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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:13 おかえりなさい、あたしの勇者さま
151/176

13-1 代償

 西から現れた神族は瞬く間に人族を飲み込んでいった。

 ひとつの街が滅び、大地は血で染まった。

 この日、人々は自分たちが圧倒的な弱者であることを思い出す。

 それはかつて彼らが迫害されていた時代の忌むべき記憶だったのかもしれない。

 

 世界は滅亡間近であった。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 夢を見ていた。

 夢の中でこれが夢だとわかったのは、世界の輪郭がぼやけていたからかもしれない。

 あるいはこれほどに幸せなことが、自分の身に起きるはずがないと、無意識の中で核心を得ていたのかもしれない。

 それほどまでに、疲れ切っていたのかもしれない。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 夢の中の自分は、笑っていた。

 自然に、ごく当たり前のように、笑っていられていた。

 他愛のない話をしながら小さな道を歩き続ける。

 昼を少し過ぎたあたりに、自分たちはひとつの村についた。

 平凡でのどかな、戦火を免れた稀有な村だった。


「さ、きょうはここで休も」


 ツインベッドの宿だ。片方のベッドに荷物をおろし、彼女は髪を払った。金色の毛先が揺れて窓から差し込む光に反射してキラキラと輝く。

 身体を逸らせ、彼女は「ううん」とうなった。


「ずっと歩き通しで、警戒を続けていたから、疲れちゃった。ね、キミはゆっくり休みなさいよ?」

「言われなくてもそうするつもりだよ……。いやあ、くたくただ。どこから襲ってくるかわからないってのも、緊張するよな」

「そうだね、索敵に長けた仲間がひとりいたらいいんだけど。なかなかね」


 プレハは肩を回し、その場で柔軟を始める。華奢で折れてしまいそうな体だが、そうしていると女性らしいしなやかさが備わっているのが、確かにわかった。

 細い腰をひねり、瑞々しい体を逸らせると、そのスマートな薄い胸が強調されるようで、イサギは思わず顔を背けた。


「んっ、んっ、ん~~……」


 乙女の悩ましげな声が聞こえてくる。よからぬ想像を頭の中から追い出し、イサギはベッドに腰を掛けた。

 しかし、疲れた。目を閉じると、藪の中から魔物が飛び出してくるよう幻影が浮かぶ。

 それと同じように、プレハの無邪気な微笑みも。


「はー、やっぱり、取ってくればよかったかなあ、滋養強壮のニチガネソウ」

「いくらなんでものんきすぎるだろ。採集の最中に襲われたら目も当てられないぞ……」

「まぁね?」


 ダイナスシティから戦争に使われる以外の目的でほとんど外に出たことがなかったらしい彼女は、近隣に生えている草や木を見るたびに、感動の声をあげていたのだった。

『あっ、あれも図鑑で見たやつ! あれも!』と手を叩いて喜ぶプレハは、イサギの意外そうな視線を感じるやいなや、こほんと咳払いをし、指を立てた。

『えとね……そうだ、この世界に来たばかりの勇者さまに、あたしが説明をいたしましょう。もしおなかが減った時など、あるいは病気になった時などに使える薬草が、たくさんありますがゆえ』

 したり顔で語るプレハに、イサギは『はあ』と生返事を返したものだ。


 ともあれ、プレハは凝り固まった筋肉をほぐすと、改めて声をあげた。


「よっし。それじゃ、あたしは村を巡って必要な雑貨をそろえてくるかな」

「ん」


 イサギが置いたクラウソラスに手を伸ばし、出かける準備をし出すと、プレハは両手を出して押しとどめてきた。


「あ、いいよ、あたしひとりで。イサギは疲れたでしょ? ここで休んでてよ」

「いや……そういうわけにもいかない、だろ?」

「その発言の根拠はなに? いや、待って、当ててみせるから。どうせあれでしょ? あたしが女の子だから、でしょ?」

「……いや、まあ」

 

 図星だ。

 はー、とプレハは大きなため息をつく。


「あのね、勇者さま。旅に出てから十分わかったでしょ? あたしの体力と勇者さまの体力は大体同じです。ていうか、あたしのほうが上回っています。それなのにどうしてそういう気づかいをするの?」

「……えーっと」


 イサギは思わず黙り込む。それはもう、そういう文化で育ったからだ、としか言えない。

 腰に手を当ててこちらを上目づかいに見上げてくるプレハに、イサギは頬をかいた。


「……いや、ほら、別行動って危ないんじゃないか?」

「大丈夫だよ、こんな平和そうな村なんだもの。そんなことを言ったら、トイレまでついてくるつもり?」

「そういうわけじゃないけどさ、もしなにかがあったら」

「はいはい、ここで待ってる待ってる。勇者さまは荷物番お願いね。しっかりと休むのもお仕事のうちですよー? それともなぁに? そんなにあたしと離れ離れになるのが寂しいのー?」

 

 からかうような彼女の口調に、イサギはむっとしてしまう。


「わかったよ。だったらいってこいよ、まったく」

「はーい」


 イサギはベッドに倒れ込んでぶらぶらと手を振る。最初のうちこそ心配していたものの、体は疲労がたまっていたようだ。彼の意識はすぐに沈み込んでいった。

 ――窓から差し込む夕焼けの眩しさに目を開く。そうして部屋を見回したものの、プレハはまだ帰ってきていなかった。



「どこで道草食ってんだよ」


 剣や路銀などの貴重なものだけを持って、イサギは宿を出た。

 農作業から帰る村人たちとすれ違いながら、プレハを探す。

 彼女の美貌と見た目はとにかく目立つ。どうせすぐに見つかるだろうと思っていた。

 実際すぐに見つかった。

 

 プレハは小さな男の子の元にしゃがみ込んでいた。

 そうして指を立てて、なにかを諭している。


「なにやってんだよ」

「あら、イサギ? どうしたの?」

「どうしたじゃねえよ。陽が沈むぞ」

「あ、ホントだわ、もうこんな時間」


 呆れながら声をかけると、プレハは今更気づいたように辺りを見回した。

 それから小学生低学年ぐらいの男の子に告げる。


「ま、そういうわけだからね。ちゃんとお母さんと弟さんたちを守るんだよ?」

「……うん」


 男の子は泣きそうな顔で、下唇を噛み、しかしそれでも大きくうなずいた。

 プレハが細い指先で彼の背中を押すと、男の子は勢いよく走り出す。

「あっ」と思った矢先、彼はべちゃりと転ぶ。だがすぐに起き上がり、再び駆けていった。

 少年のひたむきさに、プレハはなぜだか嬉しそうな顔をしている。


 そんな様子を眺めていたイサギは、首をひねった。


「で、なにをしていたんだ」

「ん。大したことじゃないよ? あの男の子さんの家のお父さんが戦争で亡くなって、それでつらい思いをしているから、ちょっと話を聞いていただけ」

「……どういう話の流れでそんな風になるんだ?」


 プレハは道に落ちていた木の棒を拾い上げると、それを使って虚空に円を描く。


「なんか、目に涙をためながら、一生懸命棒を振り回していたからさ。なにかあったのかな、って。それで声をかけてみたの。そうしたらずいぶんと溜め込んじゃってたみたい。力になれたら良かったんだけど」

「……」


 イサギは頬をかく。


「で、雑貨品は」

「え? あ、そうだった!」


 プレハは木の棒を投げ捨てて、慌てて村の奥へと走ってゆく。イサギはため息をつきながら彼女を追った。しかし小さな商店は、日暮れとともにすでにしまっているようだった。店番の店主も、すでに家へと帰ってしまったのか、もぬけの殻であった。


「わー、やっちゃった」

「お前なあ」


 あれほどひとりで行くと言っていた彼女が仕事を果たせずにいたのだから、イサギは思わず眉根を寄せる。

 きまり悪そうにしているプレハに、イサギは首を振った。


「なにを遊んでんだよ、魔王を討伐する旅の途中だってのに」

「べ、別に、遊んでいたわけじゃないよ?」

「ガキを相手にさ」

「いや、あのね? イサギ」


 プレハはわずかに目を吊り上げ、こちらに指先を振ってくる。


「あたしたちのすることは、魔王討伐です。でも、それってひとりひとりの生活のためだよ。こんな小さな村を守るために、あたしは魔王を倒したいの。そのためにできることがあるなら、あたしは手を貸したい。こういう行ないだって、あたしにとっては延長線上にあるの。どっちも捨てられないの」

「いや、雑貨品をちゃんと仕入れてきていたら、そんな言い訳も通用したんだけどな」

「む、むう……」

「人にはしっかりと休め、休むのも仕事だよ、って言ったくせに」

「う……。ご、ごめんなさい……」


 プレハは素直に謝った。

 それで溜飲が下がったというわけではないが、イサギは肩を竦める。少し意地悪を言いすぎてしまったかもししれない。相手がプレハだと、余計な口を出してしまいがちなのだ。


「まあ、いいさ。きょうは宿で休んで、明日の朝早く買いに行こう。あとは、そうだな。そうしたらお昼ご飯でも調達して旅に出よう」

「はい……」


 ふたりはとぼとぼと宿への道をたどる。

 途中何度も、プレハは振り向いていた。


「あの男の子、大丈夫かなあ……。弟くんをぶって出てきちゃったらしいんだけど、ちゃんと仲直りできるかなあ」

「お前さ……、この村の人、全員を心配しながら旅を続ける気か? いくらなんでも」

「へーきへーき。できるかぎりのことはしたいの。一度しかない人生、後悔したくないもの」

「パンクしちまうぞ」

「うん……しない程度にがんばる。ありがとね?」

「いや、別にいいけどさ」


 星々が地上を照らす。風に揺れる麦がささやき声のような音を立てていた。

 ふたり並んだ帰り道。人間族が滅亡しそうになっているとは思えないほどに、牧歌的な景色だった。


 宿屋の女将はこんなご時世だから、厄介事を持ち込んでくるような旅人を疎ましく思っているのかと思えば、しかし親切にしてくれた。

 イサギとプレハは久々に暖かな食事を取り、日向の香りがするようなベッドで横になった。安らいだ一日であった。


 ――村が魔族帝国軍の襲撃を受けたのは、その夜だった。



 初めての実戦――ではない。

 六度目か、七度目か。その辺りのものだった。


 矢避けの魔法陣が刻まれている外套をまとい、飛び出したイサギは、右手にクラウソラスを握り締めながら状況を確認した。

 火の手があがっているのは、夕方に向かった商店の方角だ。魔族はあちらからやってきたのだろう。


 音もなく隣に着地したプレハと、アイコンタクトで通じ合う。

 向かおう。


 ふたりは旅の最中とは比べ物にならない速度で駆けてゆく。

 つたないながら闘気をまとうことができるイサギと、もともと全般的な戦闘訓練を受けているプレハだ。その速度は風のようだった。


 見つけた。数名の豚面の兵士が、迎撃に出たのであろう村の若い者たちをいたぶっている。イサギは腰を屈めると、跳躍の体勢に入った。

 それを見たプレハが、指先を彼らに向ける。


「忌まわしき者たちよ! 去りなさい!」


 光が転移し、豚面の兵士たちの眼前で弾けた。

 それはほぼ威力のない魔術であったが、しかし効果的だった。兵士たちは若者を放り投げ、両手を振り乱す。


 そこにイサギの剣撃が閃いた。

 熱いバターを斬る程度の感触で、次々と兵士の首を刎ねる。クラウソラスの前には、彼らの身に着けた鎧も闘気の鎧も肉の鎧も等しく無意味だった。


 初陣では相手を前にしても、震えていたイサギであったが。

 命のやり取りを数度重ねれば、それなりの剣士として恰好もつく。

 それだけではない。比較することすら可能となっていた。

 剣に付着した血を振り飛ばし、イサギは死体を見下ろしながらつぶやく。


「こいつら、弱いな。剣技が滅茶苦茶だ」

「正規兵じゃないのかもしれないね」


 プレハは地に伏せた若者たちに、簡単な治癒法術をかけて回っていた。

 勇敢に立ち向かった若者たちへの、たった数十秒の施しだが、それでも彼らの苦痛は幾分かマシになったようだ。

 若者のうちのひとりが、うめきながら村の中心を指す。


「あ、あっちに、本隊が……頼む、いってやってくれ……。お願いだ……、家族を、助けてやってくれ……」


 プレハがなにかを言う前に。

 イサギが胸を張りながら応えた。


「心配はいらない。――俺たちはそのために来た」


 プレハが小さく「まーたかっこつけちゃって」とつぶやいていたのを、イサギは聞こえないふりをしていた。



 プレハの推察通り、彼らは正規兵ではなかった。

 魔族帝国軍の規律についていけなくなり逃亡した、野盗のようなものたちだ。

 命令系統もなく、ただ目の前のものを奪い、蹂躙するだけの獣たち。

 そのような輩が、勇者イサギと魔法師プレハに敵うはずもなかった。


「弾けて、当たれ!」


 プレハが描いた炎の魔術は、流れ星のように弾け飛び、広場にたむろっていた賊の大半を炭へと変える。

 討ち漏らした相手が襲いかかってくるのを、イサギが一匹ずつ処理をしていった。そう、処理だ。経験はイサギの心に余裕を与えていた。


 派手な用心棒――イサギとプレハのことだ――が現れたことを知り、魔族たちは散り散りに逃げ出していった。

 ふたりの消耗はほとんどない。完全な勝利であった。

 だがそれは、ふたりに限ったことである。



 やがて日が昇り始めると、村の被害が明らかになった。

 いくつかの家は焼け落ち、あるいは無残に殺された村人たちがあらわになる。

 人々はイサギとプレハをたたえ、この程度の被害で済んだのは幸運だったと言ってくれたが、泣き崩れる者の姿もあった。


 その中のひとりに、イサギたちは目を奪われた。


 それはあのとき、プレハが勇気づけていた男の子だった。

 彼は亡くなっていた。その遺体を抱きしめて、母親らしき人が泣き濡れていた。その弟もまた、彼に寄り添っていて。

 亡くなった男の子は、その手に小さなナイフを握り締めていた。


 なにを言えばいいかわからず、イサギは小さくつぶやいた。


「……ご家族を、守ろうとしたのかな」

「かもね」


 昼間に話していた少年が死んだことを知りながらも、プレハはあっけなくそう言った。そこには、涙もねぎらいの言葉もない。

 彼女がしたのは、怪我した人たちに治癒法術をかけてゆくことだった。

 イサギはプレハの背を見送る。美貌の仮面をかぶった金髪の乙女は、毅然としていて、傍目にはただの冷徹な人間のように見えた。


「……」


 プレハと別れ、イサギは魔族の兵士の遺体を処分するため、若者たちの手伝いをすることにした。闘気によって強化された彼の力は、労働力としても大きく感謝された。


 村人たちに防衛のアドバイスをしたプレハの話はすぐに終わり。

 その日の朝のうちに、ふたりは旅立った。



 村から離れて、幾ばくかもしないうちに。

 プレハがその場に、しゃがみ込んだ。


 彼女は顔を伏せ、膝を抱えていた。

 その姿は、表情が見えず。

 同じだ。イサギが盗み見た、あの聖堂での傷ついた彼女と。

 イサギはそっと声をかけた。


「……プレハ」

「……」


 彼女はしばらくなにも答えなかった。

 ただ俯いたまま、しゃがみ込んでいた。


 優しい言葉をかけるのも、なにかが違うような気がしていた。

 自分がそうであったように――。彼女もまた、自分の弱さと戦っているのだと、イサギは感じていた。

 だから彼女が心を決めて、再び歩き出そうとするまで、イサギは待ち続けていたのだが。


「……あたし、余計なことしちゃったなあ」


 独り言のようなそのつぶやきには、思わず声が出た。


「あの子が決めたことだろ。お前はなにも悪くない」

「……背中を押したのは、あたしだよ」

「望んで弟と母親を守ったんだ。大したやつだよ」

「誰も死なない未来があったかもしれない」

「……そんなこと」


 言い出せば、キリがない。

 

 こうしてひとひとりの死を飲み込んでしまえる自分は、薄情な人間なのだろうか。

 イサギはそんなことを思ってしまう。


 いつかプレハに話そうと思っていた。あるいは彼女は知っているのかもしれない。

 イサギの両親は、交通事故で亡くなった。だがそのときのタイヤ痕から、彼らは飛び出してきたなにかを避けようとして、そうして事故にあったのだと言われていた。

 それは子供だったのか、あるいは動物だったのかもしれない。

 いまだになにを避けたのかは明らかになっていないが、だがイサギの両親は誰かを助けるために、命を落としたのだ。


 優しくて、強い父親だった。

 毅然としていて、立派な母親だった。

 彼らはいったいなにを守ったのか。

 だが、ひとつだけわかっていることがある。

 ハンドルを切るその瞬間、彼らは残されるであろうイサギのことを、少しも気遣ってはくれなかったのだろう、ということだ。

 

 誰かの命を助けるというのは、簡単な行為ではない。

 このアルバリススにおいて、絶大な力を手にしたイサギですら、いまだにその考えは変わっていない。

 時には犠牲が増えることだってある。イサギの両親のように。


 だというのに、プレハは助けたその命ではなく、こぼしてしまった小さな命を悔やむというのか。

 そんな態度ではいつかきっと、潰れてしまう。

 現実を受け止められない日が来るに違いない。


 俯いたままの小さなプレハの背中から、イサギは目を逸らす。


「お前はそうやって、救えなかった人の命まで、背負いながら歩いていくのか」

「……あたしは」


 イサギの心配をよそに。

 わずか12歳の女の子。――プレハの口調は、落ち着きを取り戻してゆく。

 それはまるで、何度踏まれても立ち上がる草のようだった。


「あたしは後悔したくない。でも、後悔しなかった日なんてなかった。だから、全部背負いながら、歩いていきたい。次こそはもっと上手にやるって、いつだってそう思ってきた。あたしは忘れたくない、たったひとりの死も。犠牲――だなんて、呼びたくない」

「……根を詰めすぎだよ」


 首を振る。

 理想論だ。どうして少女の中に、これほど強い想いが溢れているのか。イサギには理解ができない。

 ただ、ただ、眩しかった。


「戦争で死んでいい人なんて、ひとりもいないから。あたしがもっと強ければ、世界の誰もを救えるというなら、あたしはもっともっと強くなる。どんな人だって、どんな悲しみだって、救えるように……。強くなりたい。だから」


 プレハは立ち上がった。少年のように手の甲で目をこすり、そうして振り返ってくるその彼女の瞳は、透き通るようなスカイブルー。

 わずかに腫れたその目は、イサギが戸惑うほどに強い意志をたたえていた。


「ごめんなさい、勇者さま。余計な時間を取らせちゃいました。でも、もう大丈夫です。今度はもうちょっとしっかりしますから……、行きましょう。次の街へ」

「プレハ」


 思わずイサギは、彼女の腕を摑んでいた。

 衝動に突き動かされて。

 ハッとした顔でこちらを見つめる彼女に、イサギは告げる。


「お前ひとりで強くならなくていいよ、プレハ」

「……でも」

「いいんだ」


 イサギは首を振った。

 とても真正面から向き合えないと思っていた眩しいその彼女を、イサギは今、見つめることができた。


「今はまだ弱い俺だけど、強くなるから。お前の背負っている荷物を、半分持てるぐらいには……、だから、いいんだ」


 そう告げたあとに、気づいた。

 彼女は呆気に取られたような顔で、じっとイサギを見つめている。その視線の熱さが、妙にくすぐったかった。


「……いや、だから、行こう。ほら、次の街に」


 慌てて腕を離し、歩き出すイサギ。

 その後ろから、プレハのつぶやきが突き刺さった。


「……また、かっこつけちゃって」


 照れは後から来た。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 そんな、夢を見た。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ゆっくりと目を開くイサギの前には、少女がいた。

 誰だろうか、夢の中で見た少女ではなかった。


 ただ、彼女は瞳に涙をたたえていて、口元を押さえた。

 少しだけ、夢の中の彼女に似ていた。


「お兄ちゃん……、お兄ちゃん、目が、覚めたんだね……!」

「……?」

「良かった、良かったよ……。良かった……。あっ、は、早くみんな、呼んでこなくっちゃ……」


 ここは、どこだろう。

 辺りを見回すイサギの元に、何人もの人たちが駆けてくる。

 赤髪の女性。耳がとがった女性。湾曲した角を持つ女性。気弱そうな顔をした青年。様々な者たちだ。


 彼らは一様に、目覚めたイサギに暖かな言葉をかけてきてくれた。


 だが、イサギの表情は怪訝。それしかなかった。

 先ほどの緑色の髪をした娘が、イサギに問いかける。


「……プレハお姉ちゃんを、探しているの?」


 いや。

 違う。


 イサギは首を振り、それから視線を落とした。

 どう言えばいいのか。

 ひどく間抜けなことを口走ってしまうかもしれない。

 だがそれでも彼は、ありのままを伝える以外にはなかった。


 ベッドの上で、彼はこう言った。


「俺の名前は……浅浦いさぎ。ここは一体どこなんだ? 日本じゃないのか?」



 ――それが二度目の神化の、代償であった。

『勇者イサギの魔王譚2 それすらも幸せな日々だと気づかずに』

 書籍版2巻、11月29日発売です。よろしくお願いします。


 次回更新日:12月20日(土)21時予定。

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