表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:4 鞄には愛だけを詰め込んで
39/176

4-2 お兄ちゃんですらないけど愛さえあれば関係ないよねっ

   

「ふむ……これが噂の沈黙陣(サイレント)か……」

 

 向かいに座るリミノの傷跡をマジマジと見つめるキャスチ。

 彼女は難しそうに首をひねる。


「わからんの。直接コードを見たならばともかく、

 この傷から効果を推測するのは不可能じゃわい。

 しかし、丁寧に治療術をかけ続けておれば、半年もかからず完治するじゃろうて」

 

 んー、と首を突き出していたリミノは安心したような笑みを見せる。

 首から下げていた小さな黒板を取ると、そこにチョークを滑らせた。

 こちらに向けてくる。


『ありがとうございます、キャスチ先生(≧∇≦)/』


 そこには可愛らしいイラストも描かれていた。

 手先の器用なリミノだ。

 

 うむ、と幼い容姿の教師は仰々しくうなずいた。

 

「ま、発声はできずとも、コードを描くことはいくらでも可能じゃ。

 術師の道は一日してならず。せいぜい励めよ、娘」


『了解です(≧∇≦)/』




 ◆◆

 

 

 

 一方その頃、魔王城の城門前。

 一足早く、こちらにはイサギ、廉造が待機をしていた。


「でもホントに大丈夫かなあ」

 

 イサギは心配そうにつぶやく。

 同じく旅装の廉造がポケットに手を突っ込みながら返す。


「ヨシ公がやる気なんだ。いいじゃねえかやらせてやれば」

「うーん……」

 

 イサギは浮かない表情だ。

 五魔将会議に出席するメンバーとして、当然魔王城の当主であるデュテュは欠かせない。

 それに案内としてキャスチが加わる。


 残るメンバーなのだが、廉造がどうしても参加したいと言い出したため、

 それならば、イサギは自分が残ると提案したのだが……

 

 どっちみち、魔王城からは撤退するのだ。

 少し遅れたところで、五魔将に会えるのなら、目的は達成する。


 だが、慶喜が、「自分が残るから心配しないでくださいっす」と宣言したのである。

 今度こそ、リミノとロリシアを守って見せますから、と。

 

 しかしイサギは、不安の種を取り除くことはできなかった。


「別に、慶喜の決意を疑っているわけじゃないんだよ」

「ン」

「ただ、そのときが来なきゃ、わからないことだってある。

 恐怖を克服することは大の大人にだって難しいんだ。

 それができなくたって、慶喜を責めるようなやつは誰もいないよ」

「過保護だな、テメェは」

「え?」

 

 廉造はイサギの肩を軽く叩く。


「そういう態度だから、あいつもムキになっちまったんだろうが。

 男ってのはな、『命さえ助かりゃそれでいい』ってわけじゃねえんだぞ」

「そんなこと言われてもな」

 

 命以上に大事なことなどない。

 けれどそれはある意味で、リヴァイブストーンに手を出した冒険者と、

 同じ考えになってしまうのかもしれないが。


「ちったァ任せてやれ。

 見送りに来ねえのも、ヨシ公の覚悟の現れだろ」

「でも廉造はさ、それで死んでも自己責任、って言うんだろ」

「たりめーだ。

 命張って失敗したんだったら黙って死ね」

「無理だな俺、そういう考えを飲み込むのは」

 

 結局、この場にいる時点で、それはイサギのただのワガママなのだが。


 だが、こう思うこともある。

 結局のところ、願いとは己のエゴだ。

 

 誰も傷つかなければいい。戦争なんて起きなければいい。

 魔族を救いたい。冒険者を救いたい。

 それは全て、イサギのエゴだ。

 誰かを殺したい。戦争を起こして他者を蹂躙したい。そんな欲望と同質のものだ。

 そして、同質のものだからこそ、それらの主張が激突したときには力を持つものが勝つのだ。


(そうだよな……

 俺はずっと、『勇者』って呼ばれることに違和感があったんだ)


 誰かのために魔帝を倒したとは言え、

 そのことによって不幸になるものも必ずいる。

 だから、イサギは自分が救世主などではないと思う。


 イサギもまた、

 かつては人間族の側に立ち、魔族に恐れられていた魔王なのだ。

 

 力を持って他者を圧倒するただの暴君だ。

 

(そう思うと、少しは気が楽になるってもんか)

 

 イサギは『自分が苦しみたくないから』、人間族と魔族を救おうとしている。

 それのどこが悪い?

 文句があるのなら、全身全霊を持ってイサギを止めてみればいい。

 できるものならば。

 そう思う。


 慶喜だって、どんなに恨まれることになっても救いたいと思う。

 死ぬよりは、絶対にマシだ。絶対に。


 

 

 しばらく廉造と無言で待っていると、

 デュテュとキャスチ、そして見送りのリミノがやってきた。 


『気をつけてね、お兄ちゃん!』

 

 ああ、とうなずく。


「リミノも元気でな」

『うんっ(≧∇≦)/』

 

 せわしなく黒板に文字を書くリミノ。

 もしかしたらついてきたいと言い出すのかと思ったが、そんなことはなかったようだ。

 その気丈さに、なぜだか妙な不安を覚えてしまう。

 

 イサギはリミノの髪を撫でる。


「……ま、すぐあっちで合流しような」


 リミノは相好を崩してイサギに抱きついてくる。

 髪を押しつけてくる彼女の仕草も、そのままだ。

 久しぶりの彼女の柔らかな感触にドキドキとしてしまう。

 少しだけ名残惜しかったが、リミノの華奢な肩を押し返す。


「じゃあな」

 

 彼女は笑顔で手を振ってくれた。

 そして、ヒ車に乗り込む。

 

 車内は広々としていた。

 キャスチが乗ってきた四頭立てのヒ車は、どうやら王族貴族御用達のものらしい。

 先に乗っていた廉造は、ふんぞり返ったまま空にコードを浮かべている。

 一分一秒でも努力することを忘れない、貪欲な男だ。

 

 遅れてデュテュが、そして最後にキャスチがやってくる。

 席順としては、イサギの隣に廉造、そして向かいにデュテュとキャスチだ。


「あのエルフの娘は、強くなるのう。

 機会があれば鍛えてみたいものじゃ」

 

 微笑を浮かべながらやってきたキャスチ。

 彼女を見た廉造が目を剥いた。


「……愛弓!?」

「ひょわっ!?」

 

 キャスチがのけぞる。

 廉造は身を乗り出して、キャスチに顔を近づける。


「なんでこんなとこに、てめ、どうしたんだよ。

 お前もこの世界に召喚されたっつーのか……?」

「わ、わしはそのような名前ではないぞ!」

「ああン……?」

 

 常に泰然自若な廉造には珍しい有様だ。

 イサギが間に割って入る。


「廉造、違うよ。その人はキャスチさん。

 シルベニアの魔術のお師匠さまだ」

「……あ?」

「ひっ」


 廉造がさらに呻くと、キャスチは小さく悲鳴をあげた。

 どうやら廉造の顔は、魔族全般にとって恐れられる造形なのかもしれない。

 

 彼はまじまじとキャスチを眺めて。


「……そういや、愛弓より一回り縮んでンな」

「そんなに似ているのか?」

「ああ、マジビビったぜ……

 ……声までそっくりだ」

 

 廉造はため息をついて席に深くもたれかかった。

 キャスチもまた、胸に手を当ててデュテュに引っ付いている。

 

「よ、よくわからんが、大切な人なのじゃな」

「……まァな」

 

 廉造はガリガリと頭をかく。

 その様子を眺めていたデュテュは微笑ましそうに笑っていた。

 



 ヒ車が走り始めて間もなく。

 廉造が目を伏せながら口を開く。


「キャスチ、っつったか」

「うむ?」

「にしても細ェな。ちゃんとメシ食っているのか?」

「う、うむ?」

「栄養は偏らないようにしろよ。

 愛弓は牛乳ばっかり残しやがってな」

「べ、別に食事なんぞ、一日二日摂らずとも……」

「あァ?」

「ひっ!

 た、食べます! ちゃんと食べます!」

 

 狭いヒ車内に、キャスチの悲鳴が響く。

 

 

 

 ここからブラザハスまではしばらくの間かかる。

 馬に比べて凄まじい健脚を誇るティヒですら、数日間の旅だという。

 

 しばらくのんびりとしようとは思ってみるものの、

 やはりイサギは魔王城のことが心配になってしまう。


(リミノ、慶喜、シルベニア……あと、ロリシアちゃんもか……)

 

 魔術兵団が乗ってきた大型ヒ車によって、とりあえず人員だけは避難する予定らしいが。

 少しでも早く撤退が完了してくれればそれがいい。

 

 そんなことを思っていると、だ。

 廉造がキャスチにつぶやく。


「……なあ、お前」

「お、お前ではない。

 きゃ、キャスチであるぞ!」

「キャスチ」

「ひっ」

 

 怯えて、再びデュテュの腕にすがりつくキャスチ。

 だがその向かいに座る廉造はどことなく頬が赤く見える。

 なんだろう、とふたりの様子を見ていると。


「……に、にいに……って呼んでくれてもいいンだぜ」


「は?」

「ふぇ?」

「……え?」

 

 廉造による爆弾発言である。

 ぽかーんと廉造を見返す三人。

 

 廉造は咳払いをした。

 一時の気の迷いを振り払うように、頭をかく。


「……ンだよ、テメェら」

「いや、なんか、猛烈に廉造らしくなくて……」

「だから、素直過ぎるっつってんだろ、イサ……」

「お前、シスコンだったのか?」

「あ!?」

 

 睨まれるが動じないイサギ。

 廉造は不機嫌そうだ。


「シスコンとか、ブラコンとかうぜェよマジで。

 家族なんだから大切に決まっているだろうが。クソが」

「そ、そうか……

 う、うん、そうかもしれないな……」

「もう半年も離れてるんだぜ。

 今頃どうして暮らしているのか、気にならねえわけがねえだろが。

 あいつはな、ああ見えて寂しがり屋でな。

 オレがいねーって泣いているはずなんだ、今頃……」

「そうか……

 ……心配なんだな」


 しかし、見ず知らずの女性に「兄と呼んでくれ」と頼むのは、

 どう考えても度が過ぎているような気もしたが、今回はイサギは口をつぐんだ。


 にこぱっとしたデュテュが、キャスチの両肩を掴む。


「ほら、先生、言ってあげてみてください」

「なぜわしが!?」

「レンゾウさまのためです。お願いします!」


 キラキラとした目で懇願されて、キャスチは息を呑む。

 さらに畳みかけるデュテュ。


「レンゾウさまは、見知らぬわたくしたちのために、四ヶ月にも及ぶ戦闘訓練を行ない、

 さらに先日は、わたくしたちを守るために冒険者に堂々と立ち向かってくださったのです!

 キャスチさま、お願いします、レンゾウさまの望みを効いてあげてくださいませ!」

「う、うううむ……」 

 

 ちなみにこうやってデュテュがキャスチにすがりついている間。

 一番恥ずかしそうにしていたのは廉造であることは間違いない。

 

「よ、よし……

 わかった、言うぞ……」

 

 キャスチは大きくうなずいて覚悟を決めたようだ。

 憮然とした廉造をじっと見つめて。

 顔を赤らめながら、恥ずかしそうに。

 両手を口元に当てて、上目遣いで。


「に、にぃにっ♪」

 

 きゃはっ、って感じで。

 イサギはツッコミを堪えるのに、非常に苦労した。

 

 廉造は口元を手で覆いながら、キャスチを見つめる。

 キャスチは乾いた笑みを浮かべながら、体を左右に揺らす。


「た、大変だったのう、にぃに♪

 で、でもこれからは、このキャスチが一緒じゃぞ、にぃにっ」

 

 きゃぴきゃぴな声をあげるキャスチ。

 ロリババアの無理している姿に、イサギは思わず慰めてあげたくなってしまう。


 慶喜でもいれば、手放しで喜びそうな光景であるが。

 廉造はどうしているのだろう、とふと思って。

 

 横を向くと、廉造のその目が潤んでいた。

 思わず息を呑んでしまう。

 鬼の目にも涙、だ。

 

「……ありがとよ、キャスチ」

「う、うむ」

 

 キャスチは口調を戻して腕を組む。

 廉造をちらちらと眺めて、つぶやく。


「べ、別に、そこまで喜ばれるのなら、

 またそう呼んでやることも、やぶさかではないぞ……に、にぃに」

「……サンキューな」

 

 廉造が手を伸ばしてキャスチの頭を撫でる。

 キャスチは不満そうに口を尖らせていたが、その手を払いのけることはなかった。

 

 

 

キャスチ:BABAA無理する。kawaii!!

リミノ:持ち歩いている黒板で意思疎通を図る。元々絵が上手だったのか、そのイラストは日々進化を遂げる。


廉造:シスコンとかうぜェと言うけれど紛れもなくシスコン。キャスチで妹分を補充する。


イサギ:力持つがゆえの葛藤を押し殺す。多くの人を殺し、数々の想いを踏みにじった末にたどり着いた結論は、所詮は願いを叶えるものは力以外はない、という哀しいものだった。それでも彼は人の善性を信じているのだが、もしそのバランスが崩れてしまったとき、かつての勇者は一体どうなってしまうのだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ