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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:3 屍の中で産声をあげる赤子たちに名を
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3-3 元勇者、戦慄する

   

 同時刻、魔王城地下大広間。

 

 ぼこ、と土が盛り上がり。

 ぷふぁ、と少女が顔を出す。

 

 彼女は地中から這い出す。

 泥まみれの顔を拭って、喘いだ。

 

「うへぇ……空気が足りなくて……

 死ぬかと思った……」


 広間には、ゆらゆらとろうそくが灯っている。

 だがあまりの広さに、端までは照らし切れていなかった。

 少女は顔をあげる。

 

 目が合った。


「嫌な予感がしてたんだよな……」

 

 顔を手で覆った少年がいた。

 中肉中背。外見にはこれといった特徴はない。

 左目を覆う眼帯が目立つといえば目立つだろうか。

 右手に木剣を持つ、イサギだ。

 

 少女は目をぱちくりとして、少年を見やる。

 それから、叫んだ。


「え、なんでここに人間がいるの!?

 秘密潜入作戦失敗じゃーん!」

 

 なるほど、とイサギは思う。

 ずいぶんと遠くから穴を掘り進めてきて、魔王城に坑道を繋げたのだ。

 かつて魔法陣に覆われていた魔王城には使えない手だが、イラの警戒を避けるだけならば非常に有効だろう。


 すると、穴からさらに少年が這い出てきた。

 

「プレハちゃん……なにぶつぶつ言って……

 って、うわあ、人間!?」

 

 丸顔の少年だ。手に杖を持っていることから、魔術師だろうか。

 気弱そうに見える。

 こちらを見て驚いていたが、それはともかく。


 イサギは眉を潜めた。


「……プレハ?」

 

 泥だらけの少女をじっくりと眺める。

 瞳の色は勝気で大きな青。

 綺麗な金髪を肩の辺りで揃えている。上品な顔立ちだ。

 白金の胸当ての下には、王族が着ていてもおかしくないような高級そうなシャツを身に着けている。

 マントの色は朱。といっても今は泥で茶色に染まりかかっているが。

 そして、腰に剣を差している。


 記憶の中のプレハ像とは一致しない。

 

 プレハは同じ金髪だったが、それはまるで燐光を放つようにいつも輝いていた。

 彼女が歩けば誰もが息を止めて、プレハを見つめていた。

 独特な空気をまとう静寂の中の絶美、それがプレハという少女だ。

 生命力に欠けた儚げな風貌ながら、その危うさが完璧な均衡で保たれていた。

 

 そう、まさにプレハは神だ。

 美の化身だ。

 立てば天使、座れば妖精、歩く姿は女神様のようで……

 

(……いかん、美化しすぎている……)

 

 さすがに気づいてイサギは頭を振り払った。

 この調子だと再開した際にがっかりしてしまうかもしれない。


 とにかく、彼女はイサギの知っているプレハではない。


「あ、キミもしかしてこの魔王城に奴隷かなんかで捕らえられているの!?

 だったら安心して! アタシたちが助けに来てあげたんだから!」


 胸を張って快活に笑う少女。

 年の頃はイサギと同じぐらいだろうか。

 

 だが少女の後ろから、少年が囁く。


「いや、違うよ、プレハ。

 多分この人は……あの……」

「え? なに、イサギ?」


(今度はイサギだって……?)

 

 思わず眉根を寄せた。

 この分ではセルデルとバリーズドまで出てくるのではないだろうか。

 

 と、穴の中からさらにふたりの人間の男が現れた。

 本当に出てきた。

 

「あ、リジー、スラッジ、ここに人間の子が捕まってたみたいで」


 するとプレハ(?)が彼らに告げる。

 リジー、スラッジと呼ばれた男はふたりとも魔術師のようだ。

 男たちは一様に警戒を強めた。


「……勇者さま、この男は恐らく、話にあった“魔王候補”です」

「魔帝アンリマンユに成り代わるものでございます」

「えー!? うっそー!」

 

 大きく驚いたプレハ。

 彼女は男たちとイサギを交互に見やる。


「いいよ、聞いてみればいいじゃない!

 ねえねえキミ! キミってここに捕らえられている子なの!?

 それとも魔王候補なの!?」

「いや、今は無職なんだが」

「無職なの!? 働いたほうがいいと思うよ!」

「うん、耳が痛い……

 じゃなくて」

 

 どうしようか。

 悩んだ後に、問いかける。


「一応、元魔王候補……って言ったら、戦うことになるかな?」

 

 少女は剣を抜き放った。


「うん、殺す!

 ゴメンね、そういうことになっているから!」

「いやだなあ」

 

 呻いてしまった。

 押しの強さだけは、あのプレハと変わらないようだ。

 

 剣の輝きは、それ自体が魔力を放つかのような紫色。

 恐らく名のある名剣だろう。

 立ち振舞いにも、隙がない。

 態度や見た目とは違い、凄腕の剣士だ。


「アタシたちはネイルワイン公国が冒険者ギルド<ワルキューレ>!

 後の魔王と魔帝の娘を倒すために、この地にやってきたんだ!」

「うーん」

 

 ネイルワイン公国といったら、スラオシャ大陸西部の小国の名だ。

 イサギとプレハがかつて魔族の手から取り戻した土地である。

 やはりイサギの知っているプレハとの関連性は見つからない。

 

 気炎を掲げる少女を前に。

 イサギは腕を組んで唸る。


「もしかしてさ、お前たち。

 俺がここを通すと、デュテュとか他の魔王候補とか殺しちゃう?」

「悪・即・殺!」

「話通じねえな!」

 

 思わず怒鳴ってしまう。

 人間族というのはひょっとしてこの20年で、ひどく退化してしまったのだろうか。

 

 するとプレハ以下、他の三人もそれぞれ戦いの構えを取った。

 まだ詠出はしていないようだが、それは恐らくプレハを待っているのだろう。

 イサギは制止する。


「わかった、とりあえず、ひとつだけ聞かせてくれ」

「なにー?」


 意外と気安く応じてくれた。

 ただ、その目には殺気が宿っている。

 

「その名前、なんなんだ。

 プレハと、あとお前、イサギって」


 指さされた少年はビクッと震えた。

 よくそんな態度で戦場に出てきたものだ。


 プレハは首を傾げる。

 

「なに、って……

 ごくごくありふれた普通の名前だと思うケド?」

「……ありふれた?」

 

 少なくともイサギのいた時代では、同名に出会ったことは一度もなかった。

 しかし。


「20年前にさ、イサギさまとそのパートナーのプレハさまが魔王を退治して、

 それから世界中で大流行した名前でしょ。

 幼年学校でも騎士学校でも同じ名前の人が10人ぐらいいて正直すごいイヤだった」

「うん、僕も。

 イサギとか名前ダサいし。魚みたいだし。なんか響きが気に食わない」

「そういうこと言うなよな」

 

 思わずつぶやいてしまうこちらのイサギ。


「アタシ、もっと可愛い名前が良かったなあ。

 キャンディーキャンディーとか」

「プレハちゃんのそのセンスはどうかと思うけど……」

 

 あちらのイサギが小声で突っ込む。

 同感だ。

 

 これでわかった。

 どうやらイサギとプレハという名前は、ただの流行のようだ。

 デュテュたちにもあまり警戒することはなかったかもしれない。

 もう遅いが。


「さ、もういいでしょ。

 この世界のために、アタシの剣のサビになってよね」


 無茶を言う。

 だが、その無茶を押し通す力もあるようだ。

 イサギはため息をつく。


「そうだな。まあいいや。

 あとはお前たちをぶちのめした後で、たっぷりとその体に聞くよ」

「おお、悪いセリフ……魔王って感じ……!

 ゾクゾクする! テンションあがっちゃう!」

「なんで嬉しそうなんだよお前」

 

 プレハに向かってぐったりとつぶやく。



 次の瞬間、魔術師たちが同時に術を発した。


解析術(リベラル)!』


 細かなコードがイサギの周囲で顕現し。


「おっと」

 

 だがイサギはそれを片手で払った。

 彼らは一体何をされたかわからないようだった。


「……か、解析ができない!?」

「来るとわかってんだったら、誰でも反応できるだろ」

 

 たやすく言い放ったが、彼らにはわからなかったようだ。

 この程度の“コード破潰(はかい)”なら、目を使わなくても容易い。

 勉強不足だな、と思う。


 今度は、プレハが走り込んできた。


「いざじんじょうにー!」


 残像が迫る。

 そのあまりの踏み込みの速度に、踏み砕かれた地下室の石床がめくれ上がる。

 彼女は一瞬にしてイサギの間合いに踏み込んだ。

 

「チェェェストォォォォ!」 

 

 斜め下から振り上げられた剣はまごうことなき必殺の一撃だ。

 

(速いな)

 

 舌を巻く。

 他の魔王候補ではこの初太刀をどうにかすることは難しいだろう。


 対するイサギの得物は木剣。

 受け流すことはおろか、触れただけで砕け散るだろう。

 だから半身を開いてかわした。


「――うぇ!?」

 

 叫び声をあげるプレハの背を木剣で軽く叩く。

 それだけで加速したばかりの彼女はブレーキに失敗し、床を転がった。

 

 魔術師たちは皆、呆然とこちらを眺めている。


(SPD350オーバー……ってところか?)

 

 狭い室内でその速度だ。

 荒野で戦えば、イラですら彼女の敵ではないだろう。

 その場合、イラも翼を持っているから条件は同じかもしれないが。


(ひょっとしたら、本当に皆殺しにされていたかもな)

 

 想像して、思わず嫌な気持ちになってしまう。

 自分もつい四ヶ月前に通ったばかりの道だ。

 同族嫌悪とはこのことか。

 

 と、派手にぶっ倒れていたプレハが勢い良く立ち上がった。

 

「いたあぁぁぁぁぁぁい! このおおおお!」

「おおう、元気だな」

「は、はんはいっはいなにしはのよ!」

「わからんわからん」

 

 ボタボタと鼻血を垂らしながら、彼女はこちらに剣を突きつけてくる。

 イサギは顔の前でパタパタと手を振る。

 

 あちらのイサギが杖を掲げた。

 そのコードは、どうやら魔術ではないようだが。

 なんだ? と見守っていると。

 光がプレハの顔に宿る。

 すると、すぐに鼻血が収まった。

 

「き、キミ、どういうことなの!

 アタシの一太刀をあんなに綺麗に避けるなんて!」

「いやだって、当たったら死ぬし」

「当たって死んでよ!」

「ざけんなよ!?」


 なんて恐ろしい娘だ。

 前言撤回、同族嫌悪ではない。

 少なくとも自分はこんなにブッ飛んではいなかった。

 それより。


(さっき、なにをしたんだ? 高位治癒術……か?

 俺のいた時代にはあんなコードはなかったが……)

 

 まあでも、いいか。



「今度こそ――

 チェェェェェアァァァァァァ!」 

 

 裂帛の気合とともに、プレハが斬りかかってくる。

 彼女の流派はお手本のような大陸正式剣術だ。

 太刀筋は素直だが……


(紫色の残光が鬱陶しいな……)

 

 ひとつの斬撃に三つの光が重なっているのだ。

 それもわずかにタイミングがズレている。

 名剣どころではない。彼女が所持しているのは自ら魔力を発する《晶剣》の類だ。

 まるでプレハ級の剣士を三人同時に相手にしているような気さえしてくる。


 恐らく彼女が剣士のお共を連れていないのは、仲間ごと斬り殺してしまいかねないからだろう。

 剣の軌道に目を奪われれば、光刃を避け切れない。

 光刃に目を眩まされると、今度は剣自体を見失ってしまう。

 よくできた人殺しの技術だ。

 

(だが、それだけじゃあな)

 

 イサギは地を蹴った。

 晶剣の重なった斬撃を上方に跳んで避ける。


 対するプレハの反応速度も素晴らしいものだ。

 すでに頭上からの飛び込みを想定して受けの形に入っている、が。

 その時には、イサギは地下室の天井を蹴って地面に着地していた。


 プレハの動体視力はたやすく振り切られた。

 彼女が自分を見失ったことを確認しつつ、イサギはそのまま少女の足を払った。


「ふぎゃあん!」


 プレハはその場にひっくり返って顔面を床に痛打する。

 カエルの潰れたような声と、ひどく鈍い音が地下室に響いた。


 鼻骨辺りが折れてしまったかもしれない。

 顔を狙うつもりはなかったのに、悪いことをしてしまった。

 せっかく可愛らしい子だったのに、と少し残念に思うが。

 イサギとて、殺されるわけにはいかない。


 木剣を肩に担ぎ直し、魔術師たちを見やる。

 

「さて、お前たちも、やるか?」

 

 イサギの見たところ、彼らは完全にプレハのサポート要員だ。

 プレハが一瞬でやられた以上、抵抗の意志はないと思われたが。


「……っ!」

 

 少年が杖を掲げる。

 先ほどの、プレハの鼻血を一瞬にして治した術を唱えようとしているのだろう。

 今度は見過ごさない。


 跳躍。

 そして、顎先への拳撃。

 

「ひぁ」

 

 小さな悲鳴をあげて、少年はその場に崩れ落ちた。

 なるべく傷つけないように、脳震盪を引き起こす打撃を加えたのだ。

 集中できなければ、コードを描くことはできない。

 これでもうふたりを無力化した。

 あとは同じように、残るふたりを昏倒させるだけだ。

 

 魔術師のふたりは、明らかにイサギに対して恐れを抱いている。

 色々と聞くのは、このふたりでもいいかもしれない、と思って。

 

 その瞬間だ。

 

 目を離していたつもりはなかったが、気づけばプレハが肉薄していた。


「――な」

 

 青い目がイサギをまっすぐに見据えていた。

 顔面は血だらけだ。それでも彼女は両手で剣を振りかぶっている。

 

「エェァァァァァ!」

「まるで狂犬だなお前!」

 

 反射的に木剣で受け止めようとして、イサギは腕を止めた。

 その分、対応が遅れてしまう。

 紫色の刃がイサギの髪をかすめる。


(あれでも気絶しなかったのかよ……!

 こいつは、ったく!)

 

 木剣を顔に投げつける。

 プレハは剣を持っていないほうの手の甲で弾く。

 そこに隙はない。

 ――と、彼女に斬り殺されてきたものなら、思うだろう。

 

 イサギは木剣と同時に突っ込んでいた。

 カウンター気味に繰り出された晶剣の腹に拳を叩きつける。


「らぁ!」

 

 剣が折れなかったのも、プレハが手を離さなかったのも、さすがといったところだが。

 少女のボディががら空きになった。


「寝てろ! プレハ!」


 みぞおちに――胸当ての上から――掌打を繰り出す。

 少女が口の中に溜まっていた血を吐き出した。

 かっ、と小さな声が漏れた。

 

(くっそ……なにがプレハだ……!

 同じ名前とか、やりにくくて仕方ねーじゃねえか……!)

 

 ぐったりと力なくその場に膝をついた少女の前に立ち、イサギは額の汗を拭う。

 さすがにもう立ち上がることはできないだろう。

 この世界の人間がどんなに不思議な力を使えても、人体の構造は変わらないからだ。


 今のうちに拘束し、剣を奪っておこう、と。

 イサギが手を伸ばした直後、プレハの体が再びコードに包まれた。

 

「な……」

 

 慌てて離れる。

 淡い緑色の光がプレハを包み込んでいる。

 まるで繭のようだ。


 その光の中。

 目を疑うような光景が展開されていた。



 ――プレハの体が急速に“治って”ゆく。


 

 振り返る。先ほど昏倒させたイサギ少年は、まだ意識を失ったままだ。

 彼のその体もまた、光に包まれている。

 魔術師ふたりがなにかをしている様子はない。


 自動発動(パッシヴ)の術式?

 そんなもの、聞いたことがない。

 

(いや)


 ひとつだけ思い当たる。

 そういったものがある、とだけ。

 実際に見たことはないが。


 身の毛がよだった。

 まさか。


 イサギの正面でプレハがゆっくりと目を開く。

 その口元には、まるで聖女のような柔らかい笑みが浮かんでいた。


 母親に抱かれた少女のように、彼女は安らいだ顔でつぶやく。



「……あはあはは、

 ややややっと“効いてきた”。

 いたいたた痛くなくなってきたよ……

 こ、ここから、アタシの番だからね。

 あは、あは……」


 

 彼女の右胸にほのかな光が宿っている。

 信じられない。


(嘘だろ……オイ……)

 

 イサギは呻く。


 正気を失ってゆく若い冒険者を前にして。

 初恋の人と同じ名を持つ少女を前にして。


 戦慄した。


 それは、禁術。

 世界四大禁術のひとつ。


『回復術』だ。

  

  

 

イサギ一号:ビビる。大漁のコピペにより風評被害中。

プレハ:人間の少女。凄腕の剣士。すでに手遅れの中毒者。

リジー&スラッジ:モブ。


イサギ二号:人間の少年。プレハとは幼馴染の間柄。幼年学校、騎士学校と常にプレハに従ってきた彼女の子分。本来ならば良家のお坊ちゃまであり、冒険者稼業などに手を出さずにも十分に生きていけるものを、プレハを守るために勇気を出して暗黒大陸にまでついてきた。プレハの身を案じており、この戦いが終わったらプレハに告白して共に冒険者を引退しようと切り出すつもり。プレハに似合うであろうウェディングドレスも既に発注してあるため、後がない。


回復術:マジでやばいやつ。マジでやばい。

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