1-2 召喚陣フォールダウン
自分は魔王を倒し、そうして20年後の世界に召喚された。
それが事の真実なのだろうか。
(冒険者が生まれたってことは、プレハたちは俺との約束を守ってくれたのか……?)
だがその結果、魔族が弾圧されている?
追い詰められた魔族が召喚陣を起動し、自分たちを呼び出して。
それで、自分たちは今、ここにいる。
(そういうことか?)
断片的な情報を合わせた結果だが。
今のところはまだ、なにも言えない。
一体この世界になにがあったのか。
まずは色々と聞いてみないと。
(にしてもそういうことなら、こっちの正体を明かすのは良くないな)
まだ話をしていないうちから、戦いを仕掛けられてはたまらない。
ここはなにも知らないトリッパーを演じよう。
他の三人のように。
「ちなみに、その、魔法陣で? 俺たち召喚されたの?」
「えと」
デュテュはウィッチのシルベニアを見て。
ウィッチがうなずく。
「ニンゲンの王国のチャチな召喚魔法陣『クリムゾン』とは大違いのスーパー魔法陣なの」
彼女の声を聞くのは初めてだったが、幼くて舌足らずだ。
どことなくプレハに似ている気がした。
「極大魔晶を使わない代わりに400年に一度しか起動することができないけれど『フォールダウン』は手当たり次第なんでもかんでも引き寄せることができて吸引力はなんと王国の四倍すごいの」
早口でまくし立てて。
えっへんと胸を張る。
イサギはジト目。
「変わりになんか妙なのも引き寄せてんだけど」
ヤンキーとメガネを指さす。
ウィッチは目を逸らした。
「精度にはまだまだ改良の余地あり」
「おい」
彼女が設定した条件は、知能や知性、その他にも才能や潜在力などが当てはまりそうだ。
日本人に固まってしまったのは、人種や信仰の有無もあるのだろう。
特定の宗教に入れ込んでいるものはルールが多く、模範的なトリッパーとは言えないのだ。
召喚術は高等魔法だ。
本当にウィッチが四人も同時に呼び寄せたのなら、凄まじいことなのだが。
やはり、どう見ても『魔王』っぽくない人も含まれている。
(便利かこれ?)
なにが出てくるかわからないのならば、微妙ではないだろうか。
代償は多くとも、王国制の魔法陣『クリムゾン』のほうが遥かに優秀に思える。
しかし……
その召喚術でイサギを一発で釣り上げたのだから、ある意味では凄まじい性能なのかもしれない。
(しっかし前はさんざん騒いだけど、これって誘拐だよなあ)
イサギは頬をかく。
(だからヤンキーも暴れていたんだし。できれば事前に電話かメールでアポイントを取ってから、何時ぐらいに呼び出しますので、もしよろしければお願いしますって段取りを取ってだな)
円滑に召喚をしてほしい。
全宇宙で『召喚法』の制定など、進めたほうがいいのではないだろうか。
その1 現世に未練のあるものは召喚しない。
その2 異世界トリップ作品を読んだことのないものは召喚しない
その3 過度な野望を持つものは召喚しない
その2は『ちゃんと説明書を読んでから来い』的な意味だ。
そんな感じで。
(なあ、召喚神よ)
そんなものがいれば、だが。
今となってはそんなことを思ってしまう。
そこで今まで黙っていたメガネが顔をあげた。
彼は震えながらつぶやく。
「……か、か、帰してくれないの?」
「え?」
デュテュが目を丸くする。
「だ、だ、だってこの世界、ゲームもアニメもマンガもな、な、ないんでしょ……そんなの、そんなの……」
「げーむ……?」
「あにめ?」
「……まんが?」
サキュバス、ウィッチ、アンジェラが怪訝そうにしていた。
メガネは愕然とした顔で、頭を抱えた。
「ああああ、もう、これが異世界トリップってやつなんだ……!
まさかぼくの身に起きちゃうだなんて……ああああ……もうだめだ、おしまいだ……!」
つぶやきがわめき声へと変わってゆく。
「この世界にはパソコンもないし、トイレだって水洗式じゃないし、毎日お風呂に入ることもできないし、おしょうゆもご飯もないし、ベッドも固いし……!
漫画もアニメももう二度と見れないし、いっぱい痛い思いとかしちゃうんだきっと……あああああああ」
がじがじがじと髪をかく。
はたから見てて結構怖い。
(あんまり異世界に対する知識がありすぎるっていうのも問題なんだな……)
毎日風呂に入ることはできる。
魔術を使えるのなら、だが。
「お願いっすよ、ぼくを今すぐ元の世界に返してよ!
ぼくなんて何の役にも立たないっすから!」
立ち上がったメガネは、まるで突進するようにデュテュに近づいてゆく。
「ねえ、ぼくはケンカだってしたことがないんすよ! 殺し合いなんて絶対に無理すよぉ!
そんなの凶暴そうなあの人にやらせればいいじゃない! だからさあ!」
ヤンキーが「ああ?」と威嚇するが。
そんなことよりも。
肩を掴まれてデュテュが固まった後。
その場にろうそくをぼとりと落としてから。
叫んだ。
「ひ、ひやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………………」
体の中の空気を全て吐き出すような絶叫だ。
剣士が慌ててデュテュとメガネを引き剥がす。
シルベニアが崩れ落ちそうなデュテュを支えた。
「え? いや、え? あ、え?」
メガネはなにが起きたのかわからないという風に、辺りを見回している。
その顔色は蒼白だ。
イラはメガネを突き飛ばしてから、シルベニアとともにデュテュを介抱し出した。
「姫さま、姫さま平気ですか! 姫さま、意識はございますか!」
デュテュはぴくぴくと痙攣している。
イケメンと顔を見合わせる。
目と目で通じ合う。
なんだこれ。
さあ……。
みたいなやり取り。
一体なにが起きたのか。
床に落ちたろうそくの灯りが徐々に小さくなってゆく中。
「ひ、姫様の体調が優れない! お前たちはここに残っていろ! すぐに使いの者をよこす!」
そう怒鳴ってから、剣士は姫の体を抱きかかえて、地下室から出てゆく。
その後ろに、ひょこひょこと帽子を抑えながらウィッチもついていった。
イサギたち四人はその場に取り残される。
「え、ぼ、ぼくは、ぼくはなにもしてないすよ! してないってば!」
視線を感じたメガネは騒いでいたが。
どこかからため息が漏れる。
ヤンキーかイケメンか、あるいはそれはイサギのものだったのかもしれない。
まるで総括するように、ヤンキーが吐き捨てた。
「……冗談じゃねえぞ」
ごもっとも、と思う。
(結局俺は、20年前にデュテュの親父さんを殺した勇者そのものだし……)
どうしてこうなった。
こんな魔王候補で大丈夫だろうか。
(大丈夫じゃない。問題だよな……)