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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:Final 永遠の愛を
166/176

14-4 ひとりの魔王は此処に在り

 4日目の戦いは、明け方に始まった。

 ――西より現れたのは、4体の巨人。


 修復に全力を注ぐリアファルの防衛機能は、死にかけている。

 ここでさらに攻撃を食らうか、あるいは踏みとどまることができるかが、分水嶺であるように思えた。


 このような危機的状況下。

 指揮官をバハムルギュスから引き継いだ獣王レ・ダリスは、自ら軍を率いて打って出た。


 荒れ果てた大地を200人のピリル族が縦横無尽に駆け巡る。

 速度は凄まじいが、一撃一撃は軽い彼らが巨人に致命傷を与えるのは難しいだろう――そんな悲観的な他種族からの予想は一瞬で覆された。

 確かにピリル族の攻撃力は、ドラゴン族の繰り出す爆砕槍には及ばない。 だがそれをカバーするのは狩りによって培われた戦術であった。


 鉄縄はピリル族が狩りに用いる道具だ。それを複数束ね、両端を持った獣が駆け回り、巨人の足を巻きつける。ほんのわずかであるが、巨人は身動きが取れなくなり、その動きが止まる。

 引きちぎられるまでの数秒の時間さえあれば、ピリル族にとっては十分であった。一斉に飛びかかり、無数の連撃を叩き込む。

 200人のピリル族は、田畑を荒らし尽くすイナゴのように巨人を蹂躙した。


 その後、最初に3体の巨人が現れ、それを撃退した後、5体の巨人が現れた。

 これらを冒険者とドラゴン族とピリル族の混合部隊は退けた。

 被害はこれまでに比べて極めて小規模であった。


 だが、攻勢に回った彼らの守りを担当した人物がいたことを、忘れてはならないだろう。

 その男は、小野寺慶喜。

 魔族国連邦の現魔王であり『極大法術師』だ。


 慶喜の法術は戦いの中でさらに洗練されていった。

 今では単騎で巨人一匹を封じることができるほどに、彼らの特性を理解し、高度に成長を遂げた。


 だが代わりに、その男の魔力は一戦ごとに底をついた。

 洗練されたコードはおびただしい魔力と引き換えの力だ。

 魔力を使い果てて気絶するということはすなわち、代償として魂を捧げ、魔世界の力へと変換していることに他ならない。


 ここにバハムルギュスが生き残っていたのならば、慶喜を止めただろう。

 封術は禁術である。常人には及ばぬ魔力が手に入る力だ。しかし、男はそれ以上の魔力を欲し、操っていた。それはまともな所業ではない。

 その業の深さに気づくものはしかし、この場には残っていなかった。



 端的に言うならば。


 ――小野寺慶喜は命を削っていた。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 朝もやの中、慶喜は目を覚ました。

 いつの間に眠っていたのだろう。

 時間の感覚があいまいだ。

 ひょっとしたら、今は朝ではなく、夕方なのかもしれない。

 いや、どっちだろう。頭がまともに働いていなかった。


 なんだか、懐かしい匂いがする。慶喜は柔らかな枕に頭を預けていた。


 地平線の先から巨人が現れた幻影にずっと悩まされていて、まどろんでいたはずだった。だったらここはまだ城塞の上だろう。

 なのに、今は妙に心安らいだ気持ちでいた。

 なぜだろう。もう自分は死んでしまったのか?


 そんな気持ちでゆっくりと身を起こす。

 慶喜は目をこすると、そこに微笑みを見た。


「――まだまだ寝ていてもいいんですよ、ヨシノブさま」


 泣きそうな顔で微笑んでいるロリシアが、そこにいた。

 柔らかい枕は彼女の膝枕だったようだ。


 慶喜は改めて目をこすり、辺りを見回した。

 草木も生えない荒野が眼下には広がっている。振り返れば、無機質な石材の城塞があった。


 ここが星型第三要塞リアファルであることを確認して、慶喜はようやくため息をついた。


「そうか、ぼく死んじゃったのか」

「縁起でもないこと言わないでください」


 間髪入れず、ロリシアの叱責が飛んできた。



 五日目になろうかという頃であった。


 巨人と一進一退の激闘を繰り広げ、そして魂の枯れ果てた竜王バハムルギュスの死体。

 全身に傷を負ったまま荒野に立ち尽くしていたその亡骸は、彼の部下によって火葬されていた。

 よって、荒野には抉れた大地以外、もう、なにもない。


 意識を現実に引き戻すためには、多少の時間がかかった。

 目覚めてから五分ほど経っただろうか。慶喜は城壁の上に座り、彼方を見つめ続けていた。


 その隣には、旅装のロリシアがいた。

 寒そうに口元までフードを持ち上げ、そして慶喜の指先をしっかりと握りしめている。


「爆砕槍の輸送団に一緒に乗せてもらって、来てしまいました」

「キャスチ先生には……」

「言っていません。許可ももらっていません」

「ですよねー」


 実質的な魔王妃が王都ダイナスシティを離れてしまうというデメリットのことを考えようとしたが、しかし慶喜の頭にはなにも思いつかなかった。

 ただ、変わらずにロリシアの顔をもう一度見ることができた。そのことがたまらなく嬉しかった。


 あらゆる人が振り返るほどに美しいわけではない。それでも自分にとっては、とても大切な少女だ。


 慶喜はゆっくりと拳を握る。

 うん、とうなずいた。


「ありがとう、ロリシアちゃん。来てくれて、ありがとう」

「……」


 ふたりはまるで世界にふたりきりしかいないかのように、寄り添っていた。

 毛布をかぶり、朝焼けの向こうを見つめていた。


「おかげで、ちょっと眠れた。きょうもできるかぎりがんばるよ」


 慶喜の鼻筋を、ふいにロリシアが撫でた。

 くすぐったいようなむずがゆいような感覚に襲われ、慶喜は焦った。周りの人の目を気にしている余裕はなく、うろたえながら横を向いた。


「え、な、なに?」

「ヨシノブさま、気づいていないんですか」

「え? え?」


 さらに焦る。


 なにをだろう。なにを言われるんだろう。

 ここ三日間、ろくに湯浴みもできていないことだろうか。それなら気づいている。

 他にも考えられるとしたら、本当は逃げ出したい気持ちでいっぱいなことだろうか。

 いや、そんなことロリシアは百も承知だろう。今さら言うまでもない。


 ロリシアは俯き、そして、首を振った。


「――今のヨシノブさま、死相が浮き出ています」

「え?」


 いつものロリシアのちょっとキツめのジョークの中でもだいぶキツいやつかと思って、笑い飛ばそうとしたけれど。

 でも、ロリシアの声は真に迫っていて、慶喜はどんな顔をすればいいのかわからなくなった。


「ごはん、食べていたんですか? ちゃんと眠れていました? 倒れるまで魔力を使ったり、していませんでしたか……?」

「ええっと」


 そういえばここ最近ろくに食事をとった記憶がない。眠れたのだって、今がようやくだ。それも数十分かそこらだろう。

 魔力も、文字通り倒れるほどに使った。


 水の中にいるかのように体は重い。

 親しい人がどんどんと死んでゆき、精神的にも打ちのめされている。

 だが、慶喜はおどけて笑った。


「大丈夫だよ、ぜんぜん平気。ぼくの体、結構頑丈だし。普段がんばっていないんだから、こんなときぐらいがんばらなきゃ」

「ヨシノブさま、たった数日合わなかっただけなのに、人相が変わっちゃうぐらいやつれていますよ」

「あ、そう? まあいいんじゃないかな、極限ダイエット的な感じで」

「白髪だって、こんなに」

「あ、いて」


 ぶちりと髪の毛を抜かれた。確かに白髪だ。若白髪だ。

 でも別にいいじゃないか、銀髪みたいでかっこいいし。

 そう言おうとしたが、言ったら怒られる気がして、慶喜は口をつぐんだ。


 ロリシアは、首を振った。


「ここまでだとは、思いませんでした。わたしなんにも知らなくて、ただの子どもで……わかった気になっていて、これは戦争なんだって」


 十三歳になるロリシアは、喉を震わせる。

 自分の顔色なんかよりも、青い顔で俯くロリシアのことが、慶喜は心配だった。


「ここに来て、ぐるっと要塞の内部を見てきたんです……。たくさんの人が、すごく絶望していました。魔力を使い切った術師さんたちが、たくさん死んでいて、とてもこわかったんです。わたしあんなの、初めて見ました」


 ロリシアは魔族の少女であり、人間族の冒険者に襲われた町の住人の生き残りだ。

 そのとき、ロリシアはまだ幼かった。だから、直接の戦争を覚えてはいないだろう。現場の惨状を目の当たりにするのは、今が初めてのようなものだ。


 ロリシアは怯えていた。


「でも、もっと怖かったのは、ヨシノブさまがその人たちとおんなじ顔をしているんです。今にも倒れそうで、意識を失いそうで……」

「そんなにひどいかなあ」


 自分ではよくわからなかった。

 感覚が麻痺しているだけなのだろうか。

 巨人との戦いは、一分一秒がとてつもなく長くて、こわくてこわくて、ずっとずっと歯を噛み締めながら戦い続けていた。

 何度も何度も何度も何度ももうだめだと思った。それでもまだ生きている。生きていたけれど、なにかが壊れてしまったのかもしれない。


 ふたり、しばらく黙っていた。


 いつ巨人が姿を現すかわからない。だからこの時が何物にも代えがたい貴重なものだと知っていたはずなのに。慶喜はなにも言えなかった。


 そんなとき、ロリシアが口を開いた。

 いつものように生真面目で、幼さを取り繕うような仏頂面だった。


「よし、ヨシノブさま。きょうだけは許します。――逃げましょう」

「……え?」


 思わず聞き返す。

 ロリシアは目をつむり、人差し指を立てた。


「ヨシノブさまには逃げ癖がついていますもんね。嫌な授業だとか、剣術の稽古だとか、そういうのから逃げてばっかりでした。ですから、今回もそうです。逃げてしまいましょう。大丈夫です、わたし公認です。怒ったりしませんから」

「えっと……」


 冗談のような言葉を、ロリシアは語り続ける。


「もし誰かに見つかっても、一緒に謝ってあげますから。暗黒大陸に帰りましょう。メドレサさまが帰りをお待ちしております。大丈夫です、赤い巨人はきっと海を渡れません。ですから、魔族国連邦に帰りましょう。ダイナスシティに戻る必要はありませんよね。ではこのまま行きましょう」

「いや、さすがにそれは」


 慶喜は慌てて首を振った。

 本気で言っているわけではないだろうけれど、このまま連れ帰られそうな勢いだった。自分の弱さを試しているのだろうか。


 だが断ると、ロリシアは途端に不機嫌な目つきになって、慶喜を睨んできた。

 それでも彼女は、出来の悪い生徒に教える教師のように、辛抱強く。


「なんですか、ヨシノブさま。いえ、わかっていますよ、ヨシノブさまの言いそうなことぐらい。後ろめたいんですよね。わたしにカッコいいことを言った手前、引っ込みがつかないんでしょう。でも、いいですよ。今までさんざんヨシノブさまの情けないところは見てきましたからね。ずっと、ずっとそばにいたんですよ、わかっています。今さらです。初めてヨシノブさまが召喚されたときから、ずっと、ずっとわたしはヨシノブさまのことを、誰よりも知っていますから」

「でも、逃げられないよ」

「なんでですか」


 ロリシアの無感情な声に、慶喜は首を振った。


 別にかっこいいことを言いたいわけじゃない。わざわざ彼女の前で、かっこつけたいわけじゃない。

 だが、ここで逃げたら、一生後悔しながら生きてしまうだろう。

 やっぱり自分はだめな奴で、どうしようもない奴で、そんな自分を二度と好きにはなれないだろう。


 だから、だめだ。


「いろんな人ががんばっているんだ。ぼくだけ逃げられない」

「でも、いつも逃げてきたじゃないですか」

「だからこそ、今回だけは逃げられないよ。こんなときに逃げちゃダメだって、ぼくだってわかるよ。だから、ごめんね。今回ばかりは、ロリシアちゃんの言うことに従えないよ」


 怒らせてしまったかな、と慶喜は思った。

 生意気なことを言ってしまった。ずいぶんと偉そうだ。こんなぼくなんかが。


 ロリシアが叫ぶ。


「――なんでですか!」


 やはり怒らせてしまった。


 だが。

 彼女の様子を見て、慶喜は言葉を失った。


 ロリシアはその大きな瞳から、ぽろぽろと涙をこぼしていた。


「だって、いつも言っているじゃないですか。ヨシノブさまは無理しないって、無茶しないって。身のほどをわきまえているから、危なくなったらすぐ逃げるって……。なのに、なんでそんな、むりしているんですか……、かっこつけて、そんなのヨシノブさまらしくないです……ぜんぜん……」

「ロリシアちゃん……」


 ロリシアは堰を切ったように泣き出した。


「ヨシノブさまに、死んでほしくないんです。いやなんです、いきていてほしいんです」


 彼女の涙は久しぶりだったから、それだけで慶喜の腹の中のなにかがじんわりと熱く込み上げる。


 ましてや、自分のために泣いてくれるなんて、いつぶりだろう。

 夕焼け空の上、ドラゴンの背に乗って、一緒に生きていこうとふたりで誓い合ったあの日以来だろうか。

 喜びも悲しみも分かち合いながら生きよう、と。


 子どものように泣きじゃくるロリシアは、まだ十三歳の女の子だ。

 隣人の死に怯える、幼い子どものようだった。


 大粒の涙をこぼすロリシアは、慶喜の手を両手で握り締める。


「こんなにボロボロになって……、もう無理ですよ、ヨシノブさま……」

「うん、まあ、自分でもがらじゃないかな、とは思っているよ」

「あんなに弱虫なヨシノブさまが……。ね、暗黒大陸にかえりましょう……? 一緒にかえりましょうよ……」

「それはどうかなあ……」


 今ここにある命を確かめるように、ロリシアは慶喜の手を一生懸命にさする。


「いやなんです、わたし、ヨシノブさまが死んじゃうのが……。本当はにげてほしくなんてない、最後までたたかってほしいけれど、でも、死んでほしくないんです……」


 こんなロリシアを初めて見た。

 慶喜はなにも言えなくなって、生唾を飲み込む。


 どうすれば彼女を落ち着かせることができるだろうか。

 そんなことを考えて、でも、無理だとすぐに諦めた。

 慶喜はいつだってなにかを上手にできたことなんてない。

 だったら、結局は心からの言葉を告げるしかない。


「ねえ、ロリシアちゃん、すべての戦いが終わって、神族を退治したらさ」


 慶喜は息を吸った。


 涙をこぼす彼女が、こちらを見る。

 目が合った。

 なんて綺麗な少女なんだろうと思った。

 だから、告げた。


「――結婚しよう」



 ロリシアは目をぱちぱちとしていた。

 一体なにをいわれたのか、わからないとでもいうように。


 そのとまどいの意味を、慶喜は見間違った。たった数秒の間も耐え切れず、さらに言葉を重ねた。


「い、いや、別に、今急に思い立ったからだとか、フラグを立てたくてとかじゃなくて、その」

「ヨシノブさま」

「はっ、はい」


 ロリシアは鼻をすすりながら、じっと慶喜を見つめている。それはまるで糾弾するような目だった。

 やっぱりだめだったんだろうか。なにか間違っていただろうか。そんなことを繰り返し考える慶喜に、ロリシアが言ったのは意外な言葉だった。


「……わたしで、いいんですか……?」


 え? と思わず聞き返した。

 彼女は涙でぼろぼろになりながら、いつまでも慶喜を見つめている。


「だってわたし、まだ子どもですし、顔だってそんなによくないし、頭だって……。魔王さまの妃になるのに、出自だって平民で、魔力だって大したことなくて、できることなんてぜんぜん……」

「えっ、えっ」


 遠まわしに断られているのだろうか、と思った。

 だが、違うようだ。ロリシアは慶喜の胸にすがりついた。

 上目づかいに、彼の顔を見上げる。


「ヨシノブさまのことが大好きなのに、素直になれないし、生意気で、可愛くないし! どうして、こんなわたしがいいんですか、ヨシノブさま! ヨシノブさまが選べば、どんな女の子だってよりどりみどりなのに! どうして!」

「えっ、あっ、あのー」


 こんなときにも自分は気が利かない。

 抱き締めて、優しい言葉でもかけてあげられればよかったのだけど。


 慶喜は頭をかいて、それでも精いっぱいに。


「ひ、一目ぼれだった、から……」


 ああ、そうだ。

 もしかしたら、自分は、ロリシアにたったの一度も言っていなかったかもしれない。


 アルバリススに来たばかりの頃。

 この世界に召喚されて、憧れていたような異世界召喚とは全然違っていて。


 そんなとき、優しくしてもらったのだ。

 魔王城にいた頃、メイドだったロリシアに、優しくしてもらって。それがなによりも嬉しくて。

 彼女にとってはただの職務だったかもしれない。

 でも、慶喜はロリシアのことが好きになったのだ。


「一目ぼれって、わたしとヨシノブさまが会ったのって、魔王城だったじゃないですか……。わたし、もっとちっちゃい頃で……」

「う、うん」

「それで、だから、全然……」


 はたと気づいたように。

 ロリシアは指先で涙を拭いながら、微笑みを浮かべた。


「……そうでした、ヨシノブさまは、ふつうの人とは違うんですよね」

「うん」

「こんな、年端もいかないこどもにののしられて悦ぶ、へんたいだったんでしたね」

「はい」


 うなずくより他ない。

 だけど、ロリシアが笑ってくれたのが嬉しくて、嬉しくて。

 慶喜もなんだか泣きそうになって。

 どうしようもないぐらいの緊張の嵐の中、頬をひきつらせながら。


「ロリシアちゃん、一生大事にします。だから、お願いします。ぼくと結婚してください」


 頭を下げた。


 顔をあげて、彼女の様子をうかがう。

 はっとして口元を押さえたロリシアの顔が、徐々に崩れてゆく。

 先ほど収まったばかりの涙が、再びロリシアの目の端から零れ落ちた。

 ロリシアは口元を震わせながら、静かにこくりとうなずく。

 そして泣きながら、慶喜の彼の首にかじりついた。


「わかりました。だから、ぜったいに、ぜったいにしんじゃだめですよ……」

「うん」


 死ねない。

 慶喜は改めて強く思った。

 死ねるはずがない。

 絶対に、生きよう、と。


「そうしたらきっと、わたしがヨシノブさまを、幸せにしてあげますから、ね……」

「あれっ!?」


 慶喜の人生、初めての告白は終わる。


 ――そして運命の五日目が始まる。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 ロリシアは結局、要塞にとどまった。

 もし最期の時が来るとしても、慶喜のそばにいたい。そう言うロリシアはまるで見違えるように綺麗だった。


 彼女は自分のことを謙遜していたけれど、慶喜はロリシアを世界で一番美しい女の子だと思う。

 ロリシア以上に美しい女性を、慶喜は見たことがなかった。たぶんこれからもずっと、一生そう思い続けるだろう。

 口に出してなんて、とても言えなかったけれど。


 五日目の一日は神様がふたりに時間を与えてくれたかのように、穏やかに始まった。

 朝の日差しの中、慶喜とロリシアはいろんなことを話した。


 これまでのこと、そしてこれからのこと。

 初めて出会った日のことから、今に至り、そして未来のこと。

 たくさんのことを話して、笑い合った。


 ロリシアはそれでも心配そうに慶喜の体調を気遣って、眠るように促したのだけど、慶喜はそうはしなかった。

 ずっと話していたかった。

 この日の終わりがどうなろうとも、後悔のないようにしたかったのだ。



 太陽が頂点に上った頃。

 一匹の巨人が姿を現した。


 ゆっくりと地面に足を突き立てながら迫ってくる化け物。

 それは幾度となく人間族を脅かした、あの赤肌の巨人である。

 だが、星型第三要塞リアファルで想像を絶するような地獄を味わってきた人族の皆は、すぐに気づく。


 なにか、あの巨人の発する気配が異質であることを。

 今までのものとは、生き物としての格が違うのだということを。


 なによりも、その巨人の体長が今までのものより二回りほど大きかった。

 二回りだ。慶喜の法術も通用はしないだろう。ゾッとする。


 だが、見えている姿はたった一体。

 ならば、一体だけならば。


 各位がそれぞれ配置につく。

 戦いの火ぶたは、間もなく切って落とされる。そのような空白のとき。


 声が。


『――――――――――――』


 城壁にのぼり、巨人を見据えていた手練れの戦士たちも思わず目を見開き、あるいは耳を押さえてうずくまった。

 人々の脳髄を突き刺すような声であった。


 誰もが耳を塞いだ。破裂しそうなほどに脈動する心臓を押さえ、唸り声をあげた。それでもノイズを締め出すことはできなかった。


 その声、鼓膜ではなく直接、身に響く。

 まるで、魂に語り掛けているかのように――。


『無駄なことだ。お前たちの死は決定づけられている』


 慶喜は目を剥いた。


 隣に立つロリシアもまた、耳元を押さえながら似たような顔をしている。自分だけに聞こえた幻聴ではなかったようだ。

 この声の持ち主は誰か。言うまでもない。こちらを悠然と眺めながら停止している巨人が放ったものだ。


 異常事態に城内から姿を現したのは、ドラゴン族やピリル族の精鋭たちだ。その中には大青竜将軍リバイアムネと、獣王レ・ダリスの姿もあった。


「今まで、知能があるようには見えなかったけれど……?」

「至極。奇なり……!」


 あの化け物が人語を介するなど、歴戦の猛者たちでさえ度胆を抜かれるような出来事であった。

 赤い粘土を積み上げたような巨人は、片手をあげ、さらに声を放った。


『我らの身体はもはや固着した。魔族よ、抵抗は無駄である』


 それがどういうことか、わかるものはこの場にはいなかった。

 だが、慶喜の脳裏にひらめくものがある。それは『魔族』という呼称だ。


 シルベニアが言っていた。かつてこの世界は神族と魔族に別れて戦争をしていたのだ。だから、魔族というのは自分たち魔族国連邦の者だけではなく、ドラゴン族やピリル族、人間族やエルフ族など、神族以外の総称なのだと。

 それはいわば、世界が神族と魔族という二つの勢力に分かれて戦っていた頃の名残だ。

 今では人間族などの種族を含めて『魔族』と呼ぶ者はいない。

 神話の時代に取り残された遺物でもない限りは――。


 ――ならば、この巨人こそが神族か。

 ついにこの大地に、神族が現れたのか。


『絶望するのだ』


 なぜ神族がリリアノによって起動した召喚魔法陣『リーンカーネイション』による初めての降臨から、人類に最後通牒するまで、ここまでの時間をかけたのか。

 それを慶喜たちは知ることはない。その答えは、器とその身体が馴染むのを待っていたからなのであった。


 それでも、相手はたったひとりだ。

 いかに知能がある相手だとしても、その身体が通常よりも二回りは大きかったとしても、一匹だけなら御すのは不可能ではないだろう。


 慶喜は折れそうな心を奮い立たせ、巨人を見据える。

 天に突くほどの神族はだが、『魔族』の戦意など無意味であるかのように、ただ宣告した。


『魔族と、すべての小癪な魔法陣を破壊するために、我らはやってきた。もはや異界族の助けはない。我が名はグレリス。小さき者よ、絶望するのだ――』


 偉大なる神はそう告げ、両手を広げた。


 赤い腕の向こうに広がる地平線。

 見渡す限りにの荒野に、巨人がいた。確認できるだけでも100は下るまい。

 かつて神族と魔族が争い合っていた黄金時代の再来だ。

 人々はその肉体と魂に刻まれた戦いの記憶を思い出す。

 自分たちが彼ら神族に蹂躙されてきた過去を。

 先祖が為すすべもなくただひたすらに蹴散らされてきた本能の恐怖を喚起させられ――。



 ――その日、人類は絶望した。




 神族グレリスはゆっくりと歩を進めてくる。そのたびに大地が震えた。

 巨人の背後を埋め尽くす神々の群れはまるで津波のようで、すべての人が飲み込まれるのも時間の問題であろう。

 星型第三要塞リアファルなど、大波の前の小石に等しい。


 神族が鉄火の如き意志を振りかざし、『魔族』を打倒せしめんと襲い掛かってきた。

 その事実は、立ち向かおうとした人々の心を抉った。


「勝てるわけがない……」


 城郭を守護する誰かがつぶやく。全人類の想いを代弁するかのように。

 折れた心にできることなど、なにひとつあるまい。


 ドラゴン族にもピリル族にも打つ手はなかった。

 あの大量の巨人に効果的な攻撃などない。


 要塞に配備されていた神殺衆たちさえも、このスラオシャ大陸を沈める以外に彼らを倒す方法などないのではないだろうかと、そう思った。


 だが――。


 慶喜は城壁の上に立ち、ひとり法術を展開した。

 それは人々の心を守る力だ。

 神族から与えられる滅びを拒絶するかのように、障壁は大地に線を刻んで輝いた。


 魔力のオーロラが荒野を分かつ。


「ヨシノブさま!」


 ロリシアが叫ぶ。まるで彼の正気を問うように。


 だが慶喜は静かに首を振った。

 自らの行動がおかしいことぐらい、わかっている。

 たったひとりでなにができる。


「それでも!」


 叫ぶ。


「バハムルギュスさんは、ここを守って死んだんすよ! ここが突破されたら、ダイナスシティが落ちるんす! だったら、ぼくたちにできるのは時間稼ぎだけでしょう!」


 これまでずっと寡黙に戦いを続けてきた魔王の叫びに、辺りの男たちもまた、彼を仰ぎ見る。

 固い決意を見せる魔王の両眼は、赤く染まっていた。


「ぼくに相手を倒すことはできないけれど! でも、一秒でも長く時間を稼がなきゃ! そしたら!」


 そうしたら。

 どうなるというのだ。

 人類が滅亡するまでの時間が一秒伸びるだけか。


 いや、違う。

 違うのだ。

 希望はある。

 彼の胸に、あるだろう。


「来てくれるかもしれないって、先輩がここに!」


 慶喜が吼えた。

 ただひとり運命に立ち向かうその男は、このアルバリススでも最強の法術使いだったはず。

 なのに彼は今、渦潮に飲み込まれそうな小舟も同然だ。


 無情にも神族グレリスはもうそこまでやってきている。慶喜はあの拳を一撃でも防ぎ切ることができるのか?

 ――できるかどうかじゃない。やらなきゃだめなんだ。


『愚かなり、魔族』

「ぼくは愚かだとしても!」


 眼前に迫る神族グレリス。

 神はゆっくりと振り上げた腕を叩き下ろしてくる。

 狙いは正面の城壁だ。


 五日間、誰もが魂を燃やし尽くして守り続けてきた要塞の壁を破壊させてたまるものか。

 慶喜は渾身の力で法術を紡いだ。


「この愚かさで助かる命があるのなら――!」


 叫びは衝撃。魔世界の世界に七色に輝く美しき障壁が出現する。

 信じられないほどの密度、強度だ。

 これが世界最高峰の術師の描くコードである。


 神族の拳と真っ向から衝突した障壁は、虹色の光を発した。

 まるで奇跡のように光り輝き、人々の顔を照らす。

 ――神の繰り出した一打を、障壁は跳ね返した。


 神族グレリスは右腕を後ろに跳ね飛ばされ、一歩後ずさりした。

 人類は神に立ち向かえる。そのことを証明するかのように、障壁は滅びの定めを拒絶したのだ。


 だが、神族グレリスが再び踏み込んできた次の瞬間。

 二撃目の拳が障壁を砕いた。


 拳がかすったそれだけで、防壁は一部分が破壊された。それはまさしく慶喜の立っていた場所であった。


「ヨシノブさま!」


 法術に集中していた慶喜は、足元を砕かれて宙に舞う。その体へと、ロリシアが石床を渡りながら抱きついた。

 慶喜の表情に伴侶を失う恐怖が浮かぶ。


「ロリシアちゃん、だめだよ!」

「死ぬなら、わたしも一緒に! 喜びも悲しみも分かち合うんだって、そう誓ったんですから――!」


 誓いに殉死しようと慶喜の胸に顔をうずめるロリシアが叫ぶ。

 その小さな温もりを抱き締め返し、男は喉を震わせた。

 最期のときにすべてを投げ打って自分とともに逝こうとするロリシアの愛とそのいじらしさに、慶喜は臓腑をかき回されるような痛みを味わう。


 彼女と誓ったのは、ふたりで幸せになるためだ。

 共に生き続けるためだ。


 その願いがこのような形で果たされていいはずがない。

 諦めたくないんだ。

 ――生涯、大事にすると誓ったこの子を、こんなところで死なせないでくれ。

 自分は――どうなっても構わないから。


 神族グレリスは両手を組み合わせ、大上段に振りかぶっていた。

 落下する慶喜とロリシアに影が落ちる。


『絶望せよ』


 その拳は、











 空を切った。






 落下感が浮遊感に変わったことに、慶喜は気づいた。

 目を開くと、自分の体に必死に抱きつくロリシアが見えた。

 強く目を瞑っていた彼女もまた、異変に気づく。


 パッとロリシアは目を開いた。

 神族グレリスが眼下に見えた。要塞もまた、同じように足元にそびえている。

 ここは空だ。


 視線を転じれば、水平線の向こうまで広がる大地は空を真っ赤な曇天に覆われながらも、いまだ美しかった。

 いったいなにが起きたのだろうと、ロリシアは目を見開きながらも慶喜にしがみつく。


 かつて誓い合ったあの日と同じように――。

 ――ふたりは竜の背に乗っていた。


「これは……?」


 慶喜とロリシア、ふたりは重なり合う声を発する。

 彼らを乗せた黒竜は翻りながらゆっくりと城塞へと舞い戻ってゆく。


 それは完全なる竜ではなく。

 翼を生やしたひとりの男であった。


「――ヨシ公、ずいぶんと頑張ってンじゃねェか」



 偉丈夫。強靭な筋肉の鎧をまとう彼は、背中から漆黒の翼を広げていた。

 その両腕には鱗が生えており、頭からは二本の角が伸びている。

 まるで人間族とドラゴン族の合の子のようなその姿だ。


「まさか……」

「レンゾウ、さま……?」


 獣術と封術、異なるふたつの禁術を所持する魔人。


「あァ」


 足利廉造。その男であった。



 神族グレリスをも嘲笑うように悠々と空を駆るその姿は、美しかった。まるで人族に誇りと尊厳を取り戻させるかのように。

 背中から翼を生やしたその異形は、人間族でもドラゴン族でもない。

 だというのに、その姿を仰ぎ見た双方から歓声があがった。


 最初に気づいたのは、荒野に飛び出さんとしていた神殺衆の面々であった。

 姿かたちは変わっていても、その男が自分たちの敬愛する『頭領』だとすぐにわかったのだ。

 城郭に待機していたドラゴン族もまた、彼が元地竜将レンゾウであると覚えていた。

 槍を掲げ、そのたったひとりの援軍を心から歓迎した。


 要塞に詰めていた戦士の声が重なり合い、リアファルを震わせるほどに響き合う。

 一匹の黒竜は、まさしく人々に希望を与える存在であった。



 廉造はゆっくりと城壁に舞い戻ってゆく。

 まだ破壊されていなかった箇所に下ろされた慶喜とロリシアは、地面に着地しながらその名を呼んだ。


「レンゾウさま……」

「廉造先輩、どうしてここに……!?」


 廉造が慶喜たちを降ろしたのは、大森林ミストラルを正面に据えた城壁。いわば最前線である。

 リバイアムネやレ・ダリス他、精鋭たちに取り囲まれながら、廉造は髪をかく。


「どうしてもこうしてもねェよ。すンげェ数だな、オイ」


 ばさりと羽ばたきながら宙に浮かび、廉造はうなった。

 しかし、慶喜も含め――その場にいる誰もが驚愕した。廉造の声色には一切の悲観的な感情が込められていなかったのである。

 ただ面倒だ、という思いがにじんでいた。


「あれをひとりでクリムゾンの前で食い止めるのは、さすがに手が足りねェな」

「えっ……?」

「危うくブッ壊されるところだったンだよ」

「えっえっ」


 動転する慶喜の代わりに、ロリシアが尋ねた。


「王城に神族が現れたんですか!?」

「まァな。そいつは神殺衆とオレが始末した。だが、これだけの数が来たら守り切れねェ」


 廉造は腕組みをしながらうなる。


「クリムゾンが潰されたら、元の世界に帰る手段がなくなっちまうからな。今までやってきたことがすべて無駄になっちまう。そいつァ許せねェさ。だから、――手を貸すぜ」

「あ、ああ、そういう……。いやもう、なんでもいいっすよ! 廉造先輩が来てくれるんだったら!」

「よくねェよ」


 歓喜に震える慶喜は両手を突き上げた。

 その興奮が伝播したかのように、ロリシアもまた――あろうことか廉造に抱きついた!


「レンゾウさま、ありがとうございます……!」

「おうよ」


 廉造は口元を歪めながら、ロリシアを片手で抱き留めた。

 そのふたりの仲睦まじい光景を見て、慶喜は「ああああああああ」とうめきながら口に手を当てた。


 なぜ、いつの間に、どこでそんな関係に、どうしてふたりがそんなに親しげに。

 さまざまな言葉が頭を駆け巡り、慶喜は歯ぎしりをした。


「……ンだよテメェ、その目は」

「べっつにぃいい!」


 慶喜の声に込められた感情に気づいたロリシアは、きょとんと瞬きを繰り返す。

 そして己の行動を顧みて、廉造からすぐに離れた。

 ロリシアはあからさまに不機嫌そうな目をしていた慶喜を見て、嬉しそうにくすりと笑う。

 それはともかくとして。


 慶喜を仕留めそこなった神族グレリスは、この地に希望を与えた存在が何者であるかを正しく理解しているようだった。

 城壁の一辺の端を砕いた巨人は、他の何者にも目もくれず。

 地響きを立てながら、ここ――城塞の中央に向かってきた。


 接近はあとわずか。慶喜は慌てながら、そのひときわ巨大な神族を指差す。


「この要塞が突破されたら、ダイナスシティがやばいんすよ!」

「だから来たっつてンだよ」


 廉造は地上に降り立ち、首を鳴らす。

 人食い虎が昼寝から目覚めたかのように、彼のまとう雰囲気が変わった。

 その場のドラゴン族やピリル族の戦士が武器を構え出し、これから起きるであろう事態を察したロリシアがわずかに距離を取った。



「テメェが大将か、デカブツ」


 神族グレリスはなにも言わず、ただ稀有なものを見るかのように廉造を見下ろしていた。

 廉造は拳を固め、巨人を睨みつける。


「別に恨みはねェが、今さらだな」


 そう、今さらのことだ。

 廉造はもとより、恨みで相手をぶちのめしたことなど、ほとんどない。

 ただ己の目的のために戦い続けてきた。

 今だってそうだ。


 廉造の全身に刻まれた刺青――封術の証に、赤い線が走った。


「邪魔するやつァ、ぶちのめす」

『愚かなり、魔族よ!』


 絶対的強者と強者の闘気が膨れ上がる。


 廉造と神族グレリス。そのふたりの戦いに立ち入れる者はどこにもいないだろう。

 もはや次元が違う。その場に居合わせた者たちでは――たとえ獣王レ・ダリスであっても――、双方の力量を推し量ることすらできなかった。

 できることはただ勝利を信じること。

 そして、その後に待つであろうあの100体を超える神族との戦いのために、己の牙を研ぎ澄ますことだ。


 戦いが始まる。

 先に動いたのは、神族グレリス。


 右腕を振り上げる神族グレリスの腕に、光が宿った。

 ここに及んで新たなる技を繰り出すのかと、誰もが身構える。

 しかし、――グレリスもまた驚愕の雰囲気を漂わせている。


 繭のように右腕を包み込む光は、荒野の一カ所から伸びていた。

 そこにはなにもないように見えた。

 しかし違う。白い影がひとつある。

 遠方に並ぶ神族に比べればあまりにも小さく、塵のように頼りない存在。


 ひとりの男がいた。


 ギルドの制服を身にまとう、優男だ。

 優美に伸ばした右手から光は伸びている。

 長身痩躯。毅然と神族を見上げる眼差しは、赤く輝いていた。


 幽鬼のようにゆらりと現れた彼は、風に吹かれて飛ばされそうな姿で、あの神族の右腕を繋ぎ止めていた。

 目を凝らせば、更なる事実が明らかになる。

 おぞましいほどの魔力が空間を歪め、陽炎を立ちのぼらせる。それは信じがたいことに、この場に現れた廉造に勝るとも劣らない魔力総量であった。


 優男の口走った言葉は、伝令が叫ばなければ届かないほどの距離であるはずなのに、誰の耳に届く。


「たかが神族の一兵卒が、ずいぶんと偉そうにしているじゃないか」


 勇猛と正義を司る冒険者の王にして、法の守護者。

 このアルバリススにおいて今、誰よりも名高き男――。


 ――ギルドマスター、緋山愁だ。



 荒野に待機していたピリル族と冒険者の混合中隊が、まず緋山愁の正体に気づいた。気づいて彼らは、雄叫びをあげた。

 我らがギルドマスターの登場を喜ぶ声は地上から要塞へと伝わり、やがて巨大な波のようにうねりをあげて広がった。


 ついにギルドマスターがこの地にやってきた。

 朗報は一瞬でリアファル内を駆け抜ける。

 それは神族と交戦を続けてきた猛者だけではなく、要塞を陰ながら支えた裏方――軍需品を管理していた者たちだとか、備蓄兵糧の運用、要塞の補修、夜間警備を続けていた騎士たちにこそ届いた。


 愁の戦術眼と人心を掌握する能力は、ダイナスシティに住んでいる者であれば誰もが知っている。リアファルに配属された騎士たちは、そのほとんどがダイナスシティ近辺の生まれだ。

 要塞は内側から轟く。それはまるでこの巨大な建造物に息吹が宿ったかのようだった。



 そして今、愁の魔法は手のひらから伸び、神族グレリスの右腕を完全に拘束していた。

 振りほどこうともがく神族グレリスの、その間隙を足利廉造が突く。


 廉造は床を蹴り、城塞から跳んだ。

 巨人のあまりにも分厚い腹に、引いた拳を打ち込む。


「――うらあァ!」


 腕撃と同時に火球が放たれた。それは右手から放たれるドラゴン族のブレスだ。

 大火球は神族の腹で炸裂。荒野に漆黒の火の粉をまき散らす。


 衝撃と火力の同時攻撃により、神族グレリスは大きくのけぞった。

 巨人が自由に動く左腕一本で廉造を叩き潰そうとしたところで、今度は愁が動いた。


「目障りだな」


 愁が魔力を込めると同時、神族グレリスの右腕を捕縛していた光が太陽の輝きを発する。

 次の瞬間、神族の巨体は宙に浮かんでいた。

 愁はタクトを振る指揮者のように魔法を操り、そして高々と神族グレリスを放り投げたのだ。

 たった一本、繋いだ光の線で、山のような神族の巨体を――。


 もはや歓声すらも起きなかった。誰もが愁の御業を茫然と見送っていた。

 これが奇跡でなければなんだというのか。


 神族グレリスは立ち並ぶ神族の前に落下した。

 およそダイナスシティにまで響き渡ったのではないかというほどの震動が辺りを猛烈に揺らした。

 一瞬にして巻き上がった土砂を背に、愁は悠々と髪をかきあげた。



 愁が城壁に光の線を巻きつけ、廉造や慶喜たちの元に上ったそのとき。

 土煙の向こうから、忌々しげな言葉が届く。


『我らが力を操る者どもよ。身の程を知るがいい』


 まるでお前たちの攻撃など、児戯に等しいのだと主張するような声。

 愁は振り返り、涼やかな目を土煙の奥の神族に向ける。


「それは君だ、神族よ」


 一歩も引かず、愁は堂々と言い返した。

 アルバリススの守護者足らんと願う男の自負が、そこにはにじんでいた。


「この大陸はもはや魔族のものだ。お前たちの立ち入る場所はないさ」

「――愁サン!」


 誰よりも早く、慶喜は彼の元に駆け寄った。

 愁は軽く両手をあげる。


「やあ、よくここまでがんばってきたね、慶喜くん。まさかまだ生きているとは思わなかったよ」

「はっはっは、意外にしぶといんすよぼく」

「そうだね、君は大した男だよ」

「い、いやあ……はっはっ、は」


 真正面から褒められた慶喜は、ぽかんとした。

 愁の様子が今までとは違う。腹の奥底に抱えていた闇を晴らしたように、愁の目は透き通っていた。

 艶やかな美貌がさらに増したような気もする。

 慶喜は照れたように笑いながら、後頭部に手を当てた。


 そこに廉造が来る。


「生きていやがったか、愁」

「泥をすすりながら、なんとかね」


 廉造と愁。

 そういえばふたりが最後に別れたのは戦いの最中だったと、慶喜は思い出す。

 視線を交錯させた彼らの間に、不穏な空気が流れる。

 まさかこの期に及んで仲たがいを続けるつもりだろうか。

 慶喜がハラハラしながらふたりの動向を見守る前、


 廉造は遠慮のない言葉を放った。


「女にフラれてピーピー泣き喚いていた男じゃねェか。そんなやつが戦えンのか、あァ?」

「相変わらず言うね、キミは」


 愁は苦笑し、斜め下に視線を転じた。

 ため息とともに、はき出す。


「どうかな、わからない」


 愁の言葉はいつもと違って、自信の欠片もないようなものだった。

 心配そうに慶喜は彼を見る。


「えっと、大丈夫なんすか……?」

「できるとは言わないよ」


 しかしそこで愁は、なにかを取り繕うようにではなく、妄執を振り切るように笑った。


「でも、まあ、やるさ。彼女が生きていると信じて。今できることはこれぐらいしか、ないからね」


 愁は軽く拳を掲げた。


「目的は合致しているんだ。まずはあいつらをぶちのめそうじゃないか、廉造くん」


 廉造はじっと愁の目を見据えている。

 ふたりの視線が再び交錯する。だがそこにもはや、不穏な雰囲気はなく。


「……足手まといになるんじゃねェぞ」

「ああ、善処するさ」


 ふたりは拳を小さく打ちつけた。

 その光景を見た慶喜は、感極まったように拍手をする。


 廉造と愁は気まずそうに目を逸らした。

 けれど、ふたりの見つめるものは、同じくひとつ――神族グレリスであった。



『お前たちの小ささを今、知らしめてやろう――』


 槌煙が晴れた頃、神族グレリスは両腕を掲げた。

 そのときだ。後方に待機していた神族たちが進軍を始めた。

 あれほどの量が押し寄せてくれば、リアファルはひとたまりもない。


 廉造は舌打ちをして、慶喜は青くなった。

 だが愁はこうなることを予想していたのだろうか、動じていない。


「使うなら持ってきてあげたよ」


 愁はいつの間にか手のひらから二本の光の鎖を伸ばしていた。

 荒野に伸びた光を引き寄せた先には、コンテナがくくりつけられている。

 女性をエスコートするかのような指使いで、ふたつのコンテナは音もなく城壁の上――愁たちのすぐそばに下ろされた。


「……あ?」


 眉をひそめる廉造。しかし彼はそのコンテナに見覚えがあった。

 数か月前、自らが持ち出したギルド本部の刻印が刻まれていたのだ。


 愁が手のひらから魔法を打ち出す。目にも留まらぬ光が、片方のコンテナを斬り裂いた。

 すると皮が剥けるように四方が開いて、中身が明らかになった。


 紫色の光を発する魔具。――魔鎧オハンである。


「……修復したのかよ」

「まあ、ようやくね。手ひどく壊されていたけれど、多額の資金を投じて急がせたよ」

「ケッ」


 愁はにっこりと笑った。

 コケにされたままでは終わらず皮肉を返す愁の強かさに、廉造は舌打ちする。


「ま、本来の人間では使いこなせないものだが、同化術を用いて魂の内圧を倍化させた君の助けにはなるだろう」

「は、ありがたくいただくよ」


 二腕二足から形成されるオハン。それぞれのパーツを掴み、廉造は一カ所ずつ装着してゆく。

 右腕、左腕、右足、左足。

 ドラゴン族と同化したことによって体型も大きく変わっているはずなのに、オハンは廉造の体によく馴染んだ。


 不気味な紫色に光を放つオハンに身を包んだ廉造は、耐久性を確かめるように両手を思いきり打ち合わす。

 硬質的な音が響き渡る中、オハンは傷ひとつつかなかった。


「修復したというのは本当らしいな」

「僕がこんなときに奸計を仕掛けるとでも思っていたのかい?」

「知らねェよ、ンなこたァ」


 廉造は獰猛にうなる。


「となれば、あの神族を片付けちまうか」

「そうだね、バカデカい図体で、邪魔だしね」


 人族の士気は回復した。

 これから戦いが始まるのだ。


 だが、神族の数は百を超える。

 一斉にこちらに迫ってくる巨人たちは、まさしく世界の終わりを象徴していた。


 華々しく登場した廉造と愁であったが、結局はふたりきり。

 たったふたりの助けが現れたに過ぎない。

 8体の巨人を押し返すことすら精いっぱいであったリアファルにとって、残り92体をたったふたりで分かつというのか。

 人々がその事実に気づいたとき、再び要塞は絶望に包まれるだろう。



 巨人の列が進軍を続ける。

 ――その向こう側から、一台の馬車が駆けてくるのが見えた。

 それだけならば、逃げ延びた難民の乗った馬車であると断定するのが、妥当だろう。

 しかし様子がおかしい。


 馬車は勇敢であった。


 西から東へと、まるで大地を斬り裂くように。

 歩を進める神族などいないものであるかのように、まっすぐに要塞へと。


 廉造と愁は眉をひそめる。


「神族の間をすり抜けてきてやがる……?」

「いや、僕には神族が道を開けているように見えるな……」


 馬車は暴走とも言えるような速度で、猛然と要塞に向かってくる。


「……いや、まてよ……」


 愁は目を細めた。

 その馬車に心当たりがあったのだ。しかし、まさかという気持ちもあった。

 彼女たちは死に、彼もまた犬死を遂げた。そのはずだった。


 だが。


 馬車の上に人影があった。

 黒いマントで全身を覆い、屋根の上で身を屈めている男だ。

 黒髪黒目。左目に眼帯をつけた、細身の若い男であった。


 馬車はついに神族グレリスの足元をすり抜けて走る。

 あの神族の中を突っ切ることができるほどに馬はたくましく。

 それ以上に御者の腕がよかった。手綱を握っているのは、赤髪の女性だ。


 それが初代ギルドマスター・バリーズドの娘、アマーリエであることに気づいたものは多くいた。

 しかし、黒髪黒目の男が何者であるか知っている者は、ほとんどいなかった。


 ざわめきは続く。

 アマーリエの連れてきた彼が何者であるか、誰もわからないのだ。

 人間族の騎士も、冒険者も、ピリル族も、ドラゴン族も、魔族も、ほとんどのものが彼を知らない。


 希望を背負って現れた廉造や、栄光を胸に現れた愁とはまるで違う。


 だが、誰もが彼を知っている――。

 ――世界中のすべての人々が、彼を知っているはずだ。


 帰ってきたのだ。

 彼は、旅立った三人の女性を救い、そして最愛の女性を救い、ここに帰ってきた。


 神族グレリスは目の前を走る馬車を掴もうと手を伸ばした。

 その巨体には似合わず俊敏な動きだ。

 赤い手のひらはテーブルの上の埃を払うように振り下ろされる。


 ――しかし、白刃が閃いた。


 屋根の上で片膝を立てていた男が、目にも留まらぬ速さで抜刀し、剣を振ったのだ。

 それに気づけたものは何人いるだろう。

 神族グレリスは焼けた鉄に触れたかの赤子のように、手を引いた。


 神族の進軍に怯えながらも隊列を組む人々は、信じられなかったに違いない。

 本来ならばありえないはずのことだった。

 神族グレリスの腕を、たかが人間族の剣士が傷つけるなど。


 彼は、ただの人間族の剣士ではない。

 ――アルバリスス最強の男なのだ。


 馬車が要塞に近づくと、男は屋根の上から跳んだ。

 それは跳躍というよりも飛翔。

 金色の粒子をまき散らしながら、凄まじく高く飛び上がる。

 そして城壁の上――慶喜たちの前に着地した。


 はためいたマントが一同の視界を一瞬だけ隠し、それを翻す男の顔が――見慣れた眼帯が皆の目に映った。


「待たせたな」


 浅浦いさぎ。

 戻ってきたのだ、彼が。




「記憶が戻ったのかい」

「ああ、世話をかけたな、愁」


 愁を一瞥もせずにイサギはそう言い切った。

 イサギは覚えているのだ。記憶をなくしている間の出来事を。


 思わず肩を竦める愁。ここでバツの悪い表情など浮かべたりはしないのが、彼であった。

 過去も含めて今の己だ。愁は過ちを繰り返しながらでも、前に進むと決めたのだ。


 それにしても、イサギの右腕だ。

 彼の命を繋ぎとめるために魔法陣が埋め込まれていたはずなのに。

 今や真っ赤に染まり、不気味に脈動をしているではないか。

 それは、つまり、もはや――。


「イサくん、その腕」

「問題ない。皆は無事だ」


 イサギは余計な言葉を言わず、ただ静かにうなずく。

 愁でも信じられなかった。


「旅立った三人――アマーリエくんと、リミノさんと、デュテュさんが、かい?」

「当然さ。俺は勇者だからな」

「……驚いたな」


 己の本懐を遂げるために旅立った勇者を見つめ、愁はわずかに口元を緩めた。


 すべてを救うために、己の身を犠牲にして戦い抜いた男。

 これが最後になろうとも――、イサギに悔いはないだろう。


 ならば、愁は思う。自分もそのようにあろう、と。



「イサ、遅かったじゃねェか」

「邪魔が多くてな」


 イサギはマントを口元に引き上げながら、クラウソラスの柄をわずかに親指で押し上げる。


 これまで何度も敵に回った廉造を糾弾するそぶりは、一切なかった。

 彼らには、彼らの間だけに通じる言語がある。

 それはイサギと廉造にしか、わからないかもしれない。

 しかし今、そのふたりの気持ちは通じ合っていた。


 それは人族の危機だからだとか、かつてこの地に召喚された仲間同士だったからだとか、そんなの問題ではない。

 ふたりは互いの目的を信じているのだ。

 廉造はいつだって妹のために戦うし、イサギは人々のために戦うものだから。


 しかしそれでも。イサギは断じた。


「またお前とともに戦えるとは頼もしいさ、廉造」

「……だからテメェは、甘ェンだよ」


 廉造の真意は到底一言で言い表せるようなものではないだろうし、言葉を尽くしたところで伝わるはずもない。


「共闘するのは今だけだ。足手まといになるンじゃねェぞ」

「――誰に言ってんだよ、お前」


 イサギが言うと、廉造はわずかに笑った。

 互いの強さをもっともよく知っているのは、互いなのだから――。


 男たちの間に、それ以上の言葉はいらなかった。



 そして、慶喜がイサギに泣きながら抱きついた。


「うわぁぁぁぁああイサ先輩いいいいいい」


 そこで初めてイサギは毒気を抜かれたような顔で、振り返った。眼帯の奥の目が丸くなっている。

 慶喜は涙を流しながら、彼の背に顔をこすりつけた。


 イサギは渋面を作る。


「お、おう、どうしたお前。バカみたいな顔をしているぞ」

「ひどいいいいいいいいい!」


 泣きじゃくる慶喜は気づいているだろうか。

 この場に集った男たちを引き合わせることができたのは、慶喜がひとりでこの地を守っていたからだということを。


 それはあるいは彼にとっては偶然の産物で、あるいは奇跡のような出来事だったのかもしれない。

 しかし思いを繋げたのは、間違いなく彼であった。

 誰よりも頼りなく、臆病で、無力感にあふれ、保身のためにクローゼットの中で震えていた男が、皆の架け橋となったのだ。


 慶喜がひとりで耐え抜いていたからこそ、男たちは集った。

 皆が慶喜の元に。

 そして今一度、この地に結集したのだ。



 廉造が頭をかく。


「立ち話はあとだ。さっさと終わらせちまおうぜ」

「景観にもよくないしね」

「間違いないな」


 城壁の上に並ぶ三人の男たち。

 あまりにも不思議な光景だ。

 彼らは極大魔晶を奪い合い、殺し合いをしていたはずなのに。

 再びこうして団結し、神族に立ち向かうことができる。

 まるで夢のようだ。


 三人の背中を見つめながら、慶喜の涙はいまだ止まらない。


 それは悲しみの涙ではない。

 安堵だ。

 今、慶喜は心の底から安堵していた。

 数時間前は、もうここで死ぬしかないと絶望していたのに。


 絶望なんて、もう絶対にしない。

 ロリシアと歩む未来が夢のようだなんて思わない。

 全人類の希望が、ここにいる。

 彼らがいるのだから、――負ける気なんて絶対にしない。


 慶喜は思う。自分はこの景色が見たかったのだと。

 イサギと愁と廉造が肩を並べて戦う、そんな物語を待ち望んでいたのだと。

 ずっとずっと昔から。

 あるいは初めて召喚されたあの日から、ずっと期待していたんだ。


 この光景を目に焼き付けようと思っていた、その時。


 ――背中を押された。


「ほら、君もいくんでしょ?」


 いつの間にかそこにいたのは、目が覚めるような美女だった。

 彼女は金色の髪をなびかせて、女神のように微笑む。

 どこかで見た気がするのだが、今は思い出せなかった。この胸の高鳴りは、とうに慶喜のキャパシティをオーバーしてしまっていた。


 女性は――馬車から飛び降り、魔術を使ってここまで登ってきた彼女は――慶喜の額を突いて、ニッコリと笑った。


「がんばってね、男の子」

「はっ、はい!」


 慶喜は一瞬にして心を掴まれた。バカのように彼は何度もうなずく。

 その光景を見て、先ほどまでイサギを見て心から安堵していたロリシアが、頬を膨らませる。


 涙を拭った慶喜もまた、慌てて彼らの後ろにゆこうとして。


「ヨシノブさま」


 ロリシアの声に振り返る。

 彼女はぎゅっと拳を握って、先ほどまでとは違い――慶喜と同じように晴れやかな顔で――微笑んでいた。


「一緒に魔族国連邦に、帰りましょうね。そうしたら、……ちゃんと、結婚式、しましょうね!」


 ロリシアの鼓舞に、慶喜は高揚を隠せない。


 もちろんだ。

 体にへばりついていた疲労なんて、とうに吹き飛んだ。

 この身にはもはや、勇気と希望しかない。


「今度こそ逃げず、堂々と凱旋、っす!」


 慶喜は笑い、そして――その立ち位置を変えた。


 自分は魔王だ。

 極大法術師として、この要塞を五日間守り抜いてきた自負がある。

 今こそ彼らの役に立つことができるという、自信がある。


 だったら。

 後ろではなく、その横に征こう――。



 ――かくしてここに、立ち並ぶ。


 足利廉造。

 緋山愁。

 小野寺慶喜。

 

 そして、復活した勇者――イサギ。



 乾いた風が吹き抜け、四人の髪を揺らす。


 かつて召喚魔法陣フォールダウンによって導かれた四人の魔王。

 あのときの少年はもういない。


 彼らは今、神族と決着をつけるために。

 すべての『魔族』の王――『魔王』として、この地に立つ。



『魔族が何十何百、何千何万、何億何兆集まったところで、変わらぬわ。虫けらどもが、踏み潰してくれよう!』


 神族グレリスの高笑いにも似た叫び声。通常の神族を上回る巨体を持つその化け物を見据え、しかし四人は決して絶望しなかった。

 ――それどころか一笑に付す


「陳腐だな。芸術の文化を磨くことがなかったんじゃないかな」

「上等じゃねェか、噛み砕いてるやンよ。遅れンじゃねェぞ、特にヨシ公な」

「が、がんばりますううう!」



 これより先、神々と人の最後の戦いが始まる。

 永遠に名を刻む、歴史に残りし聖戦だ。


『絶望せよ』

「もうとっくにしているよ」


 白銀の剣を携えた愁が髪をかきあげながら笑う。


『絶望せよ』

「したことなんざねェよ」


 魔鎧オハンを装着した廉造が歯を剥きながら闘気を高めてゆく。


『絶望せよ』

「絶対に嫌っす」


 慶喜は両手に魔術のコードを詠出してゆく。


『絶望せよ』

「――お前がしろ」


 そして――イサギが眼帯を外す。

 四人の真っ赤な目が爛々と光を発していた。


「何兆集まるよりも遥かに強い四人がいるということを、教えてやろう」


 さあ、いこう――。


「俺たちこそが、人類の最後の切り札(ラストリゾート)だ」


 ――決戦が今、始まる。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 勇者イサギの魔王譚

 14-4『すべての魔王は此処に在り』



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





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