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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:3 屍の中で産声をあげる赤子たちに名を
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3-2 Zの鼓動

   

 つばの広い羽帽子をかぶった男は干し肉をかじりながら、その城塞を眺めていた。

 燦々と太陽の照る荒野は、ほぼ無風。

 理想的な決行日だ。

 

 背中に巨大な弓を背負っている長身の男だ。

 黒髪黒目。その雰囲気は群れを率いる若い狼の長を彷彿とさせた。

 

 彼の登録名はゼッド。もちろん本名ではない。

 年かさはそれほどいってはいない。

 十代にも二十代にも、あるいは三十代にも見える不思議な男だ。

 過去の一切も不明。純粋な黒髪をしているから、平民の出であると言われている。

 だが、家柄がどうかなどは些細なこと。


 この商売は全て“何を為したか”が肝心だ。

 

「リーダー、各自準備ができた」

 

 杖を持つ仲間に声をかけられたが、ゼッドの視線は動かない。

 

「おかしいな」

「え?」

「聞いた話と違う」

「そうか?」

 

 術師の男はゼッドの相棒だ。3年以上もチームを組んできた。

 それでもゼッドのとらえどころのない性格は、まだ掴めていなかった。


 第一、このアルバリススでわざわざ弓を使う者は、よっぽどの物好きだ。

 弓など、一部の狩猟民族と、魔術を覚えることのできない教育レベルの劣ったものが使う武器だと言われている。

 遠距離を狙う必要があるなら、誰でも魔術を用いる。


 弓は獲物を殺すことしかできない。

 だが魔術なら、弓にできることはほぼ全てできて、生活も便利になり、その上元手もかからない。

 戦闘中に弦が破損することもない。矢が尽きることもない。

 喉を潰されてない限り、唱え続けることができる。

 ゼッドは変わった男だ。


 アーチャーの男は、太陽の高さと影の角度から目標の高さを概算する。

 それから渋い顔をした。

 

「城壁が一回りデカい。

 オマケにこの辺りの茂み(ブッシュ)や窪みが軒並み潰されている。

 誰かが襲撃を予期していたのか?」

 

 ゼッドは仲間に問いかけたわけではない。ただ、自問していた。


(窓口が間違った情報を流したのか? 情報屋はBランクだったんだけどな。

 ……どうする? やめるか?

 突入班は全滅しちまうだろうな。さて、どうするかね)

 

 その場にはゼッドの他に、九人の人間族がいた。

 男が七人と女が二人。

 全員が荒野に紛れるような格好をして、顔にペイントを塗っている。

 それでもまだ、魔術の射程外だ。

 あともう少し、近づかなければならない、が。


 剣で空を切るような音がした。

 気づいたのはゼッドただひとり。

 

 見上げる。

 空。

 

 蒼天に真っ白な翼を生やした一匹の魔族が飛翔していた。


 いつから見られていた?


 目が合った、と思ったのも一瞬のこと。

 金色の髪を流星のようにたなびかせ、彼女は突撃してきた。


 滑空からの――急降下。

 

「イライザールだ! 討伐ランクA!

 ――“天鳥(エンジェル)のイライザール”だああああ!」

 

 と叫んだ男が姿を消した。遅れて風が通り過ぎる。

 凄まじい速度だった。

 イライザールが得意とする一撃離脱戦法だ。

 

 手練の男が一瞬の奇襲で胸を貫かれて持ち去られた。

 すでにイライザールは魔術が届かないほどの高度まで舞い上がっている。

 もし男が生きているとしても、あそこから突き落とされたらどっちみち絶命だ。

 

 ゼッドは散開の指示を出した。舌打ちする。


「見つけた途端に警告もなしに殺しに来るか。さすがは魔族だぜ」

 

 だが、こちらとて、恐慌(パニック)は起きていない。

 分が悪いとは思わなかった。


 ――そのために自分が来たのだから。


 ゼッドは背負っていた大弓を構えて矢をつがえ、イライザールに向けて引き絞る。

 縦横無尽に空を駆ける、天空の女王を見据える。

 ゼッドの目が細まってゆく。


「これで撤退のセンは消えたな。

 ま、それじゃ、一稼ぎするかね」


 


 ◆◆


 

 

 同時刻、魔王城前。


「よくぞお越しくださいました」

 

 魔王城の門前に、美しい少女がふたり並んでいる。

 ひとりはデュテュ。もうひとりはリミノだ。


 先ほど、式場の準備をしていたふたりだが、今はもう着替えている。

 使者を迎えるために、ドレスを着ているのだ。


「おお、おお、嬢ちゃん! 大きくなったなあ!」

 

 彼女たちの前には、ひとりの偉丈夫が立っていた。

 五魔将がひとり、西部の都ジャルワナをかつて統治していたミョルネン公である。


 頭部は虎。黒い甲冑を身に着けている魔族だ。

 その後ろには、数名の警護の兵が付き従っている。

 

「それに、城もずいぶんと頑丈になったみたいじゃないか!

 ガハハハ、これなら人間族など恐るるに足らんな、ガハハハ!」


 豪快に笑うミョルネンは、魔帝アンリマンユの時代から仕えていた重臣だ。

 だが戦というよりも、どちらかといえば領地の内政にこそ手腕を発揮していた男だった。

 魔帝国軍の戦線が支えられていたのは、彼の能力に寄るところが大きい。

 

「おお、エルフの嬢ちゃんも元気そうでなによりだ! ガハハハ!」

「ミョルネンさまもお変わりなく」

 

 大きな手でゴシゴシとリミノの頭を撫でるミョルネン。 

 リミノはにっこりと微笑む。 


 彼女にデュテュを紹介したのもミョルネンだった。

 本当なら自分の国でかくまってやりたかったのに、と彼は最後まで済まなそうな顔をしていた。


 魔帝アンリマンユが討伐されて以来、ミョルネンの実行力はほぼ失われている。

 人間族との表向きの争いを避けるために、ジャルワナ市は独立し、市議会制を導入した。

 ジャルワナは、自分たちは人間族と敵対するつもりはないと主張するために、親人間派の議員で過半数を占めていた。

 魔族全体で見ればミョルネンは五魔将という称号を持っているが、ジャルワナに限れば彼は一議員に過ぎないのだ。


 今は外交官のような立場として、暗黒大陸の催しに出席しているのだという。

 使い走りだよ、とミョルネンは笑っていた。

 

 だが強面の将軍を、リミノやデュテュは憎めずにいた。

 魔族や人間族の垣根なしに、自分の領地の住民を守るために戦っていた男だ。

 魔帝と手を組んだのも、ジャルワナの住民を人質に取られていたからに過ぎない。

 

 ゆっくりと魔王城の城門があがってゆく。

 中には、三人の魔王候補が控えている。

 デュテュは先に立って、ミョルネンを案内する。

 

「どうぞおじさま、こちらです」

「なんだ、来た五魔将は儂だけか?」

「式典が始まるのは明日ですからね。皆様、そろそろご到着する頃かもしれません」

「まったく、どいつもこいつも最近では外に出ようとせん」

「うふふ、仕方ありません。領外は危険ですから」

「デュテュの嬢ちゃんがここで踏ん張っているというのに、情けない話だ」

 

 やれやれとため息をつくミョルネン。


 完全に城門が開き切って、その魔将が一歩足を踏み出した次の瞬間だった。


 

 ――彼の腹からは剣が生えていた。


 

 デュテュとリミノは息を呑んだ。

 彼とともにやってきた配下は六名。

 そのうちのひとりが反逆したのだ。


「おじさま――!」

「デュテュさま、後ろに!」

 

 叫ぶデュテュをかばうように前に出るリミノ。

 

 反逆者はひとりだけではなかった。

 六人全員が、次々と外套を脱ぎ去ったのだ。

 彼らは皆、人間族だ。

 先頭に立つ、頬に傷跡を持つ長髪の男が地面にツバを吐く。


「あークソあっちぃ。ロクでもねェ作戦だなマジでおい」

 

 なぜこんなことが。

 五魔将がまさか、人間族を護衛に雇っているなど。


 しかし、目を剥いたのはミョルネンも同じだった。

 血を吐きながらうめく。


「なぜ、お前たち……ジャルワナの兵団から、なぜ……

 出かけた時は、皆、魔族だったはずだ……!

 背格好もまるで同じだと……!? いつの間に入れ替わった……!」

「さァて問題だ」


 男は一本指を立てる。

 

「魔族の誰がアンタを裏切ったか。

 いち、ヘルハウンド市長。に、ベッサ警護団団長。さん、議会そのものがアンタを処分したがっていた。

 さて、誰だと思う」

 

 ミョルネンは体に突き刺さっていた剣を引き抜く。

 さらにその巨大な手で、近くにいた人間族の男の頭を掴んだ。


「貴様ァ!」

 

 ミョルネンが左腕に力を込めると同時に、男の頭部はまるで果実のように砕けた。

 振るう剣は、逃げ損ねた人間族の首を切断する。

 一瞬にして、ふたりの人間族を殺戮した将は吠える。


「城に逃げろ! デュテュ姫、リミノ姫!

 ここは儂が食い止める!」

「ヒュー」

 

 長髪の男は口笛を吹いた。


「さすが五魔将“獄腕(ミョルニル)のミョルネン”。

 並の魔族(モンスター)なら即死のはずなんだけどな。

 ロートルのくせに元気なモンだぜ」

「抜かせ!」

 

 その巨大な体を轟かせ、ミョルネンは男に迫る。

 まるで砦をも一撃で砕いてしまいかねない重圧を前に、男は涼し気な顔で告げる。

 

「だが残念。もう詰み(チェックメイト)だ」

 

 その言葉が魔術発動のキーだった。


 ミョルネンの首から下が一瞬にしてかき消えた。

 地中の中に潜んだ龍が魔将に牙を剥いたかのようだった。

 胴体を大地に食い千切られたミョルネンは、頭部だけの有様となってその場に転がった。


 長髪の男――スパダは設置詠出術の使い手である。

 巧妙に仕掛けられたそのコードを暴き出すのは、並の《魔視》では不可能だ。

 

 スパダは、ついでに、と岩を砲弾代わりに打ち出したが。


「エルランドの盾!」

 

 それはリミノがとっさに張った障壁に阻まれてしまった。

 おっと、とスパダは髪をかく。


「あっちのエルフは術師だったか。

 まあいい、手当て急げよテメェら。

 あ、五魔将の首は捨てんじゃねェぞ。

 塩漬けにしてギルドに持って帰ったらイイ金になっからな」

 

 メンバーたちに命令し、スパダは城塞を見上げた。

 デュテュとリミノを取り逃がしたことには頓着していない。

 元から深追いするつもりはまるでなかった。

 ここまでが自分たちのお仕事だ。



 ズドォォン、と凄まじい音を立てて城門が閉じられる。

 揺れた髪を再びかきあげて、スパダは笑った。

 

「これで俺様たち<スパーダ・スクード>の任務は終了。

 ビビらせて引きこもらせて、ネズミ一匹取り逃さねェ。

 チョロすぎんなマジで」

 

 仲間ふたりが殺されてこの言い草。

 彼は城門を前に、その場に腰を下ろした。

 

「突入部隊なんて割に合わねー真似、してらんねェよな。

 さァて、あとはどこまでやるか見せてもらおうじゃねェか」

 

 魔王城を見上げて、彼はつぶやいた。


「俺らの稼ぎがかかってんだから、

 頼むぜ、なあ、

『勇者』プレハ、よォ」

 

 

   

イラ:真の名はイライザール。天鳥騎士団。その戦力はひとり旅団級。

デュテュ:目の前で親しい人が殺される。さすがに笑っていられない。

リミノ:とっさに放った法術で魔術を防ぐ。値千金の活躍。

ミョルネン:虎頭の五魔将。登場から37行弱で死亡。


ゼッド:人間の男。変わり者のアーチャー。

スパダ:人間の男。<スパーダ・スクード>所属の術師。


勇者プレハ:???

 

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