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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:2 それは幸せな日々だったと気づかずに
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2-5 夜伽畑でつかまえて

 

 結局、慶喜の良いところを告げるという作戦は、

 リミノの手腕に任されることとなった。


 ということで、 魔王城の廊下を清掃している最中のことだった。

 

「ねえねえロリシアちゃん、ちょっといい?」

「?」


 雑巾を片手に、リミノがにこやかに近づいてゆく。

 少女は無表情で小首を傾げた。


「ヨシノブさまのことなんだけどさ。知っている? ヨシノブさま」

 

 少女は小さくコクコクとうなずく。

 リミノは手揉みをしながら。


「あ、あの人ってとっても親切なんだよねえ~」

「……?」

「それにすごく勇気があって、小さな女の子を守るのが日課っていうか、

 一日一兆善がヨシノブさまのポリシーっていうか……

 と、とにかくめちゃめちゃ良い人でその。

 機会があったら、ロリシアちゃんも優しくしてもらうといいよ-?」

「……??」


 引きつった笑顔で語るリミノ。

 ロリシアはずっと不思議そうな顔をしている。

 

  

 一方こちら、男衆。


「……なあ慶喜。あれってどうなんだ」

「ああ、ロリシアたんかわいいよロリシアたん……」


 聞いちゃいない。

 柱の影に隠れて、イサギと慶喜はふたりの様子を見守っていた。

 

 ていうか、リミノに頼んでおいて今さらだが、ほぼ全てウソだ。

 なんだよ一日一兆善って。


「慶喜、お前それでいいのか」

「なにいきなり話しかけてきてるわけ?

 ……ってそうじゃなくて、え、別になにが問題なんすか?」

「いや、だって」

「はっはー、先輩は固いっすねえ!

 とりあえず今大事なのは、あの子を振り向かせること……

 そうじゃないっすかぁ!?」

「いやー……」


 イサギはコメントを控えてしまう。

 なんとなく違うような気がしていたが、言葉として表現することができない。

 やはり愁に聞けば良かったのだ。

 

 そして案の定、目に見えた効果はなかった。

 当たり前の話だ。

 

 


 

「なんでだめだったんだろー。やっぱりウソだからかなあ?」

「いや、そういう問題じゃないと思う」


 中庭。

 例によってイラと稽古に励んでいる魔王候補の三人を眺めながら、

 イサギとリミノはベンチに並んで座っていた。

 木剣が打ち合わせられるカンカンという澄んだ音が響いている。

 

「やっぱり、無理矢理にでも夜伽を命じたほうがよかったのかな」

「それじゃあ慶喜の気が晴れないだろう。ワガママなやつだ」

「でもでも、男の子なんて所詮下半身でものを考える人なんでしょ?

 だったら愛なんてあとからついてくるんじゃない?」

「……キミそれ、俺に言ってる?」

「えっへへへ、大丈夫。

 お兄ちゃんはリミノに愛があるってわかっているから」


 照れ笑いするリミノ。

 ぷにぷにとした下唇をつついている。

 どうやら彼女のこれは誘っているわけではなく、あくまでも癖であるらしい。

 口唇欲求というものだ。

 甘えたがりで寂しがりやの女性がするのだと、聞いたことがある。

 

 そのリミノは、少し真面目な顔に戻る。


「でもそれに、ロリシアちゃんってほら、ひとりぼっちだからさ」

「うん」

「妾でも、魔王候補さまに養われるのなら、そのほうが幸せだと思う。

 リミノが言うことじゃないかもしれないけど、ロリシアちゃんにも幸せになってほしいし……」


 リミノのそれは、この世界の人々の一般的な感覚だろう。

 恋愛など、贅沢なものだ。

 それどころか、数々の悲劇を生む不要な感情でしかない。

 貴族の家柄同士の政略結婚など、その最たる例だ。

 このアルバリススには、現代日本人のイサギにはとても想像がつかないような複雑でドロドロとした世界があるのだ。


 それと比べたらどうだろう。

 慶喜の恋愛観は、むしろとてつもなく優しいのではないだろうか。

 彼は決してロリシアを傷つけないだろう。

 それはロリシアにとっても幸せなことのような気がしてきた。

 たかがロリコンがなんだ。


 戦国武将には、20歳のときに12歳の妻をもらった者もいる。

 それに比べたら、17歳の慶喜が10歳の妻を持つのも、そうおかしくはない。

 慶喜はロリコンなだけだ。

 決して変態性癖などを持っているわけではないのだ。

 多分。

 ……少し自信がないが。


「つまり、あとは慶喜次第、か」


 彼が勇気を出せば済む問題だ。

 やはり無理矢理、伽をさせてみるべきか。

 あるいは他に、ロリシアの好感度を急上昇させるようなイベントがあればいいが。


「おい、貴様」


 そのときだ。


 考え込むイサギに影が落ちた。

 仰ぎ見れば、腰に手を当てたイラがいた。

 まるで汗で張り付いたシャツの中の胸の張りを見せつけるようだ。

 そう感じたのは、あくまでもイサギの個人的な感想だが。


「貴様、魔王候補さま方になにをした」


 イラの冷徹な瞳。

 彼女はついに、イサギにこんな目をするようになった。


「なにがって、なんのことかな」

「とぼけるなっ」


 イラはイサギの胸ぐらを掴む。

 彼女の背後には、へたばって地面に倒れている三人の姿。

 それも見慣れた光景なのだが。


「……シュウさまも、ヨシノブさまも、明らかに動きが良くなっている。

 聞いてみれば、ふたりは貴様からアドバイスを受けたと言っていた。

 一体どういうことだ。なにを隠している」


 なるほど。

 ようやくそこに食いついてくれたようだ。

 ここで卑屈になる必要はない。


「見ていて気づいたことを言っただけだよ」

「なんだと……」


 近いところから彼女の目を見返す。


「イラは地上戦だと、どうもステップで距離を取るのが不慣れなようだね。

 だから防御に穴がある。一撃必倒の戦い方ならそれでもいいけれど、

 稽古のときはもう少し小技を織り交ぜるべきだと思う」

「貴様……」


 イラの力が緩んだところで、リミノが割り込んできた。


「ちょ、ちょっと! お兄ちゃんに乱暴なことをしないで!」


 ふん、とイラが鼻を鳴らす。


「……リミノ姫か。いつの間にか懐柔されたのか知らんが、その男についたところで得はないぞ」

「あ、あのねえ、お兄ちゃんはすごいんだからね、お兄ちゃんは……!」


 これはまずい。

 イサギが改めてふたりの間に入る。


「どうやら俺は、こういう力があるみたいなんだよ、イラ」

「……なんだと?」

「見ていればなんとなくわかるんだ。

 誰のどこが悪いかとか、気づいちゃうんだよ。

 こういう能力ってあるんじゃないのかな? この世界に」

 

 もちろん前半はでまかせだ。

 しかし、そうではないものも混じっている。

 イラは身を引いた。

 

「……確かに、ある。《観眼》と呼ばれる能力だ。

 英雄の時代の話だが、聞いたことがある。貴様がその能力者だと?」

「自分ではわからないけどな」

 

 イラが視線をイサギに突き刺す。

 彼女の目的は、人間族と戦うことだ。

 だから、わざわざ召喚陣を起動してまで呼び寄せたのに、

 戦力にならないイサギに対して、イラは諦観を通り越して憎悪まで抱いていたようだった。


 しばらく彼女は考え込んでいたようだ。

 今さら、すぐに手のひらを返したりはできないようだが、それでも彼女は認めた。

 

「……わかった。これからも気づいたことがあれば言え。参考にしよう」

「オーケイ、イラ」

「乱暴な真似をしてすまなかったな」


 視線を逸らしながら小さく頭を下げた。


 有益なものは使う。それがイラの考えなのだろう。

 だからこそ召喚術にも封術にも反対はしなかった。

 今さら怪しい男ひとりが増えたところでなんだ、か。


 去り際に彼女は、つぶやく。


「……魔王候補か。どいつもこいつも、化け物揃いだ。

 だが、これなら勝てるかもしれない」


 真剣な目の奥に、歓喜の色が宿っている。

 

 


 イサギはため息をついた。

 あらかじめ言い訳を考えていて良かった。


 もちろん《観眼》などというものは、イサギは所持していない。

 彼が持っているのは、おびただしいほどの戦いの経験、そして剣術師としての確かな目だ。

 逆に、それだけで十分だ、とも言える。

 これで魔王候補だけではなく、イラのレベルアップも手伝えるだろう。


 だが、横にいるリミノの機嫌は損ねてしまったようだ。

 小声で糾弾してくる。


「……お兄ちゃん、どうしてお兄ちゃんあんなに下手に出ているの?」

「なにが?」

「だってお兄ちゃん、すごい人なのに……」

「別にすごくなんてないさ。ただ、他の人よりちょっと人殺しが上手なだけだよ」

 

 悔しそうに言うリミノに、イサギはあっさりと告げた。

 自分は決して人間ができているわけでもなんでもない、と。


 それはイサギが正直に思っていたことだった。

 自分自身を客観視した結果だ。


 この三年間。

 裏切った人間族もゴブリン族も魔族も相手側についたエルフ族もドワーフ族も、数え切れないほどに斬り殺してきた。

 幾多の屍を積み重ねて、そうして魔王を倒したのだ。

 イサギは人間族にも魔族にも恨みはない。

 けれど、目的を果たすためなら、敵に回った者には容赦しなかった。

 

 その結果が、今なのだが。

 リミノは目を釣り上げた。


「そんな言い方!」


 その剣幕に、イサギは思わず息を呑む。

 だが彼女はすぐに声を潜めた。


「……そんな言い方しちゃ、だめだよお兄ちゃん。

 リミノはお兄ちゃんに助けてもらって、ずっと嬉しかったんだから。

 お兄ちゃんの力は、誰かを守ることができる力なんだよ」


 しっかりと手のひらに手のひらを重ねられて。

 指に指を絡ませられて。

 イサギは自分が迂闊なことを言ってしまったと気づく。


「……そう、だな。

 すまない、リミノ」

「ううん、いいの」

 

 彼女はニッコリと微笑んでから、抱きついてきた。

 今さら、イサギが犯してきた罪が消えることはないけれど。

 リミノの気持ちだけは、素直に嬉しかった。


「でも、これ以上お兄ちゃんが他の人に気に入られたら、

 リミノの分のお兄ちゃんがなくなっちゃうかあ……」

「え、急に何の話?」


 イサギから離れたリミノは、急に顎に手を当てて悩み出す。

 ヘタしたら、先ほどよりもずっと真剣そうだ。


「うーうー、イラさんがお兄ちゃんを狙い出したらどうしよう……

 あ、でもお兄ちゃんハーレムができるんだったらそれでもいいかな……?」

「ハーレムて」

「うん、みんなまとめて幸せにしてもらえそうだし……

 そうなったら、リミノがまた夜伽して、気持ちを取り返せばいいだけだし……」

「いや一度もされたことないからな」


 バッとこっちを向くリミノ。

 グイグイと迫ってきた彼女に、ベンチに押し倒されかける。

 

「しちゃってもいいの!?」

「いやだめでしょ」

「う~~~~!」


 リミノが全身でごろごろとひっついてくる。

 例によって、その小さな頭が胸に押しつけられてきた。

 狙ってやっているわけではないだろうが、悶々とする。

 サラサラとした髪の感触たるやもう、こそばゆい。


 なにか、遠くから慶喜が負のオーラを放ってきているような気がする。

 彼はついに闘気に目覚めてしまったのだろうか。

 

「あっ、そうだ!」

 

 リミノを押し返そうとしていたところで、彼女は顔をあげた。

 

「そうだよ、取られようとすると取り替えしちゃう作戦だよ!

 ロリシアちゃんの、良いこと思いついちゃった」

「へ?」

 

 唐突に告げてきた彼女の意図が読めず。

 イサギは素っ頓狂な声をあげてしまっていた。



 

 その後、話し合いによって慶喜とリミノは意気投合。

 ふたりはある計画を立てた。

 

 その名も『正義の味方大作戦』。

 そして悪役は――なぜか、巻き込まれてしまったイサギであった。

 

 


 ◆◆

  

 

 

 その夜だ。


「あの……失礼、します……」


 小さくドアをノックして、おずおずと部屋に入ってくる少女がひとり。

 ロリシアである。


 装いを整えたためか、以前見たときよりも可愛らしいと感じた。

 脱がしやすそうなネグリジェを身に着けている。

 その薄い生地は、少女の未成熟なボディラインを隠すことなく浮き出していた。

 膨らみかけた胸や、まだくびれもできあがっていない幼い身体が見て取れる。


(無理だろ……)


 イサギは心の中でつぶやく。

 ハッキリ言って、性欲の対象にはならないと思った。

 けれど。


「本日、お世話させていただくロリシアです……

 よろしくおね、お願い、お願いします……」


 小さな少女がぺこりと頭を下げる。

 その保護欲をそそる姿には、思わずグッと来た。

 これがお役目だからだと自分に言い聞かせる姿は、いじらしかった。

 不安に揺れる彼女を抱き締めて、背中を撫でてやりたくなる。

 これは性愛ではない、と思う。

 

「うん、俺はイサギ。よろしくな」

「は、はい……」

 

 イサギの部屋だが、慶喜はいない。

 色々と、リミノに丸め込まれてしまったような気がする。

 だが、今さらそう思ったところでもう遅い。


 ベッドに座るイサギの元に、ロリシアはゆっくりとやってくる。

 思い詰めたような表情だ。

 悪い気がして、つい話しかけてしまう。


「えっと、リミノに色々習ってきたのか?」

「はい」

「……怖くない?」

「……」

 

 彼女はイサギの元にひざまずき、目を伏せる。

 その身体は小さく震えていた。


「今の正直な気持ちを話してくれていいんだ」

「……」

「ロリシアちゃん」

「……えと、ちょっと、怖いです。

 リミノお姉さまも、初めてはすごく痛いらしいよ、って言ってて……」


 一体彼女はなにを教えたのか。

 こんな小さな女の子に。

 

「でも……これを乗り越えたら

 ……女の子としての幸せが待っているから、がんばってね、って……

 だから、その、わたし……」

 

 ロリシアが肌を寄せてくる。

 その小さな手がイサギのズボンに伸びてきた。


「わたし、がんばりますから……その……

 イサさまもたくさん、わたしできもちよくなってくださいね……」


 リミノ……

 イサギは頭を抱えてしまいそうになる。


(あいつは一体なにを言わせているんだ……!)

 

 それともこれがこの世界では普通なのだろうか。

 当たり前のメイドの扱いなのだろうか。

 イサギにはよくわからない。

 旅の最中にそういったお店に立ち寄ることなどなかった。

 もうなにがなんだかわからない。

 

 ロリシアがイサギのシャツのボタンを少しずつ外してゆく。

 ぎこちない指使いだが、手順は把握しているようだ。

 リミノが教えたのか、あるいはいつかは来る日のために、練習していたのだろうか。

 こちらに軽くのしかかってきた少女は、腰を浮かしながらイサギの耳元に唇を近づける。

 

「イサ、さま……わたし、その、がんばります、から……」

 

 ちろり、と舌が耳朶を這う。

 イサギの体がびくっと跳ねてしまった。


 まずい。

 これはいけない。

 

(おい……リミノ、慶喜、まだかよ……!)

 

 迫ってくる10才のメイドに押し倒されたまま。

 イサギはまるで乙女のように身を固くしていたのだった。

 

 

リミノ:最近特にイキイキしている。

ロリシア:従順。イケナイことを教えこまれる。


イサギ:この両手は血に塗れている。厨二病。

慶喜:ダメだこいつ。早くなんとかしないと。


イラ:イライラするイラ。イライライラさん

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