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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:3 屍の中で産声をあげる赤子たちに名を
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3-10 タマシイレボリューション

  

 魔王城の被害は甚大だった。

 まず防衛の要であるふたりの魔族。

 

 魔王軍軍団長イラは生死不明。

 魔術団団長シルベニアは胸を貫かれるほどの重傷を負っていた。

 その部下であった兵士たちはほぼ全滅という結果。


 エルフの王女リミノも負傷。


 魔王候補である廉造の傷も深かったが、

 彼は強靭な生命力により、誰よりも早く回復の兆しを見せている。


 そして、魔王候補のひとり愁の離反は、魔族に大きな動揺を与えていた。

 

 前線を維持できなくなったと判断したデュテュは、アンリマンユ城からの撤退を決定。

 シルベニアと廉造が動けるようになり次第、

 暗黒大陸最大の都、ブラザハスへ向かうと一同に告げた。

 

 

 そして、今回の戦いの功労者であるイサギ。

 彼の実力は、魔王城内でついに明らかになっていた。





 あの戦いから一週間が経った。

 

 イサギは廉造の部屋にいた。

 かつて二人部屋として使われていた場所だが、愁はもういない。

 

 全身に包帯を巻いた廉造はベッドに横たわっている。

 彼は薄く目を開けてイサギを見つめる。


「……てめェ、強かったんだな」

「うん、まあ」


 この数日間、イサギも周辺の警戒に追われていた。

 そのため、彼らとゆっくり顔を合わせるのは、これが久しぶりだ。


「起こしてくれ、イサ」

「ああ」

 

 背中を支えて、彼を起こす。

 この一週間、目を覚ましてからも廉造は静かだった。


 前のような剣呑な雰囲気はなくなっている。

 けれどもそれは、抜き身の刀だった彼の本性が、鞘にしまわれただけのようにも感じる。

 鞘の中で、きっと刃は研ぎ澄まされているのだろう。

 人を殺したことも含めて、彼は様々な決意をしたようだ。

 

 そんな廉造は拳を握り固めた。

 まだ腕をあげるのも無理なほどの重体なのに。

 

 廉造は、イサギの顔面を殴りつける。

 思ったよりも力の入った一撃に、イサギは床を転がった。


 と、殴られたイサギよりもよほど痛そうな顔で唇を噛む廉造。


 頬を押さえながら、イサギは慌てて起き上がる。

 打たれた自分よりも、むしろ廉造が心配だ。


「お、おい、お前……大丈夫かよ」

「ンなわけねぇだろ……!」

 

 その目には、涙が滲んでいる。

 よほど痛かったに違いない。


「治ってからにしろよ……」

「イサ……てめえ、次に嘘をついたら、ぶっ殺すからな……!」


 まるで泣き出すのを我慢しているような顔で睨まれて。

 イサギは後頭部をかく。

 

 決して嘘をついていたわけではない。

 ただ、本当のことを言わなかっただけ。

 

 だが、それは今思えば、きっと愁も同じだったのだろう。

 この一発は、甘んじて受け止めよう。


 次にやられたら殴り返すけどな、と思いつつ。


「……悪かったよ、廉造」

「ああ」


 すると、彼は起き上がった姿勢のまま、呻く。


「……動けなくなっちまった。

 寝かせてくれ、イサ」

「お前な……」

 

 イサギは治癒術を唱えながら、彼を再びベッドに横たわらせた。

 廉造は一発イサギを殴ったことで、なにもかもスッキリしたようだ。

 

「これからどーすんだ、テメェは。

 それだけの力を持っているってことは、只者じゃあねえんだろ」

「……」

「ま、別に無理して聞きたいわけじゃねェけどな」

「……とりあえず、俺は、

 五魔将会議でこれからのことを話し合いたいと思う」


 それは当初の目的通りだ。

 これからの魔族の動向も含めて、五魔将を見ておきたいというのもある。

 

 廉造は小さくため息をついた。


「あれが冒険者ってやつなんだな」

「ああ、そうらしい」

 

 ふたりはしばらく黙り込む。

 何度倒しても無限に起き上がってくる戦士たち。

 正直、悪夢のようだった。


「愁は行っちまったんだな」

「……ああ」


 廉造はいつものような仏頂面だ。

 その顔から、彼の感情を読み取ることはできない。

 

 愁へは、彼も友情を感じていたのだろう。

 様々な思いが去来しているのかもしれない。


「どうだ、イサ。

 勝てると思うか? この戦い」


 イサギはしばらく黙り込んでいた。

 胸に渦巻く様々な思いに答えを出すように、つぶやく。


「……勝ちとか、負けとかじゃない。

 けれど俺は、この大陸の魔族たちを救いたい」

「冒険者を皆殺しにして、か」

「違う。住み分けるんだ」

「甘ェな」

 

 イサギは一瞬、どきりとした。

 彼のその言動は、まるで別れ際の愁の言葉のようだった。

 

「戦ってみてわかった。

 あいつらはオレたち魔族軍を一人残らず殺すまで止まらねえよ。

 こっちもその覚悟で挑まなきゃならねえ」

「……俺は、末端の冒険者をいくら倒したところで、

 この問題は解決しないと思っている」

「そいつはお前の考えだな」

 

 廉造は目を瞑った。


「イサ、オレはとっくに決めたぜ」

「……廉造」

「オレの邪魔をするものは、決して許さねえ。

 それが例え……愁であってもな」

 

 死の淵に足を踏み入れた廉造は、そうつぶやいた。

 彼はきっとこの日から変わった。



 それはもしかしたら、もうヒトには戻れないような。

 そんな魂の変革だったのかもしれない。



 

  

 部屋を出ると、そこにはデュテュとリミノがいた。

 

「ふたりとも、どうしたんだ?」

 

 リミノは笑顔で手を振ってくる。

 彼女は首に包帯を巻きつけていた。

 エルフの姫の美声はまだ戻らない。


 けれど彼女は気丈にも、もう働き出していた。

 病人の介護に引越しの準備、やるべきことはいくらでもあるのだ。

 

 デュテュは普段とあまり変わったようには見えない。

 そういえば冒険者が去って以来、彼女とまともに話したことはなかった。

 この一週間、デュテュも魔王城の主として忙しそうに手紙を書いていたようだ。


「あの、イサさま!」

「あ、ああ?」

「この度は、その、なんてお礼を申し上げたら良いか……」

「いや、そんな」

「事態のあらましは全て、リミノちゃんから聞いております」

「リミノから?」

 

 リミノは指でオーケーマークを作ってみせた。

 任せて、という風に。

 一体なにを吹き込んだのだろう。


 デュテュはそんな彼女の笑顔を見て、うんうんとうなずいて見せる。


「ほら、リミノちゃんもこう言ってらっしゃるように」

「いや全然わからないんだけど」

 

 読心術でも使えるのだろうか、と一瞬思ったが。

 そんな技ができるのなら、もう少し頭が良くてもいいはずだ。


 首を振るイサギに、デュテュはキラキラとした眼差し。

 

「封術もしていないのにそんなにお強いなんて、

 イサさまはまるで話に聞くお父様のようですね!」

「えと……」

 

 あてつけではないだろう。

 彼女は指を絡ませて、憧れるような目でこちらを見つめている。


 自分がその魔帝を倒した勇者イサギだと知ったら、彼女はどう思うだろう。

 もしかしたらイサギも愁と同じように裏切るのだと、そう考えるかもしれない。

 というより、勇者イサギが人間族の側に立たないと思うほうがおかしいだろう。

 

 もしかしたら彼女はそれでも信じてくれるかもしれないが。

 彼女の裏にいる五魔将は違う。

 現に、愁はもう裏切ったのだ。

 魔王候補のひとりと、シルベニアを傷つけた。

 手遅れだ。

 

 彼女に余計な心労をかけたくはない。

 偽善でも偽悪でもない。

 こんなのはただの、イサギの主義に過ぎない。


「あのさ、デュテュ。

 今回のことはなんていうか」

 

 最近知ったばかりなのだが、イラとデュテュは乳兄弟に当たるのだという。

 生まれたときからデュテュを一番近くで支えてくれた姉。それがイラなのだと。

 

 だから、イサギはなにを言っていいかわからず。

 そんなイサギに、デュテュはあっけらかんと笑っていた。

 

「大丈夫です、イサさま。

 魔族は負けません。

 皆様や、イサさまがいらっしゃいますから。

 イラちゃんだって、そう信じていたはずです」

「デュテュ……」

 

 今度は、言葉が出なかった。

 彼女は魂の底から希望を抱いているような顔で笑っている。

 

 イラを失っても、それでも。

 デュテュの心は決して折れていなかった。

 

「これからまた、忙しくなります。

 イサさま、どうぞわたくしたちに力を貸してくださいませ」

 

 あるいはこの一週間、足りない頭で必死で考え抜いた答えなのかもしれない。

 よく見れば、彼女の目には深い隈があった。

 髪もほつれて、どことなくやつれたようにも見える。


 それでも、デュテュは信じている。

 自分たちを無条件に信じてくれている。

 

 ちょろいと言われても。

 アホ扱いされても。

 恐らく、彼女は一番大切なものを抱いているのだ。

 それこそが、魔帝の娘の資質なのだろう。

 

 リミノもまた、デュテュの肩を抱いて微笑んでいる。

 ひどく怖い目に合ったのだろうけれど。

 それでも、以前と変わらぬようにリミノは振舞っている。

 

 魔王の王女とエルフの王女。

 生まれは違うけれども立場の同じふたり。

 彼女たちは恐らく、とっくに決意をしているのだ。

 

 イサギはどうしてだか、目の奥が熱くなってゆく。

 無性にプレハに、会いたくなってしまう。

 この少女たちはこんなに立派で、こんなに美しくて。

 自分は一体なにをやっているのか、と。

 


『しっかりしなさいよ、イサギ。

 あなたは勇者でしょう。

 迷うことなんて、なにもないのよ。

 自分が正しいと思ったことをしなさいってば』


 そう叱り飛ばしてほしかった。


 イサギはふたりに背を向けて、つぶやく。


「……デュテュ、リミノ。

 俺は魔王にはなれないけれど。

 でも、俺は、お前たちを裏切ったりはしない」

 

 改めて言葉にすると、胸がじいんと震えた。

 そうだ。

 廉造やデュテュとは方法が違っていても、進む道は同じはずだ。


 この世界に平和をもたらす。

 そのために。 


 右腕と左腕に感触を覚える。

 柔らかい、肉圧だ。

 

 見れば、左右にはリミノとデュテュが絡みついてきていた。

 幸せそうな顔でイサギに体重をかけてくる。


「ちょ、ちょっとお前ら」

 

 甘えるようなその笑顔に。

 イサギは、今だけはこの幸せを甘受しよう、と決めた。

 自分が守るべきものを、しっかりと見定めるために。

 

 


 ◆◆




 そして、ひとりの少年も決意をしていた。

 彼はかつてシルベニアが立っていた魔王城尖塔に座り、風に吹かれていた。

 

 この一週間、どこから敵が来ても良いように備えていたのだ。 

 暇を潰すようにコードを書き散らかしている。

 その男、慶喜だ。

 

 

 一週間前。

 彼は戦いが終わり、戻ってきたイサギに、

 泣きながら、土下座をした。

 

 自分はリミノを守れなかった。

 あのままでは、ロリシアを助けることができなかった。

 優しくしてくれた女性に報いることができなかった、と。

 見捨てられないように、必死で謝った。


 そんな彼を、イサギは責めなかった。

 初めての戦いだから仕方ない、と、そう言った。

 軽く肩を叩いてくれた。

 イサギは優しかった。


 安堵した。

 心の底から救われた、と思った。



 ――そして、そんな自分を殺したくなった。


 

 凄まじいほどの自己嫌悪に苛まれた。


 慶喜は思った。

 自分は最初からなにも期待をされていなかったのだと。

 咎められたり、殴られるほどの価値もないのだと。

 その程度の扱いだったのだと。

 

 自分はまだ廉造や愁の域にも届いていない。

 イサギにとっては、庇護するべき対象だったのだ。

 

 そのことが、泣くほどに悲しかった。

 けれど人生で初めて、悔しいと思った。

 

 イラがいなくなり、廉造が傷つき、愁が去った。

 自分だけがなにもできなかった。

 

 だから自分は魔王城の防衛に立候補した。

 認められるには、自分を証明するしかない。

 そうでなければ友達ですらない。

 魂の価値が釣り合うことがない。

 

 慶喜は自らの魂に革命を起こす。


 この惨めさと決別するために。

 イサギと肩を並べるために。


 そして、

 いつか、

 今度こそ。


 本当に大切な少女を守れるように。

 

 尖塔に座り地平を見つめながら、少年はつぶやく。


「……異世界トリップは、楽じゃありませんすなあ……」

 


 


 ◆◆ 

 



 一週間前の出来事だ。


 その少年を発見したのは、ゼッドだった。

 ゼッドは中に突入した冒険者たちが全滅したであろうと推測すると、

 即座に撤退を指示した。


 シルベニアも恐らく倒れたのだろうが、

 それでも魔術が城壁を破ることはできなかった。

 試しに一度放ってみた魔術が、その効果を無力化されたのだ。

 彼女に次ぐ術師が魔王城を守っているのだとしたら、これ以上の攻撃は無意味だ。


 魔王城の攻略は、クエストレベルを引き上げるべきだろう。

<ワルキューレ>と<スパーダ・スクード>が全滅したのだ。

 A+級どころではない。

 ついにS級が解禁されるときが来たか。 


 そうして背を向けたゼッドは、気配を感じて振り返る。

 そこには、刺青をした少年が立っていた。

 彼は燃えるような瞳をしていた。


 一目見て、この少年は危険だと気づいた。

 

 流れるような動作で弓を構えた。

 矢をつがえようとしたところで、彼は告げてきた。


『僕はヒヤマ・シュウ。

 キミたちと争うつもりはない』


 両手を下に向けて、見せてくる。

 忘れかけていた記憶が刺激された。

 それは王国――中央国家パラベリウの、敵意がないことを示す仕草だったか。


『……なにものだ?』

『あの城に捕らえられて、戦闘訓練をさせられていた者だよ。

 魔王候補、と呼ばれてね』

『……』

 

 ゼッドはゆっくりと弓を下ろす。

 

『ありがとう。僕はスラオシャ大陸に渡りたい。

 力を貸してくれるとありがたい』

『そうしなければ、俺達を殺すつもりか?』

『なんのことかな』

 

 彼は肩を竦めた。


 ゼッドの見定めたところ、彼の実力は底知れない。

 あのプレハ――S級冒険者をも遥かに凌駕するだろう。


 こんなものが何人もいたのなら、作戦が上手くいくはずがない。

 冷や汗をかくゼッドに、彼は微笑む。


『もちろん、ただでとは言わないさ。

 ここにはキミたちが五魔将と呼ぶ男の首もある。

 それなりのお金になるんだろう? これが旅費の変わりというのはどうかな』


 その通り、彼が掴んでいたのは五魔将ミョルネンの首だ。

 目は見開き、憤怒の表情で固まっている男の頭を、彼は掲げる。

 

『お前は……?』


 ゼッドは気圧されたように後退りをした。

 交渉ではない。これは脅しだ。

 

 彼はただの少年ではない。

 まるで、死線を何度もくぐり抜けてきたかのような、そんな目をしていた。

 

 愁は笑う。

 

『僕は魔族を打倒せしめる者だ。

 辛酸を嘗め絶望に打ちひしがれながらも、

 それでも前に進むことを止められぬ英雄だ。

 共に行こうじゃないか。

 僕はキミたちの旅に栄光を与えるだろう』

 

 少年はまるで英傑のように告げる。


 その目は、

 魔王よりも魔王にふさわしい。

 

 

 

 Episode:3 屍の中で産声をあげる赤子たちに名を End

  

 

 

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