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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:Final 永遠の愛を
171/176

14-9 今こそ至れ、終極へ

 天へと昇ってゆく真っ赤な魔法陣。

 それはまるで空に咲く一輪の花のようだった。


 全世界の人々が見守る中、その花はさらなる上昇を続ける。

 今、雲にも届きそうなほどであった。


 撤退を続けている『魔族』の兵たちは畏怖を。

 神族はただ茫然と。

 そして何も知らぬ人々はその美しさを。

 それぞれ、心に抱いていた。


 が――。


 花に亀裂が入る。

 凍らせた花弁を叩いて砕くように、次々と。

 次の瞬間、花は真っ赤な光を散らす。それはまるで吐血のようであった。

 いつのまにか空に浮かぶ平面の魔法陣から腕が生える。ミストルティンを握り締めた男の腕だ


 何者かが、魔法陣を内部から破壊しようとしているのだ。

 腕はさらに強く突き出された。ひと際大きく光が弾け、魔法陣の完全なる円が歪む。


 そして、ついには魔法陣の半分が消し飛んだ。


『――――』


 世界を喰らう竜のような咆哮が大陸中に響き渡った。

 赤い雲が吹き飛び、ひとりの男が姿を現す。

 両腕に絡みついた赤い茨を粉々に砕きながら、男は地上へと落ちてゆく。


 やがて男は、凄まじいほどの高さから地上に落下した。

 砲弾が撃ち込まれたような音と共に、粉塵が巻き上がる。

 もくもくと立ちのぼる砂のカーテンの向こう側に、光る両眼があった。

 そこには怒りに目を染めた男が、拳を震わせながら立っている。


 アルバリスス――。


 その右足には最後に残った茨が淡い光を発している。

 ルナと愁の、想いの残滓である。


 アルバリススは力を込めて、右足を踏み鳴らす。

 ただそれだけで、最期の茨が完膚なきまでに破壊された。


 男は唾棄するようにつぶやく。


「ばかな娘だ。非業の死を遂げたな。親に逆らった挙句の末路がこれか」


 憎々しげに辺りを睨みつけるアルバリススは、荒い息をついていた。

 男は歩き出そうとして足を踏み出し、しかし体勢を崩してその場に膝をつく。


 数千年前と同じように、封印されてしまうところであった。

 しかし、この日のことを予期していないとでも思ったのか。


 ルナが生きているのならきっともう一度、封印魔法陣を繰り出してくることはわかっていた。

 そのために神世界に漂いながらも、あの魔法陣への対策をずっと考え続けていたのだ。

 だからこそ、本来ならば――ルナの魔法陣を打ち破ることなど造作もないはずであった。


 アルバリススは立ち上がろうとして、しかし全身に力が入らないことを認めざるをえなかった。

 拳を地面に叩きつける。その顔は苦悶に満ちていた。


 ルナはアルバリススの想像を上回った。

 娘が己の魂を犠牲に術を唱えるであろうことは、予測していた。そうでもしなければ、あのクリムゾンを発動させるだけの魔力は捻出できないだろうから。


 しかし、驚愕したのはあの青年の存在だ。


 ルナをたぶらかした人間族の男は、彼女とひとつになって魔法陣を唱えた。

 以前、ルナが母親の生命を代償にクリムゾンを唱えたように。


 神族でもないただの男の魂など、代償に捧げたとしても、大した役には立たないはずだ。

 だが、あの男はそうではなかった。


 ルナと愁は完全に近いほどの同調を果たし、互いの魔力を二倍ではなく、二乗にまで膨張させた。

 赤の他人である者同士が、あれほどの結びつきを見せることなど、アルバリススの見識を持ってしても考えられないほどの出来事だった。


 もし数千年前に浴びたのが今のクリムゾンであったのならば、アルバリススの四肢はとうに消し飛んでしまっていただろう。

 封印などですら生ぬるい。待ち受ける運命は永劫の闇である。


 あの男は一体何者であったのか。

 今となっては、アルバリススにはわからない。


 おびただしいほどのエネルギーを注ぎ込み、無理矢理にでも魔法陣を破壊するしかなかった。

 他に打つ手がなかったのである。


 アルバリススはミストルティンに体重をかけていた。

 杖を支えに、息を切らせながらゆっくりと立ち上がる。


「久しぶりに心を乱されたぞ、ルナトリス……」


 しかし、これでルナは消え失せた。

 消え失せてしまった。


 アルバリススではもう、彼女に絶望を与えることはできないのだ。

 王の心がまたひとつ、空虚に支配される。


「……」


 ならばもうあとは、娘の残したダイナスシティの魔法陣を破壊し、そして娘が守ろうとしたすべての者たちを滅ぼして――。


 アルバリススはまたこの大地に、文明を築き上げよう。

 何物にも手出しができない理想の王国を、もう一度、何度でも――。


 孤独な王は再び歩き出す。

 アルバリススの後方に整列した神の兵士たちは、もはや意識がない人形のようだ。

 それでも、ひとたびアルバリススが命令すれば、魔族を蹂躙する殺戮兵器ぐらいにはなる。


 いつの間にか手のひらはべったりと血で濡れていた。

 誰の血だろうと一瞬だけ考え、あの名も知らぬ男の血であると気づいた。

 両腕を吹き飛ばした際に付着したのだ。


 アルバリススは乱れた髪を後ろに撫でつける。

 彼の黒髪に赤が混じった。

 アルバリススは顔をあげる。


 天を貫く赤い光は、雲をわずかに吹き飛ばしていた。

 夜空にぽっかりと空いた穴からは月が顔を覗かせている。


 歩き出そうとするアルバリススは人影を見た。

 月光の真下に、ひとりの男が立っている。

 

「いっちまったかァ、愁は」


 彼の口から、名残を惜しむような声がした。


 両腕に紫色の鎧をまとい、ドラゴン族の鱗を生やした青年である。

 彼は天を仰ぎながら、けだるい表情を浮かべていた。


「最期まで自分勝手な男だったぜ。いなくなって、せいせいしたな」


 口元を歪めてそう言う男に、アルバリススもまたうなずく。


「本当に下らぬ獣だった。俺の娘にはふさわしくなかったな」

「うっせェよ、カスが」


 廉造が猛禽類のような目をして、アルバリススを睨みつけた。


「テメェみてェなやつが、愁を見くだして笑ってンじゃねェよ。あいつは最期に自分を貫いたンだ」

「ふん、同類憐れむか。その連帯感こそが、弱者にとって必要なものなのだろう」

「なンだっていい」


 アルバリススに対し、廉造は腰を屈めた。

 背中から翼が生え、そして尻尾が伸びる。

 口からは牙が顔を覗き、彼は半竜のような存在へと変化した。

 廉造の両腕の鱗が一斉に逆立つ。


「潰すぜ、オッサン」

「できもしないことを口に出す。お前たちはいつもそうだな」

「あァ、――だったら試してみようじゃねェか」



 愁のことを好きだと思ったことは、一度もない。

 意見なんてひとつも合わなかった。まさしく炎と氷だ。混ざり合うはずもない。近くにいれば、互いを傷つけあうことしかできなかった。


 だが彼が去った今、この胸を襲う虚無感はいったいなんだ。

 なぜ廉造は意味もわからず叫びたくなるような衝動を抱えているのか。


 自分はあいつのことが嫌いだった。

 あいつだって、オレのことが嫌いだったさ。

 なのに、なぜ。


 今この瞬間、廉造は己が戦う理由を書き換える。


 本来はクリムゾンを守るために。妹のもとに帰るために戦うと決めていたはずだったその男が。

 今初めて、自分ではない誰かのために戦おうとしていた。


 ――奴を叩き潰せと。

 魂が廉造に囁くのだ。


 その心が昂るままに。

 廉造は吼えた。


「――ウオオオオオオオオオオオ!」


 廉造は低空を飛び、アルバリススに迫る。

 アルバリススは正面に対し、極術の壁を張った。

 突き破るのは至難の業。

 ならば廉造はその壁を蹴って、さらに高々と舞い上がる。上空から急降下し、拳を振りかざした。


「オラァァァァ!」

「ふん!」


 アルバリススは即座に極術の壁を解除して、その左手に長方形の極術を描く。それはまるで盾のような形をしていた。

 極術盾と廉造の拳が正面からぶつかり合う。煌気による金色の粒子が飛び散り、赤い神エネルギーが弾けた。魔力が波紋のように広がってゆく。

 アルバリススの足が地面に沈み込む。


 さらに連撃。廉造は魂鎧オハンを操作する。

 弧を描くように飛びあがると、遠心力をつけた拳をアルバリススに叩き込んだ。


 再び極術盾で身を防いだアルバリススだったが、今度は踏みとどまった足元に亀裂が刻まれる。大地にヒビが入ったのだ。


 アルバリススは盾で廉造の体を押し返しながら、両眼を光らせた。


「同じことだ! 何度かかってきてもな!」


 神エネルギーの支配が廉造の全身を縛る。

 心臓から手先にかけての痺れと、そして痛みが広がっていった。


 だが、どうということはない。廉造は後方に翻りながら着地すると、王に怒鳴り返す。


「どうした、その程度じゃ効かねェぜ!」


 アルバリススの魔力の大半は、先ほどの封印魔法陣を破るために消耗した。

 よって、神エネルギーの支配も今はほとんど効力が及んでいないのだ。


 アルバリススは無表情を貫きながらも、忌々しいものを見るように廉造を見つめる。


「鬱陶しい、小僧が」


 左手に盾を持つアルバリススは、右手に握るミストルティンの先から光を伸ばす。

 光は鋭い三角形に広がってゆく。それはまるで剣のような形となった。

 刃渡り(ひかり)は一メートルほど。ルナの持っていたミストルティンの剣よりも、遥かに激しい輝きを発する赤だ。


 盾と剣を構えた王は、廉造の運命を冷然と宣告する。


「お前は俺がこの手で斬り殺してやろう」

「残念だが、そいつは叶わねェ願いだな」

「……なんだと?」

「――オレは今、テメェに負ける気がしねェンんだよ」


 廉造の身体から、黒い闘気が立ちのぼる。

 極煌気である――。


 ミストルティンの先に伸びた光が一瞬だけ陽炎のように揺らめく。

 アルバリススが目を細めると、それは再び剣の形に戻った。


 廉造は両手を打ち鳴らす。そして今度はゆっくりと一歩ずつ、アルバリススに迫った。

 彼の辿った足跡は魔晶化し、その生きた軌跡を証明するかのように輝く。


 廉造は獅子のように笑う。


「オレの手札もジョーカーまみれさ、王サマよ」



 水平に振るわれた極術剣ミストルティンの刃は、この世界に赤い線を刻む。

 それは肉世界だけではなく、魔世界を超え、魂世界までもを斬裂するほどの一撃であった。

 もはや斬撃と呼ぶのは相応しくなく。断撃と呼ぶべき威力であった。


 傷つけられた魔世界からエネルギーが肉世界になだれ込む。すなわち、空間の爆裂である。

 空間を裂いた極術剣の刃は、一拍遅れて、凄まじい爆発を引き起こした。

 断撃の余波でしかないその爆発は、超一流の魔術にも相当するだろう。


 しかし、それも廉造には当たらない。


 身を屈めて断撃を避けた廉造は、そのまま大きく一歩を踏み込んだ。

 剣の間合いの内側。アルバリススの懐に潜り込むと、強烈なボディーブローを繰り出す。


 魂鎧オハンが廉造の意志に応えるように肘から噴射剤たましいを噴き出した。紫と黒の燐光が混ざり合い、廉造の拳を螺旋が飾る。


「らァッ!」

「――っ」


 拳はアルバリススの腹に打ち込まれた。

 王は体をくの字に折る。彼の背中から抜けた衝撃波によって、地面が割れた。


 確かに効いているはずだ。だがアルバリススは踏み止まった。

 王は盾を横なぎに払い、衝撃波を放つ。廉造を間合いの中へと追い払おうとした。

 しかし、廉造はその極術を左腕で受け止める。破片を撒き散らしオハンが砕け散った。

 そして再び前へ。


 ――廉造は退かない。


 魔王は右拳を再びアルバリススの腹に打ち込んだ。

 硬質的なものに当たった感触とともに、廉造の拳を覆う右腕のオハンが砕ける。さらに骨まで響くような鈍い痛みが走った。

 アルバリススがあの一瞬で極術の壁を創り出していたのだ。

 王はそれだけのみならず、左手に持っていた盾を放棄し、そこに小さな赤い光を宿した。すべてを打ち貫く極術の光だ。


 廉造が一手を打つごとに、アルバリススは二回の行動を行なう。

 イサギをも上回るほどの速さだ。そしてそのどれもが一撃必殺の威力である。

 これが神族の王の力。


 アルバリススと廉造の視線が交錯する。次の瞬間、アルバリススは息を呑んだ。

 廉造の戦意は微塵も衰えていない。彼は己の勝利を揺るぎなく信じている。


「お前は――」


 アルバリススが口を開く間、廉造はさらに足を踏み出した。

 愚直なまでに。ひたすら前へ――。


 廉造の拳が三度、アルバリススの腹を暴打する。アルバリススはついに口から血を吐き出した。踏み止まれず、アルバリススは後方へと吹き飛ばされてゆく。

 だが王はその中であって、極術の光を廉造に打ち出した。狙うはその頭部。しかし貫いたのはあくまで魔王の残像でしかなかった。


 廉造は大きく左斜め前に踏み込んでいた。彼はアルバリススを逃す気などない。

 一瞬アルバリススの視界から外れると、その死角からさらに拳を振るう。

 左腕が半円を描く。廉造の拳がアルバリススの顔面に叩きつけられた。

 アルバリススはきりもみしながら方向を変えて吹き飛ぶ。


 そこにも廉造は飛びかかってゆく。まさしく獣だ。彼は暴れ狂う一匹の魔獣であった。


「まだ足りねェ! 全然足りねェぜ、オッサンよォ! テメェが粉微塵になるまで、殴り続けてやらァ!」


 アルバリススは空中で姿勢を制御する。その指先から極術を放った。

 廉造がは首を傾けて避けようとしたが、しかしかわしきれなかった。その右耳が根元からちぎれて飛ぶ。


 ――だからどうしたというのだ。


 廉造は雄たけびをあげながら襲いかかった。空中に浮かぶアルバリススの頭上から飛び込み、その右腕に渾身の魔力を注ぎ込む。

 アルバリススは彼を迎撃するため、とっさの衝撃波を放った。


 至近距離で衝撃波を浴びて体を焼かれながらも。

 極煌気に身を包んだ廉造にとってそれは致命傷にはならず。


 右腕はもはや限界まで引き絞られている。

 あとはこれを解放するのみだ。

 莫大な魔力がその右拳に集まって渦を作り上げている。

 廉造は目を見開きながら、叫んだ。


「――こいつがオレのジョーカーだァ!」


 ねじりながら繰り出された右拳が、光のように閃いた。暴なる魔人の一撃がアルバリススの胸部を打つ。

 極限の拳だ。空気が弾け飛ぶような音とともに、アルバリススは地面に叩きつけられた。大地が砕け、破片が舞い上がる。王の口から苦悶の声が漏れた。


 横たわるアルバリススは顔を歪め、廉造を見上げながらうめき声を漏らす。


「獣が――、いいだろう――、ならば後悔させてやるぞ――」


 なにかを掴むように右手を突き出し、アルバリススはそれをゆっくりと握る。

 この体に欠けた魔力を取り戻すために、王は求める。


 生贄の命を――。



 しかし。



「……なんだ?」


 命がこの手のひらに集まってこないのだ。

 いったいなぜ。

 誰が阻んでいるのだ。


 そのとき、アルバリススは横たわりながら気づく。

 先ほどから大地が揺れ動いている。

 まるで、遠くで大軍が動き回っているような。


「なんなのだ!」


 アルバリススは起き上がる。

 廉造は口元を歪めている。


「――テメェは知る由もねェ」




 赤い巨人たちはアルバリススの戦いの邪魔をするまいと、後方に待機を命じられていた。この場に結集した神族の総数は、残る百七体。

 夜を斬り裂き、その神族に戦いを挑む者たちがいた。

 すなわち『魔族』である。


 これこそが、三代目ギルドマスターが託した最期の作戦である。


『――後方に迂回し、神族を背後から攻め立て、これを殲滅せよ』


 その命令通り、軍団は動いていた。

 愁がアルバリススに攻撃を仕掛けていたそのタイミングと同時に、全速力で行動を開始した。

 重い荷を捨て、疾風のように駆け出していたのだ。


 そして今まさに巨人と人族たちの戦いは佳境を迎えている。

 見渡す限りの平野において、決戦の第二幕が行われていたのだ。


 先陣を切っていたのはイサギ。

 彼は白銀の剣を操り、神族の群れを次から次へと斬り捨ててゆく。

 その顔には怒りや憎しみだけではない、猛々しいほどの寂寥感がにじんでいた。


 彼の後ろには金髪の魔法師がぴったりと並ぶ。

 神族の群れの中をふたりが駆け抜けるとき、そこは激しい嵐が巻き起こる。

 嵐は神族の肉片をぶち撒けながら、巨人の戦列をズタズタに引き裂いた。


 イサギは彼女を守るように、また彼女もイサギを守るように。

 ふたりはひとつのパーティーであった。



 イサギパーティーが空けた風穴に、飛び込んでゆくのはアマーリエ率いる神殺衆の面々。

 彼らはギルド本部から輸送されてきた新たなるスラッシャーを背中に差し、勇猛果敢に斬り込んだ。

 巨人にスラッシャーを叩き込み、神殺衆の面々は一撃離脱の戦法で戦場を駆け抜けてゆく。

 少年少女たちの顔は決意と熱気に満ちていた。


 なぜなら彼らは知っているのだ。

 今、神族の王と一対一タイマンを繰り広げているのが、自らを稽古してくれた神殺衆の総大将、足利廉造であると。



 上空からは、ドラゴン族の軍が神族の戦列の中央部にブレスを吐き出していた。

 竜化したリバイアムネは翼の生えた大蛇のような姿をしていた。その体長は、周囲のドラゴンの三倍以上である。彼女の大きく開いた口から水流が噴き出された。青竜大将軍の得意とする、鉄をも斬り裂くウォーターブレスである。

 ブレスは大地に爪跡を残した。その亀裂に足を取られた巨人を、神殺衆たちが打ち倒してゆく。



 シルベニアが率いるのは、魔族の術師団だ。

 右翼から次々と打ち込まれる炎は、神族の進撃を阻んだ。

 魔族国連邦最強の魔女、銀魔法師シルベニアの魔法は重いのだ。最大威力で放たれれば、それは神族を押し流す炎の津波とすら変わる。

 両手に炎をまとい、シルベニアは戦況を見極めながら、それを優位に傾けるために尽力をしていた。


 彼女の視線の先には、アマーリエと並んで剣を振るう魔族の姫がいる。

 徒花乱舞あだはなみだれまいによって、神殺衆たちを援護しているデュテュだ。

 魔帝の姫がこんな戦場に飛び込むなど、もってのほかだ。ただでさえ彼女はどんくさいのに。もし巨人の腕で叩き潰されたら一撃で死んでしまうだろう。まったくもって、心配で見ていられない。

 シルベニアは不機嫌な想いを炎にのせて、打ち込む。銀髪の魔女は今、焦熱地獄の化身であった。



 レ・ダリスはピリル族を率いて突撃し、リミノは障壁を創り出して仲間の危機を救う。


 アルバリススを倒したとしても、この神族たちを滅ぼさなければ魔族に平和は訪れないだろう。

 そのために、ここで殲滅をするために。


 その間の時間稼ぎを、廉造がたったひとりで行なってくれている間に。

 無論、廉造本人は時間稼ぎだとは思っていない。

 彼は全力でアルバリススを叩き潰すために戦っていたのだ。




 アルバリススと廉造の戦いは、さらに激しさを増していた。

 王は自らの体の周りに極術の鎧を身にまとう。これによって物理防御力を著しく向上させていた。

 廉造の拳は極煌気に覆われているとはいえ、先ほどまでのダメージを与えることは難しくなる。

 それでも暴力の魔人は怯むことなく、あらゆる手段を用いてアルバリススと対等以上の戦いを繰り広げていた。


 いったいどこからそのような力を引き出しているのか。

 アルバリススはうめくように問う。


 廉造は当然のように放つ。


「家族のもとに帰るためだ」


 なんというくだらない理由か。

 アルバリススは嘲笑うように鼻を鳴らす。


「肉親とていずれは裏切る。人はひとりでしかないのだ」

「裏切られても構わねェ。あいつが幸せなら、オレはそれでいい」


 廉造の視線は揺るぎない。

 心の底から自らの言葉を信じているようだった。

 アルバリススは眉根を寄せた。まったくもって理解しがたい獣だ。



 人の身でありながら、人を超えた存在として、魔人は拳を振るう。

 この世界に喚び出されたばかりの頃は、粋がっているだけのガキだった男が。

 今、最強の座にもっとも近い位置にいる。

 ルナの創り出した魔法陣――フォールダウンに導かれた者。


 戦いは続く。

 アルバリススは両手から次々と極術を放ってきた。廉造はそれらに極煌気の闘気を放ち、撃墜しようと試みる。

 だが、遠距離攻撃ではアルバリススに分があった。闘気を突き破られ、極術は廉造を襲う。

 飛び上がって避ける廉造。天空をも自在に駆ける魔人を捉えるのは、至難の業だ。


 しかしアルバリススは両手に集めていた魔力を解放する。

 次の瞬間、シャワーのような極術が降り注いだ。かつてルナとの戦いで繰り出した極術――極雨だ。

 一粒一粒に込められた魔力は、一撃で廉造を倒すほどのものではない。しかし、それが何百何千と降り注ぐ。

 この超範囲攻撃から完全に身を守る手段は、廉造にはない。


 その極雨に対して、廉造は真っ向から突撃をした。

 翼をはためかせ、雨粒に向かって一瞬で飛び上がる。

 顔面を守る両腕に極術を浴びた廉造。しかし、彼はすぐに雨中を抜けた。

 極雨を食らう面積を最小限にとどめながら、一瞬で攻撃範囲を抜け出したのだ。考えうる限り、最高の対応手段であった。


 だが――廉造の両腕は焼けただれている。極術を相手に自ら飛び込んで、これほどの被害で済んだのだから幸運といってもいいかもしれないが、その両腕はもう、しばらくは動かないだろう。


 月を背に身を翻す廉造。彼を見上げるアルバリススは目を細めた。

 廉造の翼がさらに大きく羽ばたく。彼がなにをしようとしているのかはわからないが、アルバリススは極術の壁を張った。


「――――――!」


 廉造の咆哮。喉が張り裂けそうな叫びとともに、彼は急降下する。

 足を伸ばしながらそのまま落下してゆく廉造。勢いは光のようで、威力は劫火のようだ。ただまっすぐに己とアルバリススを繋ぐ軌道を辿る。

 火花が散った。廉造の脚撃は極術の壁にぶち当たる。

 衝撃と光、熱と振動が周囲の空間を歪め、ふたりの視線が混じりあう。背後では極雨が地面を叩いたことによる爆発が次々と巻き起こっていた。


 状況はほんの一瞬膠着状態をみせる。

 音が消え失せ、時が止まったかのような刹那――。


 ――極術の壁に、ヒビが入る。


「な――」

「――――らァァァァァァ!」


 極煌気がひときわ勢いを増し、廉造の足が沈み込む。今度こそ極術の壁が砕け、夜空に赤い華を咲かせた。

 空中からの飛び蹴りは、見事アルバリススの胸にぶち当たる。彼の核を貫いたような感触が廉造に伝わった。


 アルバリススは大きく吹き飛ばされた。そのまま道に叩きつけられると、何度もバウンドを繰り返しながら後方へと転がってゆく。

 やがて勢いがつきたところで止まったアルバリススは両手を大の字に広げながら、そのまま動かなくなった。


 一方、廉造はキックの反動で宙返りをして、着地する。

 極煌気はもはやその体にない。限界を超えたのだ。


 さらに廉造の両腕はだらりと垂れ下がっていた。どうしても力の入らないそれを見下ろし、彼は「チッ」と舌打ちをした。

 さらに歩き出そうとしたところで、廉造は先ほど放った飛び蹴りの反動で右足が動かないことに気づく。あらぬ方向に折れ曲がっていた。


「……クソが」


 さすがに、疲れた。

 疲労が廉造の両肩にのしかかる。

 今の一撃でアルバリススが倒れていればいいのだが――。


 そのとき、感情の込められていない声がした。


「見事だな、獣がここまで神の力を使いこなすとは」


 体重を感じさせないような動きで、アルバリススがゆっくりと立ち上がる。

 彼の腹には大穴が空いている。向こう側が見えるほどの穴だ。廉造の放った脚撃によって作られたものだ。

 それでもアルバリススはこちらに向かって、歩き出している。


 廉造は歯の根を食いしばった。

 思わず「マジか」とうめいてしまいそうだった。


 王の指が、自らの唇に血の線を引く。


「よくもそこまで育ててくれたものだ。その力、俺の腹を満たすほどのものかな」


 アルバリススは廉造に手を向ける。

 次の瞬間、廉造は自分の体からなにかが抜けてゆくような感覚を味わわされた。




 ――ハッとしてイサギは顔をあげた。

 彼は神族の群れの中にいた。


 戦局はもう、ほとんど魔族の側に傾いている。

 神族の群れの大半を打ち倒したのは、イサギとプレハだった。


 イサギがなにかに気を取られていたそのとき、こちらに巨人の右腕が吹き飛んでくる。誰かが斬り飛ばしたものだ。

 大木のようなそれを、イサギは反射的にクラウソラスで真っ二つにした。

 後方に転がってゆく腕部を見送ることもなく。

 イサギは怒鳴る。


「プレハ! 今、なにか感じなかったか!?」


 返事は近くから聞こえてきた。

 すぐにプレハがイサギの真横に並んでくる。


「なにかってなに?」


 戦場においても、プレハとイサギは常にお互いの声が届く位置にいる。それはイサギパーティーの決まり事のようなものであった。


 イサギは小さく首を振った。


「わからない。だが今、体中が痺れるような感覚があった。……もしかしたら、廉造の身になにかがあったのかもしれない。あいつは今もひとりでアルバリススと戦っているんだ。だが……」


 自分が行ったところで、アルバリススとまともに剣を交わすこともできないかもしれない。

 そんなことを口に出そうとしたところで、プレハが小首を傾げながら、イサギに問う。


「じゃあ行く?」

「……それは」


 イサギの言葉を先回りし、プレハは人差し指を振った。


「また倒れちゃったら、あたしがなんとかするから。ほら、行こう、イサギ」

「なんとかって、お前」

「みんな、あとは任せたよ! あたしたち、アルバリススのもとに向かうから!」

「お、おい!」


 プレハはその細い体に似合わぬほどの声量で叫ぶ。砂煙の向こうから「オー!」という男たちの声がした。


 戸惑うイサギの手を、プレハが引く。


「けど、もしかしたら俺の気のせいかもしれないだろ!」

「そのときはまた急いで戻ってこようね?」

「今ここで俺たちが離脱したら、その代わりに誰かが犠牲になる。それだったら――」

「いいの!」


 プレハはぴしゃりとイサギを叱った。

 イサギは面食らう。

 金髪の女性はそんな勇者の鼻先に、細い指を突きつけた。


「あなたは勇者だよ、イサギ。あなたには常にひとりで戦局を覆すことが求められる。つらい役目だけれど、あなたはそれをやり遂げてきた。あなたでなければ成し遂げられなかった。そうでしょう、イサギ?」

「……プレハ」

「ねえ、あなたが征かなければ、誰が征くの」

「……」


 プレハがぎゅっとイサギの手を握る。


「あなたはあたしたちの最後の切り札(ラストリゾート)、でしょ?」


 プレハの発破に、イサギはゆっくりとうなずいた。

 その瞳にはもう、迷いはなかった。


「わかった、プレハ。俺は決着をつけにいく」

「そうこなくっちゃね?」


 プレハは微笑んでいた。

 彼女の手を取って、イサギたちは砂塵立ちのぼる戦場を離脱する。


 リィンとクラウソラスが鳴った。

 それはまるで、彼の背中を押すかのようだった。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 勇者イサギの魔王譚

 14-9『今こそ至れ、終極へ』



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 遮るもののなにもない、丘の上の平野。

 そこへと続く道をひた走り、イサギとプレハは戦場へとたどり着く。


 倒れている人影があった。それはよく見知った人物である。

 足利廉造だ。彼はうつ伏せに倒れ、身動きひとつしていない。生きているのか死んでいるのか、それすらもわからなかった。


 イサギは思わず彼の名を呼んだ。


「廉造、お前……!」

「大丈夫、まだ息はあるよ」


 激高しそうになるイサギの横から、プレハが落ち着いた声をかける。

 それを聞いて、勇者はわが身の怒りを押し殺すように、拳を握った。


 他にもこの場には白銀の剣、クラウソラスレプリカが転がっている。

 それはまさしく、緋山愁が持っていたはずのものだ。


 そして、若きギルドマスターの姿は、もうここにはない。

 覚悟していたことではあるが、その事実を突きつけられたような気分だ。

 イサギは歯の根を噛み締めながら、うめく。


「……愁、お前は……」

「イサギ、今は前だけを見て」

「……ああ、わかっている」


 イサギとプレハの見つめる先には、ひとりの男が立っていた。

 神族の王、アルバリスス。その体は血にまみれているが、『どこにも外傷はない』ようだ。


 イサギはクラウソラスレプリカを右手で拾い上げ、アルバリススに目を向ける。

 王のまとう不気味さは、リアファルの前で会ったときよりも数段上だ。こうして向かい合っているだけで、心の臓を握り潰されるような圧迫感があった。


 黒衣に身を包む、黒髪の男。

 身の丈も、風貌も大して特徴などはない。街に出れば必ず見かけるような容貌をしているのに。今だけは、この大地が彼を恐れているような気さえした。


「アルバリスス……」

「そうだ。俺の名だ。この世界の名でもある。この俺こそが世界だ」

「違う。世界は俺たちのものだ!」


 叫び返すイサギの右腕が、じんじんとうずく。

 神エネルギーの支配を受けた痛みを思い出しているのだ。


 しかしそこに、柔らかな温もりが伝わる。気づけば、プレハの手がイサギの右腕に添えられていた。

 プレハはイサギを励ますように微笑んでいた。


「大丈夫だから、イサギ。あたしがついているから、ね?」

「……ああ、ありがとうプレハ。だが、心配いらないさ」


 感情を押し殺したような顔で、イサギはつぶやく。

 まるで己に言い聞かせるかのように、だ。


 イサギは左手をゆっくりと開き、そしてまた握り締める。


 時間がどれほど残されているのかはわからない。

 それでも、ここであいつを倒せなければ、今までやってきたことのすべてが無駄になってしまう。


 だから。

 腕を見下ろし、イサギは願う。


 ――もう少しだけもっていてくれ、俺の体。


 一瞬だけ目をつむり、そしてイサギは赤い両眼を開いた。


 彼は真っ赤に染まった神の腕にクラウソラスレプリカを持ち。

 そのまがい物の神剣をアルバリススに向けて突きつけた。


「お前はここで終わりだ、アルバリスス。これ以上、世界をお前の好きにはさせない。お前の命運はここで尽きるんだ」


 再び神族の支配が訪れるだろう。

 だが、今度こそ抗ってみせる。

 イサギは自らを支えてくれた人たちの顔を思い出す。

 生きている者も、死んでしまった者もいる。

 異世界に喚び出されて、過去と現在、合わせて六年の旅だ。

 その中で、ようやくここまでたどり着いた。

 あと一息なんだ。

 もう少しできっと、イサギは願い続けていた平和を勝ち取ることができるのだろうから。


 だから、イサギは今ここで王を倒す。


「俺はイサギ、勇者イサギだ。お前を打倒する者の名を覚えておくがいい、アルバリスス!」


 イサギの誓いは、夜の平野に鋭く響く。


 だが、アルバリススの様子は普通ではなかった。

 その男は、自らの両拳を見下ろしながら、わずかに――笑っている。


「だが、まだだ、まだ足りない。俺の魔力はまだこれだけでは――足りない!」

「……なんだ?」


 イサギが注意深く観察をしていれば、わかっただろう。

 廉造のその全身に刻まれたはずの、封術を意味する刻印、刺青が――消えていた事実を。

 ――そしてその意味を。


「俺の糧となるがいい、獣たちよ!」


 アルバリススは両腕を天に掲げた。

 なにも音はしなかった。なにかが変わったようにも思えない。彼がなにをしたのか、しばらくイサギにはわからなかった。


 だがこの瞬間、確かに『この世界の法則がひとつ、書き替えられた』のであった。



 大陸の北西部に広がるドラゴン族のねぐらから、赤い光が立ちのぼった。

 それは粒子のように細かく砕かれながらも、ダイナスシティ近く――アルバリススのもとへと降り注ぐ。


 光は次々と、大陸中からアルバリススのもとへと集まってくる。

 似たような現象が今、世界で巻き起こっていた。


 さらにひと際巨大な光が、ダイナスシティのほうからやってきた。

 粒子はアルバリススの体に流れ込んだ。一度大きくその王の体が跳ね上がると、四肢が赤く染まってゆく。


 いったいアルバリススは今、なにをしているのか――。


 アルバリススは己の力を確かめるように何度も手のひらを開閉する。

 その顔には、今なお笑みが張りついていた。


「――俺が撒いた種を、お前たちはよくここまで育ててくれた。その稲を今、刈り取るときがやってきたのだ」

「いったい、なんのことだ!」

「ふん」


 アルバリススはさらにこちらに手のひらを向けてくる。

 イサギとプレハの顔に緊張が走った。


「お前たちはいつでもそうだ。弱き者だからこそ力に溺れる。力を得るためには何でもやるのだろう? ルナトリスの忠告をなにひとつ聞くことなく、な。だからこそ、この俺が勝つ――!」


 アルバリススが拳を握り締めると、その瞬間、イサギの胸に潰されるような感覚が走った。

 遠隔攻撃――ではない。


 イサギの体から彼を構成する要素が抜け出てゆく。それは血のように赤く、ルビーのようにきらめていた。

 思わず勇者は目を見開く。それがいったいなんなのか、彼は気づいた。


 抜け出た赤き光は、イサギの力だ。彼が己の魂を捧げてもほしがった力――神エネルギーだ。


「な――」

「――来い、俺のもとに」


 次の瞬間、イサギの右腕が爆ぜた。

 ガラスの瓶が割れたように、ぱしゃんと液体に戻ったイサギの赤い血は、そのすべてがアルバリススの胸の中に吸い込まれてゆく。


 イサギは根元から失われた右腕を押さえる。

 アルバリススはイサギから取り込んだ力を消化するように自らの腹を撫でる。さらにその体が赤く染まった。

 それだけではない。腕も脚も首回りも肩口も、なにもかもが一回り大きくなってゆく。


「……おお」


 王は感嘆の声を漏らしていた。

 彼の顔に喜色が浮かんだ。


「なんという力だ。これは、これはまさしく、俺と変わらぬほどの、極上の魔力――。ここまでの力を秘めていたのか、お前。なんという神エネルギーよ」

「ふざけるな、それは俺の――」


 言葉が途中で途切れる。

 今度はイサギの左目に激痛が走った。一瞬意識が途切れかける。

 それを意思の力で繋ぎ止めるが、しかし膝をついた。


 直後、イサギの左の目玉が潰れる。

 視界が真っ赤に染まった。イサギは苦悶を漏らす。


「うぐっ……があっ」

「イサギ!」


 叫んだプレハの体からもまた、ほんの少し――ひとかけらの赤い光が奪われ、アルバリススに吸収をされてしまう。


 アルバリススが禁術をまき散らした理由は、この日のためだ。

 人族に植えた種は、すべてアルバリススの糧となる予定だったのだ。

 それを愁やイサギが阻んだ。リヴァイブストーンを破壊し、神化病患者の候補者を殺して回った。


 だが、ドラゴン族のように生命と密接にかかわった禁術をとめることはできず。

 それになによりも莫大な禁術の力を手にしている者が、少なくとも愁の死後、この世界には三人いた。


 足利廉造、小野寺慶喜、そしてイサギの三人だ。


 彼らの力を奪ったアルバリススは両腕を広げて、笑った。


「お前たち魔族は力を求め、そして自身の愚かさによって、より強大な力に叩き潰されるのだ。俺という絶対的な支配者の手によってな。――もはや俺は、無敵だ」


 すべての終わりが近づく。

 旅の終わり、世界の終わり、命の終わり、そして希望の終わり。


 アルバリススが望むのなら、もはや今すぐにでもこの大陸を海の底に沈めることができるだろう。

 彼は今、すべてを支配する夜の王であった。


 だが、それでも。

 イサギはプレハに支えられながら、立ち上がる。


「そうだな、アルバリスス……。確かにお前は強いかもしれない……」


 左目が潰れ、右腕を失った男。

 すべての禁術を奪われた男。

 みすぼらしい有様で、こんな誰も見ていないような夜の平野で命を懸ける男。

 歴史の影で悪を絶つ男。


 ――そして、全人類の希望。


 その目の火は、いまだ消えず。

 ただ己が討つべき相手を見据えている。


 彼は左手に握るクラウソラスを、アルバリススに突きつけた。

 頭は澄み渡っていた。

 失いかけた魂が、再び燃え上がるのを感じる。


「だが助かったさ、アルバリスス。これで俺は俺をもう二度と失わずに済む」

「ほう、この俺に勝てるというのか?」


 無論だ。


「勝てるさ、誰にだって。俺の勝利を信じてくれる人がいるのなら、俺は誰にだって勝つ。勝ってみせる」


 イサギはプレハを見た。


「――俺は勇者だからな」


 プレハもまた、じっとイサギを見つめていた。


 彼女はイサギを止めようとはしなかった。

 だが、彼をひとりで死闘へと送ることもなかった。


 ふたりはうなずき合う。

 想いは通じていた。

 相手がどれほど強大でも、構わない。

 戦うことをやめたそのときが、死ぬときだ。


 だから――。


「いこう、プレハ――」

「――うん、イサギ」





 ひとりの魔王は勇気を胸に

 ひとりの魔王は月を抱く

 ひとりの魔王は砕けず折れず

 すべての魔王は此処に在り

 

 地に煌めきし幾億の星

 天より堕ちし妖星を

 咎神の名の下に


 共に、我らが魂を燃やして

 今こそ至れ、終極へ


 次回、10月9日(金)19時。

 本編最終話


14-10『それが彼らの魔王譚』



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 

 さらに、

 同日20時より『エピローグ1』


 同日21時より『エピローグ2』


 同日22時より『エピローグ3』


 そして同日23時。

『エピローグ最終話』を更新いたします。


 9日(金)に五話一挙掲載となります。

 これにて勇者イサギ魔王譚は、完結です。

 よろしければ今しばらく、お付き合いくださいませ。

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