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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:Final 永遠の愛を
168/176

14-6 天より堕ちし妖星を

 緋山愁の仕掛けた作戦は、効果を発していた。


 右翼のドラゴン族は英雄アマーリエの指揮によって、バハムルギュス存命の頃の勇猛さを取り戻していた。

 剣を掲げ「右方、神族の足を止める! あたしに続け――!」と叫ぶアマーリエは今、完全に右翼を支配している。


 一方、左翼だ。機動力を活かして駆け回るピリル族。彼らは徐々に被害を受け始めてはいたが、ここが自分たちの戦場だと理解し、全力を尽くしていた。

 少数の神族を逃しながらも、彼らを無理に追わずにいることで消耗を防ぐ。結果、ピリル族は神族のほとんどを効率よく足止めすることに成功していたのだ。


 二方を城塞から援護する魔法師の存在もあり、ドラゴン族とピリル族は作戦を円滑に実行した。


 右翼と左翼が足止めされたとなれば、軍の流れは停滞する。神族は空いている場所になだれ込み、その結果中央を突破しようと考えるだろう。

 だがそこには、ふたりの魔王がいる。


 イサギと廉造である。


 彼ら元魔王候補たちは、岩肌に当たった波が形を変えるようにして押し寄せてきた神族を、次から次へと破壊し続けた。

 両雄並び立つ。死角を塞ぐようにして背中合わせに戦うイサギと廉造は、双子のように息を合わせていた。

 人を殺すように神を打ち倒すふたりの戦闘力はまさに圧巻。神族を殺戮するために産み出された破壊兵器のようであった。


 だが、そのふたりを大きく避け、リアファルを強襲する敵も無論いる。

 そんなはぐれ巨人を退治するのが、要塞の手前に控えた神殺衆と冒険者たちの役目だ。


 神殺衆の士気はこの上なく高い。なんといっても最前線のど真ん中に頭領が立ち、一歩も引かずに神族を殴殺し続けているのだ。

 その姿を見て奮い立たない者が、神殺衆にいるはずもない。

 よって、神族はここでも進撃を阻まれた。


 それでも、だ。

 神族は一騎当千の化け物にして、たったの一体でひとつの国を沈めることができるほどの能力を有する。

 ならばその巨人の中には、右翼と左翼を迂回し、イサギと廉造を回避し、神殺衆の守りを突破して、――要塞にまでたどり着く者はいる。


 猪突猛進。大地を荒々しく蹴り、荒野の土を巻き上げながら突撃してくる神族がここに一体。

 その神族の目の前には、城壁があった。


 高く積み上げた石の壁。ひたすらに頑丈なものだが、恐らくは二回の体当たりで壊滅するだろう。その程度の守りだ。

 脆弱なる魔族が作り出した、貧弱なる防壁。

 ――たやすく打ち破ってみせようではないか。


 神族は口なき口で音なき叫びをあげながら、要塞へと渾身の体当たりを仕掛ける。

 だが――。その破壊活動は真っ白な障壁によって阻まれた。


 それは防壁よりも遥かに巨大な障壁だ。厚さも高さも規模もすべてが人の創りしものとは思えない。

 その強靭な壁にぶち当たった巨人は分厚い守りを砕くこともできず、代わりに己が赤肌を焼いていた。


 法術を唱出していたのは、城壁の上に立つただひとりの青年。


「極大障壁――! どんな攻撃だって、ただの一度なら防ぎますよ!」


 丸顔の青年だ。彼は片手を振り上げ、さらに補強のコードを描き続ける。

 巨人は彼を矮小な存在だと侮った。一度で砕けぬならば二度。この程度の障壁、渾身の力で叩き潰してやろうと試みた。


 だが、その巨人の右肩が突如として消失した。


 なにが起きたのかわからず、巨人は思わず後ずさりをした。

 その神族の視界に、青年の隣に立つ金髪の女性が映る。


 ――空を流れる天の川を束ねて編んだような、美しい金色の髪を持つ娘だ。

 彼女は片手をまっすぐ、巨人に向かって伸ばしていた。

 指先に光が集まってゆく。真っ白な光だ。それはあらゆるものを塗り潰す最強の魔法である。


「残念だったね? イサギの後ろには、あたしがいるよ」


 放たれた光は慶喜の創り出した極大法術をも貫通し、巨人の体を丸ごと包み込む。

 光が去ったあと、抉れた大地以外そこにはなにも残されていなかった。



 慶喜とプレハが迫ってきた一匹の巨人を始末した頃、城郭にはリミノの姿があった。

 大森林ミストラルから急いで馬車を走らせてきて、要塞に到着した後にはエウレを医務室へと送り届けてきたのだ。

 デュテュはその場で怪我をしていた人たちを、自らの力で介抱している。よって、合流したのはリミノひとりである。


 最初にエルフ族の新たなる女王を出迎えたのは、ロリシアであった。

 幼き妃はリミノの豊かな胸に顔をうずめるように抱きつく。


「リミノさま!」

「あっ、ロリシアちゃん」


 リミノはロリシアが無事であるのを見て、わずかに顔を綻ばせた。


「ロリシアちゃんもここにいたんだね。やっぱり、ヨシノブくんに会いに?」

「はい。この戦いが終わったら、暗黒大陸に戻って結婚しよう、って」

「そ、そっか。それはよかったね」


 恋破れたばかりのリミノはどんな顔をしていいのかわからず――また、本当に彼女は慶喜が相手でいいのだろうか、という心配もあって――ロリシアの頬を撫でる。


「ロリシアちゃんは安全な場所にいてね」

「ここでヨシノブさまのことを見守っています」

「うん」


 リミノが顔をあげると、その場には戦いの緊張感がみなぎっているのがわかった。なにせすべての人族が力を合わせて挑む決戦なのだ。

 この場に居並ぶ者たち同様、リミノも背を正して、城壁へと近づいてゆく。


 城壁の上には、色々な種族の人々が立ち並んでいた。髪の色も肌の色もばらばらで、身に着けている衣装も多様だ。複雑な色が入り交じり、それでもひとつの意思の下、溶け合っているように見える。彼らは神族をしっかりと睨みつけているのだ。

 そんな風景の中、リミノは自分と同じエルフ族だけがいないことをわずかに寂しく思う。


 視線を転じれば、見知った顔があった。

 金髪の髪をなびかせ、純白の衣に身を包んだ女性だ。人々の中にあり、彼女はひときわ輝いて見えた。

 リミノは女性に声をかける。


「プレハお姉ちゃん」

「ん、リミノちゃん、どうかした?」


 こんなときだというのに、プレハの笑顔には少しの陰りもない。

 振り返ってきた彼女は心配などなにもないように微笑んでいた。


 そのしなやかで力強い彼女の生きざまを見て、リミノは思わずプレハに身を乗り出した。

 憧れた存在である彼女が今ここに立っていて、自分がイサギやプレハと肩を並べて戦えること。また、その力になれるかもしれないと思うと、リミノの体の奥が熱くなる。ずっと願い続けてきたその夢が叶うのだ。

 幼き衝動に突き動かされ、リミノは思わず懇願をしていた。


「あたしも一緒に戦いたい。ねえ、プレハお姉ちゃん、いいでしょ」


 そうせがむと、プレハはじっとリミノを見つめる。気づくと、プレハの唇から表情が抜け落ちていた。

 まるで叱咤されたような気持ちになり、リミノは思わずどきっとした。

 微笑みを押し殺したプレハは、氷のように冷徹に見える。


 プレハはリミノに静かに王の責務を訴える。


「ねえ、リミノちゃん。戦うということは、命を落とすかもしれないということだよ。人を守るために自分の命を懸けることだよ。あなたはエルフ族の女王として、生き残った一族を支えなければならない。一時の感情に突き動かされて、その責任を放棄するつもりなの?」


 プレハの青い目に見つめられ、リミノの鼓動は早鐘を打つ。

 心の奥底を覗くような、不思議な視線であった。

 プレハに諭されたリミノは押し黙る。だが、自分が戦うための理由はそれだけではない。

 イサギとプレハの力になりたいというのはつまり、ふたりに認められたいというそれだけではない。


 そうだ。彼らの理想を一緒に描いてゆきたいのだ。

 だから、――リミノは食い下がる。


「あたしには人々を守る責任があります。それはどんなときだって変わらない。戦う舞台が王宮なのか、戦場なのかが違うだけだから。それに、守りたいのはエルフ族だけじゃない。たくさんの種族が手を取り合って、次の世代を作らなきゃいけないんだ」


 胸を押さえ、リミノはプレハを見返す。

 リミノはリミノの進むべき道があり、それはイサギやプレハと違う道だとしても、目指している景色が同じなら、ともに進めるはずだから。


「あたしが戦うことによって、ひとりでも死人を減らすことができるなら、あたしは戦いたい。もちろん、自分が死ぬつもりなんてまったくないよ。だから、お姉ちゃん、一緒に――」


 その言葉の途中だった。

 プレハは、リミノを優しく抱き締めた。


 ふいに彼女の香りに包まれて、リミノは目を見開く。

 耳元にプレハの甘い声がささやかれた。


「わかった、リミノちゃん。キミももう大人になったんだよね。ごめんね、ダメなはずがないよ」

「――」


 リミノの胸は熱くなった。

 頭を撫でられながら、プレハは優しい声で告げてくる。


「あなたももう、一人前のエルフの王族だね。あのとき助けてあげられなくてごめんね、リミノちゃん。今度こそ、一緒に戦おう」


 プレハもまた、カリブルヌスに襲われたエルフの城を守り切れなかったことを、ずっと後悔していたのかもしれない。

 その気持ちに触れ、リミノは思わず目頭を押さえる。


「……うん、プレハお姉ちゃん、うん……」


 想いを通じ合わせた彼女たちがゆっくりと離れる。

 ふたりは今、本当の意味で再会を果たすことができたのかもしれない。



 城壁には慶喜やたくさんの術師、せわしなく指揮を執る愁の他にも、戦力の要となる魔法師がいた。


 魔族国連邦最強の魔法師、シルベニアだ。

 要塞の尖塔から降りてきた彼女は、黙々と人族に手を貸す。言葉ではなく、行動で己の有用性を示すかのように、城壁から誰よりも射程の長い炎の魔法を放っていた。


「……」


 寡黙に淡々と魔法を打ち込むその腕前は、凄まじいの一言だ。針の穴を通すような命中率で、右翼や左翼の兵を援護し続けていた。

 シルベニアは逃げ遅れたピリル族を見れば、彼を襲おうとしていた神族の顔面に炎を発射する。ドラゴン族に向かって跳躍した神族を見れば、そこに鋭い魔法を放った。


 かつてたったひとりで魔王城の守護を担当していたシルベニアは、今や完全に仲間たちを救うために戦っていた。

 それも、あれほど憎んでいたはずの人間族すらも救うために。


「キミ、すごい魔法だね。なんて言うの?」


 笑いかけてくるプレハに、シルベニアは半眼にも似た眠そうな眼差しを返す。


「……シルベニア」

「そう、シルベニアちゃんって言うんだ?」


 プレハは子どものような銀髪の彼女を見て、微笑みながら名乗る。


「あたしはプレハ。キミのような強い魔法師と一緒に戦えてうれしいよ。がんばろうね」

「……ん」


 シルベニアもプレハも。双方、気づいていた。

 相手が自分の両親を殺害した極大魔法師ウィザードプレハであることを。

 そして相手は自分が殺害した魔法師オニキシアとパールマンの娘であることを。


 それでも、この場では何事もなかったかのように視線を交錯させた。シルベニアは仲間たちと人族を守るために、うなずいたのだ。


「よろしく、なの」


 人族が己の栄誉と尊厳を守るための戦いにおいて、すべての禍根はもはや過去のこと。

 今はただ未来だけを見つめて、彼女たちは命を支え合っていた。



 また、城塞の上でのこの男――緋山愁は、作戦がうまく機能をしていることに気を良くしたりはしなかった。

 瞳を細め、次に打つ手を考え続けていた。


「神族は僕たちを侮っている。彼らの弱点はそのプライドだ。今のこの状況に我慢がならないはずさ。ならば次の行動はおのずと決まる」


 愁は遠方で戦い続けるイサギと廉造を見やり、顎に手を当てた。


「伝令。次の作戦だ。神族が進軍をやめたそのときには、ドラゴン族とピリル族に退くよう伝えよ。」


 ギルドマスターは腰にくくつけられたもう一本の神剣に手を当て、そして遠くそびえる神族を眺めた。

 次なる一手は、そう。


 神族なら恐らく、――我ら人間族の抵抗を愚かなる窮鼠のあがきだと断じ、策を弄せずに個々の力量だけで突破しようと動き出すだろう。

 まるで神族の偉大なる力を誇示するかのように。


 ならば愁は、それを真っ向から叩き潰すため――。


「僕と魔王慶喜が出る。あとは任せるよ」

「ファッ!?」


 近くに立っていた慶喜がこちらを振り返り、素っ頓狂な叫び声をあげた。




 そんな『魔族』の激しい抵抗を前に。

 神族グレリスは憤りを抱えていた。


 曰く、

 なぜあのような虫けらにも等しい種族が、神族の猛攻を耐え抜くことができているのか。

 それは目障りで、面白くなく、とてつもなく理解不能な事態だった。


『赦せぬ――。赦せぬ――』


 特に、正面に立つあのふたりだ。

 自分たちと要塞の中間地点に立ち、暴虐を繰り返す。

 黒髪の剣士と、金髪の黒竜。


 彼らは同族の器を次から次へと破壊し続けていた。

 神族の魂が宿るであろう巨人を、泥人形のように虐殺している罪深き者ども。


『赦せぬ――。赦せぬ――。赦せぬ――』


 イサギと廉造の周囲は、もはや魔晶の輝きで満ちている。

 神エネルギーが放散され、周囲に魔力影響を及ぼしているのだ。

 まるで結界が貼られているかのように、そこから先に神族は進めない。


 やはり自分が始末するしかあるまい。

 あの程度の虫けら相手に、神の力を使わなければならないなど、屈辱の極みだ。

 しかし、ここで長時間足止めされ続けて、あの召喚魔法陣『クリムゾン』を破壊できなくなれば、どうなる?


 ――『あの方』の怒りを買う結果になるだろう。


 忌々しき虫けらどもが――。

 そう考えた神族グレリスが一歩を踏み出そうとしたところだ。


 周囲に控えていた神族の体が、脈動を始めた。

 急激に全身の肉が膨張し、ポンプで空気を送り込まれたかのように、巨大化してゆく。禍々しく肉が蠢き、歪な肉体はさらにその醜悪さを増した。

 その不気味な進化は数秒で収まる。


 すれば、神族グレリスとうり二つの大きさを持つ個体がそこにはあった


 声がする。


『愚かなりし、グレリス――。塵芥ごときになにを手間取っているか――』


 意識を発芽させた個体――その姿は辺りの巨人よりも一回り大きい。

 きょじんに固着した神族である。


 彼の物言いを聞き、神族グレリスはうめき声をあげた。


『神族ゴラゴスか――。魂が甦るなり、存分な言い草であるな――』

『我がこの手で――、やつら塵芥を叩き潰してくれようぞ』


 傲慢なる神族ゴラゴスは一歩歩み出た。

 さらに神族グレリスの逆側から声がした。そこにも同様に、神族が現れていた。


『王はお怒りだ。みだりに器を減らすではないとな』


 グレリスよりも背が高く、どちらかといえば細い体躯をした神族である。

 皮肉な気取り屋。神族ベリガスだ。


『魔族風情に三人がかりか――。それも兵長が三人も――』

『王のご命令だ』

『小癪な塵芥どもだ――』


 まるで山が動き出したかのように、三人の巨大なる神が歩を進めるその様を、人々たちは畏怖とともに見つめていた。


 彼ら魔王ふたりを除き――。




 イサギはクラウソラスを肩に担ぎ、廉造はポケットに手を突っ込んでいた。

 どちらも無傷。呼吸も乱れてはいない。この程度のことなど日常茶飯事だとでもいうように。


「ンだァ……? 退いてくぜ、あいつら」

「敗走してゆく、というわけではなさそうだな」


 髪をかき上げるイサギ。時折動作を確かめるように、右の拳を握っては開いていた。真っ赤に染まったその腕を横目に、しかし廉造はなにも言わず。

 代わりに、友の名を呼んだ。


「なァ、イサ」

「ん?」

「テメェ、幸せか?」

「は? なに言っているんだ、お前。慶喜が乗り移ったか?」

「そんなンじゃねェよ」


 眉根を寄せる廉造は、目を丸くするイサギにぷらぷらと手を振る。


「救い出してきたンだろ、テメェの愛しの女を」

「あ、ああ、まあな、なんか恥ずかしいな」

「なのに幸せだって即答できねェのか?」

「そう言われてもな……」


 イサギは頭をかく。


「正直まだ実感がないんだ。彼女ともう一度で会えたことは嬉しかったけれど、先に神族を倒さなければ安心できなくてな」

「ここで死ぬかもしれねェってか?」

「まあそうだな。あいつや慶喜たちの未来を作ってやらなければならない」

「ご苦労なこった、勇者サマってのは。人の幸せばっかり考えてよ」


 そう言われたイサギは、まんざらでもない表情をしていた。

 クラウソラスを手のひらで握り直し、口を開く。


「なあ、廉造」

「ンだよ」

「お前も気づいているとは思うが、倒した神族の死体が先ほどから消えているよな」

「オレをバカだと思ってンのか?」

「消えた神族が辺りに影響を及ぼし、大地が魔晶化している。ダイナスシティで神化巨人となったカリブルヌスを倒したときも同じだったんだ」

「……で?」

「ここで神族を倒し続ければ、お前が帰還するための極大魔晶が生み出されるかもしれない。そうしたらお前はもう一度妹と会えるな。そうだろ?」

「……テメェ。この期に及んで、オレの心配か?」

「悪いな、そういう性分なんだ」

「……ったく……」


 口元を緩めて他人の夢を語るイサギに、廉造は言いようのない感情を覚える。

 自分のことが済んだら、また人の幸せか。

 なぜそこまで強い思いを持ち続けていられるのか。


「俺さ、ずっとプレハの願う幸せのために戦ってきたんだよ」


 イサギは自然体で言う。


「プレハが描く未来はとても素敵で、俺にとってすごく明るく見えたんだ。世界がそうなればどんなに素晴らしいことかって。俺はその夢を一緒に見て、ここまでやってきた」

「……」

「だったら俺も、その未来に少しは明るい色を加えてみたかったんだ。これは俺の願いだ。友人が幸せを掴んでくれたら、俺は嬉しい。そういうことなんだ」


 空に視線を浮かべて未来を描くイサギ。

 彼を見て、廉造は口元を引き締めた。


 イサギの甘さも筋金入りだ。

 だが、ここまで貫き通せば、それは強さであろう。

 もしかしたら、最初から甘さなどではなかったのかもしれない。

 廉造にはわからない物差しで、イサギはずっと強いままだったのだ。


 しかし今さら認めたとしても、そんなことを口に出したりはしない。

 廉造は頭を振って、改めて神族たちを見上げた。


「その前に、あいつらを潰さなきゃなンねェな」

「無論だ、廉造。俺とお前がいれば無敵だ。怖いものなどなにもない」

「ケッ」


 ――ずいぶんと過大評価しやがって。

 廉造は己の拳を握り締める。


 イサギのジ・エンドに痛めつけられた体は、シルベニアの治癒法術でも快癒はしなかった。今のところ神族を一方的に叩きのめしてはいるが、それも稼働時間の限界が訪れるまでだ。

 ひとつの禁術を持ちながら、同化術によってさらにもうひとつの禁術を会得すること自体が無茶なのだ。

 身体は軋み始めている。


 それでもイサギがついて来いと言うのならば。

 ここで引くのは癪だ。

 イサギが自分とともに戦えば無敵だと豪語するのなら。

 征くしかないだろう。どこまでも。


「遅れずについてこいや、イサ」

「誰に向かって言っているんだよ」


 軽口を叩き合うふたりの前に、ゆっくりと進撃してくる三つの影。

 それは三人の神族である。


 グレリス、ゴラゴス、ベリガス。

 神族の兵士を束ねる三人の兵長。彼らが一堂に会しているというその事実がどれほどのものであるか、イサギと廉造にはわからない。

 だが、その神族がこれまでのやつらとはまるで違う戦闘力を誇るのだということだけは、理解できた。


「敵の親玉か」

「そのようだな」

「三匹いやがるぜ」

「俺とお前じゃ、一匹余っちまうな」


 そのとき、イサギはわずかな予感を覚えて、後ろを振り返った。

 要塞の城壁から、一台の馬車がこちら――リアファル正面の最前線――に向かって走ってくるのが見えた。


「増援が来たぜ」

「はン、心強い限りだな」


 馬車は近くに止まり、ふたりの男を下ろして要塞に戻っていった。

 すなわち愁と慶喜である。


 その場につくなり、愁は我が物顔で指令を発した。


「神族をここで破壊するよ」

「ンなこたァ、わかってンだよ。テメェはわかりきったことしか言えねェのか」

「もちろん策はある。僕がここに来たことだ」

「くっだらねェ」


 廉造は嫌そうな顔でうめいた、

 一方、慶喜はこちらに向かって歩いてくる神族の巨体を見上げながら、がくがくと震える。


「が、が、が、がががんばりましょう!」

「あ、ああ。すごい震えているな、慶喜。ほどほどにしろよ」


 慶喜は気丈な笑みを浮かべて、親指を立てる。


「大丈夫っす……ぼく、もうすぐ結婚するんで! めっちゃ幸せになりますんで! こんなところで死んでいられないっすよ! 絶対に生きて暗黒大陸に帰るんすから! ……って、なんすかそのみんなの顔!?」

「いや……」

「まァ……」

「ねえ……」


 その場にいるイサギと廉造と愁が、同時に苦虫を噛み潰したような顔をした。


 四人はまるで昔に戻ったように穏やかな話をしていた。

 魔王城の夜、薪を囲んで夢を語っていたときのように。


「……それが幸せな日々だと気づかずに、過ごしていたあのときのようだな」


 イサギの小さなつぶやきは、風に吹かれて消える。


 滅びを与える神族は、近くまでやってきた。

 イサギが髪をかく。


「ま、じゃあ慶喜のその約束を、反故にさせるわけにはいかねえな」

「……嬢ちゃんが泣いちまうからな」

「まだ君は小さな女の子に弱いんだね」

「ありがとうございまっす! ありがとうございまっす!」


 平身低頭する慶喜の前、三人の男たちはため息をつく。

 三匹の神族を睨み上げ、それぞれが剣を、拳を、そして光の鞭を構えた。


 ここで慶喜が死んでしまえば、ロリシアは悲しむだろう。

 ロリシアを自分たちのように。

 ――イサギの蘇生術を求めて長年探し回ったプレハのように。

 ――約束を破った愁を決して許さなかったルナのように。

 ――たったひとり置き去りにした廉造の妹、愛弓のように。

 ――させるわけにはいかないから。


『叩き潰してくれるわ――。塵芥が――』

『虫けらめ』

『魔族の生きる道はもはやない。根絶やしである』


 神族兵長の強さは、今までの巨人とは格が違うだろう。

 そんな予感と神エネルギーの波動を肌で感じながらも、戦意はますます高まった。


「斬る」

「潰す」

「滅ぼすよ」

「み、みんなを守るっす!」


 神族との戦いが始まる。




 真っ先に突撃をしてきたのは、神族ゴラゴスであった。

 猛然と殴りかかってくるその巨人は最初に、一番目立っていた男――すなわち双禁術師である廉造へと狙いを定めていた。


『塵芥が――!』

「テメェらはオレら人間を舐めすぎだぜ」


 ゴラゴスの動きは今までの巨人に比べても遅い。廉造は三人から距離を取って、ゴラゴスを引きつける。

 一対一の戦場に持ち込んだのだ。


「その傲慢な鼻っ柱を、へし折ってやらァ」


 廉造は拳を固め、闘気を十分に高めて待ち構える。彼の体からは黄金の粒子が放散された。煌気ブレイブである。


『打ち砕く――』

「ウゼェ」


 思いきり拳を引いて、そうして高高度から打ち下ろされる神の鉄槌。

 山のように巨大な拳に、廉造はひるまず己の拳を合わせた。

 巨人と男の拳が真っ向から衝突し、――次元が裂けるような衝撃が走る。


 腕を跳ね飛ばされたのは廉造のほうであった。


「――ッ」


 廉造の手の甲が割れ、血が噴き出した。思わず衝撃に尻餅をつきそうになり、作り出した尾で地面を叩き、態勢を整える。

 今まで味わったことがないほどの破壊力であった。廉造は驚愕に目を見開いた。


 ゴラゴスは次撃を放とうとしている。

 踏みとどまった廉造は思いきり歯を食いしばった。

 ――自分が負けるはずがない。今度こそ叩きのめしてやる。


 再び拳を握り固めて殴りかかる廉造。

 双方の二発目が衝突し、さらに空間が凄まじい神エネルギーの余波によって歪む。

 だが――。

 またしても廉造は打ち負けた。後方に吹き飛ばされる。


「テメェ――」


 翻り、バク転をしながら大地に着地する廉造。そこに影が落ちる。追撃の叩きつけだ。

 荒野に思いきりめり込む拳。隕石が落ちたように舞い上がる土砂。

 しかし後方に飛びのいていた廉造は、直撃を免れていた。

 口の中に入った土をツバごと吐きながら、その腕を駆け上る。


「しゃらくせェ!」


 黄金闘気の尾を引きながら、廉造は巨人の二の腕からその顔面へと、跳ぶ。

 引き絞った腕はその瞬間、グンと一回りほど太さを増した。同時、拳に竜鱗が生えてくる。

 半身を竜化させた廉造は、渾身の力でその剛拳を叩きつける。


「くたばれやァ!」


 今度こそ届いた。凄まじいまでの一打に、ゴラゴスの体がゆっくりと傾げる。巨人は後方へと崩れ落ちてゆく。

 追撃のため、廉造が背中から竜翼を生やした次の瞬間だった。


 ゴラゴスの肩口が裂けた。真っ赤な蒸気が噴き出す。

 目を見張る廉造。鮮血のような煙は一瞬にして形を作る。それは腕。二本の腕と化したのだ。


「――なッ」

『塵芥が――』


 廉造はふたつの手のひらに挟まれた。

 まさしく蚊を潰すように、廉造の体がぐしゃりと潰されたのである――。


 神族ゴラゴスは勝利を確信しただろう。

 あれほどの巨体に押し潰されて、生きていられるはずがない。

 ゴラゴスは虫けらを払うように、その手のひらをゆっくりと開いた。


 が。


『――ヨシ公! よくやったァ!』


 その手のひらから飛び出してきたのは、潰された人間の死体ではなく、一匹の黒竜であった。

 寸前で慶喜の唱出した障壁がゴラゴスの一打のダメージを和らげたのだ。


 体長を爆発的に巨大化させた魔人竜廉造は、そのままゴラゴスへとのしかかる。

 今度は彼がゴラゴスを押し潰す番であった。


『死ねェ!』

『――小癪な――』


 両手両足、それに尻尾まで使ってゴラゴスを拘束しながら、廉造はブレスを吐く態勢へと移行する。

 しかし、下になって抵抗を続けるゴラゴスの膂力は、廉造の想像を遥かに上回るものであった。


『クソが――!』


 肩から生えた二本の腕に顔面を殴打されながらも、廉造はその口からブレスを吐き散らす。

 それでもゴラゴスの抵抗は少しも弱まることはなく、ついに廉造はひっくり返された。逆にマウントを取られ、その首を掴まれる。


『塵芥が――。我らにかなうとでも思うたか――!』


 絞め殺すなどでは飽き足らず、竜の頭部を無理やり引きちぎるつもりだ。


 だが廉造はその巨体を――獣術を解くことによって――瞬間的に縮め、ゴラゴスの拘束を抜け出した。

 廉造は大きく距離を取り、ゴラゴスを睨みつける。


 彼は肩で大きく息をついていた。


「クソが」

『どうした塵芥――! 風に吹かれて漂うことしかできぬか――!』

「――舐めやがってよォ!」


 廉造の目に黒い炎が宿る。

 その男の闘気は、少しも揺らいではいなかった。




 緋山愁は腕を組む。自分の相手はどうやら、あの細身の巨人のようである。

 あの神族ベリガスは恐らく知恵が回るのだろう。要塞で誰が人間族を率いて戦っていたかを、見極めていたのだ。


『まずはお前から根絶やしてやろう――』

「悪いけれど、もう二度と負ける気はないんでね」


 その巨人がこちらにやってくるのを見上げ、愁は背中から三対のフラゲルム・デイを射出した。辺りを魔力のフィールドによって覆うことで、その中を自由に動かすことができる遠距離魔具だ。


 魔爪と呼ばれるその砲台は、合計六つ。すべてが愁の思い通りに動く。

 神族の外殻を貫く光のレーザーを放つことができるそれら砲台は、空を引き裂きながら巨人へと迫った。


 愁のコントロール下にあるフラゲルム・デイは複雑な動作を可能とする。そのため、それらすべての軌道を見切るのは至難の業だ。

 巨人の手前で急速転回した砲台は、その巨体を取り囲むようにして飛び回る。次々と放たれるレーザーは、神族ベリガスをその場に釘づけにした。


 同時に、愁は両手から魔法を放つ。

 空中から迫るフラゲルム・デイの多角的な砲撃と、本命の光の鞭による斬撃。二種類の同時遠距離攻撃だ。

 手加減する気など毛頭ない。この場で巨人を解体してやろう。


 要塞の全軍を指揮する能力を持つ愁にとって、これらの魔法と魔具は彼の能力を完全に引き出すことができるものだった。


「追い詰められた人間の恐ろしさを味わうがいい」


 愁の命令とともに、フラゲルム・デイは巨人に向けて一斉に砲撃を開始した。

 六つの飛翔砲台から次々と放たれるレーザーは、まるで光のシャワー。それは恐ろしくも、美しき光景であった。


 愁の勝利は決定的だ。これが神族を狩るために喚び出された男の真の力である。

 神族はまるで観念したかのように立ち尽くしている。


『――残念だが、そうはならぬ』


 赤い光が瞬いた。

 その途端だ。


 ベリガスの巨体がまるで蜃気楼のように掻き消えた。


「――!?」


 愁は思わず目を見開いた。

 フラゲルム・デイと光の魔法を完璧に操ることができる愁ですら、見えなかった。なにが起きたのか、わからなかった。

 獲物を見失ったフラゲルム・デイはその場を飛び回る。光の鞭もまた、大蛇のように波打ちながらこちらへと戻ってきて。


 愁は風を感じた。


 振り返る暇もなかった。愁は右手の魔法を根元からちぎると、もう一度魔法を――今度は地面に向けて――突き出した。

 そこを起点に身を翻す。棒高跳びのように愁の体は高々と跳び上がった。上下さかさまの視界で、愁はベリガスが背後に出現していたのを悟った。


 叩きつけられた拳によって砂塵が舞い上がり、それで視界が覆いつくされる。

 ベリガスは感情もなくこちらを見据えていた。


「……そういうことか」


 愁は十分に距離を取って、引き戻してきたフラゲルム・デイを再び放った。

 だがまたしてもベリガスは避けた。

 愁の死角に出現し、拳を叩きつけてくる。

 今度は用心をしていたため、愁もたやすく避けることができた。


 二度のやり取りで、愁は得心する。


「……先ほどの一撃は虚をつかれた。だが今度は見極めたよ」


 後方へと距離を取り、愁はベリガスを指差す。


「影も残さぬ高速移動ならば、その一瞬で僕を倒せばいい。人間を侮っていたとしても、そうすることができなかったと考える方が自然だ」


 フラゲルム・デイを自分へと引き戻しながら、その時間稼ぎの意味も込めて愁は語る。


「よって君の『極術』は瞬間移動。それもごく短い距離であることが推測される。わかってしまえば、恐るるに足りない」

『それを知ったところで――』


 ベリガスは忽然と掻き消えた。

 あの巨体が瞬きの間にいなくなり、そして死角から愁を襲う――。


 背後ではなく、上空。

 拳を打ち下ろしてくるその巨体に、愁は回避行動を取った。

 前方へと身を投げ出す愁。しかし巨人の落下速度が愁の回避速度を上回る。

 愁の背を、ベリガスが強かに打った。


 人間をたやすく肉塊へと変える巨人の剛腕が、愁を真横に吹き飛ばす。


「――くっ」


 愁の顔が歪む。自分の体はあの化け物たち(いさぎとれんぞう)ほど丈夫ではないというのに。

 跳ね飛ばされて、愁は地面を転がる。


 立ち上がったそのとき、全身は砂まみれで、そして左腕からは血がしたたり落ちていた。

 寸前で光の糸を編み、クッションのようにして打撃を受け止めたとはいえ、すべてのダメージを吸収できたわけではない。

 愁は端正な顔をしかめて、大きなため息をついた。


「君は少々面倒だ。僕には向かない相手だね」


 だがそこに悲観の色は微塵もなかった。




 イサギとグレリスの戦いは、辺りに被害をまき散らしていた。

 先ほどレーヴァティンを防ごうとしてみせたように、グレリスは極術の使い手だ。

 グレリスは細かな光弾を散弾のように数多くばらまく技を用いてきた。


真煌気翼翔ブレイヴウィング・ジョーカー!」


 空中を飛び回るイサギを撃ち落とそうと、大小さまざまな光弾を放つ。

 イサギはそれらを切り払い、あるいは避けていた。


 近づこうとするも、グレリスが張った極術障壁は巨大だ。

 渾身の剣撃を叩きつければその極術を破潰することはできる。だが、間合いに入ろうとすると代わりの光弾が飛んでくるのだ。


「エクスカリバー・ジョーカー!」


 イサギは剣に宿した光で相殺する。

 グレリスとイサギの両者の間で光弾と剣閃が衝突――赤い光が宙に弾ける。


 ガードをこじ開けるつもりで、イサギは再びクラウソラスに光を集める。

 グレリスも同様に、極術を両手にまとわせた。


『小癪な真似を――!』

「エクスカリバー・レイン・ジョーカー!」


 イサギは剣閃を雨のように放つ。

 だが相手も負けてはいない。それらをことごとく撃墜する。


 グレリスが吼えた。


『虫けらが――』


 イサギは宙に浮かびながら、クラウソラスを両手に持ち、天へと掲げている。その刃にはこれまで以上の光が宿っていた。

 渦巻く闘気を束ね、そして叩きつける。


「エクスカリバー・ボルテックス・ジョーカー!」

『――滅せよ!』


 グレリスもまた、その両手から光の塊を放射した。


 ひときわ巨大な極術と闘気の刃が激突した。

 強烈な神エネルギーの余波が、辺り一面を真紅に塗り潰す。地上に降り注いだ破壊の光によって、荒野の大地からは次々と小規模な爆発が巻き起こった。

 ふたりの力はまたしても相殺された。


破術ラストリゾートさえ効けば、話は早いんだがな……」

『虫けらが、堕ちろォ――!』


 しかし相手のほうが遠距離攻撃は上手であった。

 間髪入れずに放たれた極術。イサギの闘気はまだ剣に集まっていない。


「センチネル・ジョーカー!」


 法術など、一瞬で破られる。

 あの小さな光弾の一発一発が神の力だということを忘れてはならない。


 寸前でかわすと、金色の翼が引きちぎられた。きりもみしながら地面へと落下してゆくイサギは、地面に衝突する寸前にその右腕で地面を叩いて衝撃を和らげた。


 あの神族グレリスが放つ極術のバリアとエネルギー弾のコンビネーションによって、イサギは相手に近づくことができない。

 空中からでも、地上からでもだ。

 ここまでイサギの接近を拒むというのは、神族グレリスが恐らくは近接戦闘を得意としないタイプであることが想像できる。

 しかし、剣の間合いはまだまだ遠い。



 いつしかイサギと廉造と愁は、背中合わせに三方を向いて立っていた。

 それぞれ、元の位置――慶喜のいた場所まで押し込まれたのだ。


 状況は優位とは言えなかった。


「やってられねえな」

「あァ」

「そうだね」


 廉造も愁も肩で息をついている。イサギもまた、少し闘気を使いすぎたのか、呼吸が苦しそうだ。


 巨人たちはこちらを見て嘲笑っている。


『何度来ても同じことだ――』

『塵芥は土に還るがよい』

『この程度の力か、虫けらよ』


 イサギが愁を見ると、彼はうなずいた。


「だってよ、愁」

「どちらが虫けらか、見せてやろうじゃないか」


 愁はその場で立案する。


「そのためには慶喜くん、君の力が必要だ」

「ファッ!?」




 慶喜は法術を唱えた。

 それは光を吸収する障壁を張り巡らせるものだ。直径約一キロに渡り創りだされたドーム型の結界は、三体の神族と自分たちを闇で覆い尽くす。


『無意味な真似を――!』


 要塞のような四本の腕を持つ巨人が突っ込んでくる。

 ゴラゴスが叫んだ通り、彼ら神族は感覚器を視覚のみに頼っているわけではない。サーモグラフィのように相手の魔力総量を視ることができるのだ。

 ならば辺りを暗闇に包んだところで、ほとんど意味はない。


 すぐにゴラゴスはひとつの影を見つけ出した。

 闇の中光る、ふたつの赤い光点がそこにはゆらりと浮かんでいる。


 人間にしては化け物のような魔力を持つ者だが、しかしそれだけだ。

 すぐにでもひねりつぶしてやろうと四本の腕をしならせ、叩きつける。


『何度来たところで、同じことよ! 塵芥が――』


 ――と、その直後、突き出した彼の腕は斬り裂かれた。


 地面に落ち、瞬く間に魔力の塊となって霧散してゆくゴラゴスの腕。

 一瞬で四本の腕が斬り落とされたのだ。相手はほとんど視界が見えていないはずなのに。


 闇から現れたのは、黒髪の男。

 その手には白銀の神剣を持っている――。


『貴様――。だが塵芥がいくら集まったところで――』

「エクスカリバー・ボルテックス・ジョーカー」


 放たれた光の剣閃によって、巨人の肩口が吹き飛んだ。

 闇に赤い雨を降らせながら、ゴラゴスは目を見開く。


『な――』

「なるほど、こいつは図体がデカいだけのやつか」


 イサギのクラウソラスに、再び金色の光が集まってゆく。

 ゴラゴスがさらに一歩を踏み出したところで、イサギは逆手に構えたその剣を振り切った。


「散れ。――エクスカリバー・エクスプロージョン・ジョーカー」


 ゴラゴスの頭部に突き刺さった剣閃は次の瞬間、爆発した。

 真っ赤な光をまき散らしながら、ゴラゴスの存在は無へと還ってゆく。接敵からわずか十八秒のことであった。



 ゴラゴスがイサギによって打倒された。その時を同じくして。

 ベリガスは瞬間移動を駆使しながら、闇の中を滑るように駆けていた。


 すぐにベリガスはひとりの人影を見つけ出す。似たような魔力総量を秘めていることから、恐らくは先ほどの男だろうと推測した。

 だが、それが誰であろうとかまうまい。いずれは全員殺すことに変わりはない。ベリガスはその男の背後へと瞬間移動し、そして死角から同じように拳を叩きつける。『魔族』相手ならばこれだけで十分だ。


 ぐちゃりとした感触が――伝わってこない。

 まるで巨岩を叩いたように、その男は微動だにしなかった。


「捕まえたぜ、雑魚が」

『貴様は――』


 ベリガスの巨大な拳が、その場から少しも動けない。まるであの傲慢な兵長、ゴラゴスに掴まれているかのようだ。

 自分以外の魔力生命体と接触していては、転移ができない。

 忌々しさが胸中を締める。ベリガスは生まれて初めて、『魔族』相手に本気を発揮することにした。

 こんな矮小な魔族相手に自らの全力を出さなければならないとは、気分が悪い。それでも、王の命令は絶対なのだから――。


 ――次の瞬間、ベリガスの腕は根本から引きちぎられた。

 子どもが大人に腕相撲で勝負したときのように、凄まじいほどの力の差がそこにはあった。


『なんという力――、なんという――』

「テメェが脆すぎンだろが」


 慌てて転移をしようとしたベリガス。だが、その男は背中から翼を生やし、迫ってきた。

 ベリガスは瞬く間に押し倒される。

 巨体の上に小人のような男が我が物顔でのしかかっているのだ。それはなんとも奇怪な光景であった。


『貴様――。魔族風情が、貴様――』

「ガンガンうるせェンだよ、頭ン中に響く」


 廉造。その真っ赤な眼が闇の中、輝く。

 彼は拳を掲げる。手の中に金色の光が宿った。


「死ンどけ」


 叩きつけられた廉造の無慈悲なる鉄槌が、ベリガスの頭を打ち砕く。



 同時にふたりの仲間がやられたことに、まだグレリスは気づいていない。その神族は索敵を続けている最中であった。

 同士打ちも構わず、極術を放ってこの闇ごと魔族を吹き飛ばしてくれようか、そんなことを考え始めていた頃。


 闇の中から現れた一本の光の糸がグレリスの体に巻きついた。

 引きちぎるまでもなく手のひらに集めた神エネルギーを解き放とうとした次の瞬間――。


 闇の中から、光が降り注ぐ。

 フラゲルム・デイの集中砲火である。

 一発一発は大したことのない威力だが、しかし雨のように降り注ぐ。すぐに無視できないほどのダメージが積み重なってゆく。

 神族グレリスは全身を光のレーザーに串刺しにされ、蜂の巣と化した。


『虫けらが――』


 煙の立ちのぼる体をなんとか動かしながら、巨人は吼える。


 闇の奥、赤く光る両眼を持つ男がいた。


「いい加減、その尊大な口調も聞き飽きたね」


 両手から神族グレリスは極術を放つ。光弾はうねりをあげながら辺りの結界法術を蹴散らし、その男へと直進してゆく。

 男は片手を上にあげた。その手のひらから放たれた光の線――が持つクラウソラスレプリカ――が、たったの一撃で極術を斬り裂いた。


 神族グレリスが絶句をしなかったのは、その頭部を束ねられた六爪のフラゲルム・デイの収束レーザーが打ち抜いたからであった。

 しかしそれでもまだ、グレリスは生きていた。


 たまらず、グレリスは己の周囲を極術障壁で覆う。


『虫けらが――、虫けらが――、虫けらが――、虫けらが――、虫けらが――、虫けらが――、虫けらが――、虫けらが――、虫けらが――、虫けらが――、虫けらが――、虫けらが――、虫けらが――、虫けらが――、虫けらが――』


 グレリスは呪詛をまき散らす。

 もしあの男が自分に止めを刺すために近寄ってきたならば、この極術の壁を解き放てばいい。


 これはただの防御ではない。相手に叩きつけることができるものだ。いわば神エネルギーの衝撃波である。

 少なくとも、あの空中を飛び回る蝿のような魔具を破壊することはできる。そこから先はなぶり殺しにしてやろう。


 だが、そのとき、グレリスは足元を見た。


 無限に広がってゆく、魔法陣。

 自己増殖詠出術ワルプルギス


『虫――』


 三体の神族のうちの最後の一体──グレリスは、極術の中で炸裂した設置系爆発魔術をまともに浴び、のけぞった。

 体表が焼き尽くされ、視覚を含めたすべての感覚器が無効化される。なにも見えず、なにも聞こえず、グレリスは天に手を伸ばした。


 王へと救いを求めるように。


『我が、王――』


 そして最初に視覚が再生する。

 先ほどの魔術の爆風によって、闇は晴れていた。

 真っ赤に染まった空が見える。

 うつぶせに倒れながらも天を仰ぐそのグレリスのすぐ近く――、首元には剣を肩に担いだひとりの男が立っていた。


「なんだって? ――この虫けらが」


 愁が己の手で振るった神剣は、グレリスの首を刎ね飛ばした。



 三匹の巨人を打ち倒した英雄たちの姿を、遠く要塞から見届けていたものたちは、歓喜の叫び声をあげた。

 彼らは人族が神族に抗することができるのだと証明をしてくれたのだ。

 これならば、というところだ。


 事実、イサギや廉造、慶喜もそう思っていた。

 あとは残りの神族を始末すれば、世界には平和が戻る。


 ただひとり、愁だけが気づいていた。

 西からやってくるその人影に。


 巨人に囲まれた、小さき男であった。

 右手に女の髪を持ち、引きずっている。


 彼を一見したところの印象は、ただの青年だ。

 髪はわずかに長く、目を覆い隠す。

 痩せていて、法衣のような黒い布をまとっている。

 神族の中に立ち、それでも襲われていない。

 だが、それだけの印象だ。


 事実は違う。

 その男が右手に掴んでいる女は、銀髪赤肌の娘。

 すなわち、ルナ。

 意識を失ったようにぐったりとしている。


「……」


 愁が思わず走り出そうとするのを、その肩を掴んでイサギが止めた。


 この場に立つ、神エネルギーを内包した男たちは皆、わかっているのだ。

 現れたその男が、どれほどの力を持つのか。

 廉造も慶喜も、硬直している。

 この身に刻まれた禁術が、怯えるようにうずいているのだ。


 男は左手に一本の杖を握っていた。

 女神の杖、ミストルティンである。ルナから奪ったものであろう。


「――ついに現れたか」


 愁はうめくようにつぶやいた。

 その声にはただならぬ感情が込められていた。

 愁の視線はルナに釘づけられている。爆発しそうな感情を紙一重で押さえつけている。そんな雰囲気であった。


 現れた男は辺りの惨状に何の興味もないような目をしながら、わずかに首を傾げた。

 神族の群れを背に立ち、男は乱暴にルナをその場に放り投げる。


 そして、顎に手を当てた。


「ずいぶんと激しい抵抗を受けていたと思ったら、そういうことか。ルナトリスの導いた者たちだな」


 なんの変哲もない、普通の青年の声である。

 町で聞けば、振り向くものはどこにもいないような。

 ただ、それが不気味でならなかった。


 慶喜が叫ぶ。


「な、なんなんすか、あんたは!」


 誰もが固唾を飲んで見守る中、男は感情のない瞳でこちらを眺める。

 彼は慶喜の誰何に応え、肉声でつぶやいた。


「獣に理解ができるとは思えないが、ただで滅びるのも哀しいか。ならば名乗ってやろう」


 その名を――。




「俺は神族の王。――アルバリススだ」







 

 次回更新日:9月18日(金)21時。


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