1-1 四人の魔王候補
暗闇に視界が慣れてきた。
足元にはうっすらと光る魔法陣。それに石造りの床だ。
間違いなく、自分が以前呼び出された王都ではない。
ここはどこだろう。
自分が身に着けているのは、魔王と戦っていた装いではない。
3年前に王都に召喚された時と同じ。
学生服だ。
他にも、いくつか変わったことがある。
まず、イサギの周りに倒れていた三人の少年。
彼らもまた、召喚されし者だった。
「はあ!? なに言ってンだよ! わけわかんねーよ!」
喚いている少年は着崩した学生服姿。
髪を金髪に染めている。ガタイが良くて威圧感がすごい。
元の世界では、話が合わなくて、割と苦手だったタイプの人種だ。
懐かしいなあ、と思う。
イサギも前に呼び出された時はあんな感じだった。
あそこまで取り乱してはいなかったけれど。
いまだ夢を見ているような顔でぼーっとしているのは、ブレザー服の少年。
ろうそくの明かりにメガネが反射して、その表情はわからないけれど。
頭を抱えながら、時々ぶつぶつと呻いている。
「これは夢なんだ……これは夢なんだ……」とかなんとか。
うん、こわい。
ていうか喚いているやつより、こっちのほうがこわい。
唯一まともそうなのが、涼しげな顔をしている学ランのイケメン。
立ち上がって、物珍しそうに辺りを見回している。
落ち着いている。
高身長で足が長い。さてはスポーツマンか。
悠然と成り行きを見守っている、って感じだ。
(よし、順番に、ヤンキー、メガネ、イケメンって呼ぼう)
とりあえず名付けておく。
で、召喚された“魔王”とやらはその三人。
+イサギ(元勇者)だ。
なんとまあ、バラバラな。
(で、あちらさんは……)
どうも全員女性のようだ。
まずひとり。
ろうそくを持っている、白いドレスを着た悪魔の少女だ。
先ほどこちらに話しかけてきた彼女である。
三人の中で一番身なりが良いことから、彼女がこの地下室の主だと思われる。
姫と名付けた。
次に彼女のやや後ろに、いかにもな魔女がいる。
つばの広い三角帽子。ぶかぶかの深いローブ。全体的に濃紺の色味。
袖の先からちょこっと出している指で、杖を摘むようにして持っている。
白い髪は色素が薄いからだろうか。長く伸ばしてストレート。
容姿はほとんど人間と変わりがない。というよりも人間ではないだろうか。
姫と同じぐらいの年だろう。背はさらに小さく150センチほどだ。
彼女はウィッチと呼ぼう。
そして姫の隣に立つのが、この場で唯一武装をしている剣士だ。
上半身に胸部を覆うプレートメイルを身に着けている。
それでいて下半身がロングスカートなのがアンバランスだが、
この世界にはこういう格好をした剣士が多くいる。
金属の鎧で魔術を防ぐことはできないため、
結界の護符か反魔術処理を施した鎧だけを身に着けているタイプだ。
彼女は回避に自信があるのだろう。
あるいはそれは、背中から生えている二枚の翼によるものかもしれない。
わずかに焼けた肌に、すらりと伸びた手足。金色の髪は長い。
イサギの目から見ても相当に手練の剣士だ。
彼女のことは、剣士と名付けた。
こちら側が、ヤンキー、メガネ、イケメン、それに自分。
そしてあちら側が、姫、ウィッチ、剣士の女性三人。
四対三。少しバランスが悪いと思わなくもない。なにがというわけでもないが。
ヤンキーはポケットに手を突っ込んで悪魔に詰め寄っている。
「どういうことか説明しろよオラァ!」
「あ、あの、貴方たちは、このシルベリアちゃんの召喚魔法で、アルバリススの世界に召喚されて……その……」
ヤンキー、怖いものなしか。
あの姿を見てなにか変だと思わないのか。
イサギはうなる。
「あぁん!? わっかんねーよ! さっさと元の家に帰せよオラ!」
「ひっ……」
金髪ヤンキーに怒鳴られて首をすくめる姫。
それも普通、逆なんじゃないだろうか。
本来は姫さまを助けるのが、男の筋ってものだったんだろうけれど。
しかし、イサギは違うことに気を取られていた。
(アルバリスス……だと?)
どこでも聞くような名称ではない。
そんな名前が重なるような偶然があるだろうか。
アルバリスス。
それはイサギが呼び出された――前の世界だった。
魔王を倒し、平和を取り戻したはずだ。
それで、今度は魔族側が助けを求めに来た?
(同じことの繰り返し、ってか……?)
倒された魔王の側が助けを求めて。
今度は人間の王を倒しに行く?
なんだこれは。
愕然とする。
不幸のドミノ倒しか?
思わず左目を抑えていた。
いや。
違う。
姫は先ほどこう言った。
『冒険者の魔の手からお救いください』と。
イサギが生きていた世界には、冒険者という名称はなかった。
戦力は騎士と傭兵、あるいは兵士。
それだけだった。
なにかがおかしい。
(今は、アルバリスス何年だ……?)
それを確認しなければ。
一方、ヤンキーはイケメンに腕を掴まれていた。
「やめなよ。女の子をいじめるのはどうかと思うよ」
「んだよテメェは……」
なんというイケメン。
行動まで紳士的だ。
「それに、なにが起きたかわからないのは、僕たちも一緒だ。
ここは落ち着いて説明を求めようじゃないか」
その上、理性的に彼を諭す。
リーダーシップもありそうだ。
(こいつは“当たり”だな……)
冷静にそんなことを分析する。
召喚術は様々な『条件』を設定することができる。
総魔力。人間性。潜在力。将来性。道徳心。年齢。性別。
才能。信仰の有無。知能。知性。健康体。幸運力。肌の色。
あとは、精力なんかも。
子孫を残すために、才能ある種馬を呼び出す召喚なんかもあるらしい。
この世界ではどうか知らないが。
それはともかく。
イケメンは穏やかに尋ねる。
「えと。ところでさっき、僕たちのことを魔王って言ったよね?
それに魔族を冒険者から救ってほしい、って」
女性に対する扱いを心得ているものの態度だ。
さすがイケメン。
「は……はい!」
悪魔の少女は、必死にうなずく。
彼女は胸に手を当てて。
「も、申し遅れました。
わたくしは魔王城の現当主、
サキュバスのデュテュ=ファイナリテ=ベロネーミアでございます」
ドレスの裾を持ち上げて、両足を交差させてわずかに屈む。
それがこの世界の淑女の作法なのだ。
ファイナリテ家。
それは魔族の中でも、由緒正しい貴族の家柄だ。
代々魔力に優れた子が生まれ、
時には突然変異とも呼ばれるバケモノが誕生することもある。
というよりも。
(ぶっちゃけ、俺が倒した魔王の家柄だな……)
やはりここは、イサギの元いたアルバリススの世界のようだ。
平行世界、というものなのだろうか。
そんなものがあれば、の話だが。
「こちらはウィッチのシルベニア。
そして、アンジェラのイラです」
姫ことデュテュが手で指し示す。
剣士のイラは腰を折ったが、シルベニアは小さく頭を下げただけだった。
「ありがとう。僕は緋山愁。こっちのは、えっと」
イケメンは困った顔で笑う。
ヤンキーはイケメンから手を引き剥がした。
「足利廉造だ」
舌打ち。
目つきはまだ鋭かったが、少しは落ち着いたようだ。
ポケットに手を突っ込んで、わずかに下がる。
イケメンにはどうやら猛獣使いの資質があるようだ。
自然とみんなの視線は。
「……」
メガネに向く。
彼はまだ頭を抱えてぶつぶつとつぶやいていた。
こちらの話も聞こえていないようだ。
仕方ないと思ったのか。
イケメンはこちらに問う。
「キミは?」
どうしようか、と。
少しだけ迷ったが、イサギはそのまま名乗ることにした。
これはひとつの、賭けだ。
「俺はイサギ。浅浦いさぎだ」
さて。
どんな反応を示すものか。
変化は如実に現れた。
地下室の雰囲気が一変した。
ピリピリと肌を刺すような感覚。
ヤンキーやイケメンも違和感に気づいたのか、息を呑む。
それはいわゆる、“殺気”と呼ばれる種類の闘気だった。
「イサギ、だと?」
言葉に反応をしていたのは、あの美しい剣士だった。
(こりゃまたずいぶんとわかりやすい……)
闘気を浴びせられて、それに無抵抗でいることを貫くのは、
それなりの我慢が必要だった。
剣士は腰の剣を掴んだまま、一歩距離を詰めてくる。
「貴様、もしやあの」
(よしてくれよ)
あと一歩。
あと一歩踏み込まれたら。
(耐えてくれ、俺)
イサギも闘気を発してしまいかねない。
自らのふとももをつねって自制する。
さらに剣士の足が動いて……
「こ、こらっ、イラちゃんっ!」
そのとき、姫の叱責が飛んだ。
ぴたり、と剣士の足が止まる。
「ま、魔王さまに失礼な口を聞いちゃだめですよっ!」
まるで子供に叱るようだが。
イラの闘気は霧散した。
彼女は実直に頭を下げる。
「……失礼した」
「えと、はい」
イサギはなにも気づいていないような顔を装って、頬をかく。
だがまさか、ここまで効果があるとは。
(こりゃ、どうも無関係ってわけじゃなさそうだ)
イサギの名はやはり、知れ渡っている。
ということは、どういうことだ?
その答えは、デュテュが告げた。
「それに、父を討ったあの勇者イサギは、
もう20年も前に行方不明になっているじゃないですか。
こんなところにひょっこりと現れたりしないですよっ!」
なんだって。
動揺した。
あれから20年も?
(え、じゃあ、あのときのみんなはどうなったんだ……?)
パーティーメンバーの行く末は。
そして。
(プレハは、この世界に、いるってことか……?)
■新出登場人物
デュテュ:サキュバスの姫。魔王城現当主。
シルベニア:ウィッチの少女。
イラ:金髪の剣士。
緋山愁:イケメン。
足利廉造:ヤンキー。
メガネ:???