの、間違いなく強い。


 ブラックラウンドの海賊ドルフィンもそれに次ぐだろう。

 あとは大体、似たようなものだ。

 術式の順列だけは、見てみないことにはわからないが。

 

 廉造が声を潜めて尋ねてくる。


(……どうだ? こいつらは)


 あらかじめ、廉造と話していた。

 五魔将の実力とイサギの実力を比べてどうか、ということだ。


(ん……そう、だね。

 まあ俺ひとりでなんとかなるかな……?)

(そうか)

 

 その問いかけの意図はわからなかったが、応える。

 廉造ではどうだろう。三軍の長とドルフィンは厳しいか。

 それ以外の相手なら、一対一でもまず負けはしないと思う。

 

 

 会議の流れはやはり予想していた通りだ。

 真っ先にデュテュがやり玉に挙げられていた。

 

「フォールダウンを使い、

 それでいて人間の反魔感情を逆撫でして一体何のつもりだ!

 ただでさえ我々は微妙な立場に立っているというのに!

 我々が長年かけた外交をたったの一瞬にして無駄にしたんだぞ!」

 

 高級な石でできた円卓を叩き、立ち上がるのは屈強な男。

 ブラザハスを治める君主リージーンだ。

 側頭部から巨大な角を生やしている、悪魔らしい外見を持つ悪魔である。


「さらに聞くところによると、その中のひとりが裏切ったという話ではないか!

 魔王城の内情もなにもかも奪われた!

 貴様たちは魔族を滅亡に追い込むつもりか!」

「え、いえ、そんなつもりは、その……」

 

 デュテュはオロオロとしている。

 ここに来るまでは毅然とした態度を保っていたが、

 真っ向から怒声を浴びせられることには慣れていないようだ。

 

 周りの五魔将も冷ややかに事態を静観している。

 致命的な失策をしてしまったデュテュに味方はいない。

 あるいは、それだけリージーンの根回しが行き届いていたということか。

 

「……話にならぬ。

 ここは、人間族に事を納めてもらう以外にあるまいな」

「すぐに使者を立てよう」

「手土産も持たせなければな」

「人間族の怒りを沈めるのは、並大抵のことではないぞ」


 リージーン派の魔族たちが次々に発言をする。

 その数、ジャルワナ市長ヘルバウンドも含めて、四人。

 五魔将たちの中でも今やリージーン派は最大派閥である。

 彼らに睨まれては、メドレサたちも容易に口を開くことはできない。

 

 デュテュがなにも言えないうちに、リージーンが彼女を睨んだ。

 その口元には、邪悪な笑みが浮かんでる。


「デュテュ殿。その責任は貴女が取ってくれるのでしょうな」


 その言葉を、彼女は名誉挽回のチャンスだと受け取った。

 意気込んで拳を握る。


「え、あ、は、はい!

 わたくしにできることでしたら!」

「結構」


 立ち上がるデュテュに、満足そうにうなずくリージーン。


「ならばデュテュ殿。

 貴女にはその首を差し出していただきましょう」

「は、はい!

 って……え、え?」

 

 勢い良くうなずいたデュテュが問い返す。

 だがリージーンはもう取り合わなかった。

 

(なんだって……)

 

 イサギは絶句した。


 デュテュが殺される?

 そんなバカな話があってもいいのか。

 

 キャスチを見やる。

 彼女もまた渋い顔をしていた。

 

 これも全てリージーンの策謀か。

 デュテュが死ねば、名実ともにリージーンが魔族国連邦の長に近づく。

 また、メドレサにとっても悪くはない話だ。

 穏健派の彼女は人間族との正面衝突を望んではいないだろう。

 

 しまった。

 この五魔将会議は、デュテュを謀殺するためのものだ。

 自分たちはそのために呼び出されたのだ。


 イサギは拳を握り固める。

 たとえそれが魔族国連邦の意思であっても、

 立ち向かわなければならない。



 リージーンは今度は自分が立ち上がった。

 五魔将一同を見回しながら、全員に語り出す。


「諸君! 鉄火の時代は終わりを告げた。

 これから魔族は生き残るための道を模索せねばならない。

 人間族の生み出した戦闘種族冒険者は、もはや我々の手には余る生き物だ。

 スラオシャ大陸の同胞たちの失敗を、悲劇を、繰り返してはならぬ!」

 

 彼は身振りを交えながら、演説を続ける。


「我々には守るべきものがある!

 それは決して闘争の果てには手に入らない、とても大切な命だ!

 市民を、家族を、そして友を守るために、我々はあえて泥をすするのだ!

 この決断を、魔族たちは非難することがあるかもしれん。

 だが、我々の正しさは歴史が証明してくれるだろう。

 だから、諸君、今は耐えるのだ!

 いつか人間族をこの暗黒大陸から放逐し、再び栄誉を手にするその日まで――」

 

 リージーンの後ろには、いつの間にか廉造が立っていた。

 警護の兵が止めようと、廉造に向かってゆく中。

 

 廉造はリージーンの後頭部に手を当てる。

「あ?」とリージーンが振り返ろうとしたその時。



 廉造はリージーンの頭を胴体からむしり取った。

 

 

 誰も止められなかった。

 

 まさかそんなことをするだなんて、誰も思わなかったから。

 イサギすらも聳動(しょうどう)する。


 やりやがった。

 こいつ、やりやがった、と。

 

 

「ごちゃごちゃうっせェよ。

 ――死んどけ」

 

 

 返り血を浴びながら、

 五魔将の頭を放り投げ、廉造は薄く笑っていた。

  

 

  

デュテュ:( ゜д゜)

キャスチ:( ゜д゜)

イサギ:( ゜д゜)


廉造:この廉造、容赦せん!

リージーン:親人間派のトップ。登場&退場。

メドレサ:穏健派のトップ。蛇っぽいおねーさん。 

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