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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:2 それは幸せな日々だったと気づかずに
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2-7 なにかむずかしいことをかんがえよう。これからの私は

 

 来るべき衝撃に備えていたリミノ。

 彼女は固く閉じていた目を、ゆっくりと開く。

 

「……あ、あれ?」

 

 すると、先ほど暴れ回っていた慶喜は、

 まるで糸が切れたかのように目の前で倒れていた。

 

「こら」

「あいたっ」

 

 後頭部に鈍痛を感じて振り返る。

 すると左目を押さえたイサギが、難しそうな顔をして立っていた。

 

「危ない真似するなよな、リミノ」

「あ、お兄ちゃん……」

 

 リミノは上から下までイサギを見回して、それから安堵のため息をついた。


「良かった……どこにも、なんともなっていないんだね……」

「あったりまえだろ……」

「ホントに、良かった……!」

「あ、こら」

 

 ロリシアの見ている前だったが、構わずリミノは抱きついた。

 それほどまでに不安だったのだ。


「……お兄ちゃん、お兄ちゃん……

 やだよ、どこにもいっちゃ、やだよ……」

「……リミノ」

 

 イサギの胸に顔を擦りつけるリミノ。

 彼が返事をしてくれないのはわかっていたが。

 けれども、リミノはイサギのぬくもりを感じていたかった。

 と。

 

「……うん?」

「ぬあ」

 

 そういえばイサギは下半身だけなにも履いていなかったのだ。

 適当に手を伸ばすと、なにかをぎゅっと掴んでしまう。

 そのままにぎにぎ。

 熱くて固い。棒状のものだ。

 なんだろう。


「いや、あの、リミノ……」

「うん?」

 

 苦々しい顔をしているイサギ。

 息が触れるような距離で、リミノはニッコリと微笑む。


「お兄ちゃん、ロリシアちゃんと結局最後までできなかったんでしょ?」

「あ、当たり前だろ」

「じゃあ……」

 

 耳に顔を近づけて、吐息を吹きかけながら。


「……一旦ここで、スッキリしちゃう?」


 みしり、と音を立ててイサギが固まる。

 彼がなにかを叫ぶよりも早く、リミノは笑いながら離れる。


「なんて、ジョーダン、ジョーダンだよ♡」

「リミノ……」

「ロリシアちゃん、ヨシノブさまを運ぶから手伝って!

 床も片付けなきゃ。あっ、みんなが来る前にお兄ちゃんはズボン履いてね」

「あ、ああ」

 

 その勢いに気圧されながらも、イサギはうなずく。

 どこからかバタバタと足音が響いてくる。

 きっと城の兵士たちが駆けつけてきたのだろう。

 リミノは去り際に、ちらりとイサギを見やる。


(おにいちゃん)

 

 床に空いた穴と慶喜を交互に見つめているイサギ。

 彼を眺めながら、思う。


(……リミノもお兄ちゃんのこと、守れるようになりたかったな)

 

 無力な王女として育てられて。

 彼を初めて見て。

 その旅に一緒についていくことができていたら。

 どれほど幸せだっただろう。

 

 だから羨ましい。

 彼と一緒に旅をすることができた、プレハが。

 

 今でも彼に想われているプレハのことが。

 胸が張り裂けてしまいそうなほどに、羨ましかった。

 

 息が苦しくなっちゃうけれど。

 でも、がんばろう。

 別に、片思いをするのは、自分の勝手だ。


 彼が決して、振り向いてくれなくても。

 彼のそばに、いることならできるのだ。


(うん、でも……ここからまた、始めればいいよね……?)

 




 内密にしようかとも思ったのだけれど。

 結局イサギは、駆けつけてきたイラに事情を説明することにした。

 

 慶喜が急に暴れ出したこと。

 一撃で床を砕き、そのまま昏倒したこと。

 階下まで空いた穴を見やり、イラは眉間にシワを寄せていた。

 

「……すまないが、わからない。

 封術については私たちにも、その仕組みが理解できていないのだ。

 被験者の精神状態が魔神の封印となにか関係があるのだろうか……」

 

 とは、イラの弁。

 同様にシルベニアもなにも知らないようだった。

 

 もしかしたらこの問題は、大きく後を引くのかも知れない。

 だが、今はどうすることもできないものだ。

 

 慶喜は別室に移り、そこですぐに目を覚ました。

 けれども大事を取って、その日一日は安静にすることとなった。

 彼のそばにはロリシアが仕えていた。

 リミノが吹き込んだのだ。

「ヨシノブさまはロリシアちゃんを守るために戦ったんだよ」と。


 その時のことを、少女はよく覚えていないらしいけれど。

 それでも、心を打つものがあったようだ。

 ふたりの距離は少し縮まった……といいが。

 

 

 そして、リミノの様子もまた、少し変わった。

 



 ◆◆


 

 

 慶喜暴走事件から数日後。

 

 窓の外からは、イラが兵士たちを稽古する怒号が響いてくる。

 一応この城にも、何人か兵士はいるようだ。

 デュテュが言っていた、五魔将からの借り物だろう。

 

 そのためか、まとも戦力ではなく、誰も彼も賊あがりのようだったが。

 落ちぶれた兵士たちを鍛え直すのは相当大変なことに違いない。

 と、そんなことより。


「というわけで、魔術と法術を使うために必要な資質は己の願望を思い描く想像力と、それを強く念じて魔力を注ぐ実行力、このふたつなの。

 ノート取ってちゃんとノート取ってなの」


 ぺちぺちと黒板にチョークを走らせる、教師シルベニア。

 その部屋は学校のようだった。

 これも異界人トリッパーが持ち込んだ文化に違いない。


 シルベニアのバイオリズムは、最近はずっと安定しているようだ。

 以前のように突然魔法を放ってくることもない。

 やはり突然人間四人に囲まれたことが、彼女に大きなショックを与えていたようだ。


 落ち着いた普段の彼女は、ただの子供だった。

 それだけに厄介なところも多々あるが。

 

「ここにいる魔王候補のお偉方はムカつくことにあたしよりずっと魔力があるの。

 だからやってできないことはほとんどないの。

 ズルイのホントにズルイの。教えた通りにやってみるの」


 シルベニアは、あまり優秀な先生とは言えない気がする。

 それでも、教えられたことは大抵できてしまうのが禁術師の凄まじいところである。

 授業は実にサクサクと進んでゆく。



「むー……難しいなぁ」

 

 ただひとり、リミノを除いて。


 

 彼女は急に『魔術と法術の勉強がしたい』とイサギに言い出してきたのだ。

 すでにデュテュからの許可は取ったらしい。

 イサギとしては反対する理由はなかったため、こうして一緒に授業を受けている。

 

 最前列に愁、その隣にイサギ、さらに隣はリミノ。

 後ろに回って慶喜。

 そして少し離れた後ろにヤンキー、といった席順である。


 もう慶喜の体調は、すっかりと戻っている。

 彼は暴走状態の自分のことを覚えていないようだった。

 イサギに手を上げたのだと知らされると、平謝りを繰り返していた。

『これから心を強くする!』と言って、しばらく坐禅を続けていたようだ。

 それはいいとして。

  


「新入生も入ったことだしもう一度おさらいをすると……

 魔力とは世界変生の力。魔族であればだれにでも備わっている力なの。

 だけど誰にでも魔術を使うことはできると思ったら大間違いなの」

 

 シルベニアはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、黒板の上のほうに文字を書いてゆく。

 斜めに蛇行して非常に読みづらい。

 

「あたしたちの世界は四層から成っている。

 肉世界、魔世界、魂世界、神世界。

 この四つの世界が重なり合って存在しているのが、このアルバリスス。

 肉世界はその通りあたしたちの肉体が存在している場所。

 とても不安定な魔世界を挟んで魂世界があるの。

 神世界については割愛するの。あくまでも理論上、理論上の世界だから」

 

 シルベニアは図を描く。

 人の回りを三重の線が覆っている図だ。

 

「この魔世界にアクセスするための力が魔力。

 よく見ているの」


 言うやいなや。

 シルベニアは、地面にチョークを叩きつけた。

 チョークはばらばらになり、その破片はあちこちに飛び散った。


 愁が顔に飛んできたチョークを軽く受け止める。

 一方、慶喜は「あいたっ」と声を漏らしていた。


「見ての通り、チョークが割れたの。

 これがあたしの筋力。

 肉世界でモノを破壊するための力なの。

 では魔力はというと、魔世界における筋力と言っても間違いはないの。

 魔世界はとても不安定。少し息を吹きかけただけでも凄まじいエネルギーが発生するの。

 そのままではとても運用できない。

 そこで、魔世界に直接命令を書き込む。

 はい、見える人手を挙げるの挙げまくるの」


 シルベニアは人差し指を一本立てる。

 すると、リミノを除いた全員が手を挙げた。

 

「えっ、えっ?」

 

 慌てて辺りを確認するリミノ。

 シルベニアは面白くもなさそうにうなずく。


「これが魔力の本当の使い方。

 魔世界に肉世界で起こしたい命令――コードを慎重かつ無理矢理に書き込んで、肉世界との通路を繋ぐ。

 そして発声により魔世界を震撼させることにより一気にエネルギーの爆発を促し、事象を変革させる。これが魔術のメカニズムなの。

 ちなみに発声の言葉はなんでもいいの。大事なのはコード。

 コードが間違っていると魔術は発動しないし、それどころかコードを書き込む際に魔世界を傷つけちゃったりすると、どっかーん。

 術師は至近距離で魔術の暴発を食らい、死ぬの死にまくるの」


「うぇぇ……」


 リミノは顔を青くする。


 そうだ。

 それこそが、イサギが膨大な魔力を持ちながら、初歩の魔術しか扱えなかった理由だ。

 イサギはコードを書き込むその感覚が、最後まで理解できなかったのだ。


 これは絵を描くことに似ている。

 制限時間はコードが放散するまでの十数秒。

 戦闘中に適切で最適な絵を描くのだ。

 イサギはその筆使いが下手だった。魔術師としては致命的だ。

 

 何時間もかけて下手な絵を描いても、本当に上手な人が一瞬で描いた絵に敵わないのだ。

 それがイサギにとって、魔術というものだった。

 ちなみにイサギは、実際に絵を描くのも下手だったりする。

 美術の授業はいつも最後まで残っていた。

 こればっかりはもう、仕方がない。

 

「ちなみに、このコードを解読できる人?」


 イサギは片目を凝らす。

 魔術コードを見るためには、自分が魔術師であることが大前提だ。

 その場合、魔術の練度は問われないため、イサギにも見ることはできる。

 このスキルは《魔視》と呼ばれていて、剣士にも必須な能力である。

 

 だが、理解できるかどうかはまた別の話だ。

 

 シルベニアの筆跡は非常に乱雑なくせに、彼女が描くコードはこれ以上ないというほどに美しい。

 剣士ならば、剣を交えれば相手の力量をある程度知れるようになるのと同じだ。

 魔術師の力量は魔力ではなく、その描くコードによって推し量れる。

 

(ゼンッゼンわからん……)

 

 四属性のうち、火を表すルーンが散りばめられていることから、火に関する魔術であることはわかる。

 あとは威力が減少されていたり、範囲が極小だったり。

 攻撃用ではない、ということは知れる。

 それ以上は知識ではわからない。センスが必要なのだ。


「はい、先生!」

 

 そこで慶喜が手を挙げた。

 彼は嬉しそうな顔で告げる。


「その魔術は、火花を散らして美しい模様を描く、火の魔術っすね!」


 シルベニアは相変わらず眠そうな半眼のまま。

 つぶやいた。


「正解」

 

 その一言が魔世界を震撼させ、エネルギーの爆発を促す。

 コードは光を放ち、弾けた。

 慶喜の眼前で、小さな炎の塊が発生し、さまざまな色に変化をしながら散らばってゆく。

 

「あち、あちあちあちあちちち!」

 

 慶喜が悲鳴を上げながら手をバタバタと動かす。

 それはイサギたちの世界で『花火』と呼ばれるものに非常に似ている魔術だった。

 

「ひえー……リミノにできるかなぁ……」

 

 他にも魔術には様々な技法がある。

 複数のコードを同時に書き込む多重詠出術。

 数々のコードをあらかじめ描いておき、相手がそこに立ち入ったときに手動で発動させる設置詠出術。

 全体像を先に描き、相手の魔術や法術を無駄撃ちさせてから発動のキーを書き込む、偽計詠出術など。

 どれも魔術師が魔術師と戦うためには必要なスキルだ。


 極めるための道のりは果てしない。


 

 それでも、この中にはひとりだけ、抜群のセンスを発揮している魔術師がいる。


「ひー……シルベニア先生、マジこえーっす」

 

 それは慶喜。

 確か趣味は絵を描くことだと言っていた。

 引きこもって毎日萌え絵を勉強していたのだという。

『目指せ自給自足!』が合言葉だったとかなんだとか。


 よくわからないが、才能もあったのだろう。

 

 彼は天性の魔術師であった。

 

 

リミノ:籠の中の鳥をやめ、魔術の授業に参加する。

イサギ:アレを掴まれるが浮気ではない。ノーカン、ノーカン!

 

慶喜:イサギとリミノとロリシアに土下寝をした。

シルベニア:才能あふれる一流の魔法師。教える才能は絶無。


魔視:コードを見るための能力。術師の基礎。


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