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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:4 鞄には愛だけを詰め込んで
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4-1 ロリは無慈悲な夜の女王

  

 デュテュが魔族国連邦各地に手紙を放ってからわずか十二日。

 ブラザハスからやってきたのは使者と、魔術兵団、

 そして石偶兵(ゴーレム)の一軍だ。

 

 しばらくの間、魔王城を警護する目的でやってきた彼らは、城門でデュテュに受け入れられる。

 前にも似たような状況での襲撃があったため、今回はその場にイサギも同席した。

 

 先頭のヒ車――馬に良く似た生物である“ティヒ”の二頭立てによる車――から降りてきたのは、ひとりの少女だ。

 どこかで見たような形の、紫色のローブに紫色の三角帽子をかぶっている。

 耳にかかるぐらいの長さの黒髪を切り揃えた、幼い魔族の少女である。

 

 彼女は子供らしからぬ威張った笑みを浮かべて、こちらに手を振ってきた。

 

「久しぶりじゃのう、デュテュよ!」

「キャスチ先生!」

 

 デュテュは嬉しそうにキャスチの元に駆け寄ると、彼女を脇を掴んで持ち上げた。

 高い高いをしながら、その場でくるくると回る。


「えへへへ! 先生! お会いしとうございました!」

「わしもじゃ! ずっと心配しておったぞ!」

「うふふふ」

「わははは!」

 

 なんだろう。このふたりは。

 とりあえず、やってきた魔術兵団30名の中に人間が混ざっていないかどうかを確認してきたイサギは、こめかみを押さえる。

 

 すると、その視線に気づいたのか。

 ニコニコしながら回されていたキャスチは、ハッとした。

 

「え、ええい降ろせデュテュや!

 わしを子供扱いするでない!」

「ああっ、先生かわいいです先生!」

「やめんか!」


 頬ずりするデュテュをぐいぐいと手で押し返すキャスチ。

 顔を真っ赤にしている彼女から、現代日本の小学生を想像させられてしまう。

 

 名残惜しそうに彼女を離したデュテュは、イサギに笑顔で向き直る。

 いまだ腕を組んでふくれっ面をしているキャスチを紹介してくる。


「イサさま、こちらの方は、

 魔族国連邦魔術兵団総団長キャスチ=マゼルン先生です!」


 噛まずに言えてすごいな、って思うイサギ。

 拍手してやりたい気分だ。


 キャスチが物珍しそうにこちらを見やる。


「ほほう、おぬしが噂に聞く魔王候補のひとりか。

 なんでも封術もしていないのに、トンでもなく強いそうではないか!

 稀におるのじゃ。その内包する魔力量だけで、

 人知を超えたような力を発揮する神族のような輩がの。

 実に興味深いのお!」

「はあ」

「ほほぉ~~~~」

 

 腰に手を当てたまま、ちょろちょろとイサギの周りをうろつくキャスチ。

 

 かつて魔帝アンリマンユには、ふたりの腹心の術師がいた。


 五魔将がひとり、黒魔法師(ブラックメイジ)オニキシア。

 五魔将がひとり、白魔法師(ホワイトメイジ)パールマン。


 魔族帝国を支えた二大魔法師は勇者イサギの手によって敗れた。

 

(そのふたりの魔法師の……

 確か、先生の名前が、キャスチって言っていたよな)

 

 最後まで前線には出て来なかったのだが。

 恐らくは優れた魔力によって加齢を止めているのだろう。

 彼女は全ての術師たちの師である。

 術式教授(プロフェッサー)キャスチ。それが彼女の異名だ。

 

(しかし……想像していたのと、ずいぶん違うな)

 

 目をキラキラさせるキャスチは、

 なんというか、シルベニアと大して変わらない年に見える。

 加えて、その知能レベルも。


「……おぬし」

「ん」

 

 キャスチの大きな青い瞳がイサギを見定めるように動く。

 イサギはわずかに心音を高鳴らせた。


 まさか、見抜かれたか?


 魔帝戦争を生き延びたキャスチだ。

 彼女ならイサギの正体に気づいたところでなんら不思議はない――

 

 キャスチはニカッと笑う。


「おぬし、なかなかいい男じゃの!

 パールマンによく似ておるわい!」

「……え? あ、はあ」

「ぬっふっふ、これからも魔族のために励むのじゃぞ!」

 

 気づかれなかった。

 まあそうか、黒髪黒瞳の人間なんて世界中に溢れている。

 20年前の記憶の上に、直接顔を見られたわけでもないのだ。

 よほど近しい人でもなければ、わかるはずもない。

 

 キャスチは突き抜けたような笑顔でデュテュに向き直る。

 

「それでのそれでの、シルベニアやイラはどうしておるのじゃ? 

 久しぶりに顔でも見たいのじゃが」

「……それがですね、先生」

「?」

 

 きょとんとしたキャスチの前。

 デュテュは胸を手で押さえながら、いつになく神妙な声で語り出す。

 

 

 


「……そうか、あれの父も母も立派な戦士じゃったからな。

 あやつにとっては本望じゃったろう」

 

 魔王城の廊下を歩きながら、キャスチが低い声でうなる。

 眉間に刻まれたしわは、彼女がこれまでに歩んできた壮絶な人生を感じさせた。

 子供のような外見をしているが、それだけの女性ではない。

 

 デュテュは胸の前で手を組んで、目を伏せる。

 

「ですが、まだ死んだと決まったわけではありません。

 イラちゃんは天鳥族です。

 魔族の中でも天鳥族は尊ばれていると聞いたことがあります。

 もしかしたら、どこかで生きているのかもしれません」

「しかしの、だとしてもその扱いは」

 

 言いかけてキャスチは言葉を止めた。

 気丈な微笑みを浮かべているデュテュを見て、小さくうなずいた。


「……そうじゃの。

 生きてさえいれば、またどこかで会えるかもしれん」

「はい」

 

 ふたりの後ろについて歩きながら、イサギは思う。


 デュテュはただのアホではない。

 彼女は立派な君主としての素質を秘めている。

 今はまだ能力が見合っていないが……

 これが魔帝アンリマンユの血なのだろうか、と感じた。

 

 キャスチも同じ事を思ったようだ。

 

「しばらく見ぬ間に、変わったな、デュテュよ」

「あ、わかりますか? 先生」

 

 手と手を合わせて笑顔を咲かせるデュテュ。


「わたくし、えへへ、身長がちょっぴり伸びたんですよぉ」

「いや、そういうことではなくてじゃな……」

「九九の七の段が途中までできるようになりましたぁ!」

「……よ、良かったのう」

 

 乾いた笑顔で手を叩くキャスチ。

 デュテュを前にした人物は、大体同じような反応をしてしまうらしい。

 

 魔王城の尖塔に登り切ると、そこには部屋がある。

 まるで監獄のような場所にあるのは、シルベニアの部屋だ。

 

「シルベニアちゃん、自分で自分に治癒術をかけ続けているから、

 もうだいぶ良くなったんですよ」

「うむ。しかしこのたびのことは弟子の不祥事じゃ。

 わしが全精力を注いで育て上げたというのに、このザマとはな。

 銀魔法師(ソーサレス)の名が聞いて呆れるわい」

「お、おい、そこまで言わなくても」 

 

 いくらなんでも、あの冒険者たちをシルベニアたったひとりで相手にしろとは無茶だ。

 それでもシルベニアは不意打ちで愁にやられなければ、最大限の戦力を発揮していたはず。

 思わずイサギが口を出すと、デュテュが笑みを浮かべながら首を振る。


「いいのです、イサさま。

 キャスチ先生がシルベニアちゃんに厳しいのは、愛情の裏返しなのですから。

 シルベニアちゃんに期待をしているからこそ、なのです」

「……そういう、ものか」

「ふんっ」

 

 腕組みをして、顔をそむけるキャスチ。

 彼女はドアを開け放つ。

 

「こぉら、シルベニアぁー!」

 

 シルベニアはゆったりとした寝間着を着て、ベッドの上に寝転がっていた。

 半眼を向けられて、イサギは思わずギョッとしてしまう。

 

 恐らくは暇潰しなのだろうが。

 

 ――目に入ったのは、室内を埋め尽くすほどに描かれたコードだ。

 廉造の詠出術もとにかく範囲が広いが、それとは密度が段違いだ。


 もしこの魔術が発声によって起爆されてしまったら、

 魔王城だけではなくこの一帯が吹き飛ぶだろう。

 それほどの魔術である。

 身が竦むとはこのことか。


(魔術の技法なら、プレハにも負けてないかもしれねえな……)

 

 部屋に立ち入る前に、身構えてしまう。

 しかしキャスチはためらわず、肩を怒らせながらシルベニアの元に近づく。


 キャスチを見たシルベニアは嫌そうに眉根を寄せた後。

 その口をゆっくりと開いて。

 

「……術式・天元滅天……」

 

 魔力を注ぎ込む。

 空間に亀裂が入ったような音を聞いた。


(――嘘だろ!?

 ここが吹き飛ぶぞ!?)

 

 イサギがとっさに左目を使おうとするのと同時。

 キャスチもまた、一瞬にして世界にコードを描いた。

 

「術式・万魔棄却!」

 

 それは法術のはずだ――が、イサギにとっては未知の術法だ。

 ただ、なにをしたのかはわかった。


 キャスチの放った術式は、至近距離にあるコードをズタズタに引き裂いてゆく。

 これは、魔術を発生してから食い止めるのではなく、

 魔世界に描かれたコード自体を意味のないものに変換する法術だ。

 

(そんな方法があるのか……)

 

 自然と分析をしてしまっていたイサギは、三つの欠点がある、と見抜く。


 まずひとつは効果範囲が狭いこと。

 コードに直接干渉できる程度の距離というのは、せいぜい数メートル以内だ。

 それに、発動してしまった魔術に対しては完全に無力であること。

 そして、使用難易度が凄まじく高いこと。

 常人ならたった一度の法術で魔力が空になるのではないだろうか。

 

 ともあれ、不発に終わったシルベニアは「うー」とうなる。

 背筋が冷えてしまう。

 いくらなんでも、師匠と弟子が再会するだけで、魔王城が吹き飛ばされては敵わない。

 唯一、デュテュがのんびりと首を傾げている。

 その立場が羨ましい。


「また腕をあげたようじゃの、シルベニア!

 このお、このお!」


 キャスチはその勢いのまま、シルベニアに抱きついた。

 先ほどまで怒っていた彼女が、だ。

 

 シルベニアに頬ずりをしている。

 その顔はだらしなく緩んでいた。

 口の端がヨダレが垂れていたりもする。


(ああ?)

 

 まるで犬でも可愛がるように、キャスチはシルベニアの頭を撫で回している。

 シルベニアは屈辱そうにシーツを握りしめて、耐えていた。


「このお、シルベニアぁ。

 ますます可愛くなりおってこのぉ、このぉ」

「うー、うー」

「はーもうシルベニアちゃんぷりちー、

 シルベニアちゃんまじぷりちーじゃわい。

 ため息が出るほどかわいいのう、よーしよしよしよしよしよし」

「うー、うー」

 

 シルベニアがこちらを睨んでくる。

 その意図はわかったが、イサギは手のひらを額につけて頭を下げた。

 悪い、なにもできそうにはない。


 デュテュがにこやかに語る。


「うふふ、先生ってばあんなに嬉しそうに。

 口ではあれこれ言っていても、やっぱり愛情は隠し切れるものではありませんね」

「いや丸出しだろ……

 孫に会ったおばあちゃんでもあんなんじゃないぞ」

「微笑ましいですねえ~」

「シルベニアが完全に人を殺しそうな目をしているんだが、いいのかそれは」

 

 いまだ撫でくり回されているシルベニア。

 その手から逃げようとするも、腹の傷がうずいてそうはいかないらしい。

 代わりに、再び強大な魔術のコードが部屋に編み込まれてゆくのだが……

 

 恐ろしい。

 この場にいると、寿命が縮んでしまいそうだ。

 イサギは手を振って部屋から退出する。




 

 あの分ならまあ、キャスチも本当にイサギに気づいたということはないのだろう。

 特長のない外見で本当に良かった、とつくづく思う。

 愁や廉造のようだったら、今頃こうして普通に生活はしていられなかったに違いない。


 良かった、フツメンで良かった。

 なぜか怒りが湧いてきたのは、気のせいだ。

 

 などと思うと、廊下で廉造とすれ違った。

 たった十二日で動けるまでに回復した魔王候補である。

 まだ包帯は取れていないが、本当に脅威の生命力だ。


「来たんだってな、補充が」

「ああ」

「城から出かけるのはいつだ?」

「この分だと、少しかかりそうだが……」

 

 キャスチの様子を思い出しながら告げる。

 廉造は舌打ちをする。


「時間を与えたって良いことはねえぞ。

 組織を消すンだったら徹底的にやらねえと」

「どんな高校生だったんだよお前は。

 それ現代日本の話かよ」

「オレがゾクを潰したときな」

「マジかよ」

 

 うめく。

 それから頬をかいて天井を見上げた。


「……一応、進言してみるか。

 すぐにでも出発しよう、って」

「頼むぜ。

 オレが言ったってあの姫さんは聞いてくれねえ」

 

 顎をさすりながら、廉造は複雑そうな顔をした。

 怖がられていることについて、彼は少し悲しんでいるようだ。

 

「お面でもつけたらどうだ?」

「あ?」

「そうだな、幼児向けアニメキャラクターのお面でも作ってやろうか」

「バカか。ンなだせェことできっかよ。

 そんなんしている暇があったら、オレに術式のひとつでも教えろ」

 

 イサギは肩を竦めた。


「そうだな。そろそろ闘気の使い方でも本格的にやってみるか、廉造」

「おう、イサ」

 

 廉造はイサギに腕を回してくる。

 真剣な彼の横顔を眺めながら、イサギはふと思う。

 

 もう二度と。

 四人で過ごしたあの日々は戻らないのだろうな、と。

  

 感じた一抹の寂しさは、どこか懐かしかった。


 この感覚は、よく知っている。

 まるで家族のように、イサギのそばにずっと寄り添っていた。

 

(……俺は、戦場に戻ってきたんだな)

 

 そんなことを思いながら、魔王城の廊下を歩んだ。

 

 

 

   

キャスチ:本作のロリババア枠。デュテュとシルベニアが大好き。それほど出番はない。

デュテュ:笑顔の天才。知力は察してもらえる程度だが、手紙を書くのは実際得意。

シルベニア:人に構われるのが苦手。頻度はツン9:ツン1ぐらいの割合。300年に一度、死の星が太陽を覆い隠す「死食」の年にだけデレると言われている(嘘です)。


廉造:不死身の男。額にウーの文字があるとかないとか。

イサギ:「……俺は、戦場に戻ってきたんだな」。

 

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