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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Epilogue 貴方との未来はこの手のひらの中に
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End-4 トゥルーエンド

 イサギの転送された世界は、今までとはわずかに違っていた。

 まずひとつ、フォールダウン、リーンカーネイション、そしてクリムゾンと世界三大召喚魔法陣のすべてが停止していたことだ。

 もはや神のいないこの世界に必要はないとばかりに。


 そして禁術のすべてが消滅し、同じようにクラウソラスが失われていた。

 なぜだかイサギが前の世界で行なったことがすべて意味を持っているのだ。


 過去世界は、新たなる歴史を紡ごうとしていた。

 もはや魔族を脅かす神族の影はどこにもなく、人が巨人バケモノに変わることもない。

 イサギが築き上げた平和の礎は、これからも人々の笑顔を支えてゆくのだ。


 暗黒大陸からダイナスシティに帰還したイサギは、改めて冒険者ギルドの設立を急いだ。

 また一から始めるために。そして数か月が経った。


 戦禍に見舞われた各地は、折れた麦が再び立ち上がるかのように、徐々に復興の兆しを見せている。

 各地を回るイサギは、人々に希望の種を撒いてゆく日々だ。



 だが、もうイサギの愛は実ることはない。

 遠い彼女はひとりで逝ってしまった。

 イサギを救うために、命を捧げたのだ。

 切なさに身がちぎれてしまいそうであった。


 極大魔晶と化して、ラタトスクの地下に眠っていた彼女を見て。

 その彼女が遺してくれた手紙を読んで。

 イサギはプレハを永遠に守ろうと誓った。

 隔たれた時間も、年齢も、そんなものは関係がない。

 あのプレハこそが、イサギが愛すると決意したプレハだったのだ。


 なのに。

 それなのに。


 魔王城を出たのちも――彼の頬を伝う涙は、とめどなくこぼれ落ちていた。

 騎士団が迎えに来てくれたというのに、人目もはばからず、イサギはいつまでも泣き続けた。

 己が死んでしまうのならば、それでよかった。

 プレハとともに消え去るのならば、それでもよかった。

 愁とルナのように、運命をともにできるのならば、きっと幸せだったはずだ。


 だが、プレハはイサギをひとり遺した。

 生きていてほしいと願い、イサギを二十三年前に送り返した。

 それはなんという残酷な仕打ちなのだろうか。


 これが彼女の愛だというのならば。

 これが彼女の願いだというのならば。

 イサギはその犠牲の上にこれからも。

 ――生きてゆかなければならないのか。


 ダイナスシティに戻り、さらに月日が経った。


 王都のとある一室。

 使用人に呼ばれ、イサギはその部屋に招かれた。





 そこには数名のメイドと、そしてプレハが立っていた。

 プレハは純白の衣装を身にまとっている。

 彼女ははにかみながら、振り返ってきた。


「……どうかな? イサギ」


 ウェディングドレスに着飾ったプレハだ。

 金髪を編んで、後ろにまとめている。抱き締めたら折れてしまいそうな姿だ。ふわりとしたドレスのスカートは風もないのに唄うように揺れていた。


 至上の美が降り立ったのかと思った。

 タキシードに身を包んだイサギは思わず見とれてしまう。

 プレハはそんなイサギの目を見つめて、面白がるように笑った。


「ねえ、どうかな、って聞いているんだけど?」

「……あ、ああ」


 イサギは照れて顔を背けた。

 彼女の輝く笑顔をまっすぐに見ることができなかったのだ。

 それでも、小さくつぶやいた。


「きれいだよ、プレハ」

「うん、ありがと」


 プレハは幸せそうに笑った。

 戦いに明け暮れた少女は今、愛する人と添い遂げることができる喜びを、全身で味わっているようだった。

 上から下までイサギを眺めて、改めて熱い吐息をつく。


「イサギも、すっごくかっこいい」

「……そうかな、こういう堅苦しいのはちっとな」

「ううん、似合っているよ」


 プレハは嬉しそうにイサギにすり寄る。

 彼女の瞳もまた、若き勇者を惚れ惚れするように見つめていた。


 式に向かう新郎新婦を残し、メイドたちはいったんその場を引き払った。

 ふたりきりにされて、イサギは視線を揺らした。


 ついにプレハと結ばれる日がやってきた。

 ずっとずっと、待ち望んでいたはずだった。

 なのに、この胸をじくじくと刺す棘のようなものは、いったいなんだろう。

 この世界にやってきてからずっとだ。


 そんなイサギの横顔を見て、プレハの表情に陰りが差した。

 彼女は思いもよらない言葉を口に出す。


「ねえ、イサギ。本当にあたしと結婚して、よかったと思っている?」


 イサギの胸の鼓動が跳ね上がった。

 彼は心中を悟られないようにしながら、慎重に問い返す。


「え? なんでそんなことを聞くんだ、プレハ」

「……だって」


 プレハはくるりと背を向けた。

 その横顔に、憂いが宿る。

 それでも彼女は努めて明るく、口を開いた。


「あたし、ほんとはずっと知っていたんだ」

「……なにを」


 プレハが肩越しに振り向く。

 その瞳には、切なさの光が揺れていた。

 彼女は決定的な言葉を言う。


「……イサギの心の中に、あたし以外の誰かがいるって、ことを」

「それは」


 まさかプレハがそんなことを言い出すとは思わなかった。

 だからこそ、イサギは言葉を失った。


 それは事実だ。

 イサギの心は今でも、己の存在を代償に消えてしまったあのプレハを追い続けている。

 目の前のプレハは、確かに本物のプレハだ。

 しかし、イサギと愛を誓ったプレハではないのだ。

 その矛盾がイサギの心を苛んでいた。


 イサギは俯き、拳を握り締める。

 ひどく辛そうな顔をしていた新郎に、新婦は微笑む。


「でもいいの、イサギ」


 イサギは顔をあげた。


 プレハは幼き表情の中に、精いっぱい大人びた笑顔を浮かべていた。

 その小さな体に収まり切れないほどのたくさんの愛を胸に。

 すべての罪を包むかのように、両手を広げていた。


「あなたがいいんだったら、あたしはいいんだよ。あたしはイサギのそばにいられるだけで、幸せだから」


 イサギは奥歯を噛み締めた。

 プレハのいじらしい気持ちに報いるためにも、己の心が中途半端なままではいけないと思った。

 決断しなければならない。

 そうだ、自分の想いに決着をつけないと――。


「プレハ、俺は……」


 彼がなにかを言い出そうとする前に、プレハが目の前にやってくる。

 そうして、イサギの唇を指先で塞いだ。


「いいんだよ、イサギ。無理に言わないで。あたしたちは、あなたのおかげで救われたんだから」

「……っ」


 幼きプレハの微笑みが、あの極大魔晶の光に包まれた別れ際の彼女と重なる。

 イサギの使命は、プレハを幸せにすることだ。

 そしてそれは――。


『あたしの分まで――、向こうのあたしを、幸せにしてあげてください』


 ――それこそが、プレハの願いだったから。


 大人のプレハが願った、泡のような夢物語。

 もしイサギがあのまま消えずに、自分と一緒にいられたら。

 目の前のプレハと、そしてイサギは、彼女の願いそのものだ。

 きっと何度生まれ変わっても、彼女はこの光景を見ていたいと思っただろう。


 ウェディングドレスを着た自分と、タキシードを着たイサギが並んでいる。そんな姿を――。


 イサギの瞳はいつしか潤んでいた。

 手の甲でごしごしと拭くと、彼は改めて口を開いた。


「ごめんな、プレハ。でも、いつかきっと言うよ。心の整理がついたら、いつか必ず」


 イサギの視線をまっすぐに浴びて、プレハは穏やかに微笑んだ。

 胸を押さえながら、彼女は夢を見ているようなまなざしで、静かにうなずいた。


「うん、イサギ」







 互いを夫とし、妻とし、病めるときも健やかなるときも。

 彼らは誓う。死がふたりを分かつまで、愛を誓うことを。


 イサギとプレハは緊張した面持ちで向かい合っていた。

 震える手でヴェールをゆっくりと持ち上げる。

 イサギを信じ切っている表情で微笑んでいるプレハがいた。


「……ありがとう、プレハ」

「ううん、こちらこそだよ、イサギ」


 イサギはプレハの頬に手を当てた。

 撫でる。彼女は幸せそうに目を細めた。


「ねえ、イサギ」

「ああ」

「本当に、後悔はしていない?」

「もちろんだ。俺はこの世界で、もう一度やり直す。お前と一緒にな」

「そっか、そっかあ」


 感慨深く、彼女は吐息を漏らした。


 プレハはイサギの手に、手のひらを添える。

 そうして艶やかに紅を引いた唇を、いたずらっぽく緩めた。


 彼女はささやく。


「……でも本当は、デュテュちゃんとか、リミノちゃん、アマーリエちゃんがよかったりしない?」


 イサギはすぐに首を振った。


「なにをばかな、俺はお前が……」


 その言葉の途中。彼は言いかけて気づく。

 ――プレハは今、なんて言った?


 イサギは言葉を失った。

 慌てて見返すと、プレハは楽しそうに笑っている。

 無邪気な眼差しは、まるでイサギを幼い子ども扱いするように。

 瞳は深い色に澄んでいる。その奥にほんのかすかな別種の輝きが宿っていた。


 それは七色の光彩を放つ。


 転送される間際。

 イサギが必死で。

 絶対に離さまないと。

 握り締めた、あの光の粒の欠片のように――。


 イサギはプレハの肩を掴み、彼女を引き寄せた。


「お、お前っ」


 その声には答えず、プレハは端然と胸を張る。

 そうしてイサギの左目のまぶたと、そして右腕を撫でて。


「ありがとうね、イサギ。本当に、あたしを選んでくれて」


 慈しみにあふれた声音であった。

 深い年月の積み重ねを感じさせるほどに、重い響きをはらんでいて。

 ああ、とイサギはその手を握り締めた。


『あたしの魂も、一緒に連れていって、イサギ――』


 それはきっと、願いのような奇跡。

 そして、あらゆる願いを叶え続けてきた男に対する、ただひとつの奇跡。


 彼女はその魂をイサギに託したのだ。

 転送術にのせて。

 プレハもまた、この世界の彼女とひとつになって現れた。


 彼女が砕け散ったあとに飛散した光の粒。

 そのひとつひとつが、プレハの魂だったのだ。


 なにもしなければ、彼女の想いは遂げられなかった。

 きっと、それでも構わないとプレハは思っていたのだ。

 イサギが幸せであればいいと、そう願っていたのだから。


 でも。

 イサギが必死になって手を伸ばしたから。

 届かないとわかっていても、それでも諦めなかったから。

 プレハとの未来を、夢見ていたから。


 だから。

 だから――。


「――プレハ!」


 イサギはプレハを力強く抱き締めた。

 ふいに抱きすくめられ、プレハはわずかに目を丸くする。

 だがその顔が、ゆっくりと多幸感に包まれてゆく。

 プレハはイサギの髪を撫で、そうしてささやく。


 あのとき言えなかった、その言葉を――。


「――愛しているよ、イサギ」


 そうして、ふたりは口づけを交わす。

 参列者たちの拍手が彼らを祝福した。


 永遠の愛が、そこには確かにあった。



 こことは違うアルバリススにて、魔王と呼ばれた少年がいた。

 神族を打ち倒した、魔族の王。

 彼の名は歴史の中に永遠に刻まれるだろう。













 勇者イサギの魔王譚

 エピローグ


『貴方との未来はこの手のひらの中に』


 End













 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇











 日の照りつける荒野に、ふたりの人影があった。

 ひとりは黒、もうひとりは白の衣装を身にまとった男女だ。

 どちらも、年の頃は三十も半ばに差し掛かっているだろう。


 ふたりの前には、胸の開いたドレスに身を包んだ少女がいる。

 彼女はとてつもなく緊張をしている顔で、勢いよく頭を下げた。


「あ、ああああ、あああのわたくし、その、大したことはできませんがその」


 その様子を見て、白い衣装の女性が微笑む。

 敵意がないことを示すように両手を広げながら。


「心配いりませんよ。冒険者ギルドにはあなた方と敵対する意思はありません。今回足を運んだのは、私どもの支部をこの大陸に設立する許可をほしくて」


 少女はわたわたと慌てながら。


「そ、それでしたら、はい、あの、こちらからお願いしたいと思っていて、あの、でも本当にいいんですか? わたくしたち魔族は、だって」


 女性がくすりと笑って隣を見やる。

 すると男が前に歩み出た。

 彼は真剣な顔で、彼女に告げる。


「過去のことは水に流し、これからはともに生きていこう。俺たちと、そして君がお互いに許し合うことができるのならば、それが平和への第一歩になれると信じているさ」

「あ、え、えっと……」


 その男を見上げた少女の頬に、赤みが差してゆく。

 気づかず、男は手のひらを差し出した。


「申し遅れた。俺はイサギ。かつてこの大陸で君の父を討ち、そして――」


 ギルドマスターの紋章が輝く制服を身にまとい、彼は笑った。


「異界にて神族の王を打倒し、この世界に帰還を果たした者。人は俺を世界の切り札(ラストリゾート)と呼ぶ」










 Episode:The devil story of the brave Isagi

 True End

 










 ごきげんよう、みかみてれんです。


 この物語は、わたしが最初に応募した小説をもとに、作られました。

 それは男の子四人組が、好きになった女の子たちのために命を懸ける物語でした。

 とても荒い出来で、いまさら人に見せる勇気は持てないのですが。

 その頃から、わたしはそんな物語を書いておりました。


 現実がどんなに残酷で、世界がどんなに冷たくても。

 それでも心の中にちっぽけな勇気があれば、己が変わることができれば。

 きっと運命の歯車は動き出す。あなたの物語が始まります。

 一途な愛の物語。少年が勇者になる物語。

 これがわたしの書きたかったお話です。


 勇者イサギの魔王譚はこうして完結いたします。

 最終話まで読んでくださって、誠にありがとうございます。


 このお話はわたしの夢を叶えてくださりました。

 小説家になりたいと抱いていた夢です。

 これはひとりでは叶えられなかった夢です。


 ヒナプロジェクトさまに『小説家になろう』という場所を貸していただき、

 そして読んでくださった皆さまに支えていただいたからこそです。


 このお話の結末をもって、

 その応援に報いることができたら、これほど嬉しいことはございません。


 謝辞は尽きませんが、あまり長々と語るのもアレですので。

 これにて失礼させていただきます。



 というわけで、ご読了ありがとうございました!

 みかみてれんでしたー!






 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






・書籍版『勇者イサギの魔王譚』は1巻から3巻まで、

 エンターブレインさんのほうで、発売中でございますー。

 結構違う展開です。それとなくよろしくお願いします。


・サークルにてイサギ関係の同人誌も発行しております。

 もしよろしければ通販などもございますので、ぜひぜひー。

 http://unnamed.main.jp/teretania/


・その他、活動報告の代わりにご報告などは、

 ツイッターのほうで行なっておりますので、よろしくお願いしますー。

 http://twitter.com/teren_mikami


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[一言] あ〜涙が( ̄^ ̄゜) すごいなぁ…奇跡か…。 確かに…作中通して彼が掴んだ奇跡はこの1回だけかもしれないな…。 彼女、苦悩するイサギをみながら不安だったろうに…いや、信じていたんだろうな……
[良い点] このような作品があって本当に良かったです。 [気になる点] シュウに対して当然の報いかなと思いながらもルナと報われてよかったと思う自分がいる。 [一言] 今まで読んだ中で最高の作品。 初め…
[良い点] こんにちは。随分と投稿から時間が経ってしまいましたが、こちらの小説を読ませていただきました。最後まで悲しい展開が続き、途中で読むのが辛くなってしまったことがありましたが、最後まで読んで本当…
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