9-6 爆炎の魔法師
魔族国連邦魔術兵団は古来から、特殊な技法によって石偶兵と呼ばれるものを使役した。
命無き兵であるゴーレムは体内に魔晶を埋め込まれることによって自立稼働し、複雑化したコードで描かれた魔法陣の命令に従い、行動をする。
哨戒用、警護用、護衛用、純戦闘用。与えられたルーチンによって、ゴーレムの行動パターンは様々だ。
ほとんどの魔族国の術師は自らの詠出時間を稼ぐために、戦場ではひとり一兵のゴーレムを連れ歩く。
魔族の他には漏れ出ていない秘密技術のひとつであるが――実際のところ、現代アルバリススではもはやゴーレムの能力は戦力に値しないと思われている。
石偶兵どころではなく、鉄偶兵、さらに重装偶兵といった上位種ですら、ほとんどの――ましてや貴重な魔晶を使うほどの――価値はない。
冒険者ギルドが全世界に普及させた『闘気』や『術式』の技術共有の前に、ゴーレムはもはや時代に取り残された遺物とされている。
今は凡百の冒険者ですら、鉄を斬り裂くことなどはたやすく行なうのだから。
そして――ここはハウリングポートの一角に作られたその、ゴーレム製造工場である。
日の差し込まない工場内、魔力の光があちこちで揺れている。
法術によって固められた泥土が、刻み込まれた魔法陣によって人の形を取ってゆく様を、シルベニアとゴールドマンは並んで眺めている。
こちらでもゴールドマンの配下が忙しなく作業に追われていた。
「空中戦艦アンリマンユの改造作業は完了した。
ゴーレムの量産体制もそろそろ資源が尽きる頃だ。
これでここに留まる理由はもはやない。
もう少しで出られるだろう。
お待ちかねのときが来たわけだ、シルベニア」
シルベニアはいつものように無言。
先ほどから影のように兄のそばに寄り添っている。
そんなゴールドマンのそばに、ひとりの魔族が駆け寄ってゆく。
彼は魔族国連邦の時代からゴールドマンに仕えてきた側近のひとりだ。
その男はゴールドマンに耳打ちする。すると彼の顔色が変わった。
「……なんだと? ブロンズリーの冒険者たちが動いた?」
ぴくりとシルベニアの耳が動く。
「……そうか、やつらめ、攻め込んでくるか。
なるほど。そう来るとは思っていた。
あの空中戦艦を破壊するつもりだろうがね。
そうだ、そうせざるをえないのだよ。あれの威力を見てしまったのだから」
「……」
「そうして、平原での決戦だ。
そうなった以上、もはや彼らに勝機はないだろうな。
出鼻をくじき、僕たちは一気呵成にスラオシャ大陸を制圧しようじゃないか」
ゴールドマンは口元に笑みを浮かべる。
すべてが自らの手の中で踊っている、そんな感覚があった。
無論彼は、ゴーレムが今や古びた兵器であるということは知っている。
だからこそ、新たなゴーレムを作り出したのだ。
それが今、兄妹の前で製造されている新型ゴーレム。
「――爆裂偶兵。その能力はただひとつ。
体内に内包した火術魔法陣の命に従い、突撃し、破裂する。ただそれだけだ」
ゴールドマンとシルベニアの前、暗がりには何百というゴーレムが整列していた。
そのすべてはゴールドマンを含む少数の魔族による威令によって稼働する。
「ゴーレムたちは凄まじい速さで駆けてゆき、跳躍し、冒険者に飛びつくととともに爆発する。
辺りを一体を焦土に変え、彼らの住処はまるで地獄のような有り様となるだろう。
これは、今までのように愚鈍なゴーレムの概念を覆す新たな兵器なんだよ、シルベニア。
僕たち魔術兵団はその行動を法術によって支援するだけで構わない。
こうすることにより、ピリル族の戦力を減らすこともなく、冒険者の一団を駆逐することができるだろう。
そして殺した冒険者の死体によって、また新たな魔晶を供給する……。
ゴーレムは無限に作り出すことができよう」
これこそがゴールドマンによる、スラオシャ大陸制覇のもうひとつの要であった。
「空から狙う空中戦艦アンリマンユ。
そして、地上から迫る爆裂偶兵。
これらふたつが組み合わさることにより、人間族の逃げ場はどこにもなくなるのだ。
残党狩りは獣たちに任せよう。彼らには蹂躙という美酒を与えておけばいい」
ゴールドマンの半生は人間族の戦いとの歴史だった。彼もまた、苛烈な人生を生き抜いてきた。
それ自体はシルベニアとなにも変わらない。血塗られた道だ。
ただ唯一違っていたことは、ゴールドマンには人を殺す以外にも様々な才能があったことだ。
人を使役する才能。新たな術式を開発する才能。
人の上に立つ才能。人に自分を認めさせる才能。
そもそもそういったものをゴールドマンは駆使する才能に長けていた。
だからこそ、更なる欲に突き動かされて、彼は進む。彼にはそれが可能だったから。
「十分な戦力。真・魔族帝国というその名の価値。
二代目魔帝デュテュという強大な旗印。
さらに、レ・ヴァリス率いるピリル族と共闘することにより、
人間族は、魔帝戦争時に共に戦ってきた仲間たちを自ら追い込んだという、
彼ら自身の罪を思い知らせることもできよう。
歴史さえも味方につけ、僕たちにはもはや恐れるものはなにひとつない」
これですべてのピースが揃った。
魔族国連邦議長メドレザも、ゴールドマンたちの勝ち進む様子を見れば、考えが変わるだろう。
世界に覇を唱えるのは、我々だ。
しばらくゴーレムの出来上がる様を眺めていたところだ。
シルベニアもじっとそばに立って同じようにゴールドマンの真似をしている。
なにを考えているかわからない妹だが、その魔力は魔族の中でも随一。
ゴールドマンに与えられた才能のすべてを戦いだけに振り切ったような娘だ。
幼い頃は疎ましく思っていたが、自分に懐いている姿を見れば可愛いと感じるときもある。
自分もまた、人間ができてきた証拠だろう。
「いこうか、シルベニア」
「……」
彼女はこくりとうなずく。
喋らなければまるで人形のように美しい娘だ。
そんな彼女の髪を撫で、ゴールドマンは微笑む。
「おまえの大好きな、殺戮が始まるのだよ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「始まるぜ! 戦いが! 俺様たちの待ち望んでいた戦いだ!
人間族を殺せ! 引き裂け! 噛み砕け!
俺様たちピリル族の行く手を阻むものはもうどこにもいねえ!
ハウリングポートを落としたときのように、殴り潰してやれ!」
レ・ヴァリスが吠えるとともに、辺りの男たちは皆、拳を突き上げた。
ピリル族の戦列は乱れに乱れ、まるで集まった部族たちが個々で進むかのようだ。
それらを見下ろせる位置で、空舞うレ・ヴァリスは紫色の輝きをまき散らしながら檄を飛ばす。
ハウリングポートを出て、戦場へと向かう男たちの群れへと。
「あいつら冒険者はこの先、ベリアルド平野で待ち構えているだろう!
ブレイブリーロード会戦だ! 俺様たちは歴史に名を刻むのだ!
猛れ! 怒れ! 憎しみを忘れるな! 俺様たちの向かう先に敵はいない!」
イサギに叩き割られたレ・ヴァリスの右腕のオハンは、いまだ修復は完了していない。
それでも彼自身の体力と魔力はすでに8割ほど回復しているようだ。
レ・ヴァリスの覇気は以前よりも高ぶっている。魔王との戦いが消化不良で終わってしまったからかもしれない。
そんなレ・ヴァリス率いるピリル族は、地を轟かせながら進軍する。
遅れて、デュテュたちもまた。
「わたくしたち魔族は数こそ少ないですが、恐れることはありません。
きっとお父様も空からわたくしたちを見守ってくださっているはずです。
さあ、進みましょう。
魔族とニンゲン、どちらがこの世界にふさわしいのか」
闇色の戦衣に身を包んだ彼女の姿は美しく、種族は違えども、まるで人間族に伝わる女神のような神々しさですらあった。
彼女のもとに、救いを求めたひとりの魔族の男が歩み寄ってゆく。
「デュテュさま……! お願いします、自分たちにもお恵みを」
「……おいでなさい」
ひざまずく彼の後頭部にゆっくりと手を当てるデュテュ。
その指先がほのかな光を放つ。
「……」
男の体になにか生命の流れのようなものが浮かび上がると、それはほどなくして指を通してデュテュの体の中へと入り込んでいった。
一瞬、デュテュの顔が苦痛に歪むけれど。
代わりに男の顔が安らいだものへと変わってゆく。
「……ああ、デュテュさま。感謝いたします……」
「父の名においてあなたを許します。励みなさい」
柔らかく微笑むデュテュ。
20才になったサキュバス族である彼女の新たなる力――さらに威力を増したエナジードレインである。
その技は魔力だけではなく、『様々なモノ』を吸い取ることすらも可能にした。
それ以来デュテュは、日々数百名の魔族から魔力を吸収し続けている。
アンリマンユの血を引くサキュバスの元に、膨大な魔力が注ぎ込まれているのだ。
あらゆるピリル族の魂を集めたレ・ヴァリスのように、デュテュもまた凄まじい力を手にしている。
今や彼女は、ただのお飾りの娘ではない。
強く気高き、魔族の女帝だ。
――イグナイトはそんなデュテュを見守りながら、内心ではほぞを噛んでいた。
(タイミングの悪いことだ)
せめてあと一日、冒険者たちの決断が遅ければ、デュテュをイサギに引き合わせることができたのに。
デュテュの周りには24時間護衛のものが張り付いている。
彼らとゴールドマンの目を盗んでデュテュを隠れ家に連れて行くことは、不可能ではない、が。
(こうなってしまっては、もはや無理だ)
外で落ち合うにしても、半死人のようなイサギを動かすことはできない。
イグナイト率いる連邦騎士団は海の向こうだ。使える手駒もない。
もはや隠れ家に戻ることもできなくなった以上、イサギが野垂れ死にをしないように願うことが精一杯であった。
デュテュが代わる代わる集って来る魔族たちからエナジードレインを続けていたときだ。
列の最後に立っていたのは銀髪の少女。シルベニア。
まさかエナジードレインを受けに来たわけではないだろう。ひたむきな目でデュテュを見据えている。
わずかに熱に浮かされたような表情のデュテュは、艶っぽく唇を開く。
「……シルベニアちゃん」
「デュテュ、来て」
有無を言わせぬ声だった。
シルベニアは彼女に似合わない強引さでデュテュの手を引き、人気のない林へと彼女を引っ張りこんでゆく。
デュテュはそれに、素直に従った。
「敵が来たって聞いたの」
「ええ」
「兄様はもう少し準備があるから、手勢200と一緒にここに残るらしいの」
「聞いております。
わたくしには他にも、補佐してくださる方々が大勢いらっしゃいますから、ご心配は無用ですよ」
そんなことを言いに来たのではないだろう。
シルベニアはじっとデュテュを見つめる。
「デュテュは戦うの?」
「……ええ」
シルベニアはずっと考えていた。
本当のことだけが知りたかった。
欺瞞もはぐらかしもいらない。真実だけが聞きたかった。
「どうして?」
「もちろん――魔族の未来のためです」
デュテュのその口調に嘘偽りはないように思えた。
そういえばそうだった、とシルベニアは思い出す。
デュテュは昔から、一度決めたことには本当に頑固だった、と。
「じゃあこの戦いは、デュテュが望んでいることなの?」
「そうです」
なるほど、そうか。
ならばそれは過ちだ。
「あたしは人間族を上手に殺すことができるの」
「……」
シルベニアはその過ちを諭す。
シルベニアが、デュテュを諭す。
「誰よりも上手に殺せるの。念じるだけで、思うだけで。
けれど、これ以上ニンゲンを殺してどうするの?
暗黒大陸はもう取り戻したの。これ以上戦ったら、戦っても戦っても終わらないの。
ニンゲンを皆殺しにするまで、終わらないの。
皆殺しにしたいの? レンゾウもヨシノブも、死ぬの。
――イサみたいに、死ぬの」
「……え?」
その瞬間――デュテュの表情が凍りつく。
それはシルベニアがスラオシャ大陸でデュテュに再会して以来、初めての顔だった。
「……今、なんておっしゃいました?」
「イサは死んだの」
改めてハッキリと。
まるで心臓を穿つ魔法のような声で。
「あたしが殺したの。あたしがこの手で、イサを撃ち殺したの。
ねえ、デュテュ、そんなことがしたいの?
本当に、ずっとそんなことを続けようとしているの?」
「……」
シルベニアの言葉はまるで呪詛のようだった。
彼女の心をうかがい知ることはできないけれど。
それでも、きっとひどく動揺をしているだろう。
シルベニアだって同じだ。
あの仮面の男――イサギを殺して以来、まともに眠れなくなった。
大したことがないと思っていたのに。
でも、そうではなかったのだ。
きっとそれは、ひどく大切なことだったのだ。
ゴールドマンに命じられるがまま、シルベニアは彼を吹き飛ばしたけれど。
シルベニアは自ら幸せを喪ってしまったのだ。
ようやくわかった気がした。
そんな風に歯を食いしばるシルベニアを前に。
デュテュは目を閉じ、胸に手を当て。
それでもなんとか笑みを作ろうとして、そうして――。
「……シルベニアちゃんも、お辛かったのですね」
そんなことをつぶやいたから。
――シルベニアはデュテュの頬を張った。
「あたしのことなんてどうでもいいの!
……デュテュはどうしてそんなに人のことばかり気にしているの。
デュテュが言えば、魔族たちは皆、デュテュに従うの。
なのにどうして、なにを我慢しているの。
このままじゃ、デュテュも死ぬのよ。父様や母様みたいに」
「……シルベニアちゃん」
打たれた頬を押さえるデュテュ。彼女は俯き、呆然の表情。
なにもない。ただ戸惑うひとりの娘がいた。
シルベニアは、すぅ、と息を吸った。
一気に、一息に、一撃を浴びせるように。
「戦いもなく無為な日々を積み重ねることが、本当の幸せって言うの。
あたし、わかったの。
魔王城を出て、レンゾウと旅をして、
それからヨシノブやロリシア、イグナイトとここに来て。
いっぱい殺して、いっぱい殺してきたけれど。
今思えば、魔王城にいた頃が、ブラザハスにいた頃が幸せだったんだって。
誰の命を奪うこともなく、代わりに大切な人の命が奪われることもない。
あたしにはできないけれど、みんな、そうやって暮らしていけばいいの。
殺さずに切り抜けられるのなら、切り抜け続けて生きていけばいいのよ。
ねえ、それこそが、デュテュの呼ぶ『平和』でしょう」
「……」
シルベニアの力はとても弱く、デュテュの体内に溢れる魔力によって、赤いあとを残すことすらできなかった。
それでも、きっと彼女の心には届いたと信じて、デュテュの目を見る。
「デュテュ、今ならまだ戻れるの。
あたしが一緒に、あの獣の人に謝ってあげるの。
暗黒大陸に、帰れるのよ。だから――」
「シルベニアちゃん」
シルベニアの言葉を遮って、デュテュは小さく首を振る。
少女の頬に手を伸ばし、そこから淡い光を放ちながら。
「わたくしには、もう戻れる場所はありません。
この先、ゴールドマンやイグナイト、他の皆が、わたくしを導くでしょう。
ですから、シルベニアちゃん」
エナジードレインの逆流――。
触れたデュテュの指先から暖かな魔力が伝わり、シルベニアは思わずその手を取る。
想いが、まるで心臓の鼓動に耳を当てたときのように、確かに伝わってくる。
その心の一端に触れ、シルベニアは目を見開き、デュテュを仰ぎ見て。
「シルベニアちゃんは、どうぞ、好きなようにしてください。
わたくしも、好きなようにしているのですから――ね?」
あくまでも硬質的な仮面のような笑顔の裏に。
シルベニアは確かに彼女の微笑みを見たような気がした。
――拒絶だが、それは拒絶ではない。
彼女の心はもはや彼女のものではないのだ。
まるで海のようにすべてを内包していて、だからシルベニアは。
もうそれ以上、言葉を重ねることはできず――。
「――わかったの。わたし、好きなことをする」
そう答えて、デュテュの手をはねのけた。
ローブを翻し、足早にハウリングポートの町中へと歩み出す。
後ろから。
「……イサさま……」
というつぶやきが聞こえてきたけれど。
シルベニアは決して振り向かなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
シルベニアの向かった先はある屋敷だった。
場所はあらかじめ、もしものことがあったらとイグナイトに聞かされていた。
警護のものは二名。シルベニアは彼らを風の魔術によって問答無用で吹き飛ばす。
気絶した兵士を踏み越えて、シルベニアはその部屋の前に立った。
錠前のかかった扉を魔法で撃ち抜く。
開かれた中には、ひとりの少女が軟禁されていた。
「……し、シルベニアさま……?」
「ロリシア」
不安やストレスに苛まれ、やつれた彼女がそこにいた。
けれど髪の手入れや、着ているものは整っている。慶喜よりはマシな状況だったようだ。
シルベニアよりも小さな彼女に手を伸ばし、告げる。
「掴まって」
「え、ええ……?
ど、どうしたんですか、突然こんな……?
シルベニアさま……?」
混乱する彼女の意志など聞いてはいない。
シルベニアはロリシアを抱きかかえると、二階の窓から飛び出す。
「わ、えっ、きゃあ!」
耳元で悲鳴をあげる彼女の元気さに眉を寄せながらも、シルベニアは高く飛び上がる。
人ひとりを抱えての飛翔術は制御がひどく難しいけれど、ロリシア程度の体重ならばなんとか、といったところか。
「ど、どうしたんですか、急にシルベニアさま!」
「ロリシア、あたし、好きなことをするの」
「え、えっ……?」
高く、さらに高く舞い上がってゆくシルベニア。
ロリシアは青い顔をしているが、それでももうシルベニアに抱きつくより他ない。
すると急にシルベニアは怪訝そうな顔をして。
「……なんだかロリシア、デュテュの匂いがするの」
「え、あ、心を落ち着ける香炉を持ってきていただいたから、かな……?
デュテュさまも使っているものだって、おっしゃってました」
「会ったの?」
「え、ええ……お忙しそうにしてたのに、
二日に一度は、様子を見に来てくれましたけれど……。
その、そろそろ、すごい怖くなってきたんですけど、シルベニアさま……」
ロリシアはがくがくと震えている。
竜化ドラゴン族の背に乗ったことがあるとはいえ、そのときとは空を飛ぶ安定感がまるで違うのだろう。
「……デュテュ」
憎々しげにその名をつぶやいてから、シルベニアはようやく上昇を止める。
ここからならハウリングポートが一瞥できるだろう。
海の向こうに暗黒大陸が霞んで見えてきそうなほどの高度で、シルベニアは告げる。
「ロリシア、下を見て」
「え、ええっ!
む、無理です……!」
「あそこがヨシノブが捕らえられている牢」
「え……」
片手でロリシアを抱きながら、片手で牢のあるらしき屋敷を差すシルベニア。
そこはハウリングポートの端だ。
――あの位置なら、まあ大丈夫だろう、とシルベニアは思う。
「ヨシノブを連れて、先に暗黒大陸に戻っていて。
メドレザにでもキャスチの元にでも帰って、まあ好きに暮らすといいの」
「え、あの……さっきからその、わからないことばっかりなんですけど……。
こないだもすっごい激震が起きて、さらに冒険者も攻めこんでくるって言っているみたいですし……。
って、そ、そんなことより、シルベニアさまは、どうするんですか?」
「――あたしは好きなことをするから」
凛然とロリシアに答えるシルベニア。
天にかざしたその指先に、魔力が集まってゆく。
「デュテュが言ったから、だから、そうするの」
ハウリングポートにはまだゴールドマンが残っている。
彼だけは皆に遅れて、空中戦艦にいっぱいの爆裂偶兵を積み込んで、シルベニアとともに発進するつもりだ。
だから――。
「もう我慢するのはやめたの」
告げて、シルベニアは放つ。
地上に向けて、イサギを吹き飛ばしたあの一撃にも勝るとも劣らない威力の閃熱魔法を。
空から地上に落ちてゆく流れ星のような光。
神が人に下す裁きのごとく、世界を照らし出した。
真っ赤な爆炎はハウリングポートの――ゴーレム製造工場に突き刺さり。
直後、爆発が――。
「――兄様、ぶっ潰すの」
爆砕。
爆轟。
爆風。
爆鳴――。
工場を粉々に砕いた魔法は中に眠っている数百の爆裂偶兵を巻き込み、次から次へとその炎を膨らませて巨大化しながら連鎖的な誘爆を繰り返し、この世の終わりのような爆音と轟音を響かせながら真っ黒な煙をあげ、逃げ遅れた術師や兵やなにもかもを飲み込んでゆき、そしてそれらに負けじとロリシアが凄まじい悲鳴をあげて――。
――すなわち次の瞬間、ハウリングポートのその3分の1が、焦熱地獄と化したのだった。