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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:1 少年はここでまた始まりを始め
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1-10 <プレハ>:part1

 

 彼女は召喚魔法師のひとりだった。

 初めて会ったのは、イサギが王様に謁見する直前だ。

 イサギの控え室に勝手にやってきて。

 上から下まで眺めて。

 こう言ったのだ。


「うわみすぼらしい」


 すごくショックを受けたことを覚えている。

 当時中学二年生で、奥手な浅浦いさぎくんは女の子と喋ったこともほとんどなく。

 確かに冴えない外見だと自覚はしていたが。

 まさかそんなドストレートな直球を投げつけられるとは。

 当時の彼女は、いわゆる毒舌系ヒロインだった。


 その後、王様にパートナーとして紹介されたのがプレハだった。

 宮廷魔法師第一位。それが彼女の肩書きだった。

 イサギのような胡散臭い少年とともに旅をするのは、相当な屈辱だったらしい。

 好感度が最低値からスタートしていたことを覚えている。

 そして思い出すたびにやはり凹む。


 まさか旅をしてゆくうちに丸くなるとは思っても見なかったが。

 さらに、あんな少女のことを好きになるなんて、もっと思っても見なかったが。

 確かにあれは、イサギの初恋だったのだ。

 

 

「え?」


 知らぬ間に声が出ていた。

 リミノの言葉には、現実感がない。

 辺りの景色が歪んで見える。

 耳鳴りがやまない。

 

 そんなイサギを。

 リミノは悲しそうに見つめている。


「……リミノの知っていることを話すね、お兄ちゃん。

 といっても、ずっと外界との接触を禁じられていた上に、それ以降は暗黒大陸を放浪していたから……

 知っていることはそんなに多くないんだけど……」


 そう前置きしてから、リミノは語り出す。

 初恋の人の、その最後を。

 

 

 

 魔王を倒して、暗黒大陸から帰ってきた三人。

 極大魔法師プレハ、戦聖バリーズド、そして天賢者セルデル。

 見事な凱旋だ。


 しかし、彼らの顔は優れなかった。

 なによりも尊い犠牲を出してしまったのである。


 勇者イサギ。


 彼は魔王を討ち取ったが、しかし魔王の最後の力によって消滅してしまったのだと。

 そういう扱いを受けていた。

 勇者イサギは王都ダイナスシティにて、国葬されることとなった。


『彼は死んでいない!』


 プレハは最後までそう主張していたのだと言う。

 


「それから数年して、王都に冒険者ギルドができたの。

 初代ギルドマスターにはバリーズドおじさんが就任したんだ」 

 

 バリーズドはセルデルやプレハの知恵を借りて、様々な規約を定めたらしい。

 彼は頭を使うのが得意な男ではなかったのに。

 ずいぶんと、頑張ってくれたものだ。

 

「でもそれからすぐ、ドワーフさんの国と人間さんの国が、戦争になっちゃったんだ」

 

 バリーズドがなんとか生まれたばかりの冒険者ギルドを運営していた頃。

 セルデルやプレハは、戦争を止めようとあがいていたらしい。

 具体的になにをどうこうしていたかはわからなかったが。

 イサギが救った世界で、戦争の火種をこれ以上広げたくはないと思っていたのではないかと、リミノは言う。

 

 だが、その努力は実を結ばなかった。

 全世界に発行されていた遠隔筆記魔術による新聞が途絶えたのも、その頃だとか。

 

「他の国からの情報は入りにくくなってきちゃって……

 そこから先は、断片的になっちゃうんだけど」

 

 戦争が始まってから数年間。

 ぽつぽつとプレハの噂が伝わってきた。

 

 しかし彼女はどうやらダンジョンを攻略していたらしい。

 大小様々なダンジョンに潜っては踏破して。

 それは前人未到のハイスピード攻略だったという。

 年間レコードはなんと、32。


 そうして彼女は迷宮女王の称号を得たとか。

 一体なにをやっているんだか。


 

 バリーズドはそれからもずっとギルドマスターを務めていた。

 冒険者ギルドの支部は世界中の街々に、凄まじい早さで作られていった。

 いつの間にか、遠隔筆記魔術による交信術は、冒険者ギルドが独占することとなったらしい。

 それ以後も、冒険者ギルドは多くの秘術を独占し続ける。

 革新と組織強化を繰り返し、ますますその勢力を増していった。

 今ではその権力は、大国パラベリウの王にも匹敵するという。


 

 セルデルに関して、リミノは口をつぐんだ。


「セルデル……さんは、その、よくわからなくて」


 彼は元々、エディーラ神国の司祭だ。

 元の役目へと戻っていったのだろうか。

 イサギにはもう、詳しく問い正す気力もなかった。


 

 冒険者が様々な悲劇を繰り返したというのなら、それを行なったのはバリーズドなのか。

 かつてあらゆる戦士の頂点に立ち、戦聖の称号を得た男は権力に目が眩んでしまったのだろうか。

 人殺しの命令を世界中に発行し、王様のように気取っているのだろうか。

 

 いや、彼はそんな男ではない。

 そう信じていたい。

 信じる以外にはない。

 彼のような愚直な人間を、裏から操っているものがいるのだ。

 そうに違いない。

 

 宮廷の権力争いに無縁だったイサギには、人間たちの闇を知らない。

 想像するしかない。

 バリーズドやセルデルの生きた、この20年を。



 イサギは拳を握り締めながら、問う。


「プレハは、どうなったんだ」

「……えっと」


 リミノは視線を落とす。


「お姉ちゃんは、大迷宮を攻略していた際に、そのまま帰らぬ人になった、って……」

「……」

「暗黒大陸をさまよっていたときにね、聞いたんだ。

 勇者イサギに続いて、これで二人目か、って……」


 イサギは膝の上で腕を組み、考える。

 もぞりと目玉を動かして、リミノを見やる。


「亡骸は」

「え?」

「その、プレハの遺体は、見つかっていないのか?」

「う、うん……そう、みたい」


 こくこくとうなずくリミノ。

 イサギの身体に血が通ってゆく。


「そうか」


 少しだけ、気が楽になった。

 イサギは大きく息を吐く。


「俺のやらなきゃいけないことが、またひとつ増えたな」

「やらなきゃいけない、こと?」

「ああ」


 イサギは胸のノートに記入する。


 焦ることはない。

 歪んだこの世界の病巣はどこにあるのか。

 ひとつひとつ事実を確認しよう。

 そうして、優先順位をつけていこう。


 当面のやることは、この辺だろうか。



1:魔族を守る

2:人族に追われた人々を解放する

3:冒険者ギルドをなんとかする

4:セルデルとバリーズドに無事を知らせる

5:プレハの生存を確認する

6:極大魔晶を手に入れる



 心情的には最優先は5番にしておきたいところだけど。

 こちらが見つけなくても、プレハはしぶとくどこかで生きているだろう。

 きっとそうだ。


 先にやるべきは1番だ。

 これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。

 魔王城と暗黒大陸の防備を固めるべきだ。

 先に進むのはそれからだ。


 次は3番と4番か。

 手紙で済ますことはできないだろう。

 偽物だと破り捨てられるのがオチだ。

 直接イサギが向かわなければなるまい。


 2番はなかなか骨が折れそうだ。

 6番は他の魔王候補と分担してやっていきたいものだ。

 

 20年かけてこうなったものを、1年や2年で全て直せるとは思えない。

 手の届くところから、ひとつずつ行なっていこう。

 

 

 そうして全てが終わったら、 

 ――20年前に戻ろう。

 

 

 別にこの世界をどうこうしなくても。

 20年前から正していけばいいのではないか、と一瞬だけ思ったけれども。


 でも、それじゃあだめだ。


 だってイサギが召喚されたのは、20年後のこの世界なのだから。

 ここを放置して20年前に戻るなんて、そんなのは勇者のやることではない。

 イサギがこの世界に召喚されたのは、きっと意味があることなのだ。

 自分でなければできないなにかが、ここにあるのだろう。


 だから、

 帰るのは全てが終わってからだ。



 

「よし」


 イサギは自らの頬を張った。


「これから忙しくなるかな」

「……お、お兄ちゃん?」

「うん?」


 リミノを見やると。

 彼女は慌てて両手を振る。


「う、ううん、なんでもないの。

 でも、お兄ちゃんが元気になってくれて、良かった」


 イサギは苦笑する。


「意外とな、『もうだめだ』っていう絶体絶命のピンチは何度もくぐり抜けているからさ。

 俺は自分の目で確認しないうちは、信じないようにしているんだ」

「そっか……やっぱり……かっこいい、お兄ちゃん♡」


 憧れの眼差しで見つめられて。

 参ったな、と後頭部をかく。


 

 そのときだ。

 ドアが二度ノックされる。


「あ、あのぉ~……イサさまぁ……?」

「デュテュ? どうぞ」


 イサギが声をかけると、ドアが小さく開く。

 顔を見せてきたのは、ちょろホでお馴染みのお姫様。


「あの、実は禁術の施術をお断りになったとお聞きしまして、それで……

 あ、あら? リミノちゃん? どうしたんですか、こちらで」


 デュテュは目をパチクリさせる。

 ちなみにリミノはまだイサギの腕に絡みついたままである。

 

「なんだかね、この子の生き別れの兄に俺が似ているみたいでさ。

 それで懐かれちゃって、ここでお話していたんだ。

 魔族の情勢ももうちょっと詳しく聞きたかったし」

「……そ、そうなんだよ、デュテュさま」


 リミノがなにかを言うよりも、イサギが手早く答える。

 エルフ族の王女もこくこくとうなずいた。


 デュテュは胸の前で、にこやかに手を重ねる。


「あらぁ、そうだったんですねぇ。

 うふふ、リミノちゃんがそんなに楽しそうにしているところなんて、わたくし初めて見ましたぁ。うふふふ」


 このお姫様は疑うということを知らないらしい。

 ちょろい。


「でもでも、だめですよ。魔王候補さまはお忙しいんですから。

 リミノちゃんもちゃんとお仕事しなきゃメッですよ」


 笑顔でこちらにやってくるデュテュ。

 人間嫌いの設定はどこに行ってしまったのか。

 イサギにはもう完全に心を許しているようだ。

 ちょろすぎる。


「あのー、デュテュさまー」

「はぁい? リミノちゃん」


 ちゃん付けしているが、リミノはデュテュの二倍以上の年齢である。

 それはともかく。


「リミノ、きょうからお兄……じゃなくて、イサギさまの専属メイドになるね!」

「え?」

「えっ」


 イサギだけではなく、なぜかデュテュまで反応した。

 リミノはまた体重をかけてくる。


「ね、お兄ちゃん、いいよね、お兄ちゃん? ね、ね、ね?

 リミノをそばにおいて? お兄ちゃんのためだったらなんだってするから、ね?」


 屈託のない笑みだ。

 だがその目の奥には、激しいほどの恋慕の感情が浮かんでいる。


 イサギとしても、リミノをそばに置くことはメリットがある。

 彼女は現時点において、イサギの秘密を共有するただひとりの人物だ。

 うっかり口を滑らせないためにも、常に一緒に行動するのは利点だろう。


 問題もひとつある。

 それは、自分が浮気をしてしまわないか、ということだ。


「でも、な……」


 渋い顔をする。

 もし本当にプレハがこの世にいないのだったら。

 リミノに迫られても拒絶する理由はない。


 デュテュもだ。

 ついでにシルベニアも。


 ハーレムでもなんでも作ればいい。

 それが魔王の特権なのだ。


 しかし。

 プレハが生きているのなら、これはまた別の話だ。

 イサギは20年前、プレハにプロポーズをした。

 そのときの答えをまだもらってない。

 つまり、保留中だ。

 ずいぶんと長い期間だが……


 その間に誰かと情愛に耽るというのは、これは浮気に当たる。

 それはだめだ。

 まずはプレハに会って、きっぱりと断られてからではないと。


 当時プレハは15才だった。

 つまり今は……

 

 35才。

 プレハさんじゅーごさい。


 なかなか厳しいものがある。

 自分との年齢差は19才差だ。


 けれど、希望もある。

 彼女は魔法師だ。

 膨大な魔力を秘めている者は、加齢スピードを調節することもできるという。

 当時と変わらない美貌を備えている可能性もある。

 つまり、こうだ。

 

 プレハ35才。

 ただし外見は15才。

 

 十分だ。

 むしろ年を取ってあのエキセントリックな性格が丸くなっているのなら。

 それこそ万々歳じゃないか。


 20年経って、リミノがこれほどに積極的になっているのだ。

 それならプレハなんて、一周回って献身的な淑女になっているかもしれない。

 

「うん、ごめん、リミノ」

「えっ!?」

「普段はいつもの仕事をしていてほしい。俺が用があるときは呼ぶからさ」


 するとその途端。

 リミノの大きな瞳にぶわっと涙が溢れ出す。


「お、おにいちゃぁん……

 そんな、リミノのこと、き、きら゛い゛に゛……」

「いやいやいや違う違う」


 だめだ。

 明るく振舞ってはいるが、リミノはまだ不安定だ。

 20年ぶりに会ったのだ。

 それがどれほどの重みなのか、自分はまだ理解していなかったのだ。

  

 しばらく面倒を見てあげないと。

 優しくしてあげると決めたばかりじゃないか。


「わ、わかったわかった。そばにいてくれていいから」

「えっ……ほ……ほんとに……?」


 濡れた瞳の上目遣い。

 庇護欲をそそられる。

 リミノは十分魅力的な女性だ。


「え、えっと、あのぉ……」


 するとおずおずとデュテュも手を挙げる。


「じゃ、じゃあわたくしも、その、イサさまの専属メイドにぃ……」

「なんでだよ、あんたは雇用主でしょう」


 突拍子がなさすぎる。

 思わず冷たく突っ込むと。


「ひぃぃぃ……ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」


 彼女はがくがくと震えながら部屋の隅っこまで逃げてゆく。

 ああ。

 そうだった。

 彼女にはこういうところがあるのだ。


 ……優しくしてあげると決めたんだった。


「う、うそうそ。ごめんごめん、デュテュ。とりあえずメイドっていうのは意味わからないけど、暇だったらいつでも相手になるさ」


 パァ~~っと。

 デュテュの笑顔の花が咲く。


「い、イサさま、お優しいぃ……う、うう、大好き、です……

 ちゅっちゅ、ちゅっちゅしたいですぅ……」


 ぺたぺたと歩いて、反対側の腕に抱きついてくる。



 なんなんだこいつらは。


 いや、リミノはいい。彼女はまだわかる。

 なんたって絶望の淵にいたところに、20年ぶりの再会だ。


 じゃあ、なんなんだこのお姫様は。

 アメでもあげたらどこまでもついてくるんじゃないだろうか。

 今度試してみようか。


「そもそも、なにか用事があって来たんじゃなかったか? デュテュ」

「え? そうでしたか?」


 とぼけているわけではない。

 この顔は、本当の本当に忘れている。


 アホすぎる。

 額に『わたくしはアホです』と落書きしたいぐらいだ。

 懸案事項に追加だ。



7:雇用主のアホをなんとかする。



 左側には。


「イサさまぁ、お優しいですぅ……」


 まるで子猫のように目を細めるデュテュ。

 不可能な気がする。


 ついでにこれも。



8:浮気はしない。



 右側には。 


「えへへぇ♡」


 頬をすり寄せてくるリミノ。

 ……無理かもしれない。

 

 

 でも、とりあえず、がんばろう。

 できることを、少しずつやっていこう。

 

 手の届くところから始めよう。

 3年前と同じように、一歩ずつ歩んでいこう。

 

 みんなにとっての、頼みの綱(ラストリゾート)となれるように。

 だってここが、イサギにとっての新たな世界なのだから。

  

  

  

 Episode:1 少年はここでまた始まりを始め End

  

   

   

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