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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:3 屍の中で産声をあげる赤子たちに名を
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3-7 <リミノ>:part2

 

 相手にならないな、とスパダは思う。

 どんなに力が強くても、持ち腐れだ。

 戦い方がなっていない。

 

 廉造と愁は苦戦を強いられていた。

 倒しても倒しても起き上がる冒険者たちに、状況を打開する策を打てずにいた。

 

 確かにふたりの魔王候補は強い。

 剣でも魔術でも冒険者を圧倒している。

 それでも、勝てない。


 一対一や、こういった状況でもなければ、

 魔王候補は平気で熟練の冒険者を倒していただろう。

 けれども、これが冒険者たちの戦い方だった。

 死に背を向けた兵の攻囲だった。

 

「クソが……」

 

 廉造は血反吐を吐く。

 避けきれなかった魔術や剣撃を食らい、その衣装は破けてボロボロだ。

 ところどころが赤く染まっており、満身創痍といった様子。

 すでに闘気もガス切れ気味である。


「はぁ……はぁ……」

 

 同じように愁もまた、肩で息をしていた。

 彼はさすがの身のこなしか、廉造よりもずっと手傷は少ない。

 けれど、精神力の消耗が激しかった。


 殺しても殺しても蘇ってくる人間を相手にするのは、一体どれほどの苦痛だろうか。

 頼まれてもごめんだね、とスパダは思う。


「もういい、ジョーズ、フレッド、お前たちは突入しろ。

 中の様子がわからねェが、勇者プレハが苦戦しているようなら手伝ってやれ。

 狙うは魔王候補と魔帝の娘だ。見つけ次第殺せ」

 

 廉造がその前に立ちはだかる。

 鬼気迫る眼光だ。


「行かせるかよ、舐めんな」

「虎泥よ」

 

 足元から蛇のような泥が絡みついてくる。

 一瞬にして廉造の下半身が拘束された。


「ンだ、テメ――」

「タフだな、魔王とやら。

 だがそれだけじゃどうにもならねえぜ」

 

 愁もまた、魔術師ふたりの攻勢を受け止めて、余裕がない。

 ふたりの少年は、冒険者たちに手玉に取られていた。

 

 ここは自分たちが引き受けると言っておきながら、この有様だ。

 みすみすと冒険者たちに城内侵入を果たされて。


 それでも、

 ふたりは初めての命のやり取りを、


 必死に続けていて。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 シルベニアがギルド<トレビュシェット>をたったひとりで凌ぎ。

 イサギが魔王城地下広間で<ワルキューレ>を相手取り。

 そして、愁と廉造が<スパーダ・スクード>と戦い続けている中。

 

 デュテュは使用人たちの避難誘導を終えていた。

 だというのに、まだ脱出をしていない。


 祈るような気持ちで手を絡ませているデュテュだ。

 そこには、三名の人物の姿がなかった。

 

 

 全員が隠し門前に避難してそこで確認をした時、リミノとロリシアの姿がなかった。

 皆様は先に脱出していてください、と告げるデュテュに、ひとりが手を上げたのだ。

 

『ぼ、ぼ、ぼぼぼくが……』

 

 慶喜だった。


『ぼくが、探して、来るよ』

『でも、ヨシノブさま』

『……行ってくるから。

 だ、大丈夫だから、ぼく、大丈夫だから』

 

 震える声で告げる慶喜。

 彼はデュテュを手で制する。

 

『大丈夫、大丈夫だから!

 ぼくだって、ぼくだってやれるんだ……!』

 

 もうひとつふたつ声をかけられたら、くじけてしまいそうだった。

 慶喜は無理矢理、自分に言い聞かせる。

 

『愁サンだって、廉造先輩だって、戦っているんだ……

 なのにぼくだけ、そんなの、ぼくだけ……!』

『ヨシノブさま、でも』

『行ってくるから!』

 

 と、慶喜は駈け出した。

 振り返らずに、魔王城へと。

 

 冒険者が魔王城に潜入を果たしたのも、そのときだった。

 


 


 中に入ったふたりの冒険者は、居残っていた兵士と交戦する。

 数十名の魔族の兵が皆殺しにされたのは、すぐのことだった。

 



 ◆◆

 


 

 リミノはロリシアの手を引いていた。

 離れの掃除をひとりで行なっていたところを見つけたのだ。


 その頃にはシルベニアが敵の魔術を防ぐ障壁を使っていたため、あちこちには轟音が響いていたのだけれど。

 ロリシアは、ただおろおろとうろたえるばかりだった。

 あのままひとりで取り残されていたら、きっとデュテュたちと合流はできなかっただろう。

 だから一旦、デュテュの元に戻るため、リミノは来た道を引き返していた。


 イサギは見つからなかった。


 魔王城は複雑だ。

 隅から隅まで探そうとすると、相当な時間がかかる。

 

 イサギがいなくなってすぐ、冒険者が現れた。

 まさか彼が冒険者を呼び寄せたのだろうか。

 目的は、復讐?

 自分に呪いをかけた魔帝アンリマンユの血族を根絶やしにするために……?


 いや、しかしそんなはずがない。

 リミノの知っているイサギはそんな男ではない。

 

 だが、20年。

 この月日は人ひとりを変貌させるには十分な時間だ。

 現に、あのセルデルだって――

 

(……ううん、バカなことを思っちゃだめだよ!)

 

 イサギがやろうと思えば、自分たちはとっくに皆殺しにされている。

 それとも、呪いでイサギ自身の戦闘能力が落ち込んでいる?

 

 だめだ、考えれば考えるだけ焦りが生まれる。

 顔を見れれば、迷いや不安なんて吹き飛ぶのに。


「お姉さま……」

 

 気づけば、ロリシアがこちらを心配そうに見やっている。

 怖い顔をしていたのかもしれない。


「あ、ううん、大丈夫だよ、ロリシアちゃん。

 ごめんね、早くデュテュさまのところに、戻ろうね」

「はい……」

 

 ロリシアも怯えている。

 もしかしたら自分の不安が伝播したのかもしれない。

 しっかりしなきゃ、とリミノは気を持ち直した。

 

 

 廊下を曲がろうとしていたそのとき、足音を聞いた。

 リミノはハッとして息を殺す。

 

 もうこの魔王城に人はいないはずだが。

 イサギだろうか。

 あるいは、冒険者が中に侵入してきた?


 この辺りは使用人たちの私室になっている。

 部屋に隠れてやり過ごそうか。


 リミノはロリシアの頭を撫でながら、少し考えて。

 いつでも法術を使える用意をしながら、廊下から顔を出した。


 眼前に人がいた。

 叫んでしまう。


「きゃああああああ!」

 

 コードを展開。

 そこに魔力を注ぎ込もうとしたところで、弁解された。


「ぼ、ぼ、ぼくだよ! リミノさん!」


 慶喜だった。

 魔世界に書き込まれたコードが少しずつ薄くなり、やがて霧散する。


「よ、ヨシノブくん……

 どうしてここに……?」

「そ、そりゃあ……その……

 リミノさんと、ロリシアちゃんを探しに、だよ……」

 

 慶喜はなぜか視線を逸らしながらつぶやく。

 リミノは素直に笑顔を見せた。


「そっかあ。ありがとね、ヨシノブくん。

 ほら、ロリシアちゃんもお礼しなさい?」


 背中を押すと、ロリシアは戸惑いながらも頭を下げた。


「よ、ヨシノブさま……

 ありがとう、ございます……」

「うん……」

 

 なぜか慶喜は複雑そうな顔をしていた。

 それはともかく、リミノは彼に告げる。


「じゃあ、ここからはロリシアちゃんをお願い。

 デュテュさまのところまで連れて行ってあげて」

「え、リミノさんは?」

「リミノは……」

 


 お兄ちゃんを探しに、と言おうとして。

 今度は男の声を聞いた。



『なんだ、こっちのほうから声がしたな』

『どっかにまとめて隠れてやがんじゃねえ?』


 思わず叫び声が漏れるところだった。

 慶喜の顔も蒼白だ。

 

 今のは、この城の兵士たちのものではない。

 スラオシャ大陸のなまりが混じった、人間族の声だ。

 

「……ど、ど、どうしよう……」

「こっちに」

 


 震える慶喜とロリシアの手を引いて、リミノは部屋の中に隠れることにした。


 そこはリミノたちが使っているメイドたちの私室だ。

 室内を見回して、小さなクローゼットの中に、ふたりを押し込める。



「ちょ、ちょっと、リミノさんっ」

「ロリシアちゃん、絶対に喋っちゃだめだからね。

 怖かったらヨシノブさまにしがみついて、目をつぶっているのよ」

 

 リミノは屈んでロリシアに告げる。

 少女は泣きそうな顔で必死にうなずいた。


 それから立ち上がって、慶喜に笑いかける。

 

「ヨシノブさま、ロリシアちゃんを守ってあげてね。

 小さな女の子を守るのが日課なんだもんね」

「それは……」

 

 リミノがロリシアに吹き込んだ嘘の話だ。

 慶喜は手を伸ばそうとするが、腕は持ち上がらなかった。

 

「ど、どうするの、リミノさんは……?」

「大丈夫、リミノがなんとかするから。

 だから、安全になるまで絶対に出てきちゃダメなんだからね」

「で、でも、そんな」

「へーきへーき。リミノだってもう魔術が使えるんだもん」


 なにかに怯えるように震えている慶喜に微笑む。 

 そして、リミノはぴしゃりとクローゼットを閉めた。

 

 リミノもかつてこうやって、姉たちに助けてもらったのだ。

 今度は自分の番だ、と思ってやったわけではないけれど。


 魔王候補は将来、この世界を救うはずの存在だ。

 母や姉たちを助け出してくれる希望の光だ。

 ここで絶やすわけにはいかない。


(なんて、後から理由をつけてみても、

 しっくりと来ない、かな……)

 

 結局は、勝手に体が動いたのだ。

 そう考えたほうが自然だった。

 慶喜とロリシアを見ていたら、そうなければならないと思ったのだ。


 クローゼットに両手をついたまま、呼吸を整える。

 大丈夫。逃避行なら慣れたものだ。


(……よし)

 

 大丈夫だ、これは無茶じゃない。

 あの扉を開けて、反対側に走ってゆくだけだ。

 ただ、それだけ。

 なにも難しいことはない。

 

 耳を澄ませても、なにも音はしない。

 もしかしたら彼らは行ってしまったのかもしれない。

 


 ゆっくりと扉を開く。

 

 右を見る。

 誰もいない。

 

 左を見る。

 誰もいない。

 

 もう一度右を見た。

 やはり誰もいない。

 

 安堵のため息が胸から漏れた。

 

 

 ――そのとき、正面の扉が開いた。

 

 

 ひげを蓄えた男が出てくる。

 足音を忍ばせて、気配を消していたのだ。

 とても素人のリミノには感知ができなかった。


 体が強張った。

 冒険者だ。

 

「お、いやがった」

 

 頭が真っ白になった。


 けれど体は動いた。


 その瞬間、リミノは魔術を唱出していた。

 シルベニアに教わり、訓練し続けていた単純なコードだ。

 この四ヶ月間。人生でこれほど頑張ったことは、今までになかった。


 まるで三本目の腕を動かすように、コードは魔世界にその痕跡を残した。

 風の矢を飛ばして、冒険者の頭を撃ち抜く。

 ただそれだけのコード。

 

「ベルダンドの枝!」

 

 リミノの放った渾身の魔術。

 しかしそれは冒険者にあっさりと避けられた。

 

(え?)

 

 いとも簡単に。

 子供が放り投げた石をかわすように、たやすく。



 間合いを詰めてきた冒険者の拳が、リミノの腹を強打する。

 打たれたリミノは部屋の中に押し戻された。


 痛みに呼吸が乱れた。

 倒れたリミノは体を折りながら、むせた。


「あ? こいつエルフか。ジョーズ、なんか聞いているか?」

「ああ、確かエルフの王族が魔王城に亡命しているって話を聞いたことがあるぞ」

 

 さらにひとりの男が増えた。

 彼は無遠慮な態度で近づいてくると、リミノの髪を掴んで持ち上げた。


「っ……」

「見ろ、この美貌。間違いないだろ」

「んん? よくわかんねえな」

 

 男たちは屈んでリミノを値踏みしているようだ。

 リミノは歯を食いしばって彼らを見返す。

 

 粗暴で粗野な冒険者の軍団。

 同じだ。

 祖国ミストランドを蹂躙し、リミノの親衛隊を殺したものたちと。

 

 でもあのときと今の自分は、もう違う。

 自分にはやれることがある。


 リミノは冒険者を睨みつけた。

 彼らはまったく自分を警戒していない。

 舐め切っている。

 

 ――ならばそれを利用させてもらおう。


 リミノは精一杯のコードを描く。

 この部屋もろとも爆砕してしまうような、そんな巨大なイメージだ。

 

「魔術師か。エルフの王族にしては珍しいな」

「ちゃんとやれ、フレッド。沈黙陣(サイレント)だ」

 

 彼らが一体なにを話しているかわからない。

 だが、そこで魔術を発動させようとして。

 

 ――次の瞬間、視界が真っ赤に染まった。

 

 熱い。

 声が出ない。


 ノドを潰されたのだ。

 

「――――」

 

 受けてみて、初めて気づいた。

 リミノはその魔術を知っている。

 目の前で何人ものエルフがこの魔術を仕掛られていたのを見た。

 それは首にある種の魔法陣を“焼印”する魔術だった。


 本来ならば魔術とは、一瞬の発動で世界を書き換えて、すぐに霧散する。

 だがこれは、魔術によって魔法陣を描くことによって、焼印が完全に消えるまで継続するものだ。

 この効果は、言語機能に対する封印である。

 非常に複雑なコードを要するため、誰にでも使える魔術ではないのだが。


 これで魔術は使えない。

 遅れて痛みがやってくる。

 それとともに、目の端から涙がこぼれた。

 意識が遠ざかるような激痛の中、リミノの爪は床を引っ掻いていた。

  

 愛しい人の、その名前を。

 胸の中で、呼びながら。 

 

 

 

  

 そして、その光景を眺めながら。

 クローゼットの中で慶喜は。

 

 慶喜は。

 

 

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