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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:2 それは幸せな日々だったと気づかずに
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2-6 <リミノ>:part1

 

 結局のところ、リミノはどちらでも良かったのだ。

 

 イサギの夜伽を命じられたロリシア。

 イサギはロリシアを乱暴し、その幼い躰を貪り尽くさんと迫る。

 そこに慶喜が割って入る。

 彼は華麗にロリシアを助け出す。

 そうして慶喜が彼女を振り向かせるのが、本来の筋書きである。


 かなり無理矢理頼み込んで、オッケーをもらったサクセスストーリーだ。

 イサギは本当に人が良い。

 友達のためならどこまでも体を張る。

 そこも大好きなところなのだが。

 

 その一方で。

 もし慶喜の勇気が出なかった場合、だ。

 

「よ、よ、よし……

 いく、いくぞ、いくいくぞ……!」

 

 今まさにその状況なのだが。

 リミノはドアの前で待機し、慶喜はドアに耳を当てながら震えている。

 別段、リミノは慶喜のことを嫌いではない。

 ただ、あまり人に構っている余裕がないというのが事実だ。

 

 彼らは魔王候補さま。

 自分とは住む世界が違うのだと、ハッキリと理解している。

 出すぎた真似はしないつもりだ。

 必要以上の接触も持たない。

 

 だから、リミノは慶喜を見守っていた。

 もし彼が乱入しなかった場合、ロリシアはどこまでやれるだろうか。

 身を捧げることはさすがに難しいだろう。

 キスまでできたら上々だ。


 そうしたらきっとイサギは責任を取ってくれる。

 一生をかけて、ロリシアの面倒を見るに違いない。

 イサギはそういう男だ。


 これはただの伽ではない。

 そんなものとは違う。

 れっきとした婚前交渉だ。

 ただヤリ捨てられるようなことにはならないだろう。

 もっと神聖な意味を持つものなのだ。


 ロリシアは幸せにしてもらえるだろう。

 なんて素晴らしい。


 と、同時に。

 なぜロリシアだけとキスをして、自分とはしてくれないのか、と迫れば。


 できる。

 ヤレるはずだ。

 十中八九は成功するだろう。


 イサギとの付き合いはそう長いわけではないが、リミノにはわかっていた。

 二番目だって構わない。

 イサギと一緒にいられるのなら、それでいい。

 リミノにとって正妻の座などどうでもよかった。


(でも、ちょっと妬けちゃうな……)


 どちらに転んでも、ロリシアは未来の魔王さまの后だ。

 魔族の平民からの、シンデレラストーリーである。

 正直に言って羨ましいけれど。

 でも、まあいいか、とも思う。


 ロリシアが幸せになり、イサギが無事でいてくれるのなら、それで。

 

「どうするの? ヨシノブくん」

「うーうー……」

 

 慶喜は頭を抱えている。

 ちなみにリミノは『敬語を使われると逆に緊張する』との理由で、現在はタメ口である。

『むしろクン付けで呼ばれたほうが、クラスメイトの女の子と話しているようで興奮する……』とも言われたが、よくわからなかったのでそれは聞き流していた。

 

 別に慶喜に恨みも嫌悪感もないけれど。

 リミノだって、なにもできない身で荒野に放り出されたときのことを思い出せば、彼に同情もしてしまうけれど。


「でも、好きな女の子が、違う男の人のところにいるんだよ?

 ……ヨシノブくんはなんとも思わないの?」

「な、なんとも思わないわけ、ないっすよ」

「昼間に話をしたときは、あんなに乗り気だったのに……」 

「ぼくだって、こんなことになるなんて……!」

 

 慶喜は拳を握り締めている。

 ただドアを開けて、「ちょっと待った!」と叫ぶ。

 それだけの話なのに。

 

「ぼくは、だめなんだ」

 

 慶喜はつぶやいた。

 力なくうなだれながら。

 

「いつもそうなんだ。肝心なときには身が竦んで動けない……

 中学だってロクに行けなかった。

 ぼくが久しぶりに顔を出すと、教室のやつらが一斉にぼくを見るんだ……」

 

 彼の言っていることは、リミノには半分もわからなかったが。

 それでも、なにを訴えようとしているのかはわかった。


「心機一転して、高校では頑張ろうと思ったけど、無理だった。

 だからどうせ、ぼくは異世界でも無理なんだ……

 イサギくんも、ロリシアちゃんも、きっとぼくを非難の目で見るんだ……

 ぼくは、こんな扉を開けることすらできないんだよ……」

「ヨシノブくん……」

 

 きっと悔しいのだ。

 彼は歯噛みしていた。

 そんな少年に、リミノは。


「わかんない」

「え?」

「昔のことなんて知らないよ。

 ヨシノブくんが今、どうしたいかが問題でしょ」

「リミノさん……」

 

 リミノだってそうだ。

 この20年、イサギがいなくなったと聞いてから、後悔しなかった日などない。


 それでも。

 また彼と出会えたのだから。

 もう決して、迷ったりはしないと決めた。

 イサギと王国のために、生きていくのだと。

 

 だから、慶喜を見ていると、まるで王国にいた自分を見ているようだった。

 無力感に苛まれて、王宮に囚われた自分だ。


 エルフの姫というのは、無力であれば無力であるほどに尊いとされる。

 どんなに優れた才能や素質を持っていても関係がない。

 主人に頼らなければ生きてはいけない籠の中の鳥。

 美しく、そして無能こそが、男の自尊心を満たし、エルフ貴族の価値を高めるのだ。


 リミノ以下の姫たちは皆、魔術や剣術といった戦う術を奪われて生きてきた。 


 でももうあの頃には戻らない。

 

「ええーい、もう、まどろっこしいよ!」

 

 リミノはドアを開け放った。

 自分だって本当は見たくないけれど。

 

 ベッドの上でイサギとロリシアが絡まり合っている姿が目に入る。

 思わず、胸がキュッと締めつけられる。


(もう! 早くしないから!)

「ひぎゃあ!

 なになに、ご褒美!?」

 

 慶喜を中に蹴り込む。

 そうした後に、あっ、と気づいた。

 

(だめじゃん!

 お兄ちゃんとロリシアちゃんがうまいこといきそうだったのに!

 それを途中で邪魔しちゃだめじゃん!)

 

 つい、慶喜の煮え切らない態度を前にして、感情の赴くままに従ってしまった。

 仕方ない。これも心の声に従った結果だ。


 

 慶喜はイサギとロリシアの様子を見て、頭に血が登ったようだ。

 起き上がると、先ほどとは打って変わって迷いなく走り出す。


「う、ああああああああああ!」

 

 慶喜が腕を振り回しながらイサギに飛びかかる。

 イサギはとっさにロリシアを突き飛ばし、慶喜を蹴りつけた。


「なっ、なんだてめー。俺は今からこのお嬢ちゃんとイイコトすんだよー。

 じゃ、邪魔すんなおらー」

 

 棒読みもいいところだ。

 リミノはロリシアを手招きする。


「お、おいで、ロリシアちゃん!」

「え、あの、え、ご奉仕は……?」

「うん、いいから、もういいから!

 えっと、その、そう! ヨシノブさまが助けに来てくれたから!」

 

 半裸の彼女は少しだけ迷ったけれど。

 でも、すぐにこちらに向かって走ってくる。

 そうして、リミノの胸に飛び込んだ。


「お、お姉さま!」

「うん、よしよし、怖かったね、怖かったね」

 

 イサギにはなるべく『野獣のように襲いかかれ』、と指示していたのだ。

 なんてうらやま……いやいや、可哀想に。

 

 一方、ヨシノブはまるでタガが外れたようにイサギに殴りかかっている。

 イサギはベッドを転がって、床に降りた。

 ちなみに上はシャツを着ているが、下はなにもつけていなかった。

 完全に露出していた。


 ロリシアをかばいながらも、そのワンシーンをリミノは決して見逃さない。

 うん。

 ……いい。

 目に焼きつけよう、と思った。

 

 が。

 

「お、おい、慶喜! お前、なんか変だぞ!」

「ああああああああああああああ!」

「なにしてんだよお前!」

 

 慶喜が地面に叩きつけた拳によって、床が割れる。

 その衝撃はきっと魔王城中に響いただろう。

 イサギはすんでのところで身をかわしていた。

 そのまま手を掲げて慶喜を制止する。


「わかった! 悪かった! 俺が悪かった!

 もう二度とロリシアには手を出さない! だから殺さないでくれ!

 命だけは助けてくれ!」

 

 それはあくまでも演技だったのだが。

 しかし、慶喜は止まらなかった。

 彼の全身に描かれた刺青がうっすらと光を放っている。

 まさか。


「……封術の暴走ってのか?」

 

 イサギが冷えた声でつぶやく。

 


 そして、リミノもまた。


「……お兄ちゃんが、殺される?」

 

 心音が跳ねた。

 彼女の瞳孔が開く。

 


 ――20年前。

 ――イサギの死を聞いたときの記憶がフラッシュバックする。


 彼の最後を看取れなかった自分を恨んだ。

 最後まで付いて行けばよかった。

 イサギの国葬に出席した時にプレハと少し話した。

『彼はまだ死んでいない。絶対にあたしが助けてみせる』と言っていた。

 あのときのプレハは、痛いほどの決意をしていた。

 泣きじゃくるだけの自分とは違い、やるべきことを見据えていた。


 ――もういやだ。

 ――あの頃には戻りたくない。


 

 ロリシアを放って、リミノは駆け出していた。

 

 イサギと慶喜。

 そのふたりを繋ぐ中心点に。


「お兄ちゃん!」

 

 慶喜は右腕を引き絞る。

 ぎちぎちという音がするほどの筋肉の躍動。

 彼は正気ではない。

 だから――


「来るな! リミノ!」

 

 イサギの叫び声も聞かず。

 無力なエルフの姫は、慶喜の前に両手を広げて立ちはだかっている――




 



 イサギの判断は迅速だった。

 

  

>慶喜に打撃。 

 一撃で昏倒させる。

 暴走状態の彼に通用するかどうかは未知数。

 手加減を誤れば殺しかねない。

 ――ノー


>リミノをかばう。

 彼の打ち出す魔力の正体が不明。

 部屋に拡散するものだったら、ロリシアが傷つく。

 >結界術を使用

  イサギの魔術では通用するかは未知数。

  ――ノー


>“目”を使う。

 この場の全てを収めることが可能。

 誰かに見られればイサギの正体がバレる。

 だが確実だ。

 ――オールクリア

 

 

 イサギは左目の眼帯を引き剥がした。

 慶喜が腕を突き出し吠えると同時。

 左腕を掲げて、告げる。

  

「罷りならねえぞ! ラストリゾート」

 

 

リミノ:過去の自分を悔いている。イサギの訃報はトラウマ。

慶喜:暴走中。


イサギ:“目”を使う。現在下半身露出中。

ロリシア:夜伽はやっぱり嫌だったようだ。

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