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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:3 屍の中で産声をあげる赤子たちに名を
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3-1 Adventurers Attack

  

 あれから四ヶ月が経過した。

 特訓に特訓を重ねた愁、慶喜、廉造の三人は、絶大なる力を手に入れた。

 いよいよこの三人の中から魔王が選ばれることとなる。

 

 爵位の授与式は、魔王式典という名で執り行われるらしい。

 リミノたちは一ヶ月も前から魔王城で準備を進めている。

 中庭を清掃し、そこに式場を作るのだ。

 このご時世だ、大々的にはできないが。

 それでも五魔将の使者たちも、魔王の誕生を祝いにやってくるらしい。




 魔王式典が明日に迫った日中の出来事である。

 

 このところずっと、デュテュはとても機嫌が良さそうだ。


「ついに、ついにこのときが来るのですねえ~、ああっ、お父様、お母様ぁ~」


 と空に祈っている。


 中庭は飾り布やトーン、花などで飾り付けられており、

 いつもの鍛錬に使われている殺風景な場所が、今ではまるで庭園のようだ。

 普段イラにしごかれている兵士たちも、まるで軍楽隊のような華々しい格好をして、中庭を警護している。



 そういえばイサギは、デュテュの母親のことを知らない。

 あの魔帝に妻がいたというのも知らなかった。


 良い機会だ。聞いてみようか。

 旅立つ前に。


「なあ、デュテュ」

「はぁ~い~?」


 くるりと振り返ってくる彼女。

 ニコニコとしたデュテュを前になんとなく気が引けてしまうけれど。


「デュテュの母親は、もういない、のか?」

「はい、そうですよ」

「どんな人だったんだ?」

「とてもお優しくて、偉大な方だったと聞いております」

「ん……そっか」


 ニコニコとデュテュ。

 あくまでもその顔に、悲壮の色はない。

 

 魔帝アンリマンユの種族は、明らかにはなっていない。

 実際に相対したイサギですら、よくわからなかった。

 どこにでもいる純魔族(デーモン)のようにも思えたが、実際のところは不明だ。

 

 だがデュテュがサキュバスであることは確実であるから、きっと母親の血を引いているのだろう。

 かつてサキュバスが五魔将だったことはない。

 彼女の母親は、純粋な魔族貴族だったのかもしれない。


「元気に産んでいただいただけで、嬉しいものです」

「デュテュは良い子だな」

「えへへ」


 頭を撫でると彼女は目を細めて喜ぶ。

 まるで素直な大型犬のようだ。

 その愛嬌たっぷりの仕草に、街の花売り娘だったら、さぞかしモテていただろうと思う。


 と、そこに。

 

「あーうぜぇ」

 

 肩を回しながら、独り言をつぶやいてやってきたのは廉造。

 だがその衣装がいつもとは違う。

 丈夫な生地で織られた黒の外套だ。

 あちこちに金の装飾が散りばめられている。

 胸元に取り付けられたアクセサリーからは強い魔力を感じる。

 きっと名のある魔晶具だろう。


「似合っているじゃないか、廉造」

「素敵です~!」

 

 デュテュとともに称賛すると、廉造は舌打ち。


「わざわざオレの身に合わせて仕立て直したんだとさ。

 だりぃ。制服みてえで窮屈だぜ」


 首を回しながら語る。

 髪は刈り込んだばかりなのか、来たときと同じような長さになっている。

 黒髪黒目。その佇まいは来たばかりとは全く違って、堂々としている。

 今の彼を見て、半年前はただの少年だったと思う者はいないだろう。


 どうやら、最終的な衣装合わせが行われているようだ。 


「これ分厚いのに涼しいっすねえ、うへへへ」

 

 続いてやってきたのは、慶喜。

 彼も廉造と似たような格好をしているが、その生地は熊の毛並みのような濃い茶色だ。

 封術の身体強化により、もうとっくメガネは必要なくなっているはずだが、それでも彼は外そうとしない。

 ないと落ち着かないそうだ。


 その場でくるりと回って両手を掲げる。


「フハハハハ! 我こそは魔王ヨシノブ!

 人間族よ、我の前にひれ伏すがいい!」

 

 叫び声とともに魔術。彼の後ろから四本の火柱が立ち上る。

 特撮モノでよくあるような、あんな感じだ。

 

 デュテュはキラキラとした目をして手を叩く。


「キャー! ヨシノブさま、素敵です!

 ヨシノブさま、まるで昔のお父様のようです!」

 

 いや見たことないだろ、とは突っ込まない。

 言ったところで意味がない。

 ロリ巨乳に讃えられて、慶喜もまんざらじゃなさそうだ。


 代わりにイサギは慶喜を上から下まで観察し、つぶやく。


「……馬子にも衣装だな」

「フゥーハハハ!

 つまり、かっこいいってことっすよね!」

 

 どちらかというとコスプレにしか見えない。

 廉造は白けた顔で慶喜を眺めている。


「なあイサ。オレもこんなアホっぽく見えるか?」

「ああ大丈夫だよ。廉造が着るとちゃんとカッコイイから」

「心から安心したぜ」

「ひどくないっすか!?」

 

 叫ぶ慶喜。

 いや、彼も黙っていればそれなりに見えるのだが。

 口を開いた途端に残念感が漂ってしまうのは、もはやそのキャラクターだろう。

 

 と、そこで最後のひとりが現れる。


「いやあ、明日この格好で参列するのは、ちょっと恥ずかしいなあ」


 頬をかきながら、愁だ。

 明るい髪を後ろで縛っていて、いつものような微笑を浮かべている。

 彼の外套は気品のある灰色だ。スリムな体型によく似合っている。

 腰に差した剣がまた、良いアクセントになっていた。


「キャー! 素敵ですー! キャーキャー!

 シュウさまー! キャーキャー!」

 

 目に星を浮かべるデュテュ。

 なんだかもう、芸能人のコンサートにやってきたファンのようなテンションである。

 

 イサギは顎に手を当てて、しばし思案する。

 それから三人に。


「なあみんな、ちょっと俺の言ったとおりに並んでみて。

 慶喜が真ん中で、うん、愁が左。んで廉造が右で。そうそう」

 

 中庭の式典会場を背に、魔王候補たちが並び直す。

 愁、慶喜、廉造の三人。

 全身に刺青を刻み込まれ、魔族の貴族たる衣装を身につけた禁術師たち。

  

 彼らを眺めて、イサギは満足そうにうなずいた。


「愁も廉造も、カッコイイなあ」

 

 どちらが魔王に選ばれてもおかしくはない。

 愁のような美形が装いを整えると、どこかの王子と言われても信じられそうだ。

 イケメンの優男風魔王は、きっとどの世界にも需要があるだろう。


 廉造とて負けていない。

 鋭い眼光を放つ迫力のある魔王だ。

 無愛想な表情がまた渋い。

 

「ンだよ」

「褒めたってなにも出ないんだからね」

 

 その三人に近づいて、イサギは慶喜の肩を叩いた。

 優しい笑顔を浮かべながら、告げる。


「うん、どちらが選ばれてもふたりで盛り立てていこうな、慶喜」

「ぼくすでに対象外決定っすか!?」

 

 慶喜の叫び声が中庭に響く。

 

 

 

 

 明日、授与式が行われ、多くの参列者の前で魔王が決定される。

 そして場所を変えて、暗黒大陸の首都――ブラザハスに向かうのだ。

 五魔将会議に魔王候補が出席し、そこで改めて魔王の名を与えられる。

 それがこれからの予定だ。

 

 イサギは五魔将会議に出席し、自分がかつての勇者であることを名乗るつもりだ。

 魔将たちがどんな反応を示すかわからないが、決して好意的ではないだろう。

 だが、そのためにもこの四ヶ月、イサギは信頼を積み上げたのだ。

 デュテュや三人なら、きっとわかってくれるはずだ。

 自分の言葉を聞いてくれるだろう。

 

 もしかしたら上手くいかないかもしれないけれど。

 そのときは、力でねじ伏せればいい。

 協力してくれなくとも、こちらの意図を伝えればいいのだから。

 少し、悲しいけれど。



 それから先はイサギの仕事だ。

 スラオシャ大陸東部、冒険者ギルド本部へと向かい、そこでギルドマスター・バリーズドを説得する。

 彼だってきっと、戦争を起こしたくはないはずだ。

 あちらにも三人の魔王という抑止力があるのだ。

 きっと無益な血を流そうとはしないだろう。


 それでも彼らが恐ろしいというのなら、イサギが冒険者ギルドに入ればいい。

 彼らが攻めてきたら、自分が相手になる、と言うのだ。

 

 最悪、暗黒大陸とスラオシャ大陸の国交がしばらく途絶えることになるかもしれない。

 デュテュや魔王候補たちには「裏切った」と罵られるかもしれない。

 それでも、戦争になるよりはずっとマシだ。

 

 あとは、中から人間族の世界を変えてゆけばいい。

 ゆっくりとプレハを探しながら。



 これがイサギの描いた筋書きだ。


 

 この四ヶ月イサギは、ただ遊んでいたわけではない。

 人間が支配している暗黒大陸の、その四都市のひとつに潜入してきたこともあった。


 そこでの人間たちは、お世辞にも士気や練度が高いとは言えなかった。

 生まれ育ったスラオシャ大陸を離れて、こんな暗黒大陸で都市の防衛だ。

 魔族の食事も水も彼らには合わないようだ。

 駐屯していた騎士たちは誰も彼も皆、国に帰りたがっていた。


 ハッキリと言えば、拍子抜けだった。

 暗黒大陸にいる人間たちでは、魔王候補の三人を傷つけることもできないだろう。

 

 他の街も似たような有様のようだ。

 だから、イサギの計画は上手くいくはずだ。

 現れた魔王候補の前に、尻尾を巻いて逃げていってくれればいい。


 そうだ。海を閉ざせばいい。

 極大魔晶とまではいかない。

 巨大な魔晶があればふたつの大陸の間に渦潮を発生させ続けることもできる。


 関わらず、交わらなければいいのだ。

 そうすればお互い、無益な血を流すことはなくなる。

 


 だが、唯一の懸念は極大魔晶だ。

 それをイサギが見つけ出すことが出来なければ、愁や慶喜、廉造が元の世界に帰るのが遅れてしまう。


 それについては……

 今のところ、これぞという解決策は思い浮かんでいなかった。


 そのためにも書物を漁り、もしかしたら暗黒大陸にまだ眠っている神器(極大魔晶)がないかどうか調べてみたのだが、思うような成果はあがらなかった。


 だが、あるいは世界中の魔晶をかき集めれば、極大魔晶分ぐらいにはなるだろうか。

 冒険者を総動員すれば、それらを回収することは難しくないはずだ。

 やってみる価値はあるだろう。



 廉造、愁、慶喜。

 最低でも三人分は回収しなければならない。

 ……三人分は、必ずだ。

 


 この四ヶ月間は、本当に平和な日々だった。

 アルバリススに召喚されて三年と四ヶ月の間で、これほど穏やかだった日々はない。

 リミノやデュテュ、それに三人の友達と過ごした四ヶ月。

 本当に、離れがたいけれども。

 

(ま、しゃーないな)

 

 イサギもただの少年だったら良かったのだけれど。

 いつまでも魔王城にいて、のんびりと楽しく暮らせたのだけれど。


 イサギは勇者だ。

 かつて20年前、この世界で魔帝を滅ぼした勇者なのだ。

 大いなる力には大いなる責任が伴うと言ったのは、誰だったろうか。

 

(いいさ、忘れよう)

 

 この四ヶ月は夢だったのだ、と。


 

(……ん?)

 

 ふとイサギは頭を上げた。

 気配だ。

 首の裏がチリチリと疼く。


 珍しく外に出ていたシルベニアに声をかける。


「なあ、シルベニア。イラってどこに行ったか知っているか?」

「……」

 

 ダルそうに半目を閉じていたシルベニア。

 普段は紺色のローブだが、きょうばかりは少しばかりおめかしをしている。

 薄手のキャミソールのようなドレスに、いつも使っているものより一回り小さな三角帽だ。

 そういう格好をしていると、やはりシルベニアも美少女なのだな、と思うが。

 

 デュテュの護衛として中庭の端っこで体育座りをしていた彼女は、まっすぐ腕をあげた。

 指すのは、お空。

 それだけでイサギは把握する。


「そうか、哨戒か……」

 

 普段、イラとシルベニアは交代で魔王城の警護に当たっている。

 特にイラの“翼”は、この城に近づく者にとっては脅威だろう。

 

 だが。

 なにかが引っかかった。

 

 この城へと侵入するためには、前門である魔王城門から入るか、あるいは城壁を越えなければならない。

 魔王城裏にも隠し門があったが、そこには結界魔法陣を張っておいた。迂闊に外部から入ろうとしたら丸焼けだ。

 今のところ魔王城の守備は万全に思える。思えるが。

 

(……誰も、気づいていないのか?)

 

 それともただの勘違いだろうか。

 魔王との戦いを最後に、イサギは戦闘らしい戦闘を行なっていない。

 もしかしたらカンが鈍っているのかもしれない。

 少なくともこの四ヶ月、魔王城は誰からも攻められることはなかった。

 けれど。

 

(ああもう、気持ち悪ぃな)


 イサギは自身の感覚を信じることにした。

 中庭で式典準備を楽しそうに眺めていたデュテュに話しかける。


「デュテュ、俺ちっと離れるから」

「あ、はい、行ってらっしゃいませぇ~」

 

 ぷらぷらと手を振ってくるデュテュ。

 彼女に装いを整え直したリミノが尋ねる。


「あれ、お兄ちゃんどうしたの?」

「お花摘みに、だそうですよ」

 

(ちげぇ!)

 

 声なき声で怒鳴り返す。

 それでもイサギは早足で目的地を目指す。

 

 魔王城地下大広間。

 イサギたちが召喚された地下部屋とは違う、イサギが整備し直した広大な面積を誇る地下広間である。


 イサギの予感が正しければ。


 そこに、何者かが侵入しようとしている。

 

 

 

イサギ:決意を固める。

廉造:4ヶ月でわずかに背が伸びた。男前。

慶喜:変わらず。色々と変わらず。

愁:気品あふれる立ち姿。髪を後ろで結ぶ。


デュテュ:にっこにっこにっこにー にっこにっこにー!

リミノ:中庭の飾り付けならリミノに任せてー! バリバリ。

シルベニア:おめかしをしてもダルそう。

イラ:哨戒任務中。

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