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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:3 屍の中で産声をあげる赤子たちに名を
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3-5 ダイ・ハード

  

 イラが魔術弾を打ち出したのが、数分前の出来事。

 それは『自分は敗北した』という意味を持つ信号だった。

 敵の数は残り八人。少なくともA級以上の冒険者の徒党だという。

 

(まったくもう、まったくもう。

 いつも偉そうなことばっかり言って肝心なときにコレなの)

 

 シルベニアの私室は魔王城最上階の塔の上にある。

 ここからさらに屋根に登れば、周辺が一望できる。

 

 ここがシルベニアの戦場だ。

 尖塔の上に立つ。

 風に髪が揺れる。

 いつものローブとは違い、丈が短いためにスースーとする。

 少しやりにくいが、仕方ない。

 

 360度のパノラマを舞台にシルベニアは両手を広げた。

 

 耳を澄ます。

 群れた魔術師どもが叫ぶのが聞こえる。

 魔術の発動キーだ。

 愚かで稚拙な人間たちの魔術など、目を瞑っていても防げる。

 

 シルベニアはひとり、魔力を開放する。


 さあ、戦いだ。

 思う存分、蹂躙しよう。

 

「全員、皆殺しなの」

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

「……おかしいな」

 

 城門を見上げながら、スパダは顎をさする。

 魔王城に混乱の兆しが見えない。

 

 手筈通りなら今頃は、プレハお嬢様が城内に潜入しているはずだ。

 イラとシルベニアのどちらも、ゼッドのダンナが引き受けている。

 となれば、魔王城は阿鼻叫喚の地獄であるはずだ。

 

「誰かどっかでしくじったかァ?」

 

 ゼッドたちが目を引いているその隙に、 

 プレハは魔術で地下道を掘り進めて、魔王城に地中から潜入するはずだった。

 ああ見えてもギルド<ワルキューレ>は質が高い。

 測量を間違ったということはあるまい。

 

「……プレハ嬢にかなうやつが、イライザールやシルベニア以外にも、いるっつーのか?

 ンな情報なかったが……」

  

 違和感が淀みとなって胸の奥に溜まってゆく。

 

 プレハの戦闘能力はS-級だ。

 まだ経験が足りていないからこそのマイナス評価だが、

 実際にプレハと戦って生き残れた魔族は今までいなかった。

 人並み外れた身体能力に、あの紫の晶剣ミラージュだ。

 屋内で彼女と戦って無事でいられるのは、魔帝時代の三軍の将ぐらいなものだろう。

 

(それとも、噂の魔王候補か?)

 

 魔帝の娘が召喚陣フォールダウンを起動させたらしいというのは、聞いていた。

 確か、半年近く前の出来事だったらしいが。

 

 たったそれだけの時間で異世人になにができるのか。

 若造が一人前の剣士になるために、10年はかかるというのに。

 


 と、そのとき。

 ゆっくりと城門が開いてゆく。


「あ?」

 

 扉を守るように、ふたりの少年が立っていた。

 

 ひとりは髪を後ろになでつけた少年。

 もうひとりは、長い髪を後ろで縛った少年。

 

 どちらも頬に刺青のようなものが見え隠れしている。

 立派な装いだ。彼らが魔王候補で間違いないだろう。

 

 討伐対象ではないが、その首を持って帰ればさらなる報酬がもらえるだろうか。

 顎を撫でて考えるスパダの前。

 

 まばたきひとつ。

 莫大なほどのコードが視界を埋め尽くしていた。


「――!?」

 

 脳がパニックを起こす。

 理解を拒む。

 なんだこの魔力量は。

 

 ギルド<スパーダ・スクード>は迅速に動いた。

 各々が結界法術を使い、魔術への抵抗を試みたのだが。



「失せろゴラァ!」


 

 魔王候補のひとりが放った火炎の魔術は、逃げ遅れたひとりの冒険者を灰にした。

 まるで炎の奔流だ。

 結界を作ってなお、肌が焼けるように熱い。


 どんなに優れた術者とて、あの一瞬にこれほどの規模の魔術を発動させることはできない。

 恐らく、城門が開く前からコードを詠出していたのだ。

 それが見えなかったのは、もう一方の術師がなにか細工をしていたのだろう。

 吐き捨てる。


「畜生が。魔王候補、か」


 これで戦えるのは、残り“五人”。

 剣士がふたりと、自分を含めた魔術師が三人。

 スパダは気持ちを切り替える。


 A級討伐対象を二匹同時に相手をするようなものだろう。

 そう考えれば――いや、それも、厳しいが。


(いいぜ、その頭もぎ取ってカネに替えてやるよ……!)

 

 スパダもまた、詠出の態勢に入った。

  

 

 

「廉造くん、すごいね……」

「あ?」

「話し合いとかする気、一切ないんだ」


 廉造の放った魔術の規模を見て、ため息をつく愁。

 たったの一撃で人を殺していながら、廉造には迷いがない。

 こんな人物が半年前まで現実世界で暮らしていたという事実に驚いてしまう。

 廉造はいつもより少し高ぶっているようだが、それでも表面上は変わらなかった。

 

「愁、お前ケンカあんまりしたことねえだろ」

「そうだね。ケンカはあんまりないね」

「こういうのはな、先制ワンパンが一番大事なんだぜ。

 呑み込んじまえばこっちの勝ちよ」

「そっかぁ」

 

 うなずく愁は剣を抜く。

 普段のような余裕はそこにはなかった。


「僕も、覚悟を決めなきゃいけないね……」

 

 その目には怜悧な光が宿っている。

 

 冒険者たちは魔族の高官を、有無を言わさず殺したという。

 ならば、魔王候補と呼ばれる自分たちに容赦はしないだろう。

 やらなければ、やられる。

 ならばやるしかない。

 

 これが異世界に召喚された直後なら、まだ話も違ってきただろうが。

 この四ヶ月、自分たちはひたすらに人殺しのための技術を高め続けていたのだ。

 いつか来るこの日のために。

 

 廉造も剣を抜いている。

 

「ケンカの心得第二条。やるなら頭を狙え、だ。

 愁、オレはあのリーダーをやる。お前は無理すンなよ」

「大丈夫。迷惑はかけないつもりだよ」

「そうかい。だったら上手くやれ」

 

 廉造も強くなったが、剣術の腕はまだまだ愁のほうが上だ。

 しかし、彼の精神力だけは誰も真似ができなかった。

 時には小手先の技術などより、そんなものが生死を分けることも多々ある。

 

 廉造は剣を掲げて怒鳴る。

 

「オレは足利廉造。魔族軍に与する魔王候補、廉造だ。

 命が惜しいやつは消えろ。

 死にてェやつァ、かかって来い!」

 

 ここまで堂々としていると、逆に清々しく思える。

 先ほどの不意打ちは一体なんだったのかと。


 彼のその宣誓への返礼は魔術であった。

 

 並の障壁なら貫くほどの、一点突破の水術。水弾のライフルだ。

 狙われた廉造は、しかし全ての軌道を見切って体術だけで避けてみせた。


 廉造はその魔術を殺し合いのゴングと受け取ったようだ。

 集団に飛び込み、間合いを詰める。

 

「らぁぁぁぁぁ!」

 

 剣を振るう。

 受け止めた剣士はそのあまりの膂力に態勢を崩した。

 廉造はその剣士の腹を蹴り上げる。

 宙に浮いた男の顔面を殴りつけると、顔面が砕ける音がした。

 冒険者はそのまま、何メートルも吹っ飛んでゆく。


「いっちょアガリだ! 次ィ!」

 

 魔術師戦では、密集陣形の内部に入り込んでしまえばいい。

 そうすると、やつらは大きな魔術を使えなくなる。

 イラに習った対冒険者ギルド用戦術だ。

 

 あとはリーダーまでの道を阻む者はいない。

 廉造は重戦車のごとく突進をした。

 

 だが、それは愚直な行動だった。

 やはり廉造も焦っていたのかもしれない。


 スパダが指を鳴らす。

 廉造は地面に仕掛けられていた魔術の間合いに踏み込んでしまった。


迂闊(チェック)だぜ! キングさんよ!」


 スパダの十八番、設置詠出術――大地噛竜(ドラゴンバイト)

 ミョルネンが一撃で屠られた魔術だ。

 

 ドォンと地の底まで響くような音がした。

 廉造の首から下が隆起した大地に食われて見えなくなる。


「ちょろいもんだぜ」

 

 スパダは口笛を吹いた。




「廉造くん!」

 

 剣士と切り結んでいた愁が叫ぶ。

 友人の死を間近で見てしまった彼に、余裕はない。


 ――だが、廉造は死んではいなかった。


「舐めんなよ――」

 

 殻を破るように、土の牙を吹き飛ばす廉造。

 その体はなんと、無傷であった。


「はァ!?」

 

 スパダは目を剥く。

 魔術は問題なく発動していたはずだ。

 廉造もまた、法術を使用した形跡はなかった。

 

 それは闘気と呼ばれる肉体の強化であった。

 魔力を直接魂に注ぎ込み、魂圧を高めることにより、

 外部からの攻撃に異常な耐久値を得る手段。


 闘気の中でも使い手の少ない、『剛気』と呼ばれるものだ。

 維持することのできる時間はまだほんの数瞬だが、

 相手の意表をつくという意味ではこれほど効果的な術もない。


 廉造は三人の中で誰よりも、闘気の扱いに長けていた。

 さらに、彼のまとっている外套に取りつけられた魔晶具もまた、その働きを増幅する効果がある。


 今となってはスパダに知る由もないが。


「――がっ」

 

 魔術でも止められない剣士に対抗手段など、ない。


 廉造の剣は、スパダの腹を突き破っていた。

 返り血を浴びながら、廉造は吠える。


「その魂、獲ったぜェ!」

 

 ぐるり、と刃を回転させる。

 スパダは血を吐いた。


 恐ろしいのはその技術ではない。

 彼の覚悟だ。


 訓練されたところで、普通の人間が人間を斬るなど、そうそうできることではない。

 動物を屠殺することすら、強いストレスを感じて手を出せないものが大勢いる中。

 廉造には一切の躊躇がなかった。

 これもまた、魔王の資質とでもいうのだろうか。

 

 剣を抜いて、辺りを睥睨する廉造。

 これで冒険者たちは散り散りになるものだと思っていたが。

 

 だが、彼らはまったく退く姿勢を見せなかった。

 廉造は油断なく次の相手を見据える。

 

「根性据わってんじゃねェか」

 

 そう言った次の瞬間だ。


 倒れたスパダが緑色の光に包まれてゆく。


「あ?」

「危ない!」

 

 スパダを警戒している廉造。

 その死角から斬りかかってきた男がいた。

 とっさに愁がカバーに入り、刃を受け止める。

 その男もまた、先ほど廉造が腹を殴りつけて顔面を折った男だった。

  

 見れば、魔術で焼き尽くしたあの魔術師も起き上がっている。

 その体には、傷がない。


 さすがに冷たいものを感じる。


「……どうなってンだ?

 この世界にゃ、『回復魔法』はないはずじゃなかったのかよ」

「もうこんなの“回復”どころじゃない……

 これじゃあ“蘇生”だよ……」

 

 背中合わせになって、廉造と愁はつぶやく。

 

 復活を遂げたスパダは、彼ら魔王候補から距離を取りながらうめいた。

 

「……ったく、何回やっても慣れないぜ、この蘇生する瞬間はよ。

 くっそ、くそ、くそくそ……き、き気分が良くなってきやがった……

 理性を奪うんじゃねえよ、畜生が……」


 その服には穴が空いている。

 だが、中の肌は傷ひとつついていない。 

 吐き気をこらえながら、スパダはつぶやく。


「……あらかじめ“リヴァイブストーン”を飲み込んでおいて良かったな……」

 

 

 次々と蘇る冒険者たち。

 まるでアンデッドのようだ。

 その瞳には光がない。

 眼窩の窪みは闇そのもののようだ。

 

 一体どうなっているのか。

 自分たちはなにと戦っているのか。

 

 廉造は歯噛みしながらも再び剣を掲げる。


「いいぜ……

 ゾンビが相手なら、

 今度はその脳ミソを砕いてやンよ……!」

 

 気勢を上げるが、状況は依然2対6。

 旗色は悪かった。

 

 

 

シルベニア:セコムしています。一城にひとり是非銀魔法師を。


廉造:“ブッ殺す”と心の中で思ったなら、その時スデに行動は終わっている。

愁:なにあのゾンビ……マジ引くわ……中。


スパダ:予想外の廉造の強さにラリる。


リヴァイブストーン:???

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