二章 覚醒者 8話
悲惨なリビングにひとり取り残された俺は絶望の淵に立たされていた。
母さんも父さんも死んだという事実に打ちひしがれる。生憎、俺は立ち尽くすだけの役立たず。
リビングは荒れていた。
受話器からぶらんと宙吊りになる電話、テレビには大きな亀裂が入って食卓の上にある花瓶は割れて中から水が漏れ出す。
血だらけになった父さんの姿を一瞥する。右腕はなく肩からちぎられたような。
その後ろにはべったりと白い壁に血液が飛沫していた。
さすがに直視する事はできず、片目を押さえて可能な限り情報を覆い隠す。
一気に流し込めば卒倒してしまいそうなのだ。
「父さん、がんばったんだな……それも、こんなになるまで……」
俺の父は京都府警察に務める警察官だった。普段は冗談ばかり言ってちょっと頼りない。
でも、本当は誰よりも正義感が強く、職場では仲間からの信頼も厚い。そして、優しくて誰かの為に怒れる人だった。
──だから、戦ったんだ。ここであのバケモノと。
「なぁ……父さん……」
壁に背をもたれ、目を閉じて倒れている父の姿はまるで眠っているかのようで──でも、その胸は二度と拍動しない。
その手には拳銃が握られていた。最後まで諦めなかったんだ。何が相手でも。
──家族を守る為に。
喉の奥がまた詰まる……あぁ、泣くな俺。
ふと、母さんと朝交わした会話を噛み締めるように思い出す。
お節介で、それでも俺を第一に想ってくれるあの優しさを二度と感じる事ができないと思うと俺は狼狽した。
「……ごめん、守れなくて……俺、何もできなかった……」
無力だった……ここで何があったのかも、俺には想像もつかない。
でも一つだけわかる事がある。
「俺が……殺してやるよ。絶対に何があっても仇をとるから」
声が震える。涙が頬を伝って、床に落ちる。父さんの手から銃を受け取る。
すると、『ピンポーン、ピンポーン』と、インターホンが続けざまに二回鳴った。
俺は突如の事態に体をビクリと震わせ、咄嗟に警戒態勢をとる。まさかバケモノが来たのではないか、とは思ったのだがインターホンを押せるような知能があるのだろうか。
京都駅で見たところそれほど知能があるようには見えなかったが、しかしアイツ以外にもいるとなると予測がつかない。
知能が欠落した風だから大丈夫か? いや、憶測の域を出ないのでここは慎重にいって損はない。
おずおずとインターホンを覗き込む。
「……は、はい?」
玄関前で立っていたのは見る限り十代半ばの少女だった。
『私は人間なので安心してください。見ての通り、隅から隅まで普通の人間ですよ』
そう言うと、悪戯に微笑む。
「な、なんですか?」
『少しお話を伺いたくて。単刀直入に訊かせてください、あなたは覚醒をしましたか?』
「か、覚醒……?」
『はい、覚醒です』
突然の質問に虚を突かれた自分はどもってしまう。
「……いや、何の話だよ。か、覚醒って?」
要領を得ない発言に俺は思わず低く呻くような声で一段と警戒を露わにした。
父と母を失ったばかりだ。感情の整理もついていないナーバスな俺の前に、突如現れた名の知れぬ少女が問いかける言葉としては常軌を逸している。
なのに──その瞳には一切の戸惑いも迷いも生じていなかった。
『答えてください。あなたの中に……何か変化はありませんでしたか? たとえば、身体が軽くなったとか、頭が冴えるとか。異様な集中力や、感覚の拡張……思い当たる事は?』
「……………………」
説明的かつ一方的な言葉。
ある、と言いかけて飲み込んだ。実際、妙な感覚はあった。
大事な人を失い、喪失感に苛まれた今、何かが体の奥で微かに目覚めた気がした。冷たいはずの空気がどこか鮮やかに感じられる。
戸惑いの基準値を超過して、冷静さだけが残ったように遠くの物音さえ、やけにクリアに響いていた。
俺が口を噤ませていると、
『──あるんですね。やっぱり……あなたは選ばれたんですよ』
まだ返事すらしていないのに、この少女は確信したようだった。
『力を手に入れたんですよ。覚醒者として』
意味がわからなかった。けれど、その言葉だけは気がかりでしこりが疼く。
「待て。意味がわからない、お前……誰なんだ? 何しにここに来た!?」
インターホン越しの少女はまた、悪戯に微笑む。
『私は……そう、あなたと同じ覚醒者です』




