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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:11 朽ちよ、身罷れ、地に絶えよ
133/176

11-11 君に捧ぐ

 神化イサギの拳や術式には――耐え切れる。

 廉造が纏う極煌気の防御力は凄まじいものだった。

 だが、それすらも一刀両断する術を、イサギは持っている。

 絶対斬裂の晶剣。神剣クラウソラスだ。


 その一撃必殺の剣技さえ浴びなければ、廉造はまだ戦える。


 廉造は魂の中に一念を抱きながら、両拳を握り、しかと両足で大地を踏み締める。

 相手がどんなに強大でも、一途な想いがある限り、それでも立ち向かい続けるのだ。


「イサ! テメェが守ろうとしている女なんざ、愛弓の足元にも及ばねェよ!」

「は、聞き捨てならねえな」


 廉造の挑発を、イサギは冷ややかに流す。

 

 イサギは廉造の地上戦には付き合わなかった。

 背中から翼を生やしたイサギが、音の壁を越えるような速度で廉造に襲来する。


 クラウソラスのその一刀を見極める廉造。半身になって避ける。だがそれは、鞘の一撃だ。まんまとフェイントに引っかかってしまった。

 続く次撃。光の如きその斬光。廉造の肩をかすめて肉を削り取る。しかし廉造は避けてみせた。避けきってみせた!


「うおおおおおおおォ!」


 吠える廉造。彼の拳から黒い輝きが漏れ出す。極煌気。このアルバリススにて今、彼だけが用いることのできる、究極の身体能力上昇術。

 すれ違いざまにイサギを、叩く――。


「――プレハ以上の女なんて、この世界に、いねえよ」


 鞘が避けられ、クラウソラスが避けられながらも、イサギには次の手がある。真煌気翼翔ブレイヴウィング・ジョーカーの片翼に出力を乗せ、急速回転と共に放つ蹴り技だ。

 廉造の拳とイサギの足刀が衝突し、再び辺りに激震が轟く。

 

「抜かせ、イサ――!」

「――黙ってろ、廉造」

「テメェは、愛弓のことを――」

「――お前は、プレハのことを」


 パァンと光が弾けた。

 黄金と漆黒の闘気が渦のように立ち上り天を衝く。



『――しらねえだろうがああああぁぁぁぁ!』



 夜が白み始めていた。

 激突戦域に陽の化粧が差す。暁の調べが奏でられてゆくのだ。





 勇者イサギの魔王譚

『Episode11-11 君に捧ぐ』





 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 交差し、弾け、そして黄金の光を残して飛び去るイサギ。

 廉造は彼を恨みがましく睨みつけた。


「畜生が……!」


 機動力では、まるで敵わない。

 今のところクラウソラスを避け続けられてはいるが、いつまでそれが続くかもわからない。

 イサギは一手ごとに様々なコンビネーションを使い、廉造の守りを破ろうと画策している。それができなければ仕切り直しで、距離を取るのだ。

 リーチと速度で劣る廉造では、イサギに決定的な追撃を仕掛けることはできなかった。


 このままでは廉造の運命は、なぶり殺しだ。


「クソ、クソが! あの野郎、クソ――!」


 焦る。愛弓のために生きて戻ると決めたばかりなのに。

 現状を変える一手を持ち得ない自分が歯がゆくて、苛立ちが募る。


 イサギを待ち構えるばかりでは、ラチがあかない。

 といっても、魔術や法術が破術使いの彼に通じるとは思えなかった。

 晶剣も同様に、もはや神化イサギの防御力を上回ることはできないだろう。

 ならば他になにがある。

 廉造には、なにができる――。


 ――脳裏に光が浮かび、弾ける。


「闘気、闘気を――そうだ、ヤツのように、そうだ、やりゃァ――!」

 

 イサギの真似をすればいい。

 あの遠距離に闘気を打ち出す技を、使うのだ。


 しかしどうすれば、どうすればいいのか。


 闘気を高めて拳から放つ? コードは必要なのか。術式と組み合わせるべきなのか。

 感覚が、感情が、流動的に全身を駆け巡り、廉造は血を煮え滾らせる。

 こんな土壇場で新たな技を成功させなければならないなど、無謀の極みだ。

 だが、それでも――。


「いいさ、できる、できるに決まってンだろ……。

 アイツにできて、オレにできねェハズがねェ……!」


 理屈をひねる必要はない。ただ感じたまま、あるがままに動けばいいのだ。

 廉造の闘気におけるセンスは、すでにイサギを上回っている。


 闘気とは、魔力とは、魂とは、相手を倒すというその意志だ。

 闘争本能を燃やし、宿敵を睨む。できなければ――死ぬだけだ。


 廉造は両拳に極煌気アルティメイティヴを凝縮し、再び突撃を仕掛けてくるイサギを見据えた。

 薄暗闇の中、赤い視線が交錯する。一瞬の緊張――。


「喰らえ――」


 両手を握りしめ、腰に構える。その手のひらに具現化するほどの巨大な闘気が膨れ上がってゆく。それはまるで黒い炎のようであった。

 掲げた拳に宿った炎を、廉造は投石を放るような勢いで投げつける。右手左手、交互に二発。初めての技は廉造の望むがままに放出された。

 飛びかかる炎は球体のように揺れながらイサギへと襲いかかる。


 しかしイサギ、それすらもまるで予期していたかのように、懐からなにかを放つ。それは数枚の札であった。

 イサギの操る闘技『エクスカリバー』は、衝突した物体を斬り裂く作用を持つ。ならばたかが小さな紙切れであっても、廉造の攻撃を打ち消すことは可能のはずだ。イサギはそうしてカリブルヌスの技を破ったのだ――が。


「――!」


 しかし廉造の放った黒い炎は、まさしく龍のようにカードを飲み込んだ。

 貫通し、迫り、そのままイサギの体に重い打撃を与える。

 予期せぬ一撃に、イサギは驚愕した。


 極煌気による闘技は、これまでとはまるで違う性質を持った技のようであった。

 胸を打たれたイサギはわずかに体勢を崩し、廉造を迂回するように地面を滑ってゆく。


 イサギは顔をあげる。すでにその目には怜悧な光が宿っていた。

 彼は冷静に分析し、つぶやく。


「極煌気による、波動弾――か、なるほど」

「見たか、オラァ……!」


 獅子のように唸る廉造に、イサギは目を見張る。廉造は戦いの中、凄まじい速度で進化を続けている。

 だが、それでもそれが『過程』ならば、廉造はまだイサギに届かない。


「そうだな、極煌弾アルテミスとでも、呼ぼうか。

 煌気によるエクスカリバーと比べても、実に出力が安定している。

 熟練すれば、打ち破るのはなかなかに、骨が折れそうだが。

 所詮、今はただの付け焼き刃、だな」

「どこまでも余裕ブッてンじゃねェ!」

 

 廉造の両手から、続けて複数の極煌弾が打ち出される。

 それらをイサギは、やはり空を飛び回りながら弧を描くようにして回避しようとした。


 ――だが、極煌弾の速度はイサギのそれすらも上回る。

 闘気の塊がイサギに命中し、中空で花火が咲くように黒い炎が弾け飛んだ。


「……」

「どうしたどうしたァ! イサァ!」


 極煌弾は、イサギの体に吸い込まれるようにして命中してゆく。そのたびにイサギの速度がわずかに鈍り、廉造は確かな手応えを感じていた。

 廉造はさらに闘気弾を次々と打ち込んでいく。


 十発、二十発、まるで弾幕を張るように廉造は極煌気を放ち続けた。

 イサギは廉造に近づくこともできず、空で、地上で、その炎を浴びせられる。

 黒い炎が空に散り、辺りはまるで星が輝く宇宙の闇のようであった。


 

 ずっしりとした疲労感が、廉造の肩にのしかかる。

 六本の晶剣を操り、対巨神兵器を使用したその上に、新たな力を手に入れ、慣れない技を多用しているのだ。

 無限に近いはずの魔力を持つ封術師といえ、その枯渇が見えてきた。


「クソ、クソが……! 落ちろ、落ちろ……!

 落ちやがれ……ッ! イサァ……!」


 しかし、確かに命中し、間違いなくイサギにダメージを与えられているのだというその高揚感が、廉造の気力を奮い立てる。

 一撃一撃当てるごとに、確かに勝ちへと突き進んでいるのだと、その興奮が廉造の魔力と集中力を支えた。

 言うなれば、ランナーズ・ハイ。エンドルフィンの多量分泌により、廉造の冷静さは失われていた。

 そのときすでに廉造は、高速飛翔するイサギの術中に陥っていたのだ。


 極煌弾は――最初の一発以降、一撃もイサギに命中はしていなかった。


 イサギはそうと見せかけながら、クラウソラスで闘気を斬り裂いていたのだった。

 十数発ものエネルギーの塊を、ただの一発も余すことなく、そのすべてを空中で相殺してみせていた。

 破術を使えば、効果がないと知った廉造が次の手を考えるだろう。イサギは廉造の思考を封じ、無駄に魔力を浪費させる手段を取ったのだ。

 恐ろしきは、イサギの戦闘における経験であった。

 

 よって、魔力を失いつつある廉造を見下ろし、イサギは今度こそ彼に向かい突撃を開始する。

 その頃にはようやく廉造も気づく。自分が彼に対し、まるで有効打を撃てていなかったことに。

 

「テメ――」

「――甘えよ、廉造。

 どんなに速くたって、向かってくるなら、叩き落とせる。

 俺とプレハの、勝ちだな――」


 まっすぐに廉造へと翔けるイサギ。そこに苦し紛れの極煌弾が放たれるが、イサギはやはりたやすくその闘技をクラウソラスで斬り裂いた。

 闇の残り火は彼の背後に散り、置き去りにされてゆく。


 廉造に迫るのは『死』だ。強大な怪物だ。

 

「この力は愛弓がくれたモンだ……。

 ンな簡単に、破られて――たまるかよォ――!」


 振り上げた廉造の拳に、より大きな炎が宿る。

 そうだ。イサギの言葉の通りだ。『どんなに速くたって、向かってくるなら、叩き落とせる』。然り。


「ああああああァ!」


 両足から拳の先に、振り絞るように渾身の力を集めてゆく。

 一滴残らず、両の拳にだ。

 凝縮し切れなかった黒い炎は拳の間から漏れ出て辺りに飛び散り、大地を灼く。

 廉造は腕を引き、そうして突き出すと共に、爆発的な闘気を放射した。


「くたばれェ――――!」


 イサギはここから急激に軌道を変える。重力に逆らった曲芸飛行だ。それでも廉造の渾身の一撃を振り切ることはできず――。

 手のひらから凄まじい大きさの極煌弾を放つ廉造に捉えられ、イサギは炎に包まれる。


 直後、彼の眼が輝いた。


「――ラストリゾート!」


 その叫びとともに放たれた破術によって、場の状況はめまぐるしく変化した。

 極煌気と、煌気翼翔。

 そして廉造の放った巨大な極煌弾が――同時に掻き消える。


 破術は場を極めて正常な状態に戻した。

 なにもかもが、消えてゆく。

 消えはしないのは、イサギの加速度だ。


 煌気翼翔によって勢いがついたイサギは空中で姿勢を整え、クラウソラスを強く握る。

 彼の神剣は、銀の輝きを発揮していた。


 廉造はどうか。



 廉造の身を包む極煌気はすぐに復活する。

 だがそれはどうか。イサギを前に、その迎撃が間に合うのか。

 廉造は――覚悟をした。その腕を犠牲にしてでも、イサギを仕留める覚悟を。


 彼は左手を突き出し、クラウソラスを受け止めようとする。

 だが、破れかぶれの作戦だ。そんなもの、イサギは戦場で何度も何度も見てきた。

 一刀両断、斬り捨てられるだろう。

 だめだ、これでは、だめだ。

 廉造は思い切り左腕を引く。守りなど、考えてはならない。 

 イサギの剣撃は、片腕と覚悟程度で阻めるほど、軽くはないのだ。


 叩き潰す、しか、ない――!


 極煌気をまとう廉造の反射は人類の限界を越える。

 そして神化イサギはそれの遥か上を――ゆく。ゆくのだ。そのはずであった。

 


「愛弓――」

「――プレハ」

 


 廉造に黒い稲妻が走る。


 頭でも、腕っ節でも、信念でも敵わなくてもいい。

 他のなにで負けていたとしても――。

 ただ、廉造と愛弓の絆だけは、本物だ。

 

 彼に負けるということは、愛弓が負けるということだ。

 想いの量が、想いの強さが、想いの価値が。

 イサギに劣っているということだ。

 

 それは――それだけは――。


 我慢――。


 ――ならねェ――。

  

 廉造は加速する。

 黒炎を引きずるように、引きちぎるように。


 廉造は加速する。

 その右腕が爆発的な破壊力を生み出す。


 廉造はさらに――加速する。

 極煌気は彼のその想いを受け取った。


 捧げるのは、魔力。

 そして対価は――勝利だ。



 廉造の速度はその瞬間、イサギを超えた。



 廉造の右腕が、イサギの腹にめり込んだ。

 突き破るような勢いで叩きつけたその腕を、廉造は、振り切る――。


 

 まさしく乾坤一擲。

 一意専心。魂のボディブローである。


 衝撃が飛び散る。地面が割れ、イサギの勢いは今、完全に停止した。

 黒炎がイサギの体を突き抜け、その背から噴出する。

 彼の背後にあったものを飲み込むように広がり、塵と化してゆく。


 

 果たしてイサギは――?



 廉造が拳を引き抜くとともに、イサギは前のめりにゆっくりと、倒れてゆく。

 その場に膝をついて、そして彼は。


 ――大量の血を吐いて、地面に手をついた。


 

 


 拳を固めて汗を流す廉造の下。

 イサギは伏せて、吐血し続けた。

 まるで一人ひとりの血液をすべて残らず吐き出すかのように。

 


「……イサ、テメェ」


 もはやイサギは立ち上がれず、廉造の元にひざまずく。

 彼の魔力は枯れ切っていた。

 神剣もまた、その手からこぼれ落ちる。

 廉造とイサギ、どちらもまるで年老いたように、髪の一房が白く染まっていた。

 かつて極術を使用し、魔力を枯渇してしまったセルデルのように。


 それでも、勝敗はついた。

 ひとりの男は立ち、ひとりの男は苦しみ悶える。

 それが今の――答えであった。


 廉造の極煌気が、神を打ち破ったのである――。


 だが、廉造は猛る。

 

 イサギの髪を掴み、無理やり彼の顔を上向かせた。

 そのもはや黒を取り戻した瞳を貫くように、怒鳴る。


「いつからだ……いつから! テメェは“ヒト”に戻っていた!?

 空を飛び回っていたときか! オレに向かってきたときか!? あァ!?」

「……別に言う必要は、ないな」

「テメェ……!」


 廉造はイサギを地面に叩きつけた。

 イサギは泥を被る。立ち上がろうとしたその腕を、廉造が踏み抜いた。


「くだらねェ……くだらねェな……イサァ……!

 テメェ、そんな体で、オレに勝てるとでも、思ってたのかァ……!?」


 踏みにじる手から、さらに血が垂れる。

 だが、苦悶の色は浮かべど、廉造を見上げるイサギの表情に揺らぎはない。


「思っていたよ、いたから、立ち向かったんだ、当たり前さ」

「……テメェ」


 ギリ、と歯噛みをする廉造。

 イサギの妙に落ち着いた態度が、心の底から腹立たしかった。


「……じゃあリヴァイブストーンはどうした、なぜアレを使わなかった!

 テメェは持っていたはずだ……! なぜ……!」

「……」

「答えろ、イサ!」


 廉造はさらに強くイサギの手の甲を踏みつける。

 イサギは気管に入った血にむせながらも、答えた。


「……お前は、なんで使わなかった? あれだけの晶剣を持ってきたのによ」

「オレァ、あんなモンは嫌いだ。気持ち悪ィ、反吐が出る。

 ただそれだけだ。それだけさ」

「じゃあ、俺だってそうさ」

「……あァ?」

「お前が使ってこないだろうと思っていたから、俺だって使わなかった。

 プレハと……これから、生きていたかったしな」

「くだらねェ……! 負けちまったらなにもかも終わりだぞ!」

「そうだな」


 血の海の中に浸りながら、イサギは柔らかな声をあげる。

 それはまるで、旧友に語りかけるようなものだった。


「廉造、お前さ」

「あァ……?」

「愛弓ちゃんのことを、一度でも、諦めたことは、あったか?」

「……どういう意味だよ」

「そのまま、だよ。もうだめだ。自分の力で元の世界には戻れない。

 そうして、立ち止まり、どこかで休もうと……そんなことは、思ったか?」


 考えるまでもなかった。

 廉造は首を振る。


「ねェよ、一度も」

「一度もか」

「あァ、一度もだ。オレはこの二年、一度も諦めたこたァねェ。

 常に、どんなときでも、オレァ前に進んできた。

 始まりはとてつもなく遠かったが、進んできたンだ」

「……」


 廉造は腕を組み、イサギを見下ろす。


「そうしてオレは今、ここにいる。

 すべては、愛弓のためだ。その目的を忘れたことァ、一度もねェ。

 ――それがどうかしたか、イサ」

「いや……」


 起き上がりかけたイサギは、バランスを崩し、力なく転がった。

 仰向けになり、明けかけた夜空を見上げ、小さくため息をついた。


「そのせい、かもしれないな」

「あァ……?」


 イサギは一度諦めてしまった。

 神化を受け入れたのだ。


 プレハが手紙で「幸せになってほしい」と言ったから。

「プロポーズは聞かなかったことにしてあげる」と言ったから。


 もしかしたら、もう彼女に必要とされていないと思ったから――。


 そして、無力がなによりも怖かった。

 プレハにもう一度会いたいと願いながらも、イサギは力を捨てられなかったのだ。

 

 イサギは、手術を一度、拒んでしまった。


 だから、

 結局、すべては、そのせいだったのかもしれない。

 諦めたものと、諦めなかったもの。


 イサギと――廉造。


「廉造」

「ああ」


「お前の勝ち、か」

「ああ」


「負けたか、俺は」

「ああ」


 イサギは顔を手で覆う。

 かつてレ・ヴァリスとゴールドマンの軍勢に負けた時とは、わけが違う。


 廉造の対巨神兵器に刺し貫かれ、ダインスレイヴの斬撃を浴び。

 神化状態からが解けてからの、渾身の一撃を食らい。

 一対一で戦って、そうして、負けたのだ。

 

 力でも。

 ――想いでも。


「そっかぁ……」


 イサギの全身から力が抜けてゆく。

 それは血なのか、魔力なのか、それとも魂なのか。


「負けちまったか……俺は……ついに……。

 そうか、相手は、廉造か……よりによって、廉造かあ……」

「ンだよ」

「いいや」


 イサギは目を瞑る。


「悔しいな……悔しい、本当に、悔しいさ……」

「……」

「だが、お前か……なら、仕方ないな……って、納得するしか、ないんだろうな。

 ったく……廉造だったかよ……ちくしょう……」


 辺りは荒れ果てていた。

 ひどい惨状だ。

 男と男、ふたりが拳を交わしただけで、ひとつの森が消し飛びかけたのだ。

 それほどに激しい、戦いの傷跡であった。


 廉造の手には再び晶剣――ダインスレイヴが握られていた。

 もはやイサギの体に闘気は残っていない。

 晶剣を軽く振り下ろすだけで、イサギの首は飛ぶ。


「イサ」

「ああ、廉造」


「オレとテメェのよしみだ、聞いてやらァ。

 言い残すことは、なにか、あるか?」

「そうだな」


 イサギは黙し、少しの間考えて。

 それから口を開く。


「妹さんに、よろしくな」

「ンだよそれ……他にねェのかよ」

「言ったって、お前には叶えられねえよ」

「ったくよ」


 呆れ顔の廉造はすぐに口元を引き締める。

 かつて勇者と呼ばれたその男は、まるで眠りにつくように、目を閉じた。

 

「こんなことなら、もっと早く、告白しておけば、良かった」


 その言葉は朝焼けの中に、溶けてゆく。 

 そして、廉造は、晶剣を掲げ――。


「じゃァな」




 ――振り下ろした。









 その時。


「ユーミルの大盾!」


 少女の叫び声が、祈りが、その想いが――。

 ――イサギを守った。



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