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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:2 それは幸せな日々だったと気づかずに
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2-9 可能性の獣

  

「そこで見てやがれ」

 

 月明かりの差し込む中庭。

 廉造は上半身裸になり、木剣を振っていた。

 彼はこの動作を毎晩、必ず繰り返していたという。


「どうだ」

「ん」

「……テメェ、イラの話じゃ、すげえ目を持っているらしいじゃねえか」

「あー、観眼のことな」

 

 眼帯の奥の左目がわずかに疼く。

 イサギは仰々しくうなずく。


「まあな。それで俺を連れ出してきたのか」

「ああ」


 タイマンじゃなかった、よかった、と密かに胸を撫で下ろす。

 大体、イサギは剣術を習っていないのだ。

 設定を重視した場合、廉造に勝てる道理がない。

 無理矢理色々とされてしまう。

 その色々が一体なんなのかはちょっとわからないが。


「ったく、どうなってんだよこの世界はよ」

 

 廉造はツバを吐き捨てる。


「なんでオレが、あいつらより劣ってんだ……オレァ、いの一番に家に帰んねえといけないのによ」

 

 確かにおかしいとは思っていた。

 廉造は愁はおろか、慶喜よりも成長が鈍い。

 努力はしているのだろう。

 毎晩の特訓だって、そうだ。


 慶喜がロリシアに『ぼくのかんがえたすごい小説のネタ』を語って聞かせている間に、彼は木剣を振り続けているのだ。

 だが、それでも届かない。

 それは廉造にとって、とても我慢ならないことに違いない。

 だから本来ほとんど話したこともない、イサギまで引っ張り出してきたのだ。


 目的のために手段を選ばない姿勢については、頭が下がる。

 ある意味で、三年前の自分のようだった。

 あの頃のイサギは、強くなる以外に生き残る術はなかった。

 そうしなければ、プレハを守れないと思っていた。

 

 静寂の夜にどこからか獣の鳴き声。

 それと、剣が空を切る音だけが響く。

 イサギはあぐらをかいたまま、彼を見上げる。

 

「なあ、廉造」

「ああ?」

「ひとつ聞いてもいいか?」

「うぜえな、ンだよ」

「お前さ、どうしてそんなに帰りたがっているんだ」

「……チッ」

 

 ふたりの間に、沈黙が落ちる。


 廉造の心の強さはどこに起因するのか、イサギは知りたかった。

 だが彼は容易には口を開かないだろう。

 まったく見知らぬ世界に召喚されて三週間、誰にも気を許さずにひとりで鍛錬を続けているのだ。

 高校生らしからぬ精神力である。

 

 やはり聞かせてはもらえないのかな、とイサギが思っていたときだ。

 

「家によ」


 廉造が静かに語り出す。


愛弓あゆみがいンだよ」

「……奥さんか?」

「ちげえよバカ」

 

 茶化すつもりはなかったのだけど。

 廉造はまっすぐ正面を見据えながら、剣を振る。

 

「妹だ。つっても血は繋がってねえけどな。まあ、それは関係ねえか」

「ふーん」

「ンだよ」


 ぎろりと睨まれて。

 イサギはありのままを告げる。


「いや、こう言うとまた怒鳴られちゃいそうだけど……

 帰る動機が妹のためって、なんか意外だな、って思ってさ」

「ちったァ本心隠せバカ」

「すまない。俺はいつもこの性格で損をしているんだ」

「……ったく。なに考えてっかわからねぇ他の奴らよりはマシだけどな」

 

 廉造がこちらを見やる。

 いつもは睨んでいるようにしか見えないその流し目も、今は不思議と穏やかな気持ちで受け止められた。

 他に、誰も見ていない夜だからだろうか。

 

「……オヤジもオフクロももういねえんだ」

「え?」

「オヤジは借金作って夜逃げ。オフクロは新しい男と蒸発だ。クズみてえなやつらさ」

「……そうか、それも辛いな」

 

 イサギの両親は、イサギが中学1年生のときに揃って事故死だ。

 どちらがマシだろう。

 いや、そんなことは考える必要はない。

 廉造は舌打ちした。


「テメェと話していると、調子が狂っちまうな」

「たまにはいいだろ」

「……ンで結局、愛弓はオレが引き取ったんだ」

「良い兄貴じゃないか」

「は、どこがだよ」


 今度は本気で睨まれた。

 廉造は自嘲するように言葉を吐く。


「オレの稼ぎじゃ満足に暮らせねえ。

 愛弓はまだ中1だっつーのに、新聞配達してんだぜ。

 おまけに家は六畳二間のきったねえボロアパートだ。

 高校にすら行かせてやれるかわかんねえ。

 クズみてえな兄貴だよ」


 廉造は荒々しく木剣を振るう。

 そこに倒すべき敵がいるかのように。


 だが、イサギは告げる。


「良い兄貴だよ、廉造。

 そこまで思われて、妹さんは幸せだな」

「……」

 

 廉造は木刀を振り下ろし、それから天を仰ぐ。

 彼の上半身はまるで濡れたようだ。

 汗が流れ落ちて、地面に水たまりを作っている。

 肩で息をしながら、あえぐようにつぶやく。


「……愛弓みてえなことを言うんだな、テメェも」

「はは」

「なにがおかしいんだよ」

「ならいい加減認めろよ。意地張ってないでさ」

「まだだ」

 

 こちらに木剣を突きつけてきて、彼は言った。


「オレはこの世界から帰る。

 オレの居場所はここじゃねえ。待っているやつがいるんだ」

「……そうか。そうだな」

 

 廉造にとって、この日々は本当に長かったのだろう。

 年の離れた義理の妹を残しての異世界だ。

 ただ心配をかけているというだけではない。

 生活費など、差し迫った問題もある。


 イサギは彼の揺るぎない決意の一端に触れたような気がした。

 

「こんなところでチンタラしている暇はねえんだ、イサ。

 オレに足りねえところがあるなら言え。オレは強くなる」

 

 自分には待っている人がいるかどうか、わからない。

 けれども、廉造の気持ちはわかる。


「俺にもできる限りのことはするさ。廉造」

「ああ。遠慮したらブッ殺すぞ、テメェ」

 

 廉造はこちらを見て、口元を歪めた。

 ホンの少しだけだが、笑ったような気がした。

 少年の青臭さが抜け切っていない。

 けれどそれは守るべきものを持っている、漢の笑みだった。


 

 その日から、イサギと廉造の深夜の秘密特訓が始まった。


 


 ある夜の出来事だ。

 

「廉造の構えには無駄が多い。感覚で戦うんじゃない。

 剣術っていうのは人殺しの中で昇華されてきたから剣術なんだ」

「……クソが!」

 

 廉造の相手をしているのは、愁だ。

 荒々しい木剣の攻撃を、彼は涼しい顔で受け流している。

 

「守りをおろそかにするな。

 一撃で相手を仕留めようとするのはやめろ。

 一手ずつ布石を打つんだ。一手ずつ相手を追い込んでいけ」

「うっせえな!」

「剣筋が素直すぎる。

 感情は内に秘めるんだ。見極められるぞ」

「わかってンだよ!」

 

 それから七合打ち合い、廉造の木剣は愁に弾き飛ばされる。

 

「うらああああ!」

「おおっと」

 

 そのまま素手で殴りかかって来た彼の足を払う愁。

 実に鮮やかに、廉造は転倒した。

 そのまま荒い息をついて、廉造は地面に大の字になる。


「なんだよお前、今のは……」

「……うっせぇ……」


 息を切らせているが、まだまだ戦えそうだ。

 廉造は本当に打たれ強い。

 

 愁が木剣を肩に担ぎ、いつもの笑みを浮かべながらやってくる。


「どうしたの、彼。

 いつになく素直じゃない」

「改心したそうだよ」

「それは良かった。友達になれるといいな」

 

 ニコニコと笑いながらそんなことを言う。

 愁は何度か廉造にコンタクトをしていたが、全て袖にされていたのだ。

 

「でも悪いな、付き合ってもらって。

 俺じゃ相手にはならないからさ」

「ううん、こちらこそだよ。

 彼の変則的な攻撃をさばくのは、いい勉強になるよ」

「嫌になるくらいいいやつだなあ、ホントに……」

「イサくん、買いかぶりすぎ」

 

 困ったように笑う愁。

 抱かれてもいい笑顔とは、このことだろうか。

 いやいや、邪念を振り払う。


「さすがにきょうはもう無理かな」 


 愁が白み始めた空を眺めながらつぶやく。

 あくびを噛み殺した目には、わずかに涙が浮かんでいる。


「んだな。また付き合ってくれよ、愁」

「うん、僕でいいなら喜んで」

 

 あの太陽のような笑顔でそんなことを言われて。

 イサギはわずかにドキッとしてしまうのだった。




 

 再び、ある夜の出来事。


「しねオラアアアアア!」

 

 突き出した廉造の手のひらから炎が噴き出す。

 対する少年は、悲鳴をあげながら描いたコードによって世界を変革する。

 

「ひいいい!」

 

 叫び声がトリガーだ。

 巨大な障壁は廉造の炎を物ともせずに受け止めた。

 だというのに、へなへなとその場に腰を下ろす。


「こ、こわいっすよ足利くん!」

「ああ!?」

「ひい!」


「目で脅してどーすんの」

 

 と、そのつぶやきが魔術の発声だ。

 廉造の頭の上に出現した水球が割れる。

 水に打たれて、彼は一瞬にして水浸しになった。

 

「な、なにすんだイサ! オラァ!」

「頭を冷やしたんだよ。

 コードが単調すぎ。

 そんなの禁術使いじゃない俺にだって防げるよ」

「ああ!?」


 その怒号は気にせず。


「慶喜、あれやってみてよ」


 イサギの言葉に、慶喜は瞬きを繰り返す。


「あ、アレ……?」

「そうそう。なんだっけ、前に開発してた、えっとなんかアブない名前の」

「ああ、必殺必ず殺す光線すか?」

「うん、そうそうそれ」

「らじゃーっす!」

 

 敬礼した慶喜は、魔世界にコードを書き込んでゆく。

 精緻にして速筆。それが彼の武器だ。

 

「な、なんだオラ、必殺必ず殺す光線って……!?」

「廉造、ボケッとしている暇はないだろう! 結界法術!」

「! お、おう!」

 

 習い始めた時期は同じだというのに、きっと廉造には慶喜の絵画は半分も理解できないだろう。

 ふたりの間にはそれほどの差が開いている。

 だが、それでも結界法術さえしっかりと書き込めば、防ぎ切ることはできる。

 それが魔術と法術の勝負だ。

 

 だけど。

 

 慶喜の魔術の完成が早かった。

 彼はすごく嬉しそうな顔で右手を掲げ、その人差し指で廉造を指す。


「必殺ビーム!」

「う、うお! ガードだゴラ!」

 

 指先から発する光によって、慶喜のメガネが反射して輝く。

 熱光線はまっすぐに廉造へと伸びてゆく。

 

 廉造は眼前に巨大な光の壁を出現させた。

 大きさ、強度ともに問題がない。

 だが、やはりコードを解読できなかったのが致命的だった。

 

 熱光線は障壁に衝突するその寸前で、大きく湾曲した。


「な!?」


 驚きに目を見開く廉造。

 慶喜の放った魔術は、輪転詠出術の初歩の初歩である。


 もしこの魔術が軌道上に平面上の障壁を感知した場合、それは大きく曲がって改めて標的を狙うようにプログラミングされている。

 だからこの魔術を防ぐためには二次元ではなく、三次元の――例えば球状のような――障壁を張るべきだったのだ。


 熱光線は廉造の脇腹に直撃した。

 その場から吹っ飛んで倒れる廉造。


「おー、当たった当たった」

「な、なぁにノンキに言ってんだテメェ!」


 即座に立ち上がって怒鳴る廉造。

 しかし彼には傷一つない。

 すぐに気づいたのだろう、廉造も怪訝そうな顔をしていた。


「あ……ンだ?」

「フッフッフ」

 

 慶喜は腕組みをして、ほくそ笑む。


「ぼくの必ず殺す光線は、コードが消えちゃわないうちに発動させようとすると、威力まで調節してらんないんだよね。

 だから常に最低出力さ!」

「ビビらせやがって! クソが!」

「ひっ!」

 

 慶喜は一瞬にしてイサギの後ろに隠れる。

 イサギは笑いながら彼に尋ねた。


「どう? なかなか面白いやつだろ、廉造」

「そ、そそそそうっすね……」

 

 慶喜はガイコツのようにカタカタと震えながら、首を縦に振る。

 魔術の実力は遥か上、剣術だって負けていないのに。

 それでもその人が持つ性質というのは、そう変わるものではないようだ。

 

「ったく。もう一回だ、慶喜! もう一回!」

「ええー……ぼく、そろそろおねむなんだけど……」

「あぁ!?」

「ひっ! や、やります!

 やらせていただきまァーす!」


 そうして、より実践を見据えたコードのブラッシュアップに努めてゆく少年たち。

 ふたりの魔術合戦は再び、夜が明けるまで続くことになる。

 

 傷ついた廉造の体を癒すのは、イサギやリミノの治癒術の訓練にもなる。

 誰の迷惑にもならない、ある意味で理想的なメニューであった。

 

 

廉造:イサギに頭を下げて修行を手伝ってもらう。タフネスがすごい。

イサギ:廉造の本心を聞いて、打ち解けつつある。ホモではない。


愁:良い人オブ良い人。良い人王。

慶喜:廉造が怖い。かなりガチで怖い。

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