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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:10 あなたの初恋の人、プレハ
112/176

10-1 少年は始まりを始めるために、

 すえた匂いの立ち込める薄暗い小屋の中、わらに身を隠すようにして過ごしていた青年は自らの体力の回復を確信し、呼気を漏らす。

 

 かつて勇者と呼ばれ、そして魔王を名乗り、英雄に討たれた者がここにいる。

 イサギ。今はただの――アルバリスス最強の――ひとりの男だ。


「さてと」

「ン」

 

 腕をひねりながら立ち上がるイサギ。

 愁の手によって首を斬り落とされたばかりだというのに、その表情は明るい。


「あれからまだ三日しか経ってねェが、もう平気なのか?」

「傷は癒えたからな。魔力だって、3割は回復しているさ。

 平和なピクニックみたいな旅だったら、そのうち治るだろ」


 身動きが取れなかった彼を介抱してくれていたのは、かつて暗黒大陸の都市を燃やし尽くし、人間族の支配から解放した将だ。

 裏切られ、そしてドラゴン族を見限り、野に下った。

 廉造。彼もまた、今はただのひとりの男である。


 最強と最凶。異世界に名を馳せたふたりの男が佇む姿は、まるで一枚の絵画のようであった。


 やってきた廉造が腕組みをして、不審げにイサギを上から下まで眺める。


「なんだよ」

「テメェさ、胴体と頭が離れ離れになったンだぜ?

 それで生きて動いているのが不思議なぐらいだ。

 もうちっと休んでもバチは当たらねェンじゃねえか?」

「あのな、廉造」

 

 イサギはしたり顔で彼の肩に手を置いた。

 

「腹を空かせたお前の目の前に、肉汁のしたたるステーキが置かれているとしよう。

 だが、お前は両手を怪我してナイフもフォークも持てない。

 人に頼むこともできないときたものだ。さあどうする?」

「かぶりつくンじゃねェの?」

「つまり、そういうことだよ」

「よくわかンねェよ」


 ウキウキとした調子で語るイサギを、わずかに背の高い廉造が見下ろしながら頭をかく。

 ともかく、イサギがなにやら浮かれているのはわかった。

 この三日間、廉造がいなければ初日からでも飛び出していただろう。


「しかし悪いな、廉造。しばらく付き合ってもらってさ」

「まァな。いや、オレにだってクールダウンは必要さ」

 

 廉造はそっぽを向きながら、小屋の隅に立てかけておいた槍を手にとった。


「……テメェがいなかったら、オレだってどこまで行っちまってたか、わからねェからな。

 この手でかつての仲間、イグナイトを斬るところだった」

「だけど、そいつも戦争だからだろ?」

「……あァ、そうだな」

 

 廉造は歯切れ悪く答え、うなずいた。

 眉間の間を親指の爪でかき、首を振る。


「まあいいさ。そろそろ出発しようぜ」

「あァ」

 

 三日間滞在した廃屋を背に、ふたりは歩き出す。

 ベリアルド平野の片隅から、ふたりは歩き出す。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



『ブレイブリーロードの対魔王戦』より数日が経過した。

 見事魔王パズズは、緋山愁により討ち取られる結果になったのだが、冒険者側の犠牲はひどく大きかった。

 ベリアルド平野は『ベリアルド征野』と名を変え、その一部分は立入禁止の命が発せられた。

 

 事情に明るいものならば、これが魔晶の回収作業によるものだと気づいたかもしれない。

 冒険者ギルド主導で進められた弔いには、大小様々な政論が寄せられることになる。


 それでも冒険者ギルドの力はいまだ大きく、さらにブルムーン王国の後ろ盾を得た彼らは、ベリアルド征野に一部拠点を立て、復興作業に勤しんでいた。

 同様に、崩壊したハウリングポートのすぐ近くに港を作る、『セカンドポート計画』も進んでいるらしい。


 暗黒大陸に逃げ帰った魔族は、いまだ沈黙を保ったまま。

 

 世界は大きく様変わりを果たそうとしている。

 魔王アンリマンユと魔王パズズ。

 ふたりの巨悪の死がアルバリススにもたらしたものは、決して小さくはなかったようだ。


 

 イサギと廉造はブロンズリーに立ち寄り、少しの情報収集とともに、そこで馬車の手続きを行なった。

 仮面を外した彼らは見咎められることもなく、A級冒険者カードを持つイサギたちは戦時特需にも関わらず、スムーズに馬車を借り受けることができた。


「しかし、本当にいいのか? 一度、ドラゴン族のところに顔を出さないで」

「良いだろ。元々勝手にやってたやつらだ。これからも勝手にやンさ」

「イラのこととか、さ」

「傷が治ったら魔族軍に戻るだろ。あの女はどこだって生きていける。

 オレみてェにな、それだけの話よ」

「……お前がそういうなら、もう言わないけどさ」


 歯切れ悪く言葉を止め、イサギは眼帯の上から左目を撫でる。


 セカンドポート計画のためか、ブロンズリーにはさらに多くの冒険者が詰めかけているようだ。

 多くは下位の冒険者たちばかりの中、イサギと廉造は待合所の外に出て馬車の準備を待っていた。

 

「ダイナスシティ方面へ向かう馬車は、ずいぶんと出払っていたみたいだけどさ。

 たまたまちょうど見つかって良かったな」

「なにがちょうどかよ。

 テメェが冒険者カードを見せた途端、担当者が泡食って走ってったじゃねェか。

 本部ギルドの冒険者サマは、どんだけ偉いっつーンだよ」

「コネの力って偉大だよな」

 

 世界のために戦っているという大義名分はあるけれど、それでも世間の様々なわずらわしい手続きから開放されるのは、とても大きい。

 超人が超人として活躍できるための場を、愁が用意してくれたのだ。

 頬をかくイサギ。


「向かう先は、ブルムーン王国の東端、キルバリーか。

 ここからならまあ、三日もあれば着くか」

「そういやオレ、金持ってねェンだよな……」 

 

 顔をしかめながら、懐を漁る廉造。

 イサギは驚いた。


「一円もないのか?」

「円じゃねェけどな。ねェよ」

「どうやって生きてきたんだ?」

「気にしたことがなかったな……。

 魔族から離れたあとは、すぐにドラゴン族に拾われたしな。

 先立つモノが必要だと思ったことが、まずなかったぜ」

「……お前、意外と生活力がないのか?」

「ねェよ。稼いだ金は全部愛弓に渡してたンだ。

 オレの手元に残すのは一銭もなかったぜ」

「それはそれで、破綻者だな……」

 

 確かに言われてみれば、廉造の戦い方には似たようなものを感じる。

 後先を考えずに、全力での魔術、闘気。なんという不器用な生き方か。


「少し金をわけてやるか……?」

「なんかすげェバカにされているみてェなんだが。

 イサ、どんだけ持ってンだよ、ジャンプしてみろよ」

「うっせえよ、似合いすぎだよお前」

 

 この世界にやってきて二年近く。

 初めて会ったときのような不良臭さは抜けて、廉造からはマジモノ感が溢れ出ている。

 それもそうだ。地竜将として何百というドラゴン族を率いていた男なのだ。

 廉造を二十歳前の若者だからといって侮れるようなものは、もうどこにもいないだろう。

 

「お金は、特に使い道がない上に、しょっちゅうエージェントから補充されるからな。

 貯まり放題だよ。今の時代の相場はよくわからないが、家のふたつ三つぐらいは余裕で買えるんじゃねえかな」

「おいおい、マジかよ。大金持ちじゃねェか、半分よこせよテメェ」

「やんねーよ」

 

 廉造の手を叩き落とすイサギ。

 そうこうしている間に、馬車の準備が整ったようだ。


「んじゃ、行くか」 

「おう」

 

 ふたりの人間族は馬車に乗って東の街を目指す。

 仮面もなく、風に髪を揺られる彼らの姿は、まるで熟練の冒険者たちのようだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「はええなァ、オイオイオイ」

 

 トッキュー馬車に乗り込んだ廉造は、感嘆の声をあげる。

 凄まじい速度で街路を駆け抜けてゆく馬車は、冒険者ギルドの特別製だ。

 この時代の魔学の髄を結集して作られた逸品だけに、料金も安全性も格段のものである。


『魔人』と呼ばれたほどの猛将――廉造は窓の外を眺めながら、珍しく弾んだ声をあげる。


「すげェじゃねェか。なんだこれ。

 バイク並に出てンじゃね? 大したモンだなあ、オイオイ。

 どうなってンだ? 馬車ってこんだけスピード出るのか?」

「風の抵抗を消失させ、車輪と車体を安定させているんだろ。

 まあ、これも魔晶の力ってやつだな」

「はァン……。

 魔晶って、なんだって役に立つンだな」

「電力、石炭、石油、そういった感じでな、エネルギーを一手に引き受けるものだぜ」

「ほォ」

 

 せっかくだから、イサギは馬車の中で魔晶についての短い講義を始める。

 

「魔力ってのは肉世界と魔世界を繋ぐための手段だ。

 本来は人間の体の中にしかないんだが、肉世界でもまれに固着化している物質がある。

 そいつが『魔晶』でな、魔世界から『魔力』というエネルギーを簡単に引き出すことができんだよ。

 魔力はいわば万能の力だから、生活においてなんだって利用することができる。

 暖房だったり冷房だったり、ゴーレムを稼働させたり、船を空に浮かべたり、

 馬車の振動や風の抵抗を軽減させたり、もちろん、異世界とのゲートを繋いだりな」

「へェ」

「いわばこの世界は『魔晶文明』だ。

 あまりにも便利すぎるから、科学がまったく発展しないほどだぜ」


 廉造は後頭部に手を当てて、心地の良い座席に深々と座り込んだ。


「だから『願い事を叶えるためのモン』か」

「まあ、そうだな。極大魔晶はその最たるものだ。

 あれが一個あれば、何万人、何十万人の人を救うことができるだろうな……って」

 

 口走り、思わずイサギは廉造の様子を窺った。

 己のためだけに極大魔晶を探す廉造の表情に、変化は見当たらない。


「別に、関係なんかねェよ。

 どっちみち、とっくに覚悟はしてたンだ」


 廉造は拳を握り、そこに金色の気をまとわせてゆく。

『煌気』の部分的な発動だ。さしも意識せずにそこまでのことをできるようになったらしい。今や、イサギとほぼ同等の制御力と見て良いだろう。


「……まあ、そうだな。つっても魔晶の枯渇は始まっている。

 ここらでアルバリススの文明も、転機を迎えているってことなんだろう」

「極大魔晶、できるといいンだけどな」

「……そうだな」

 

 廉造はいまだ物珍しそうに、窓の外を眺めている。

 彼は迷わない。出会った頃から、ずっと。

 ただひとつ、極大魔晶だけを求めて、ここまでやってきた。


 プレハを求めるイサギのように。

 ただ、妹のために、元の世界に帰るために。


「廉造、あんま無茶はすんなよ」

「ン。首を斬られねェ程度に励むさ」

「ああ? マジで、いてーかんな?」

「やンねェよ、バーカ」

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ――さらに三日後。


「マジで速攻でついちまったな」

「久々にまともなところで寝れた気がするよ……」

 

 首を鳴らしながら馬車を降りるイサギ。

 トッキュー馬車のシートは微妙な振動に絶えず揺られ続けていたが、それでも野宿や廃屋よりは何倍もマシだ。


「しかしいいのか? テメェにはテメェで用があるンだろ?」

「まあな。だが身支度は必要だ。馬車だって乗り継がないといけない。

 その分、ここなら大抵のものは揃うしさ」

「……子守のつもりだったらいらねェぞ?」

「文無しに胸張られてもなあ」

「……チッ」


 キルバリーはかつてブルムーン王国の貿易拠点として栄えた街だ。

 今はエルフ族のミストランドの壊滅の余波を受け、その役目を首都であるメンデルゾンに取って代わられつつあった。

 

 それでも巨大な都市であることには違いない。

 ここのどこで待ち合わせにしても、苦労しそうではあるが。


「んで、どこに来いって?」

「冒険者ギルドだそうで」

「敵地の本拠地じゃねーかよ、おい」

「面が割れてねェことを祈るしかねェな」

 

 キルバリーの中央路を行きながらも、廉造は堂々としたものだ。

 大勢の商人や町民とすれ違いながらも、彼は顔を隠そうとする素振りすら見せない。


「なんつーか……俺も人のこと言えねえけどさ。

 お前も、相当なもんだよな、廉造」

「あァ?」

「どうするんだよ、冒険者たちにバレたら。

 いまだに手配者だろ? 堂々としすぎだろ」

「絡んではこねェよ。エージェントさまがついててくれてンだからな」

「……ああ、そういう考えもあったのか」

「それに、殺ちまえば目撃者はゼロで済む」

「やめろよな、マジで」


 イサギは半眼でうめく。

 さすがに本気ではないと信じているが、万が一でもこんなところで暴れられたら、死傷者はベリアルド征野の比ではない。


「……大丈夫さ。ああ、気にすンな。

 ビビってンじゃねェよ、ただの冗談だぜ」


 それが彼なりのタチの悪いジョークであることはわかっていた。

 いたのだが、そうつぶやく廉造の声は、なにやらいつもと少し違っていたような気がして。

 どうということはない。イサギの、ただの男のカンだ。

 

「廉造、お前……?」

 

 問いかけて、気づく。ふたりはすでに冒険者ギルドの前までやってきていた。

 ここで誰かが廉造を迎えるはずだが。


 と、そこで――。


「やあ、早かったじゃないか」

 

 ひどく聞き覚えのある、へらへらとした声がイサギと廉造に投げられた。

 ふたりは緩慢な動作で振り返る。まさか、と思ったのは同時。

 

「おいおい……」

「……テメェかよ」


 今まさに冒険者ギルド支部から姿を現した男は、その長い鳶色の髪をかきあげながら微笑みを浮かべていた。

 十人の女性が十人とも振り返るような美貌を持つ優男は、ギルド本部務めの証である純白に金糸の刺繍が施された外套を翻しながら、ふたりの前に立つ。


 そよぐ風がその名を讃え、降り注ぐ光が彼の栄光を輝かすであろう。

 吟遊詩人に歌われ、語り継がれるその偉大なる名は――。


「とりあえず、お腹は空いているかい?

 いい店を聞いてきたんだ。話はそこでしようじゃないか」


 人族に誕生した新たなる勇者――緋山愁は慣れた仕草で男たちを誘ったのだった。




「とりあえず上から順番に頼むぜ、オラ」

「どういう注文の仕方だよ」

「蛮族なのかい?」

「あァ?」

 

 総ツッコミを食らい、廉造は睨めつけるようにして振り返ってきた。

 教育の行き届いたウェイターはそれでも強張った笑みで注文を受けて引っ込んでゆく。


 ここは通常よりも幾分か割高で、主に平民の上流層が足を運ぶような料理店であった。

 しかし肩肘張ったスタイルではなく、少し奮発すれば庶民でも入店できる程度のランクのようだ。そのせいか店内はほぼ満員状態だったのだが。


「……なんか、次々と客が出てっちまうな」

「暴力性が皮を突き破って辺りに振りまかれているんだろうね」

「勝手言ってンじゃねェぞオラ」

 

 ため息をつくイサギと愁に、廉造がまたもうめく。

 廉造ひとりが悪いわけではない。ただ、取り合わせがおかしいのだ。


「しかし、すげーメンツだな」

「自分のことを棚に上げているね、イサくん」

「いや、まあな……」


 神剣を腰に差す勇者イサギは、バツが悪そうに目を伏せた。

 

 冒険者ギルド本部の英雄である愁と、片目に眼帯をつけた黒尽くめの冒険者。

 そして長大な槍を背負う剣呑な雰囲気をまとった男が一堂に介しているのだ。

 この軍団を平和な眼差しで眺められるのは、デュテュぐらいなものだろう。


「だめだね、これは。完全にお店の邪魔をしちゃっているよ」

「そうだな……。ちと、場所を移すか。料理も運んでもらおうぜ」

「だからなんでオレを迷惑そうにみるンだよ。あァ? 潰すぞ?」

 

 その低い唸り声に、周囲の客がまた少し遠のいた気がする。

 イサギと愁は全く同じように首を振り、席を立った。



 店を変えた先は、裏路地の汚れた薄暗いバーであった。

 以前、イサギと愁がダイナスシティで再会したときに立ち寄った店にも似ているが。

 やはりどことなく非合法の匂いがするだけに、ギルド本部の制服を着た愁の姿はひどく目立った。


「……なんだか、僕の顔を見て次々とお客がいなくなっていくようだけど」

「いや、まあな」

「テメェのせいで白けちまったンだろうな。

 ケケ、潔癖な役人はどこいったって邪魔モン扱いだろ」

「……納得いかないな」

 

 愁は眉根を寄せて椅子に深くもたれかかる。

 だがそれから気づいたように背中を見やってさらに顔をしかめた。


「く……汚れちゃうじゃないか。せっかくの制服が……。

 外地では調達の手段も限られているっていうのに、まったく……」

「アヒャヒャ」

「お前ら楽しそうだなおい」


 意地悪そうに笑う廉造の横、イサギは頬をかいた。

 ともあれ、並ばれてきた料理を眺めて、愁は溜飲を下げたようだ。


「……まあ、いい。人が少ないなら好都合だよ。

 これからの話をしようじゃないか」

「客が少ないのはテメェのせいだけどな」

「人には人に合った品格というものがある。

 この店には君の品格が相応しいということなんだろう」

「あァ、オレは気取った店よりはこんなんのが好きだね」


 イサギは肩を竦めてため息をつく。


「おいおい、お前らいつの間にそんな仲良しになったんだよ」

「イサくん、冗談は良してくれ」

「イサ、あんま調子乗ってンな?」

「わかったわかった。よし、とりあえず注文するぞ」


 口の減らないふたりを黙らせてから、イサギは飲み物を頼み、仕切り直す。


「しっかし、久しぶりだな。こうして三人が一堂に会するのは。

 俺と廉造と慶喜。あるいは、俺と愁だけなら機会はあったんだけどな」

「僕と廉造くんも仲良くしていたよ。ね、廉造くん」

「バカ言ってンじゃねェ」


 肩を回す廉造。


 あれから実に多くのことがあった。

 それでも生きて再会できるのは、やはりある種では禁術のおかげだろう。

 自分たちには力があった。それがなによりの幸運だ。


 イサギは頬杖をつきながら、斜め上に視点を持ち上げる。


「慶喜も一緒なら、同窓会ができたのにな」

「やったじゃないか。ベリアルド征野でさ」

「あんな血なまぐさい同窓会があるかよ」

「魔王として、なかなか堂々と振舞っていたじゃないか。

 あれだけ成長していれば、少しは話を聞いてみようという気になるものだよ」

「そりゃあ変わるさ。好きな女ができりゃ、男は変わるもんだよ」

「……そういうものかな?」

 

 愁は否定も肯定もしなかった。今のこの場を楽しんでいるようにも思えない。

 運ばれてきた葡萄酒に口をつけると、わずかに眉をしかめて、それから飲み干した。

 

「渋い。あまり良い品質のものではないね」

「口にできるだけマシってモンだろうが」

 

 廉造は焼けつくような蒸留酒を一気に煽る。

 ふたりに挟まれたイサギは当然ミルクだ。ちびちびと口にする。


「そんで、なんなんだよ、この三者会談はさ」

「もちろん、君たちの今後の動きについてだ」

 

 愁はようやく本題に入る。

 勇者と魔人を相手に、まるで気負うことなく対等に話しかけられるのは、アルバリスス広しといえど、愁と数人しかいないだろう。


「廉造くんはイサくんと同じように、僕の指揮下に入ってもらうよ。

 例によって『冒険者ギルド本部のエージェント』というやつだね。

 僕の指示通りに冒険者を始末する役目を担ってもらう」


 事務的な口調へと変わった愁に、イサギが念のために尋ねる。


「しかし、大丈夫なのか? 『あいつら』を対抗するために、破術がなくても」

「僕が生きていた400年前の時代に、そんなものはなかったさ。やりようはある。

 だが、もし症状の進んだものに対しても、『それなりに』有用な手段も考えついている。

 廉造くんにはそのテストケースにもなってもらうつもりだ」

「ふーん……」


 手立てがあるというのなら、それはイサギが口を挟むことではないだろう。

 最悪のケースを目撃したのは愁も一緒だ。抜かりはないということか。


「リヴァイブストーンの使用者を始末する。

 今はなによりもそれが先決だ。もちろん報酬は十分なものを支払――」

「――それで極大魔晶が手に入ンのか?」

 

 廉造は愁の言葉を遮って、身を乗り出した。

 テーブルに拳を乗せ、あらゆる真贋を確かめるような目で愁を睨みつける。


「オレの目的はそれだけだ。他にはなにもいらねェ。

 隠さずに言え、愁。――オレを敵に回したくなけりゃ、な」

「……」

 

 愁は目を細め、口元を緩めながら背筋を伸ばす。


「僕の打てる手の中では、これがもっとも確率が高いと思っているよ。

 冒険者の魔力は尋常ではない。S級A級ともなれば、一騎当千だ。

 それを集めて一箇所に押し込み、魔術によって腐敗させてゆく」

「ああ、シルベニアが提唱した理論だな」

 

 イサギたちが魔王城に呼び出された日に告げられた計画だ。

 愁がそれを引き継ごうとしている。冒険者ギルドという組織を利用して。


「ベリアルド征野に、ひとつの極大魔晶を生み出すための手はずはもう、整っている。

 あとはいくつもの冒険者の死体を奪ってくるだけだ。

 100か200か、それでも足りなければ300か。

 暗黒大陸での冒険者の数と比べても、どうだい? 倍以上ではないのかな」

「……まァな」


 廉造は腕組みをして目を閉じた。

 愁はまるで死の商人のような顔で、廉造を誘う。


「常に運び屋を手配しよう。君が殺した死体をベリアルド征野に運ぶ役目のものだ。

 君は与えられた目標を打ち倒すだけで構わない。後のことはすべて僕たちがやる」

「……」

 

 うなずきもせず、廉造は再び酒にかぶりついた。

 愁はそれからイサギの方を向き、胸に手を当てる。


「イサくん、僕はこのままダイナスシティに戻り、

 初代ギルドマスター・バリーズドの戦後責任を追求するつもりだ」

「……それは?」

「アンリマンユの死後、冒険者ギルドが主導で行なったすべての罪を清算する。

 ドワーフ族の滅亡、エルフ族の衰退、それ以外にもね、すべてだ」

「……」

 

 イサギは口元に手を当て、友の形見であるカラドボルグをわずかに鳴らす。

 

「無論、それらの罪はカリブルヌスのものだが、その断行を止められなかったのもバリーズドの罪だろう。

 僕はそう発表し、二代目ギルドマスターである彼の息子、ハノーファの辞任を要求する。

 今は撤退した魔族の状況も苦しいだろうが、僕の動き次第では彼らを救うことは十分に可能だ」

「……へえ」

「君は少なからず複雑な感情を覚えることだろう。だからこそ僕は、君に最初に告げようと思ったのだ」

 

 愁の語り口は熱を帯びてゆく。

 心の底まで覗きこむような彼の瞳だ。


「……んで、空位となった冒険者ギルドの長に、誰が収まるんだ?」

「今はまだわからない。僕は『全種族』による『選挙』を提案するつもりだからね」

「それは」

「そうさ。血ではなく、投票によって選ばれたものこそが時代を創る。

 冒険者ギルドは三代目にして、本当の意味でのアルバリススの守護者になるんだ」

「……なるほどな」

 

 うなずくイサギに代わって、廉造が言葉を継いだ。


「テメェが世界を作り変えるのか、愁」

「ま、そういう約束だからね、イサくんとの」

「魔族のことをどうにかする、だったな」

「そのために僕はここまでやってきた。任せておくれ」

 

 イサギは顎を撫でながら、愁を見据え、尋ねる。


「お前の仕事は信用できるさ、愁。

 それがお前の道の途中であってもな」

「……この世界を良くしたいと思う気持ちは、僕も一緒さ」

 

 愁と久しぶりに会ったイサギは、彼の内面のわずかな変化に気づいていた。

 けれども、口に出す必要はないと感じる。

 愁の思惑がどうであれ、彼は同じようにこのアルバリススを想ってくれているはずなのだから。

 

 イサギは煙を仰ぐように手を動かして。


「んじゃ、なんだな。

 ちっとマジメな話を続けすぎちまったし、気分転換でもすっか」

「あ?」

「うん?」


 イサギは天井を仰いで、それからふたりを交互に眺めながら。

 懐から取り出したものを勢いよくテーブルに叩きつける。


「こんなこともあろうかと思って、な」


 それはイサギが旅の途中、こっそりと作り上げていた、手描きの逸品。

 この世界において、英語とアラビア数字で描かれた、伝説の札遊び――。


 元地竜将の廉造も、冒険者ギルドの新たなる勇者である愁も、このときばかりは世事を忘れ、目を剥いた。


「な」

「これは……」

 

 それは日本人男子にとって、想像通りの歓迎を受けた。


 一国を――あるいは現存するすべての冒険者を――敵に回したところで決して引けを取ることはないであろう三人は今、夢中になる。


「……ウノやろうぜ、ウノ」


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