11-11 君に捧ぐ
神化イサギの拳や術式には――耐え切れる。
廉造が纏う極煌気の防御力は凄まじいものだった。
だが、それすらも一刀両断する術を、イサギは持っている。
絶対斬裂の晶剣。神剣クラウソラスだ。
その一撃必殺の剣技さえ浴びなければ、廉造はまだ戦える。
廉造は魂の中に一念を抱きながら、両拳を握り、しかと両足で大地を踏み締める。
相手がどんなに強大でも、一途な想いがある限り、それでも立ち向かい続けるのだ。
「イサ! テメェが守ろうとしている女なんざ、愛弓の足元にも及ばねェよ!」
「は、聞き捨てならねえな」
廉造の挑発を、イサギは冷ややかに流す。
イサギは廉造の地上戦には付き合わなかった。
背中から翼を生やしたイサギが、音の壁を越えるような速度で廉造に襲来する。
クラウソラスのその一刀を見極める廉造。半身になって避ける。だがそれは、鞘の一撃だ。まんまとフェイントに引っかかってしまった。
続く次撃。光の如きその斬光。廉造の肩をかすめて肉を削り取る。しかし廉造は避けてみせた。避けきってみせた!
「うおおおおおおおォ!」
吠える廉造。彼の拳から黒い輝きが漏れ出す。極煌気。このアルバリススにて今、彼だけが用いることのできる、究極の身体能力上昇術。
すれ違いざまにイサギを、叩く――。
「――プレハ以上の女なんて、この世界に、いねえよ」
鞘が避けられ、クラウソラスが避けられながらも、イサギには次の手がある。真煌気翼翔の片翼に出力を乗せ、急速回転と共に放つ蹴り技だ。
廉造の拳とイサギの足刀が衝突し、再び辺りに激震が轟く。
「抜かせ、イサ――!」
「――黙ってろ、廉造」
「テメェは、愛弓のことを――」
「――お前は、プレハのことを」
パァンと光が弾けた。
黄金と漆黒の闘気が渦のように立ち上り天を衝く。
『――しらねえだろうがああああぁぁぁぁ!』
夜が白み始めていた。
激突戦域に陽の化粧が差す。暁の調べが奏でられてゆくのだ。
勇者イサギの魔王譚
『Episode11-11 君に捧ぐ』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
交差し、弾け、そして黄金の光を残して飛び去るイサギ。
廉造は彼を恨みがましく睨みつけた。
「畜生が……!」
機動力では、まるで敵わない。
今のところクラウソラスを避け続けられてはいるが、いつまでそれが続くかもわからない。
イサギは一手ごとに様々なコンビネーションを使い、廉造の守りを破ろうと画策している。それができなければ仕切り直しで、距離を取るのだ。
リーチと速度で劣る廉造では、イサギに決定的な追撃を仕掛けることはできなかった。
このままでは廉造の運命は、なぶり殺しだ。
「クソ、クソが! あの野郎、クソ――!」
焦る。愛弓のために生きて戻ると決めたばかりなのに。
現状を変える一手を持ち得ない自分が歯がゆくて、苛立ちが募る。
イサギを待ち構えるばかりでは、ラチがあかない。
といっても、魔術や法術が破術使いの彼に通じるとは思えなかった。
晶剣も同様に、もはや神化イサギの防御力を上回ることはできないだろう。
ならば他になにがある。
廉造には、なにができる――。
――脳裏に光が浮かび、弾ける。
「闘気、闘気を――そうだ、ヤツのように、そうだ、やりゃァ――!」
イサギの真似をすればいい。
あの遠距離に闘気を打ち出す技を、使うのだ。
しかしどうすれば、どうすればいいのか。
闘気を高めて拳から放つ? コードは必要なのか。術式と組み合わせるべきなのか。
感覚が、感情が、流動的に全身を駆け巡り、廉造は血を煮え滾らせる。
こんな土壇場で新たな技を成功させなければならないなど、無謀の極みだ。
だが、それでも――。
「いいさ、できる、できるに決まってンだろ……。
アイツにできて、オレにできねェハズがねェ……!」
理屈をひねる必要はない。ただ感じたまま、あるがままに動けばいいのだ。
廉造の闘気におけるセンスは、すでにイサギを上回っている。
闘気とは、魔力とは、魂とは、相手を倒すというその意志だ。
闘争本能を燃やし、宿敵を睨む。できなければ――死ぬだけだ。
廉造は両拳に極煌気を凝縮し、再び突撃を仕掛けてくるイサギを見据えた。
薄暗闇の中、赤い視線が交錯する。一瞬の緊張――。
「喰らえ――」
両手を握りしめ、腰に構える。その手のひらに具現化するほどの巨大な闘気が膨れ上がってゆく。それはまるで黒い炎のようであった。
掲げた拳に宿った炎を、廉造は投石を放るような勢いで投げつける。右手左手、交互に二発。初めての技は廉造の望むがままに放出された。
飛びかかる炎は球体のように揺れながらイサギへと襲いかかる。
しかしイサギ、それすらもまるで予期していたかのように、懐からなにかを放つ。それは数枚の札であった。
イサギの操る闘技『エクスカリバー』は、衝突した物体を斬り裂く作用を持つ。ならばたかが小さな紙切れであっても、廉造の攻撃を打ち消すことは可能のはずだ。イサギはそうしてカリブルヌスの技を破ったのだ――が。
「――!」
しかし廉造の放った黒い炎は、まさしく龍のようにカードを飲み込んだ。
貫通し、迫り、そのままイサギの体に重い打撃を与える。
予期せぬ一撃に、イサギは驚愕した。
極煌気による闘技は、これまでとはまるで違う性質を持った技のようであった。
胸を打たれたイサギはわずかに体勢を崩し、廉造を迂回するように地面を滑ってゆく。
イサギは顔をあげる。すでにその目には怜悧な光が宿っていた。
彼は冷静に分析し、つぶやく。
「極煌気による、波動弾――か、なるほど」
「見たか、オラァ……!」
獅子のように唸る廉造に、イサギは目を見張る。廉造は戦いの中、凄まじい速度で進化を続けている。
だが、それでもそれが『過程』ならば、廉造はまだイサギに届かない。
「そうだな、極煌弾とでも、呼ぼうか。
煌気によるエクスカリバーと比べても、実に出力が安定している。
熟練すれば、打ち破るのはなかなかに、骨が折れそうだが。
所詮、今はただの付け焼き刃、だな」
「どこまでも余裕ブッてンじゃねェ!」
廉造の両手から、続けて複数の極煌弾が打ち出される。
それらをイサギは、やはり空を飛び回りながら弧を描くようにして回避しようとした。
――だが、極煌弾の速度はイサギのそれすらも上回る。
闘気の塊がイサギに命中し、中空で花火が咲くように黒い炎が弾け飛んだ。
「……」
「どうしたどうしたァ! イサァ!」
極煌弾は、イサギの体に吸い込まれるようにして命中してゆく。そのたびにイサギの速度がわずかに鈍り、廉造は確かな手応えを感じていた。
廉造はさらに闘気弾を次々と打ち込んでいく。
十発、二十発、まるで弾幕を張るように廉造は極煌気を放ち続けた。
イサギは廉造に近づくこともできず、空で、地上で、その炎を浴びせられる。
黒い炎が空に散り、辺りはまるで星が輝く宇宙の闇のようであった。
ずっしりとした疲労感が、廉造の肩にのしかかる。
六本の晶剣を操り、対巨神兵器を使用したその上に、新たな力を手に入れ、慣れない技を多用しているのだ。
無限に近いはずの魔力を持つ封術師といえ、その枯渇が見えてきた。
「クソ、クソが……! 落ちろ、落ちろ……!
落ちやがれ……ッ! イサァ……!」
しかし、確かに命中し、間違いなくイサギにダメージを与えられているのだというその高揚感が、廉造の気力を奮い立てる。
一撃一撃当てるごとに、確かに勝ちへと突き進んでいるのだと、その興奮が廉造の魔力と集中力を支えた。
言うなれば、ランナーズ・ハイ。エンドルフィンの多量分泌により、廉造の冷静さは失われていた。
そのときすでに廉造は、高速飛翔するイサギの術中に陥っていたのだ。
極煌弾は――最初の一発以降、一撃もイサギに命中はしていなかった。
イサギはそうと見せかけながら、クラウソラスで闘気を斬り裂いていたのだった。
十数発ものエネルギーの塊を、ただの一発も余すことなく、そのすべてを空中で相殺してみせていた。
破術を使えば、効果がないと知った廉造が次の手を考えるだろう。イサギは廉造の思考を封じ、無駄に魔力を浪費させる手段を取ったのだ。
恐ろしきは、イサギの戦闘における経験であった。
よって、魔力を失いつつある廉造を見下ろし、イサギは今度こそ彼に向かい突撃を開始する。
その頃にはようやく廉造も気づく。自分が彼に対し、まるで有効打を撃てていなかったことに。
「テメ――」
「――甘えよ、廉造。
どんなに速くたって、向かってくるなら、叩き落とせる。
俺とプレハの、勝ちだな――」
まっすぐに廉造へと翔けるイサギ。そこに苦し紛れの極煌弾が放たれるが、イサギはやはりたやすくその闘技をクラウソラスで斬り裂いた。
闇の残り火は彼の背後に散り、置き去りにされてゆく。
廉造に迫るのは『死』だ。強大な怪物だ。
「この力は愛弓がくれたモンだ……。
ンな簡単に、破られて――たまるかよォ――!」
振り上げた廉造の拳に、より大きな炎が宿る。
そうだ。イサギの言葉の通りだ。『どんなに速くたって、向かってくるなら、叩き落とせる』。然り。
「ああああああァ!」
両足から拳の先に、振り絞るように渾身の力を集めてゆく。
一滴残らず、両の拳にだ。
凝縮し切れなかった黒い炎は拳の間から漏れ出て辺りに飛び散り、大地を灼く。
廉造は腕を引き、そうして突き出すと共に、爆発的な闘気を放射した。
「くたばれェ――――!」
イサギはここから急激に軌道を変える。重力に逆らった曲芸飛行だ。それでも廉造の渾身の一撃を振り切ることはできず――。
手のひらから凄まじい大きさの極煌弾を放つ廉造に捉えられ、イサギは炎に包まれる。
直後、彼の眼が輝いた。
「――ラストリゾート!」
その叫びとともに放たれた破術によって、場の状況はめまぐるしく変化した。
極煌気と、煌気翼翔。
そして廉造の放った巨大な極煌弾が――同時に掻き消える。
破術は場を極めて正常な状態に戻した。
なにもかもが、消えてゆく。
消えはしないのは、イサギの加速度だ。
煌気翼翔によって勢いがついたイサギは空中で姿勢を整え、クラウソラスを強く握る。
彼の神剣は、銀の輝きを発揮していた。
廉造はどうか。
廉造の身を包む極煌気はすぐに復活する。
だがそれはどうか。イサギを前に、その迎撃が間に合うのか。
廉造は――覚悟をした。その腕を犠牲にしてでも、イサギを仕留める覚悟を。
彼は左手を突き出し、クラウソラスを受け止めようとする。
だが、破れかぶれの作戦だ。そんなもの、イサギは戦場で何度も何度も見てきた。
一刀両断、斬り捨てられるだろう。
だめだ、これでは、だめだ。
廉造は思い切り左腕を引く。守りなど、考えてはならない。
イサギの剣撃は、片腕と覚悟程度で阻めるほど、軽くはないのだ。
叩き潰す、しか、ない――!
極煌気をまとう廉造の反射は人類の限界を越える。
そして神化イサギはそれの遥か上を――ゆく。ゆくのだ。そのはずであった。
「愛弓――」
「――プレハ」
廉造に黒い稲妻が走る。
頭でも、腕っ節でも、信念でも敵わなくてもいい。
他のなにで負けていたとしても――。
ただ、廉造と愛弓の絆だけは、本物だ。
彼に負けるということは、愛弓が負けるということだ。
想いの量が、想いの強さが、想いの価値が。
イサギに劣っているということだ。
それは――それだけは――。
我慢――。
――ならねェ――。
廉造は加速する。
黒炎を引きずるように、引きちぎるように。
廉造は加速する。
その右腕が爆発的な破壊力を生み出す。
廉造はさらに――加速する。
極煌気は彼のその想いを受け取った。
捧げるのは、魔力。
そして対価は――勝利だ。
廉造の速度はその瞬間、イサギを超えた。
廉造の右腕が、イサギの腹にめり込んだ。
突き破るような勢いで叩きつけたその腕を、廉造は、振り切る――。
まさしく乾坤一擲。
一意専心。魂のボディブローである。
衝撃が飛び散る。地面が割れ、イサギの勢いは今、完全に停止した。
黒炎がイサギの体を突き抜け、その背から噴出する。
彼の背後にあったものを飲み込むように広がり、塵と化してゆく。
果たしてイサギは――?
廉造が拳を引き抜くとともに、イサギは前のめりにゆっくりと、倒れてゆく。
その場に膝をついて、そして彼は。
――大量の血を吐いて、地面に手をついた。
拳を固めて汗を流す廉造の下。
イサギは伏せて、吐血し続けた。
まるで一人ひとりの血液をすべて残らず吐き出すかのように。
「……イサ、テメェ」
もはやイサギは立ち上がれず、廉造の元にひざまずく。
彼の魔力は枯れ切っていた。
神剣もまた、その手からこぼれ落ちる。
廉造とイサギ、どちらもまるで年老いたように、髪の一房が白く染まっていた。
かつて極術を使用し、魔力を枯渇してしまったセルデルのように。
それでも、勝敗はついた。
ひとりの男は立ち、ひとりの男は苦しみ悶える。
それが今の――答えであった。
廉造の極煌気が、神を打ち破ったのである――。
だが、廉造は猛る。
イサギの髪を掴み、無理やり彼の顔を上向かせた。
そのもはや黒を取り戻した瞳を貫くように、怒鳴る。
「いつからだ……いつから! テメェは“ヒト”に戻っていた!?
空を飛び回っていたときか! オレに向かってきたときか!? あァ!?」
「……別に言う必要は、ないな」
「テメェ……!」
廉造はイサギを地面に叩きつけた。
イサギは泥を被る。立ち上がろうとしたその腕を、廉造が踏み抜いた。
「くだらねェ……くだらねェな……イサァ……!
テメェ、そんな体で、オレに勝てるとでも、思ってたのかァ……!?」
踏みにじる手から、さらに血が垂れる。
だが、苦悶の色は浮かべど、廉造を見上げるイサギの表情に揺らぎはない。
「思っていたよ、いたから、立ち向かったんだ、当たり前さ」
「……テメェ」
ギリ、と歯噛みをする廉造。
イサギの妙に落ち着いた態度が、心の底から腹立たしかった。
「……じゃあリヴァイブストーンはどうした、なぜアレを使わなかった!
テメェは持っていたはずだ……! なぜ……!」
「……」
「答えろ、イサ!」
廉造はさらに強くイサギの手の甲を踏みつける。
イサギは気管に入った血にむせながらも、答えた。
「……お前は、なんで使わなかった? あれだけの晶剣を持ってきたのによ」
「オレァ、あんなモンは嫌いだ。気持ち悪ィ、反吐が出る。
ただそれだけだ。それだけさ」
「じゃあ、俺だってそうさ」
「……あァ?」
「お前が使ってこないだろうと思っていたから、俺だって使わなかった。
プレハと……これから、生きていたかったしな」
「くだらねェ……! 負けちまったらなにもかも終わりだぞ!」
「そうだな」
血の海の中に浸りながら、イサギは柔らかな声をあげる。
それはまるで、旧友に語りかけるようなものだった。
「廉造、お前さ」
「あァ……?」
「愛弓ちゃんのことを、一度でも、諦めたことは、あったか?」
「……どういう意味だよ」
「そのまま、だよ。もうだめだ。自分の力で元の世界には戻れない。
そうして、立ち止まり、どこかで休もうと……そんなことは、思ったか?」
考えるまでもなかった。
廉造は首を振る。
「ねェよ、一度も」
「一度もか」
「あァ、一度もだ。オレはこの二年、一度も諦めたこたァねェ。
常に、どんなときでも、オレァ前に進んできた。
始まりはとてつもなく遠かったが、進んできたンだ」
「……」
廉造は腕を組み、イサギを見下ろす。
「そうしてオレは今、ここにいる。
すべては、愛弓のためだ。その目的を忘れたことァ、一度もねェ。
――それがどうかしたか、イサ」
「いや……」
起き上がりかけたイサギは、バランスを崩し、力なく転がった。
仰向けになり、明けかけた夜空を見上げ、小さくため息をついた。
「そのせい、かもしれないな」
「あァ……?」
イサギは一度諦めてしまった。
神化を受け入れたのだ。
プレハが手紙で「幸せになってほしい」と言ったから。
「プロポーズは聞かなかったことにしてあげる」と言ったから。
もしかしたら、もう彼女に必要とされていないと思ったから――。
そして、無力がなによりも怖かった。
プレハにもう一度会いたいと願いながらも、イサギは力を捨てられなかったのだ。
イサギは、手術を一度、拒んでしまった。
だから、
結局、すべては、そのせいだったのかもしれない。
諦めたものと、諦めなかったもの。
イサギと――廉造。
「廉造」
「ああ」
「お前の勝ち、か」
「ああ」
「負けたか、俺は」
「ああ」
イサギは顔を手で覆う。
かつてレ・ヴァリスとゴールドマンの軍勢に負けた時とは、わけが違う。
廉造の対巨神兵器に刺し貫かれ、ダインスレイヴの斬撃を浴び。
神化状態からが解けてからの、渾身の一撃を食らい。
一対一で戦って、そうして、負けたのだ。
力でも。
――想いでも。
「そっかぁ……」
イサギの全身から力が抜けてゆく。
それは血なのか、魔力なのか、それとも魂なのか。
「負けちまったか……俺は……ついに……。
そうか、相手は、廉造か……よりによって、廉造かあ……」
「ンだよ」
「いいや」
イサギは目を瞑る。
「悔しいな……悔しい、本当に、悔しいさ……」
「……」
「だが、お前か……なら、仕方ないな……って、納得するしか、ないんだろうな。
ったく……廉造だったかよ……ちくしょう……」
辺りは荒れ果てていた。
ひどい惨状だ。
男と男、ふたりが拳を交わしただけで、ひとつの森が消し飛びかけたのだ。
それほどに激しい、戦いの傷跡であった。
廉造の手には再び晶剣――ダインスレイヴが握られていた。
もはやイサギの体に闘気は残っていない。
晶剣を軽く振り下ろすだけで、イサギの首は飛ぶ。
「イサ」
「ああ、廉造」
「オレとテメェのよしみだ、聞いてやらァ。
言い残すことは、なにか、あるか?」
「そうだな」
イサギは黙し、少しの間考えて。
それから口を開く。
「妹さんに、よろしくな」
「ンだよそれ……他にねェのかよ」
「言ったって、お前には叶えられねえよ」
「ったくよ」
呆れ顔の廉造はすぐに口元を引き締める。
かつて勇者と呼ばれたその男は、まるで眠りにつくように、目を閉じた。
「こんなことなら、もっと早く、告白しておけば、良かった」
その言葉は朝焼けの中に、溶けてゆく。
そして、廉造は、晶剣を掲げ――。
「じゃァな」
――振り下ろした。
その時。
「ユーミルの大盾!」
少女の叫び声が、祈りが、その想いが――。
――イサギを守った。