9-7 Silver and Gold dance
ブロンズリー郊外。
あるひとりの冒険者が西を指した。
「……おい、なんだあれ」
彼は斥候として、冒険者及びドラゴン族連合部隊の先鋒を務める男。
その横に並ぶ女の冒険者は、遠目鏡を覗き、眉をしかめる。
「……なにかしら。黒煙? 不気味ね」
「ハウリングポートの方角だよな」
「……まるで山が燃えているみたい」
あれは一体なんだろう、と顔を見合わせるふたり。
次から次へと舞い上がる煙は、まるで空をも覆い尽くす瘴気のようであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ベリアルド平野西。
ピリル族の先頭に立ち足を進めていたレ・ヴァリスは、突如として鳴り響く轟音に振り返る。
「……あ?」
すぐにオハンを操り飛び上がる彼が見たのは、紅蓮の炎に焼かれるハウリングポートの姿であった。
ひとつの街が跡形もなく焼けてゆくさまは、生理的な恐怖感を喚起した。
「……なんだありゃ」
呆然とつぶやき、レ・ヴァリスはゆっくりと地面に降り立つ。
辺りのピリル族たちの間に混乱は起きていないが、だが誰もが怪訝そうな顔をしている。
レ・ヴァリスはうかつなことを口走ることなく、待機の命令を告げ。
それから真・魔族帝国の戦列へと向かった。
彼らは武装馬車の中にいる。レ・ヴァリスは扉の開いてあるそのひとつへと到着した。
二代目魔帝デュテュがその側近イグナイトとともに、報告を受けている最中だった。
「なにを聞いているんだよ、姫さん。俺様も混ぜろよ」
「レ・ヴァリスさま」
「……」
イグナイトが自然とデュテュをかばうように前に歩み出てくる。もはや彼の性分なのだろう。
レ・ヴァリスは肩を竦めながら首を突っ込む。
「んで、なんなんだ、ありゃあ」
「……わたくしたちにもまだわかりません。
けれど、冒険者たちの姿は見えないそうです」
「またあの部下が独断行動か?
跡形もなくハウリングポートを消し去って、人間族に打撃を与えようっていうのかよ。
わざわざ退路を吹き飛ばすとか、わけわかんねえな」
「……そうですね」
デュテュは真っ赤に染まる西の空を眺めながら。
「イグナイト。できればあなたが様子を見てきてはくれませんか?」
「……私が?」
意外そうに問い返す彼に、姫はうなずく。
「ええ。ゴールドマンや、それに残されたシルベニア……が、心配です。
あなたならその場の判断で行動もできるでしょう? ですから、お願いします」
「……」
イグナイトは口をつぐむ。
それはまるで――体よくイグナイトを遠退けようとしているのではないだろうか。
なぜ。戦場からイグナイトを追い払ってどうしようというのか。
イグナイトはわずかに思案し、改めて告げる。
「……確かに、残してきたものたちが気がかりではあります」
「ええ、ですから」
「その上で、あえて進言させていただきます。
デュテュさま。もしあれが冒険者の破壊工作だった場合、相手はゴールドマンを打ち倒すほどの強者です。
私ひとりが戻ったところでどうしようもないことです。
そうではないとしたら、偵察の小隊を派遣すれば済むことでしょう。
私の使命はデュテュさまをお守りすることです。どうかお側に」
「……イグナイト」
ひざまずく彼に、デュテュは押し黙り。
そんなふたりの間に割って入ったのは、やはりレ・ヴァリス。
「ごちゃごちゃ面倒くせえな。
偵察を送ればいいだろ。で、俺様たちは変わらず進軍だ。
ハウリングポートになにがあろうとも、この戦力でブロンズリーは落とせる」
それはゴールドマンが死のうが生きようが関係がない、というレ・ヴァリスの酷薄な言葉ではあったが。
「……そうですね」
その意見に賛同しつつも、やはりデュテュはイグナイトに。
「わたくしがお願いしても、あなたの心は変わりませんか? イグナイト」
「……申し訳ございませんが、こればかりは。
幼少時代、あなたのお父君に誓ったことですから」
「なるほど」
デュテュは唇を手で隠し、かすかに目を細めた。
「……ありがとう、イグナイト」
「いえ」
そんな主従のやりとりを傍目に、レ・ヴァリスは話は終わったとばかりに飛び立ち。
「……ったく」
思い出すのは彼の仲間。魔王に殺された三人の親衛隊。
羨ましくはないけれど、一迅の喪失感が体の中を吹き抜けていった。
進撃は変わらず。
連合軍は冒険者たちとの決戦の場へと歩みを進める――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
激震とともにイサギは目を覚ました。
遅れて、ボロ小屋など吹き飛んでしまいそうな爆風が窓の隙間などから入り込んでくる。
風に混ざるのは熱。そして戦いの気配。
「……んだよ、今度は……」
ベッドに横になりながら、窓の外に目を向ける。
燃え盛る町並み。決して見間違えではないだろう。
身を起こすだけで意識が飛ぶような激痛が走るような体だっていうのに。
「過激な目覚ましだな……」
ベッドの脇に立て掛けられている剣や杖、それに――。
わずかに錆びついた、海の底に眠っていた仮面。
イサギがデュテュからの手紙を読み、そして決意し、装着したあのマスク。
初代ミスター・ラストリゾートの証――。
何の因果か運命か、イグナイトが拾い上げたそれを仰ぎ見て。
イサギはため息をつく。
「世界ってのは、こっちの都合には合わせてくれねえもんだな……」
それもまた、贅沢な悩みか。
守るべきものを守れる位置にいて、そのことに関わることができるのだから。
「……『覚悟』、決めるとするか」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
煙と炎で極端に視界が悪い町中、シルベニアはゆっくりと地面に降り立つ。
ロリシアを離すと、彼女は多少ふらついた後にその場に倒れこんだ。
「あ、あの……な、なんなんですか?
ど、どうしちゃったんですか、シルベニアさま、これ……」
「……」
シルベニアは応えない。彼女の心の中は誰にもわからない。
息苦しさに顔を赤らめながらも重ねて問うロリシア。
「なんで、急にこんな……?
シルベニアさま、一体、なにがあったんですか……?」
「別に」
シルベニアは涼しげな顔で言い放つ。
猛る炎を見つめるその表情はどことなく、満足気であった。
「デュテュだって、兄様だって、みんな好きなことをしているのなら。
あたしだって好きなことをしたって、いいでしょう?
主義とか主張とか、正義とか悪とか、もううんざりなの。
そんなのに興味なんてないの、あたし。
誰もあたしの言うことを聞かないんだったら、力づくなの。
もう、やってやるの。やってやるって決めたの」
「なにがなんだか……」
「あたしを怒らせた人たちが悪いのよ」
子供じゃないのだから。
「シルベニアさまって、
この世界のことがだいたい嫌いじゃないですか……」
「そう。
だからこの世界をだいたい壊してしまっても構わないの」
「構いますって……」
ロリシアは力なく首を振る。
シルベニアの気の短さは折り紙つきだ。最近たまたま大人しかったけれど。
自分がなにか途方もないことに巻き込まれてしまったことを感じるロリシア。
もとい、訂正する。
「いや、それはヨシノブさまについていこうって思った時から、でしたっけ……」
「ロリシア」
一転、シルベニアの声色が変わった。
炎の先から浮かび上がる人影。
「ヨシノブのことは任せたから」
黄金の髪を持つ若き真・魔族帝国参謀。
ゴールドマン――。
「シルベニアァァァァァァ……」
冥府の奥から轟いてくるかのような声をあげながら、こちらににじり寄ってくる。
すぐに消えてしまう魔力の火炎と違い、爆裂偶兵によって引火した炎はまだまだ辺りを照らし続けていた。
三日三晩、街のあらゆるものを燃やし尽くすまで絶えぬほどの火災だろう。
大通り、崩壊してゆく両脇の民家に挟まれて、ゴールドマンとシルベニアは対峙していた。
荒い息をつくゴールドマン。その肌やローブのところどころが焦げてはいるが、命に別条はないようだ。
シルベニアの爆撃からとっさに法術で身を守ったのだろう。
彼はその目に憤怒を浮かべながら。
「シルベニア……なぜこんなことをした……!」
「……」
「狂ったか……!?」
視線に貫かれながら、佇むシルベニア。
普段ならそれだけでなにも言えなくなるはずの妹だけれど。
「うん」
少女は当然のような顔でうなずいた。
思わず言葉を失うゴールドマン。
シルベニアは髪をさらりと後ろに流し。
「兄様、あたしがまともだと思っていたの?」
「……シルべニア」
「おかしいの」
笑いもせずに無表情でつぶやくシルベニア。
そこにはある種のなにもかもを振り切ったような覚悟があった。
「あたし、狂っていたの。
お行儀よく兄様に従えば、そうして愛してもらえるだなんて思っていたのね。
そんなのおかしいの。そんなはずないのに。
だからあたし、もうまともなフリをするのやめるの。
あたしはあたしのしたいようにするの」
ゴールドマンは頭痛を堪えるような顔で血を分けた肉親を睨む。
口の端から漏らすうめき声。
「シルベニア……おまえの言っていることは支離滅裂だ。
まるで筋が通っていない。おまえはなにがしたいのだ……!」
「うん」
シルベニアは指先に炎を宿し、それをゴールドマンに向けて。
「聞かれても困るの、そんなこと。
頭の良い兄様にもわからないのに、
――あたしにわかるはずがないでしょう」
炎を撃ち出すシルベニア。それはゴールドマンの顔面を狙って。
ついに行なった。明確なる反逆行為。
「バカな……シルベニア!
――術式・反射壁」
複雑なコードを描いた法術はゴールドマンを守り、さらにその一撃はシルベニアに跳ね返った。
魔術と法術を同時に操ることはできない通常の術師相手には、不可避の戦法だ。
しかしその法術をあらかじめ知っていたシルベニアは左手に炎を宿し、自らの閃熱を上空に弾き飛ばす。
シルベニアは放ったのは小さな魔法だが、そのことが示す事実はひたすらに重い。
ゴールドマンの表情が醜く歪んでゆく。
「お前、誰になにをしたか、わかっているのか……?」
「わかんないの」
シルベニアは口の端を吊り上げて、ついに笑う。
「――だってあたし、狂っているんだもの。
そうでしょう? 兄様」
辺りを覆い尽くす炎にも負けないほどの戦いの熱が渦巻いていた。
これから始まろうとするのは、アルバリススの中でも十指に入るほどの術師同士の究極の兄妹喧嘩だ。
ロリシアは通りの向こうに避難し、魔力によって揺らめくふたりの様子を見つめていた。
ふたりが描いているそのコードはロリシアに読み取ることはできない。
ただただ、魔族国連邦最強のふたりの魔法師による衝突の予感だけがあった。
「シルベニア。そうか……。
……やはり兵器には心などは必要ではなかったな」
「ホントに。めんどいものなのよ」
シルベニアが同意し、そしてゴールドマンの術式が発動する――。
「シルベニア、おまえはもう少し頭の良い娘だと思っていたが。
やはり、半魔晶生命体としては欠陥品か。
ならばここで僕が調整をしてやるとしようじゃないか。
――『術式・炎獄陣』」
すでにゴールドマンは落ち着いていた。
怒りはうちに秘め、やるべきことを見据える策士の顔だ。
彼は計画が崩れたところで、それをリカバーして作り直せるほどの能力がある。
そしてその前に、障害を取り除くつもりだ――。
ゴールドマンが唱えたのは、前方を火炎で焼き尽くす大範囲魔術。
シルベニアがキャスチ直伝の『百魔棄却』で斬り裂けぬよう、いくつものダミーコードを混ぜ合わせた、特製の術だ。
シルベニアはそれを一目見て、その内部構造の厄介さに辟易した。
「……こんなの作るなんて、兄様、
キャスチやあたしを相手にすることを最初から想定していたの?」
「自分で使う魔術には対抗策を編んでおく。
当然のことじゃないか? キャスチ先生の生徒は多いからな。
僕が筆頭生なのは間違いないとしても」
「ふーん。
まあ、いいけれど。その程度――」
膨れ上がる炎を前に、シルベニアは超然とした構え。
数秒遅れて描き出されたシルベニアの魔術は、渾身の出来栄えだった。
「術式・天元滅天」
空間をねじり上げ、膨大な破壊のエネルギーを生み出すシルベニア・オリジナル。彼女が詠出できる中では、最強級の魔術だ。
初手からまるで手加減無用の一撃は、ゴールドマンの左前で顕現化し――。
「それが噂のものか。初めて見たよ。
けれど威力までしか考えが及ばないのは視野狭窄だな」
ゴールドマンがあらかじめ詠出していたもうひとつの術が効果を及ぼす。
多重詠出術。それも魔術と法術の。これができる術師は世界にそうはいない。
ゴールドマンの法術『万魔棄却』により、天元滅天はバラバラにコードを断ち切られ、効果を発揮せずに魔世界の海に霞んで消えてゆく。
「僕を魔術で倒すことはできない。
シルベニア、おまえを失うのは惜しいけれどね」
炎はさらにロリシアに迫る。熱に照らされた彼女の顔が真っ赤に輝き――。
「伊達に、魔王城で暇を持て余していたわけじゃないの」
次の瞬間、天元滅天を描いていたはずの絵が新たに組み合わされる。
遠隔操作? そんなことはできるはずがない。
それはプログラムによって姿を変える、輪転詠出術だ。砕かれたコードが新たな図案を再構成する。
「……なに?」
「転式・空覇嵐天」
コードの切れ端を紡いで作り上げられたその嵐は、シルベニアに絡み付こうとした炎の手を周囲の空気ごと吸い込んだ。
瞬時に竜巻に変化し、火炎と瓦礫をはらんで巨大化しながらゴールドマンに迫ってゆく。
「……僕の炎のコードを読み取り、小細工をしていたのか。
素直に守れば良かっただろうに、法術の未熟さは相変わらずか?」
「殻に閉じこもることに注ぐような魔力は持ちあわせていないの、兄様」
「好みで自らの可能性を狭めるとは、思いあがりも甚だしいな」
城壁のような反魔結界を張り、竜巻の進撃を食い止めるゴールドマン。
今なお留まり続けて火花を散らす炎の渦。
ゴールドマンが守勢に回ったその一瞬を見逃さず、シルベニアはさらにコードを描く。
あらゆるものを爆砕するためのその魔力の槍を。
「術式――」
自己増殖詠出術。全身の魔力を振り絞って威力に変える、決定的な一撃。
半自動的に増え続ける図案を前に、ゴールドマンのコードを断つ法術は間に合わない。
シルベニアの威力の前に、あらゆる障壁は貫通されるだろう。
しかしゴールドマンは魔法師である。
「……フン」
パァンと快音が高鳴り、シルベニアの後頭部が強く打たれた。コードが揺らぎ薄れる。
ゴールドマンの魔法は不可視にして瞬時に発生する。
シルベニアよりもずっと威力も射程も短いが、命中精度は妹以上だ。
だが、一撃ではシルベニアの意識を奪うことはできず。
踏みとどまるシルベニアの赤い目が、ゴールドマンを貫く。
「――緋槍爆天」
シルベニアの前方から火炎の槍が撃ち出された。
慶喜が竜王バハムルギュスを討伐したものよりは一回り小さいが、ほぼ同様の術。
制御には多少失敗したものの、威力は十分。
「大火力で相手を押し潰すのは構わぬがな、シルベニア。
それができる相手とそうではない相手を見極めなければならないさ」
銀魔法師の詠出を遅らせたその間に、ゴールドマンは障壁を張り巡らせる。
本来はその程度で防げるような魔術ではないが――そもそもの障壁の質が違った。
「術式・六重法陣」
それは色の違う六枚の障壁。ゴールドマン・オリジナルの法術である。
自ら割れ、破裂することによって衝撃を緩和するための防御陣だった。
シルベニアの槍は着弾と同時に効果を及ぼすタイプのものだ。
よってこの魔術対法術の戦いはゴールドマンに軍配があがることになるだろう。
が――追い打ちの魔法がそれを破る。
「……ちょこざいなの」
シルベニアが両手から放射された閃熱魔法は、まっすぐにゴールドマンの元へと伸びてゆく。
術式と魔法の同時発動は非常に多くの魔力を使うが、それが可能だからこその半魔晶生命体シルベニアだ。
六枚の障壁を突き破るためのシルベニアの炎は槍を追い越し、ゴールドマンを阻むその壁を叩き割る。
一枚、二枚、三枚、四枚、次々と放たれた魔法によって隔壁がこじ開けられてゆく。
「……相変わらずの力押しだ。
それでほとんどの冒険者は倒せたのだろうがな」
「――ッ」
シルベニアの手が弾かれたように跳ね上がる。
ゴールドマンの魔法が障壁を貫通してシルベニアに襲いかかったのだ。炎があらぬ方向に飛ぶ。
同じように何発もぶっ叩かれた槍がねじれ、折れ曲がってゆく。
それは五番目と六番目の障壁に衝突したところで爆砕し、辺りに熱波をまき散らした。
「ひゃあああ!」
通りの向こうにまで届く衝撃に、ロリシアが叫び声をあげながら地面を転がった。
その余波だけで気を失ってしまいそうな熱量だ。
シルベニアはすかさず新たなコードを描こうとするも――。
「踊れ、シルベニア」
「……」
パァン、パァン、と空気の振動音が辺りに響き渡る。
シルベニアはさすがに三度目はそう簡単にはもらわないようだった。
炎でゴールドマンの不可視の魔法を迎撃している。
今度は先ほどまでの術式の巧緻を競う戦いから一点、激しい魔法の打ち合いとなった。
障壁を張りながらもシルベニアに魔法を叩き込み、意識を奪おうとするゴールドマン。
ならばこそと、その射線のすべてを埋め尽くすような魔法を放つシルベニア。
どちらの燃費が悪いかは火を見るより明らかである。
ゴールドマンは硬軟織り交ぜながら戦うことができるのに対し、シルベニアは相手の防御力を上回る魔法で一点突破を狙う。
ただそれだけだ。
「シルベニアさま……」
遠くで見守る戦いの素人のロリシアにすら、その旗色がわかるほどの一方的な展開。
「……ぶっ潰すの」
やがてシルベニアの額には汗が浮かんでゆく。
力だけではどうにもならない相手。
デュテュによって分け与えられ、魔力が完全回復したはずのシルベニアですら歯が立たない相手。
才能を磨き、努力を続けてここまで成長したシルベニアがそれでも術式技能で上回ることの出来ない相手が目の前にいた。
描くコードは断ち切られ、指先から放つ魔法は障壁に阻まれる。
大技を使おうと両手に魔力をチャージすれば、その間にシルベニアを昏倒させるべくゴールドマンが不可視の震動波を飛ばす。
この中距離の間合いで、それでも活路を見出すためにシルベニアはあがく。もがく。
「……はぁ、はぁ……」
いつしか、シルベニアの身体には避けきれなかったゴールドマンの魔法が与えた傷が刻まれてきた。
全身のあちこちが紫色に腫れてしまっている。痛々しい姿だ。
ゴールドマンは飼い犬に鞭を振るうように腕を振り下ろす。
そのたびにシルベニアの四肢は小さく跳ねた。
シルベニアの魔法と同じだ。乱発するとなると大した威力ではなくなるが、それでも彼女の体力と気力を確実に奪ってゆくものだ。
「シルベニア、わかっているだろう?
戦いには絶対的な相性というものがある。
お前は大多数相手に射程を保てば無敵だ。
だがここが『万魔棄却』の範囲内である以上、お前の勝ち目はない。
シルベニア、おまえは一対一では、兄には勝てないのだよ」
「……おかしいの」
シルベニアのきつく結んだ口から言葉が漏れた。
それは百戦錬磨の魔法師の中に生まれた小さな違和感。
「いくらなんでも、兄様がここまで強いはずがないの」
「……なんだって?」
「あたしは銀魔法師シルベニア。魔族国連邦最強の術師。
一番強かった頃のパパやママでも、
キャスチですら、あたしの全力の炎を受け止められるはずがない。
なのに、どうして兄様ができるの。おかしいの」
口に出せば、確信を抱くことができた。
恨みごとや悔しさから来る言い訳ではない。
ゴールドマンの法術はあまりにも強固すぎる。
どんな壁をも貫けるから、シルベニアは最強だったのだ。
――そう言うと。
「……ふふふ、ふふふふ」
ゴールドマンはその唇に壮絶な笑みを浮かべる。
「わかるよ、お前の言うことはわかる。
確かにお前の言うことは正しいんだ。さすがだなシルベニア。
少し、見直したよ。ただの狂人ではなかったか」
「……」
「いいさ、見せてやろう。
ただひとりの妹への手向けだ。
おまえがなんのために生み出されたかを――な」
するとゴールドマンはローブの袖をまくってみせた。
――そこに輝く魔晶の光。
体の中に埋め込まれた魔晶。それは紛れもなく――。
「――!?」
あのシルベニアが目を剥いた。
彼女はゴールドマンのその力の正体を、理解したのだ。
半魔晶生命体。それはアンリマンユの実験によって生み出された人工術師。
成功率の低い禁術――封術の代わりに莫大な魔力を手にするため、体内に魔晶を同化させる技法。
その被験者はただひとり、シルベニア――そう思っていた。
けれど。
「そうだ、お前の実験から導き出された結果とデータを元に、僕が新たな仮説を立てて実行したものだ。
ブラザハスで5年。僕はこの力を手に入れるために待っていたのだよ。
暗黒大陸から冒険者を追い出すなんていうのは、所詮は魔晶を手に入れるための、第一段階に過ぎなかったのだ。
わかったかい? このゴールドマンこそが真の半魔晶生命体なんだよ、シルベニア」
「兄様……」
シルベニアの瞳が揺れる。
「あたしは……兄様のために……?
……この力は、すべて、兄様のために……?」
「そうだ、僕のためだ。
だがそれは元々、僕の隣でともに戦うためではない」
ゴールドマンは笑う。
手のひらに作り出した魔法弾はこれまでのものとはまったく規模が違う。
凝縮されたその魔力はもはや可視できるほどに黒々と鈍く輝いていた。
「お前は僕という才能を開花させるための実験体に過ぎなかったんだよ、シルベニア」
その酷薄なる言葉とともに。
「――逃げて!」
シルベニアは振り返り、ロリシアに叫んだ。
身を強ばらせたロリシアは慌てて走り出し――。
「加減するのは苦労したよ、シルベニア。
でももういい。僕の力は予想以上だったようだ。
赤子の手をひねるように簡単にあしらえた。
これなら、おまえは必要ではない」
「――ッ」
シルベニアが一瞬で描いたコードは、術式・天元滅天。
残るすべての町並みをも消し飛ばす勢いで描いたその魔術に、ゴールドマンが放った超振動波が着弾する。
「60%の力といったところだがね。
おまえの癇癪は高くついたな、シルベニア」
シルベニアの間近で炸裂した魔法により、空間が軋む――。
漆黒の光によってバラバラに粉砕された魔世界が元の姿に戻るとともに、肉世界はその影響を受け、エネルギーが実体化する。
そして、荒れ狂う衝撃波が――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はぁ、はぁ……!」
酸欠で頭がぼうっとして、なにも考えられない。
ロリシアは必死に手足を動かし、走る。
レ・ヴァリスもデュテュも戦場に向かった。
頼れるものはどこにもいない。
だから、ロリシアの向かう先は――。
「ヨシノブさま、ヨシノブさま――!」
少女はひた走る。
その名を呼び続けながら。




