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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:2 それは幸せな日々だったと気づかずに
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2-10 十六の夜

 

「えへへ、来ちゃいましたっ」

 

 その夜、にこぱっとやってきたのは我らがお姫様。

 ちょろいアホで暗黒大陸にその名が響き渡っている(?)、デュテュであった。


「いや、えと、なにしに?」

「皆様が楽しそうにしていらっしゃるので、遊びに、です!」

 

 そこはもっと他に言い方があったんじゃないだろうか、とイサギは思う。

 せめて応援に、とか。

 お姫様はきょうも自由である。

 無職異界人(ニートリッパー)のイサギが、最近はコーチとしての職についてしまったから、彼女なりに焦っているのかもしれない。


「……うぜぇな」

 

 廉造がぼそっとつぶやく。

 最近では彼もデュテュの扱い方を心得たのか、あまり怒鳴りつけたりはしなくなった。

 年下(に見える)少女を泣かせるのは、さすがに廉造も気が進まないらしい。


「え、えーっと、デュテュさん、

 見ててもそんなに面白いことはないと思うよ?」

「大丈夫です。わたくし、こう見えても剣術には詳しいのです」

 

 苦笑いする愁の意訳『出てけ』を、デュテュは限りなく表面的に捉えて微笑む。

 幸せそうな笑顔である。

 

「まあまあ、いてくれてもいいじゃないっすかぁ、でゅふふふ」

「あらあ! ありがとうございます、ヨシノブさま」

 

 唯一、彼女をかばうのは慶喜だけだ。

 丁寧に頭を下げるデュテュ。


 ちなみに彼女はきょうも真っ白なワンピースを着ている。

 慶喜の位置からは谷間が見事に覗けたはずだろう。

 だらしなく鼻の下を伸ばす慶喜。

 ロリコンなのか巨乳趣味なのか、ハッキリとしてほしい話だ。

 己の欲望に忠実なだけなのかもしれない。

 最近はその気持ち悪い笑い方も、しなくなったと思っていたのに。

 もっとも魔王に近い男が慶喜であることは間違いない。

 

 ちなみに愁にも慶喜にも、デュテュは懐かなかったようだ。

 あくまでも初めての相手であるイサギは特別、ということだろうか。

 アレな人の考えることはよくわからない。


「ではわたくしは、ここで見ておりますので」

 

 ベンチに腰掛けて、こちらに手を振ってくるデュテュ。

 まあ、騒がしいだけで実害はない。

 多少、コードの詠出が乱れるだけだ。

 戦場ではよくある話だ。

 

 放置しよう、とイサギが決めた途端。

 デュテュは口を手で覆いながら、可愛らしくあくびをした。


「ふぁ……」


 気が抜けてしまいそうになり、そちらを見やる。 

 デュテュはまるで子供のように目をこすって、つぶやく。


「……うぅ、イサさま、わたくし眠くなってまいりましたわ……

 お部屋にもどりますぅ……」

「なにしに来たんだ!?」

 

 前も見えていないように両手をふらふらさせながら、デュテュはおぼつかない足取りで魔王城に戻ってゆく。

 本当に自由なお姫様だ。

 首輪でもつけていてほしい。


 その背中を見送りながら、嘆息する。

 

「……特訓もしていないのに、ドッと疲れた気がする」

「はは、悪い人じゃあないんだけどね……」

「いいから始めっぞオラ」

 

 イサギと愁がうめく中、廉造だけは変わらずマイペースだった。

 

 

 

 この時間、昼間に魔力を使い果たしたリミノはぐっすりと眠っている。

 10歳のロリシアも同様にだ。

 

 イラは起きているようだが、交代で見張りを行なっていたり、それなりにやることもあるようだ。

 シルベニアは授業の時間以外は一切自室――魔王城最上階の尖塔だ――から出てこないため、よくわからない。

 

 というわけで、深夜の中庭には少年たち四人だけである。

 


 修行をしている中、イサギはひとつ気づいたことがある。

 それは、廉造の魔力の使い方だ。


 彼は剣術も術式も一歩届いていない。

 その理由は、判明した。

 

 それは『闘気』だ。

 

 彼は独特な魔力の使い方をしていた。

 本来、教わらなければできないはずの闘気を自然と身にまとっているのだ。

 だから廉造はふたりの比ではないほどに打たれ強かった。

 それもまた、廉造の素質なのだろう。

 

 愁や慶喜に比べて、成長が鈍いように見えるかもしれない。

 けれどそれは、本来ならば将来的に習得するはずの闘気をすでに覚えてしまって、

 そこに凄まじいほどの魔力を注いでいるからだ。

 これは誰にでもできることではない。


 剣術では愁が、術式運用では慶喜が、そして闘気では廉造が優れている。

 その三人、誰にでも一長一短がある。

 イサギの目から見れば、みんなの差などあってないようなものだ。

 

 この分なら、廉造についてはなにも心配はいらないだろう。

 だが、イサギはそれを口には出さなかった。


 ただ一言、「心配ない」とだけ告げた。

 今こうして修行をしている時間も、決して無駄ではないはずだから。

 

 

 しばらく体を動かし回って、ようやくの休憩だ。

 リミノが夕方に用意してくれた暗黒大陸の果実をそれぞれ、かじっている。

 見た目はリンゴに似ているが、味はトマトのように酸味が強い。

 わずかな魔力の回復効果があると言っていた。

 魔王候補にとっては雀の涙だろうが、それでも心遣いは嬉しいものだ。

 疲れた身体に酸っぱいものは染み渡る。

 

「助かるなあ」

 

 と、イサギがつぶやいた途端だ。

 慶喜がメガネを光らせながら近づいてくる。


「先輩は最近リミノさんが一緒にいてくれなくて、寂しそうっすなぁ」


 この男はいつでもイサギをからかうネタを探しているようだ。

 なんというゲスさだ。

 本当は心の中で『早く飽きられてしまえばいいのに』ぐらい考えているかもしれない。

 イサギはやんわりと否定する。


「別にそんなことはないって。

 あの子はあの子でなにか目標ができたみたいだし」

「妹が卒業しちゃって寂しそうだね、お兄ちゃん」

「愁までからかうなよ……」

 

 ジト目で睨む。

 最近は愁もこうやってノッてくることが多くなった。

 彼なりの、慶喜との距離の縮め方なのかもしれない。

 実際、ふたりはようやく世間話をする程度の仲になってくれたようだ。

 

 廉造が果実をかじりながら、目を伏せる。


「妹との時間を奪っちまったか。そいつは悪ィな、イサ」

「廉造は重いから。リミノとはそんなんじゃないから」

 

 彼は“妹”という存在を特別視しすぎているようだ。

 どこの世界に子作りを迫ってくるエルフの妹がいるのか。

 ギャルゲーかよ、と思う。

 

「つーか慶喜はどうなの。あれから進展あるの?

 話している姿、全然見ないんだけど」


 急に話を振られて、慶喜の目が面白いぐらいに泳ぐ。


「も、もちろんでござるよ。我輩とロリシアちゃんは魂の奥の奥で結ばれていて……」

「なんにも進んでないんだな。俺があんだけ体を張ったのに」

「……サーセン」

 

 力なくうなだれる慶喜、

 彼の心の闇は、異世界に来て魔術を操れるようになっても晴れないようだ。

 

「そ、それはそうと! もしかして愁サンは誰か狙っている人がいるんすか?」

「えー、僕? そうだなあ」

 

 愁は笑いながら、なぜかこちらに目を向けてきた。

 マジで? と思う。

 やべー、りょうおもいじゃん、とか思ってしまう。

 

「……やめろよ、愁」

「え、なにが?」

 

 素で問いかけられた。

 自覚がなかったのだろうか。

 イサギのただの勘違いだろうか。

 愁、天然説浮上だ。

 

 と、こういう話になったときにはずっと黙り込んでいる廉造に、きょうは切り込んで見ることにした。


「で、廉造はどう?」

「ああ? ンなチャラチャラしたもんには用はねえよ。

 俺ァこの世界でチンタラやっている暇はねえからな」

「うわあ、硬派だなあ」

「廉造先輩、マジマブいっす」

 

 慶喜が敬礼をする。

 男が憧れる男は、廉造のようなやつなのかもしれない。

 彼はストイックだ。

 そこを慶喜がゲスい笑顔で追求した。

 

「じゃあじゃあ、誰でシコってるんすか、廉造先輩」

「ぶっ」

 

 思わず噴き出すイサギ。

 こいつ、勇気出すところ間違っているだろ、と思う。

 殴られんぞ、とヒヤヒヤしている最中。

 廉造はぼんやりと空を眺めたまま、一言。


「……イラ、だな」

「ぶっ」

 

 またもイサギは噴き出した。

 答えるのかよ、それ。

 

「わかるっすそれ! ぶるんぶるんっすからね!」

「いつもボコボコにされてっからな……

 一度くらいはやり返してェ」

「いつかガンバりましょうね、廉造先輩……!」

 

 慶喜は廉造にイヒヒと笑いかける。

 完全に深夜のテンションである。

 彼はそのまま視線を転じて。


「じゃあじゃあ、愁サンは? 誰でシコりまくりっすか?」

「えー僕はねえ」

「愁のそういうの聞きたくねえよ!?」

 

 思わず口出してしまう。

 すると慶喜はターゲットをこちらに変えた。

 嫌な笑みだ。


「じゃあ、先輩はぁ? 誰なんすかぁ?」

「て、てめーに教える義理はねーよ」

「あーでも、先輩は、もう特定の相手がいるっすもんね……」

「は、はあ?」

「リミノさんとデュテュお姫様とヤリまくりっすもんね……」

「はあ!?」

「まさか一番最初にハーレム形成するとは、すごすぎっす先輩……」

「もう黙れよ!?」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴る。

 なんて下品なやつだ。

 こっちはそういう話を三年間はしてねえんだぞ、と。

 

 愁が楽しそうに笑う。


「すごいな、イサくん。一番異世界に向いていたんじゃないかな」


 水を差すようなつもりではなかったのだろうけれど。


「封術もやってねえのにな」

 

 廉造の一言で、場の空気が急速に冷えてゆく。


 そうだ。

 イサギはこの中で唯一『力』を持っていない。

 ……と、思われている。


 それについて、彼らがどう思っているか、聞いたことはない。

 決して快くは思っていないはずだ、とイサギは想像していた。


 ふと、脳裏をよぎる考えがあった。

 この三人は、デュテュたちとは違う。

 彼らには話していいのではないだろうか。

 いや、むしろ、話すべきなんじゃないだろうか。

 

 イサギはこの世界の勇者で。

 いずれ、この城を出て旅をするのだと。

 彼らとは一緒にいられないのだと。


「……あのさ」

 

 イサギが話し出したときだ。

 廉造が首に腕を絡ませてきた。


「バーカ、気にすんな」

「え?」

「関係ねえ。テメェも仲間さ」


 彼の目は優しかった。

 同様に、愁も。


「人には向き不向きっていうのがあるからね。

 っていうか、イサくんのおかげで僕たちすごくパワーアップしたし。

 イサくんがいなかったら、僕たちこんなに仲良くなれてなかった思うから」

「愁……」


 遅れまいと、慶喜もまた。


「そ、そうっすよ、先輩! 

 ぼく、この世界マジで嫌だったんすからね……!

 先輩が召喚されていなかったら、マジで潰れてましたよ……」


 いつものふざけた態度の慶喜とは違う。

 彼の言葉からは、親近の情を感じた。


 思わず茶化して言い返す。


「……その代わり、お前のロリコン趣味の片棒を担がずに済んでたんだけどな」

「それはそれ、これはこれっしょ!」

 

 慶喜の叫びとともに、笑い声が起きる。

 廉造も愁も、イサギも、少し遅れて慶喜も。

 皆がまるで、子供のときから一緒にいた旧知の仲であるように。

 

 それがまさしく自然であるかのように。

 あるいは、そうすることがずっと前から決まっていたかのように。


「絶対に帰ろうぜ」

 

 廉造が手を差し出してくる。

 

 愁がその上に手のひらを乗せた。


「目的を果たそうね」


 慶喜がこわごわと。


「ロリシアちゃんが安心して暮らせるような、

 そんな世界を作るすよ」

 

 皆の視線が集まってくる。

 最後に大きくうなずきながら、イサギが手を重ねた。


「ああ」


 必ずプレハを見つけ出してみせる、と。

 言外の決意を胸に秘めたまま。

 


 魔王候補たちとの特訓の日々は、こうして過ぎ去ってゆく。


 月が照らし出す、少年たちの夜の物語だった。

 

 

 

 Episode:2 それは幸せな日々だったと気づかずに End

   

  

   

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