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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Epilogue 貴方との未来はこの手のひらの中に
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End-2 小野寺慶喜の魔王譚

 突き抜けるような青空が広がっている日だった。


 魔族国連邦の首都、ブラザハス。

 そこに立つクリシュナ城。

 城内の一部屋の、さらに机の上に。

 一冊の本が置いてあった。


 それはこの世界で使われる言葉と、異なる文字で描かれた日記。

 開放された窓から風が入り込み、ページがめくられる。


 開いた日記のページには、こう書かれていた。




『前略、イサ先輩。


 先輩がいなくなってから、もうすぐ三年が経ちますね。

 ぼくは元気にやっています。王としての責務を果たすために、忙しい毎日です。


 きょうは初めて、イサ先輩に向けて、日記を書きます。

 ご報告したいことがあったんです。


 リミノさんは、ようやくミストランドに新たなる王国を築きました。

 女王さまの誕生です。

 先輩がいなくなったあとも相変わらず。

 それどころか、ますます綺麗になっていきます。

 今度こそ、魔族とエルフ族が手を取り合って生きていけたら、と思っています。

 そのためにぼくも、がんばります。


 アマーリエさんも、新たなギルドマスターを支えるために、がんばっています。

 イサ先輩や愁サンがいなくなったあとは、少し落ち込んでいたみたいでしたけど、でももう大丈夫っす。

 アマーリエさんは自分で立ち直って、ちゃんと自分で歩いています。

 その新しいギルドマスターなんすけど……。


 いったい誰がなったと思います?

 たぶん、結構意外っすよ。


 四代目ギルドマスターに就任したのは、デュテュさんです。

 嘘じゃないっすよ、マジっす。


 アルバリススとの戦いのあとダイナスシティに残ったデュテュさんは、しばらく王都の復興に力を注いでいました。

 そんな中、あれほどこわがっていた冒険者の人たちと触れ合ってゆくうちに、あれよあれよと出世していって。


 本当に、どう転がるかわからないものっすよね。

 こないだ会ったときには、「これで人と魔族の橋渡しができますね!」とすごく楽しそうでした。

 デュテュさんと一緒に冒険者ギルドに入ったキャスチ先生は「この年で人間族の中で暮らすことになるとはのう……」って言って、とほほな顔をしてましたけどね。


 他のみんなも、相変わらずっす。

 イサ先輩が守った世界で、元気に暮らしています。


 戦争の傷跡は徐々に癒えてゆきます。

 悲しみはそう長くは続きません。


 愁サンも、廉造先輩も、イサ先輩もいなくなっちゃいましたけど。

 でもぼくがいます。

 心配しないでください。


 ぼくはこの世界が大好きです。

 守りたい人がいるんです。


 そうそう、一番最後に報告したいことがありまして。

 驚かないで聞いてくれますか、それは――』




 と、そのときだ。

 廊下の奥からふたつの足音が響いてきた。

 遅れて声がする。


「まったくもう、なんで忘れちゃうんですか、王冠」

「いやあ、あれかぶり慣れていないっすからねえ、あっはっは」

「長旅の前に気づいたからいいですけど……。まったくもう、第四回伍王会議に遅れちゃったら、国際問題ですよ」

「いやあ、あっはっは……ははは……、ご、ごめんなさい」

「いいですけど、もう」


 がちゃりとドアが開いた。

 入ってきたのは、茶色の髪をした少女だ。

 彼女はせわしなく辺りを見回すと、机の横に無造作に放り投げられていた王冠を見て、さらに大きなため息をついた。


「なんであんなところにあるんですか、もう……」


 遅れて入ってきた青年が、後頭部に手を当てながら気弱な笑みを見せる。


「いや、たぶん本を読んでいたときに、しおり代わりの適当な重しが見当たらなくて」

「王としての自覚があるんですか? ヨシノブさま」


 半眼で睨みつけられて、青年は身を縮こまらせた。

 少女は王冠を取ると、青年のもとにやってくる。


「ほら、ちゃんと屈んでください」

「ういっす」


 青年はその場に膝をついた。

 彼の頭に、少女がゆっくりと王冠を乗せる。

 どことなく嬉しそうな顔をする青年の前、少女は腰に手を当てた。

 その頬も、少しだけ緩んでいる。


「はい、いいですよ」

「ロリシアちゃん、マジでさんきゅっす」

「……まったく、いつまで経っても子どもなんですから」


 少女は眉根を寄せた。

 それから心配そうに口を開く。


「本当に大丈夫ですか? ひとりで平気ですか? 今回、わたしはついていけないんですよ。長旅で寂しくなってめそめそしたりしないですか?」

「う、うん、大丈夫っすよ。イグナイトさんとイラさんも一緒ですし」

「はぁぁぁ……。もう、ほんとに、心配なんですからね」


 肩を落とす少女に、青年は笑いかける。


「大丈夫っすよ。なにがあっても、どんなところからでも、ロリシアちゃんのピンチには駆けつけますからね」


 それを聞いた少女が、わずかに顔を赤くした。


「べ、別にわたしが寂しいってことじゃなくて」

「大丈夫っす、ロリシアちゃん。だから、いってくるね」

「……はい、あなた」


 ふたりはしばらく抱き合う。

 やがて青年が部屋を去ると、少女は小さく息をついた。


 そうして振り返る。

 王が暮らすには狭すぎる部屋だ。広い部屋は落ち着かないと、彼が選んだのである。


 まるで平民の家のようだ。そんな飾りっ気のない部屋の壁には、二枚の絵画が飾られていた。


 一枚は魔王とその妃を描いた肖像画だ。

 魔族国連邦でも名うての絵師が描いたその肖像画は、一目で素晴らしいものだとわかるほどの出来栄えだった。

 堂々と胸を張る青年と、たおやかに微笑む少女が描かれている。

 実際はふたりともがちがちに緊張していたのだが、それを写実的に描くわけにもいかなかったのだろう。


 そして、もう一枚の絵。

 それは隣の絵画に比べればそこまで技巧的に優れたものではない。

 だが、人の目を惹くようななにかがあった。


 絵画には、四人の少年たちが立ち並んで、描かれている。

 どの少年も、とてもいい笑顔を浮かべていた。

 右下には走り書きでサインが刻まれている。

 それは、──シルベニアと読むことができた。


 少女はわずかに顔をほころばせた。

 が、すぐに気づいて眉をひそめる。


「もう、ヨシノブさまってば、また窓を開けっぱなしにして……」


 彼女はつかつかと歩み寄ると、窓をぱたりと閉じる。

 すると、机の上に開きっぱなしにされていた本に目が留まった。


 わずかに少女の心臓が高鳴った。

 そこには、自分のことが書かれていたからだ。


 大切な友達に宛てた日記。

 その最後には、こう書かれていた。




『ぼくはこの世界が大好きです。

 守りたい人がいるんです。


 そうそう、一番最後に報告したいことがありまして。

 驚かないで聞いてくれますか、それは――。


 ――こんなぼくが、もうすぐ父親になります。


 なにもかも至らないぼくが、人の親になってもいいか。

 不安はめちゃめちゃ尽きないですが、でもきっと、大丈夫だと思います。


 ぼくはまったく大したやつじゃないんですが、ぼくの愛した人は世界で一番すごいんです。

 そんな彼女が信じてくれるなら、ぼくもきっと一人前の魔王になれると思います。


 ぼくは二十一歳になり、ようやくあの頃のイサ先輩の気持ちが、少しずつわかってきました。

 ぼくは彼女と出会うために、生まれてきたんだと思います。


 先輩はどこか別の世界で、プレハさんと幸せに生きていると信じています。

 それではお体に気をつけて、あまり無茶はしないでください。


 魔族国連邦・魔王 小野寺慶喜』




 少女は静かに日記を閉じる。

 やや膨らみかけた腹を愛おしそうに撫でながら、部屋を出た。


 ぱたんと扉が閉まる。

 ひとつの物語が幕を閉じる、そんな音がした。



 次回更新、10月9日(金)

 22時、エピローグ3

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