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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:2 それは幸せな日々だったと気づかずに
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2-3 元勇者、暗躍する

 

 あくまでもさり気なく、だ。

 中庭で訓練を眺めていたイサギは、やってきた愁に話しかける。

 

「そういえば愁さ。踏み込みの時になんか左足に力が入ってないか?」

「え?」

「いや、なんか見てて思ったんだよな」


 手を打つ。

 白々しくならないように。


「あ、もしかしてサッカーやってたからか?

 前に怪我をしたことがあるから気になっているとか」

「え、うん、確かにずいぶん前に折ったことがあるんだけど……」


 彼はしばらく考え込んでいるようだった。


「イラさんに回り込まれるといつもちょっと対応が遅れるんだよね。

 もしかしたらそのせいなのかも。でもよく気づいたね、イサくん」

「いや、ほら、俺ってずっと見学じゃん?

 だからせめてなにか役に立つことでも言わないとなって思ってさ」

「あはは、なるほど。すごいねイサくん」


 よし、上手くいった。

 内心ガッツポーズを取っていると、愁がこちらを見やる。

 その視線にホンの少しだけドキッとしてしまったが。

 だが、彼はすぐに笑顔を浮かべた。


「岡目八目っていうもんね。自分じゃわからないくせとかがあるのかも。

 他にもなにか気づいたことがあったら、教えてね」

「あ、ああ、任せてくれ」


 どんと胸を叩く。


 その調子で、慶喜やヤンキーにも伝えて歩こう。

 ヤンキーが素直に聞いてくれるとは思わないが。

 まあ、なんとかするしかないだろう。

 イサギはイサギなりに、三人を強くしてゆくのだ。



 


 ところ代わって、こちらはかつて執務室と呼ばれていた部屋だ。


 どことなく校長室に似ているかもしれない、とイサギは思う。

 今はガラクタが手当たり次第押し込められた、物置部屋のようになっているが。

 

 ここには数少ない魔王城に残る書物が眠っている。

 自室に持ち込んでもいいのだが、なんだかもう面倒になったため、訓練が終わった後のイサギはここで過ごしていた。

 部屋にいると心細さを埋めるためにリミノがひっついてくるが、執務室なら『掃除』という仕事を与えることもできるし。

 

 というわけで埃の積もった椅子に座り、イサギは読書を続けている。

 どれもこれも英雄時代の魔族の話で、やはりあまり役に立つ物はなさそうだったが。

 まあ、調べ物というのは得てしてそういうものだろう。

 立入禁止になっていないことから、その重要度はどれも低いようだ。


 それはさておき。

 

「なあ、デュテュ」

「はっ、はいぃぃ?」


 隅っこで同じように読書をしていたデュテュが顔をあげる。

 しかしこの姫さま、暇人である。

 いつもあちこちをうろちょろしているだけなのだ。


 きょうは珍しく本を読んでいると思えば、違った。

 なにやらこの世界のクレヨンのようなものを持って、るんるんと紙にお絵かきをしているようだ。

 幼児だろうか。

 幼児かもしれない。

 もう突っ込むのはやめよう。

 たまたま執務室にいる彼女に、聞いてみる。


「このお城の財務状況ってどうなっているんだ?」

「ざいむじょーきょー……?」


 デュテュが首をかしげる。

 あ、やばい。

 聞く人を間違えた気がする。


 けれど、イラもシルベニアもきっとイサギには教えてくれないだろう。

 それ以下の兵士たちが情報を知っているとも思えない。

 

 言い方を変えて尋ねる。


「えーっと、そうだな。

 まず、この魔王城の食糧事情ってどうなっているんだ?」


 見たところ、誰も第一次産業に従事していないように見える。

 領地すらないのだから、税収も見込めない。

 なのにどこからか物資が届き、毎日温かい食事が運ばれて来るのだ。

 不思議でならなかった。


「ああ、“五魔将会議”ですね」

「五魔将会議」


 反芻する。


(そうか、五魔将か)


 魔王軍の忠臣に、五魔将というものたちがいた。

 彼らは元々は魔族国連邦の君主や王たちだ。

 その中でも特に権力の強かったものが五魔将と呼ばれていた。

 武闘派の五魔将とは、何人か刃を交えたこともあった。

 どいつもこいつも嫌になるぐらいに強かった。


「毎年行われている五魔将会議で、魔王城への予算が割り当てられるんですよぉ」


 えっへんと胸を張るデュテュ。

 イサギは戦慄していた。


「すごいな、デュテュ。そんな難しい事情を知っているだなんて……」

「うふふふぅ」


 嬉しそうに顔をほころばせるデュテュ。

 決して褒めていないのだが。


「兵士やお食事を少しずつ支援していただいている代わりに、

 わたくしたちが盾となって魔族の皆様を守っているのです」

「ははあ」


 なるほど。

 つまりこれは、逆魔族帝国だ。

 本来ならばアンリマンユが治めた魔族国連邦だったが。

 今は魔族国連邦がデュテュら魔王城を治めているのだ。


 その目的は、当然デコイだろう。

 魔王城に住むアンリマンユの娘、デュテュの名は、格好の標的だ。

 しかも守りは、他の城塞都市に比べて手薄ときたものだ。

 冒険者が狙わないはずがない。

 

 しかしデュテュはその役目を、名誉なことだと思っているようだ。

 アホで良かったな、と思う。

 常人だったらこんなことは絶対に引き受けない。


 イラやシルベニアは、貧乏くじを引いたのかもしれない。

 実は、魔王召喚もデュテュではなくその五魔将が決めたことだったのだろうか。

 その可能性は大いにある。


「その五魔将会議っていうのは、今年もやるのか?」

「はい、四ヶ月後ですね」


 四ヶ月というのは、正確には地球の暦とは異なる。

 けれど、イサギはあまり覚える気がないので、大雑把にしか把握していない。

 確か、約120日後ということだ。

 ともあれ、それには参加したほうが良さそうだ。


「でも今年はなんと、魔王さまによる魔帝就任の儀も合同で開催されるのです!」

「へえ」

「それによって魔族は絆を深め、魔王さまの旗印の元、一転攻勢へと打って出るのです!」

「なるほど」


 夢物語だ、とは言えないだろう。

 こちらには禁術使いが三人もいるのだ。


「じゃあ全員が選ばれるわけじゃなくて、あの三人の中の誰かが魔王になるんだな」

「はい!」

「選ばれるのは四ヶ月後、と」

「そういうことですっ」


 嬉しそうにうなずくデュテュ。

 しかしその顔から血の気が引いてゆく。


「でもこのことは、絶対に誰にも言わないでください、ってイラちゃんから口止めをされているんでした」

「えっと」

「特にイサさまにだけは、絶対に言うな、って……」

「お、おう……」


 そりゃそうだ。

 イサギの今の立場はもう、魔王候補でもなんでもない。

 そんなものに内部事情を話しても、ひとつの得もない。


 今の自分はただの異界人で、しかもデュテュに手を付けようとしている怪しい男だ。

 いや、そう思われているだけなのだが。

 イラからはよく思われていないのだけは確かだ。


「怒られちゃいます……」


 ずーんと暗くなるデュテュ。


「イサさまぁ……」


 訴えるような目。

 まるで捨てられた子犬のようだ。


「いや、誰にも言わないから」

「イサさまぁ!」


 顔を輝かせる。

 照明のオンオフのようだ。

 唇を付き出したまま、こちらに抱きついてこようとするデュテュ。


 と、その時。


「デュテュさま! 危ない!」

「にゅわっ!?」


 ぐわしと腰を掴んで、リミノがサキュバス姫を羽交い絞めにする。

 一体どこから現れたのか、という勢いだ。

 いや、ちゃんと扉から入ってきていたのだが。


「あぶなぁぁい!」

「にゅわぁぁぁぁ!」


 で、そのままブン投げた。

 相撲の技にこんなのがあった気がする。

 本棚にしたたかに背中を打ちつけるデュテュ。


「ひあああ!」


 その頭の上にドサドサと本が降ってきた。

 メイド服のリミノは一仕事をしたように額の汗を拭う。


「ふぅ……デュテュさま、本当に危ないところだったよ。

 もう少しでソレがコレしてアレになるところだったんだからね」

「にゅわぁ……?」


 目をくるくると回すデュテュ。

 明らかにイサギとデュテュが抱きつくのを阻止しただけのように思えるが。

 最近のリミノは、ついに主人にすら手を上げるようになってしまったらしい。

 だがそれもデュテュに言わせたら、「リミノちゃんが元気になって嬉しいな~♪」らしい。


 現に今も。


「そ、それはぁ、危ないところを助けていただいてぇ、ありがとうございましゅぅ……」


 ちょろい。

 涙が出てきそうになる。


「それじゃあお兄ちゃん、リミノはまだ仕事があるから、また夜にね」


 小さく手を振って出てゆくリミノ。

 デュテュは痛む頭を押さえながら本を片付け出す。

 なんだか少し考えが逸れてしまったが。

 イサギは天井を仰いだ。


(五魔将会議は四ヶ月後……か)


 誰が魔王になるにせよ、どうやらその辺りがちょうど良い頃合いの気がする。

 

 しばらく役に立たない書物をめくって。

 イサギは決意する。

 旅立つなら、四ヶ月後だな、と。



 


 部屋に戻ったイサギは、一瞬固まってしまった。

 

(え?)

 

 部屋の中央に慶喜がいる。

 だが、彼は床に身を投げ出して、伏せっていた。


 まさか。

 禁術はその名の通り、必ず副作用がある。

 もちろん封術にもだ。

 それがなんなのかはわからないが、ついに来てしまったのだ。

 

 イサギも禁術の使用には細心の注意を払っている。

 三人の中で最も体が弱いであろうメガネが、最初に倒れたのだ。


 シルベニアを呼ぶか?


 いや、まずは容態を確かめてからだ。

 必要があれば、先に治癒術を施さなければ。

 正体を隠している場合ではない。

 

 一瞬の思考を紡いで。

 駆け寄ろうとして、イサギは気づいた。

 

 違う。

 慶喜のアレは、倒れているのではない。

 

 土下座だ。

 

「先輩いぃぃぃぃぃ! お願いがありますぅぅぅぅぅぅぅ!」

  

 彼は顔をあげた。

 その目に宿る輝きは、イサギが初めて見るものだ。

 

 この男は人生において、なにか一大決心をしたのだ。

 そう思わされるような、漢の顔つきだった。

 

「な、なんだよ……」


 一体なにを言うのか。

 イサギはごくりと喉を鳴らした。

 歴戦の勇者が息を呑むような迫力だ。

 この漢は、なにかを覚悟している。


 辺りには魔力が渦巻いている。

 慶喜から溢れでた魔力が、部屋のカーテンを揺らす。

 バサバサと。

 鳥の羽ばたきのような音がする部屋。

 慶喜は告げた。

 

「ぼ、ぼくが……

 ……い、いや、拙者が!

 あるメイドちゃんと仲良くなれるために!

 力を貸してくだされえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 絶叫する慶喜。

 

 しばらく脳が理解を拒んでいた。

 だが、我に返る。


 我に返って。

 イサギは思った。

 

  

 なに言ってんだこいつ。

 

 

イサギ:暗躍する。 

愁:イサギのアドバイスを受け入れる。イケメン。

デュテュ:ちょろい(涙)。

リミノ:主人に手を上げる。


五魔将会議:四ヶ月後に開催予定。


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