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勇者イサギの魔王譚  作者: イサギの人
Episode:9 意志断つ剣は、誰が為に
105/176

9-10 槍の歌

 拳の一撃でゴールドマンをぶちのめしたイサギ。

 荒い息をつきながら、その場でふらつく。


「せ、先輩!」

「ああ、悪ぃ……」

 

 慶喜に手を借りて立つイサギ。

 地面にめり込んだゴールドマンは完全に伸びているようだ。

 

「大丈夫……そうじゃないっすよね、汗が尋常じゃないっすよ……」

「大したことはねえよ」

 

 そんなはずがない。告げる一言すらも苦しそうだ。

 イサギは慶喜に寄りかかりながら。


「それよりも、なあシルベニア」

「……うん」

 

 肩を抑えながら立ち上がるシルベニア。

 彼女もまた、満身創痍。イサギ同様に息も絶え絶えだ

 

「どうする、この男の処罰は」

「……」

 

 イサギはハッキリとシルベニアに聞いているのだ。

『殺す』かどうかを。

 

 魔法師は拘束することができない。

 それこそ、イサギやレ・ヴァリスの長時間効果を及ぼす破術でも世界に広まらない限りは、無理だろう。

 以前、リミノを苦しめた沈黙陣ですら、感覚だけで魔法を撃てる『魔法師』には意味がないのだ。

 だから――。


「シルベニア」

「うん」

 

 どうするのかと、イサギは問うているから。

 シルベニアはうなずいた。


「大丈夫、イサ。あたしがやるの」

 

 小さな少女は敢然と歩き出す。


 慶喜から銀鉄の剣を借りて、シルベニアはゆっくりと近づいてきて。

 身動き一つ取らないゴールドマンを見下ろす。


「イサ、あたしが決着をつけるから」

「……お前が越える必要はないぞ、シルベニア」

「助けてくれたことは、ありがとう、イサ」


『ありがとう』と、

 あのシルベニアが口走ったことは確かに今までにない驚きだった。

 感謝の念を彼女が素直に現す日が来るとは。


 そんなシルベニアは、銀鉄の剣を引きずりながらゴールドマンの前に立ち。


「でも、あたしの道を勝手に決めないで――」


 凛然と言い放った。


「……そうか」

「あたしはそこにいるようなヘタレ眼鏡魔王と違うの。

 肝心なときに現れたのに時間稼ぎぐらいしかできない眼鏡じゃないの。

 やるときはやれる子なの」

「もうメガネはしてないんっすけど!」

 

 シルベニアは剣を掲げて、そこで制止する。

 彼女はただの一度もゴールドマンに対して殺意を抱いたことはなかった。

 潰すとは言ったけれど、殺すとは言ったことがないのだ。

 

「…………」

 

 首筋にその刃を振り下ろせば、今すぐにでも命を断てるだろう。

 だがそれは、たったひとりの家族を殺すということだ。

 戦争で生き延び、目覚めたシルベニアを迎えてくれた兄を殺害するのだ。

 それも、自分の手で。


 シルベニアはそれほどの業を――兄殺しの汚名を背負って生きていく覚悟がある。

 それもすべて、ゴーレム製造工場を爆破したときに決意していたことなのだろう。

 

 命の重さに価値はあるか。

 今まで殺し続けてきた人間族と、たったひとりの兄。その違いがあるのか。

 かつてのシルベニアなら、きっと悩まなかったはずなのに。

 どうして今はこんなに――手が震えてしまうのか。


「……はぁ、はぁ……」

 

 失うことの意味。

 それはもう二度と手に入ることのないものだから。

 どうして。

 なにもかももういらないから、ぶち壊すつもりだったのに。

 兄が生き続ける限り、シルベニアの心に平穏は戻らないはずなのに!

 

 シルベニアの手に、手が添えられる。


「……え」

「いいさ、シルベニア」

 

 剣が奪われる。


「その役目は俺さ。俺でいいんだよ」

「――や」

 

 指を伸ばす。

 なぜ制止してしまったのか、自分でもわからない。

 ゴールドマンを憎んでいたのは間違いなく。

 あるいはそれは、意味などないただの衝動だったとしても。

 剣を振り上げるイサギを止める術がなくても。

 シルベニアの胸の中に生まれた言葉は、一体何だったのか。


『愛情』、『執着』、『絆』、『憎悪』、なにもかも違っていたような気がする。

 シルベニアは思わず身を投げ出してしまって――。

 ――剣を阻むように。


「シルベニアさん!」

「シルベニアさま!?」

 

 慶喜とロリシアの叫び声。

 シルベニアの目の前で、魔力が弾け飛ぶ。



 ――ゴールドマンの赤い瞳がこちらを見ていた。



 凝縮も発動もただの一瞬。彼自身が全身の魔晶を犠牲に――その魂さえも対価に発動したその奥義。振動波。100%の威力を超えた100%の魔弾。

 その手のひらからなにもかもを破壊し尽くす衝動が発散されようとするのを、イサギたちは見た。


「覆滅せよ」


 魔法弾だ。それもこれまで以上の、最高威力の。


 ラストリゾート・フィールドの展開は――間に合わない。

 あれは放出・拡散・維持の3段階の手順を踏まなければいけないため、イサギの扱う術の中で最も複雑なコードの形成を必要とする。

 今のところ、かかる時間は最低で五秒――。もしも傷が完治すればそれ以下の発動が可能になるかもしれないが。

 躊躇している暇はない。


「ラストリゾート!」


 叩き込む、真っ白な破術を。

 その上でゴールドマンの命を奪う。それがその場のイサギの取った選択だった。

 ゴールドマンの魂の魔法弾はその効果を打ち消されて、この世界から魔力の残滓となって溶けて消え去って――。


「――覆滅せよ!」

 

 さらに左手を突き出してくるゴールドマン。

 そんなものが何になる――。

 

 ――いや、ゴールドマンの左手の先の様子がおかしい。

 あれの先端はすでに魔晶化が進んでいる。

 ということはすなわち。

 イサギの破術は流れる滝の水を一瞬切っただけだ。すぐに彼の魔力は戻る――。

 

 本当に小さな爆発。それは威力などほとんどなく、イサギの目を眩ませるだけの効果しかなかった。

 イサギはシルベニアを抱き込んで、後ろに跳躍する。彼の顔の歪みはさらにひどく、痛みに声を漏らすほどであった。


「連発できねえな――!」

 

 破術の負担が『今のイサギ』には、あまりにも重すぎる。

『これほどまでに』違うのかと、イサギは剣を取り落としながら思う。

 

 慶喜の張る結界の中に退避し、イサギは再びフィールドのコードを描く。

 イサギ、慶喜、シルベニア、三人の法術を重ねてもゴールドマンの魔法を防げはしないだろう。

 必要ならば、今のフィールドを破棄し、新たに放射系の破術を放たなければならないが――。


 二枚の破術を用意しながら、イサギは晴れてゆく煙を見つめる。


「……そうか」

 

 だが黒煙の中には、だれひとりとしていなかった。

 ――そう、ゴールドマンに逃げられたのだ。

 

「ど、どこにいったんすか!?」

「聞いた話だと……恐らく空中戦艦だな」

 

 狼狽する慶喜。影から自分たちを狙っているのだとしたら今度こそ致命打を食らうだろうが。イサギは首を振る。

 目線で問いかけるとシルベニアはうなずいた。


「にいさまは、あの戦艦を起動するつもりだと思うの。

 今のうちに追いかけて破壊しないと……」

「いい、放置だ」

「……え」

 

 イサギは一も二もなく首を振った。

 唖然とするシルベニアにも構わず前を見据えて。


「今はあの程度の小物――ゴールドマンに構ってやる暇はない。

 戦争が始まろうとしているんだ。どう考えてもそっちが先決だ」

「でも」

「シルベニア。デュテュが心配だろ?」

「……別に」

 

 そっぽを向くシルベニアに「素直じゃないな」とつぶやきながら。

 

「ロリシア、シルベニアを支えてやっててくれ。

 慶喜は、そうだな」

「は、はい!」

 

 イサギはくたびれた顔で、ハウリングポートから伸びるブレイブロードの先を顎で差す。


「……とりあえずあれを徴発してきてくれるか」

 

 目を凝らせば、遠くからこちらに向かって走ってくる二頭の馬がいた。

 恐らく斥候の部隊だ。


「りょーかいっす」

 

 慶喜はまるで力こぶをアピールするかのように片腕を曲げて笑った。


 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 

 ブロンズリー郊外。

 ちょうど国境沿いの平原。

 

 冒険者400名と200名のドラゴン族。そして遅れて到着した主要騎士団4000が立ち並んでいた。

 愁とアマーリエ、廉造、それにブルムーン王国の騎士団長がそれぞれ指揮を取る。

 

 広がる平原に向かい合うのはピリル族と魔族。

 2000と400。数の上ではこちらが倍以上なのだが。

 

 幕営の外に出て、段の上から眺めるそこはベリアルド平野。

 横手にはハウリングポート及びブルムーン王国一帯を支える大農園地帯がどこまでも広がっている。


 廉造と愁。同郷の異世界人は並び立ち、手を顔の前にかざして彼方を見やる。


「見渡す限りの平野……やっぱりあいつらが迎え撃つとなりゃ、ここ以外はねェか」


 うめく廉造。

 愁がうなずく。


「そうだね。良い場所を選んだと思うよ。

 彼らは僕たちに突破されたら空中戦艦を失うことになってしまうだろうからね。

 だから迎撃するにしても、術師の力を最大限に発揮できるこの開けた場所を選んだのだろう」

「他人事みてェに言ってンじゃねェよ」

 

 舌打ちする廉造。

 愁は肩を竦める。


「もっとも条件が良いというのならこちらだって同じさ。

 ドラゴン族が空中から繰り出す爆砕槍。

 それに冒険者は中に斬りこんでかく乱することだってできる。

 なによりもアピアノス王の精鋭騎士団が間に合ったんだ。これは大きいだろう。

 決して負けてはいないよ」


 それは比較的、楽観的な意見であった。

 思い通りにはいかないだろう、と愁はおろか、他の皆も思ってはいる。

 廉造は決して焦っているわけではないが、己の中の熱をくすぶらせている現状が我慢ならないのだ。


「だったらなんで睨み合ってンだよ。

 突っ込めばいいじゃねェか。空中戦艦をぶっ壊すンだろ?」

「とはいってもね。何事にも段取りというものがあってさ」

「お伺い立ててから突っ込むってか? オママゴトやってンじゃねェぞ」

「短慮だなあ、キミは」

「ああン?」

「こらこら、アンタたち……」

 

 仲の悪いふたりの間に、アマーリエが頭を抱えながら首を突っ込んできた。

 廉造、愁、そしてアマーリエ。三人揃ってようやくパワーバランスが均衡と化す。


「策はあるんでしょ、そういっても、シュウくんの言うことだし」

「んー、どうだろうね」

「はあ!?」


 愁が微苦笑すると、今度はアマーリエまでも敵に回った。

 

「で、なんだよ、なんなンだよ。ビビってンのか? テメェ。

 マールやローラ、レルネリュドラだって傷を負ってンだ。

 やり返さねェと気が済まねェよ」

「そうよ、それに……あの人の、弔い合戦でもあるんだから」

「……まあね」

 

 こちらの士気は高い。廉造、愁、アマーリエの三人で1800人を打ち倒すのは冗談としても、相当な数を斬り捨てるつもりだ。

 だが、それではどちらもただではすまない。

 

「確かにレ・ヴァリスは強かったよ。

 もう一度戦うとなれば今度の被害も甚大だろう。

 最悪、僕かキミが、死ぬかもしれない。というか、本当は死んでいたはずだからね」

「……この槍さえありゃあ、負けねェ」

 

 と、廉造が握るのは青白い槍。

 無論、晶槍の類である。


「爆槍スワヒラ。無限に使える爆砕槍みてェなモンだな。

 ただ、これは持ち主の魔力に応じた威力が出る。

 つまりオレが使えば、砦ぐらいなら吹っ飛ばせるさ」

「……大丈夫なのかい、それ」

「使う際にゃ、障壁と併用だな。だがもうあの隕石は食らわねえ」

「なるほど」

 

 今度は愁が剣を見せる。

 真っ白な刀身の剣が『二振り』。


「……そいつァ?」

「秘密兵器」

「チッ。オレにはだんまりかよ」

「別に、信用していないわけじゃないんだけどね。

 だけど、切り札をそうそう見せることはできない。

 これはもう僕の性分なんだ。

 まあそれなりの働きはするさ。死にたくはないからね。

 それよりも、だ。見てごらん」

「あァ?」


 遥か遠く。目を細めればデュテュの姿。

 普段のドレスやローブ姿ではない。髪を束ねており、スカートに胸当てを身につけている。

 そしてその手には、輝く剣。晶剣だ。


「……マジかよ」

「実際に目にすると、ちょっと驚くね……」

 

 事情を知らないアマーリエだけがごくりとノドを鳴らした。


「……あれが真・魔族帝国の総大将、魔帝の娘デュテュね。

 良い気迫じゃない。相手にとって不足なしよ」

「……」

 

 顔をしかめる廉造。アマーリエにその意味はわからないけれど。


「で、だ。なんだよ、段取りっつーのは。

 モタモタしてっとあの戦艦が来っぞ、オラ」

 

 廉造のドスの利いた声にも、愁は涼しい顔。


「待てば事態は好転する。さて、マルかバツかね」

「バツに決まってンだろ。はっ倒すぞ」

「さっき、僕はキミのことを信用してなくはないと言ったけれど、

 僕は基本的に誰のことも信じてはいない。ああ、アマーリエくん、キミは別だよ?」

「うっせェ、知るか」

「そうよ、バカなの?」

 

 ふたりに責められ、愁は苦笑い。


「でもひとりだけ、そんな僕でも信じてみようかな、って人もいるんだよね。

 だからさ、待とうじゃないか。ギリギリまで。

 大丈夫さ。空中戦艦が動き出す気配があったら、メタリカが知らせてくれる手はずになっているからね」

「こっちがそう思ってても、あいつらが突撃してきたらどうすンだよ」

「そのときは、まあ、やるしかないだろうさ」

 

 愁の瞳が鋭利な光を放つ。

 これだ。

 

 時々、廉造は思う。

 愁の目的はまるでわからない。冒険者ギルドを抱き込んで一体この世界でなにをしようとしているのか。イサギと手を組んで、どんなことをしようとしていたのか、それがわからない。

 だが、そんなものはどうでもいいことだ。



 そのとき、真・魔族帝国並びにピリル族の連合軍から、軍議の使者が届く。

 それに応じるのはアマーリエ。早歩きで悠然と向かってゆく。


 ふたり残された愁と廉造。乾いた風が吹く。

 廉造はぽつりとつぶやいた。


「愁。もしこの戦いで極大魔晶が手に入ったら」

「……」

「オレがもらう。邪魔はさせねェぞ」

 

 ふぅ、とため息をついて愁は前髪をかきあげる。


「いいだろう。それを手に入れて、キミはダイナスシティからシルベニアちゃんの力で、元の世界に帰るんだろ?」

「ああ、当然だ」

「妹さんの無事を、僕も祈っているよ」

「……ああ」

 

 この世界に呼び出されて――あれからもう二年近くが経つ。

 今の愛弓はもう中学3年生か。

 たったひとりで、一体どんな風に暮らしているのか。

 頼れる親戚なんてもういないのに、家もなく、どこにいったか。

 元の世界に戻ったら、今度は廉造は愛弓を探す日々が始まるのかもしれない。

 

 このアルバリススでどれだけ強くなろうが、どれだけ女を抱こうが、

 どれだけの地位を手にしようが、どれだけの富を得ようが、そんなものはすべて幻だ。

 廉造にとって、夢と変わらない。

 愛弓がいないこの世界に、価値はない――。

 

 それこそが廉造を奮い立たせるための炎。

 二年間、変わることのなかった魂の墓標。


「だがな、愁」

「ん」

「北海道の、札幌市なんさ」

「……それは?」

「オレと愛弓が過ごしていた街だ。冬の寒さは厳しく、雪に覆われて、そりゃあなまら面倒くせェ街だ。

 まるでいいことなんてねェと思ってたンだけどな」

「へえ」

「もし戻れることがあったら、あっちでもまた会おうじゃねェか。

 イサやヨシ公、テメェも一緒にな」


 ふたりだけに通じる会話。

 ふたりだけの間に、流れる空気の色が変わる。


「あいにく、僕は東京都生まれの港区育ちだよ。ずいぶんと遠いね」

「走ってこいよ」

「無茶を言うなよな。地球に『魔世界』なんてものはないからね。

 僕たちがここで得た力はすべて失われてしまうんだよ。

 それに、4つの極大魔晶が揃うのなんて、何年後になることか」

「老いぼれたって忘れねェよ。肩を並べて戦った仲間ならよ」

「僕にはそういう同族意識はないよ。

 戦いの前の高揚感に酔って己を高めるのは良いけどね。

 勝手にキミのファミリーに組み込まれるのは、なんだか気持ち悪い」

 

 顔をしかめる愁。包み隠さない彼の言葉に、廉造は舌打ち。


「ケッ、人付き合いのわからねェやつだ」

「まさかキミにそんなことを言われるとは思わなかったよ。

 召喚当時、誰の言葉も聞かずに孤高を貫いていたキミにね」

「昔の話を持ち出すんじゃねェよ。お返しに刺し貫いてやるか?」

「その言葉、そっくりキミに返そう」

 

 廉造のこめかみがひくついたことを確認し、愁は意趣返しの後、告げた。


「ただ、噂の愛弓ちゃんには興味があるな。

 できれば、お互いが若い時のままに会っておきたいと思うよ」

 

 その肩を廉造が掴んだ。


「……やっぱりここで勝負つけるか? あァ?」

「ご冗談」

 

 するりと腕をすり抜ける愁。

 美男子そのもののしなやかさで廉造を袖にすると、彼はアマーリエの元へとゆく。

 

 使者はピリル族。狼のような耳を生やした壮年の男だ。

 彼が首につけた紋章は、獣族の中でも高い地位――百獣長の証である。


「お初お目にかかる冒険者ギルドの『英雄殺し』シュウ殿とお見受けシタ」

「ああ、間違いない。この軍の指揮を取らせていただいているよ」

「このたび我が主レ・ヴァリスさまよりの書をお持ちいたシタ」

 

 唸り声のようなその言葉は少しだけ聞き取るのに苦労をした。

 ピリル族が『犬』と揶揄される発音である。

 彼らの中には人間族とほとんど関わらずに生きてゆくものも多く、『なまり』のようなものが取れていないのだ。


「シュウくん、これ」

「うん」

 

 アマーリエから受け取った書状には、以下のような文面があった。


「……決闘? まるでドラゴン族のようだね」


 5対5の勝ち抜き戦。

 互いの強者を出し、戦おうというのだ。

 使者に真意を問う愁。


「なんだい、これは」

「ただの享楽であると我が主レ・ヴァリスは申してオル。

 戦の前の鼓舞だ。腕の立つものを五人ずつ。

 血の『たぎり』も少しは静まれヨウ」

「……ふむ」

 

 時間稼ぎか。

 彼らはなにかを待っている。そのひとつは空中戦艦であるだろうし、他にも切り札があるのかもしれない。

 その思惑のすべてを見通すことは、いくら愁とて不可能だ。

 

 しかし、この提案は、愁にとっても願ったり叶ったりだ。

 そのために愁は待っているのだから。


 空中戦艦がもしひとつだけではなく――ふたつ、三つ揃ったとしても。

 ――彼がここに来るのなら、そんなものは勝負にもならない。

 

「いいだろう、僕たちはこの提案を引き受けよう」

 

 もしレ・ヴァリスが出てくるとしても、構わない。

 そのときは秘蔵のリヴァイブストーンをブチ込んだS級冒険者を送り込んでやろう。

 決して死なぬ不滅の兵を、あの獣の王がどのように処理するかは見ものだ。

 破術を消費させることもできる。


 しかしそんな愁の冷ややかな目を見て判断したのか、使者は首を振る。

 

「レ・ヴァリスさまは出ナイ」

「……へえ」

「お手をわずらわせる必要などないノダ。

 どんな相手を出してこようとも我ら五人を打ち破ることはでキヌ」

「そうかい、わかった。

 詳しいルールについてはあとで書状で送ってくれ。こちらも五人を揃えよう」

「ああ」

 

 そう言い、使者は戻ってゆく。

 

「……さすがに王様がこんなところにノコノコと出てくるわけはないか。

 馬鹿だと思っていたんだけどな」

 

 自らの髪を撫でる愁。

 五人のメンバーはもう頭の中で決まっている。どうせS級とS+の冒険者で固めればいい。

 彼らの勝敗など大局には関わりがないのだから。

 

 けれど。


「オレも出るぜ、愁」

「……」

 

 そう言い出してきた廉造。

 愁は心中、頭を抱えた。


「こういうのは普通、どんなに武勇に優れたものであっても、

 一騎打ちに応じることはないんだよ、廉造くん」

「前にイサと戦ったぜ、オレァ」

「彼は別だ。標的を確実に殺す能力を持つ奥の手を出さない理由がない」

「レ・ヴァリスもか」

「そうだ。だがキミは違う。

 キミはあくまでもドラゴン族を率いる将軍であり、戦術軍師だ。

 現代日本から持ち込んだその采配や指揮の才は買うが、力においてこの世界のトップには立てない」

「ンだな」

 

 廉造は静かに認めた。どういう心の持ちようか。

 愁の前で拳を重ねあわせて。


「だが、それが努力しない理由にはならねェ」

「……廉造くん」

「オレが先鋒だ。死んだら骨は拾ってくれや」

 

 後ろ手を振る廉造に、愁はどうしようもないため息をつく。

 ここまで言うことを聞かないと、もはや手駒としては使えないな、と。


 隣にいるアマーリエが剣を抱えながら、わずかに目を輝かせて告げてくる。


「ならあたしは次鋒ね」

「それはダメ」

 

 愁はぴしゃりと言い放った。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 

 

 両軍が見合う中。

 槍を担いだ廉造と、徒手の男が両陣営から歩み出る。


 最初の一人目は、先ほどの使者。

 巨躯のピリル族は自らを「ブランデル」と名乗る。

 

「小僧、腕試しとはいえ、殺してしまっても構わぬノダ」

「ほう」

「百獣長は百の部族を束ねる長。百の長の長。我が力、百のモノ。

 小僧、命が惜しければここからサれ」

「いいから、とっとと始めっぞ」

 

 背を向ける廉造。彼のその体躯はピリル族に比べてあまりにも小さすぎる。

 嘆息するも、一族の誇りとして全力で挑むことを決意するブランデル。


「ならばその魂、我が糧に――」

 

 両爪を突き出しながら迫るそのブランデルに。

 ――廉造は槍を突き出す。


「ワリィな、名前、忘れちまった」


 早い――。


 槍はブランデルのこめかみを掠り――。

 ――次の瞬間、その頭部を爆砕させた。


 吹き飛ぶ首から上。撒き散らされる脳漿。前のめりに倒れ、果てる体。地を濡らす血。

 それらすべてを踏み越えて、廉造は槍を回し、肩に乗せて。


 ――こんなところでは立ち止まれない。

 愁に、イサギに、レ・ヴァリスに、敗北をし続けてきても。

 

 だからいって、頂点を目指さない理由にはならないのだ――。

 元の世界に、元の家に、そして、妹の元に帰るためにも――。


 廉造は獣たちを促す。


「さ、次」

 

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