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5話

「カッターナイフか……まぁ、ないよりはマシだけどな」


 スライダーをゆっくりと上に何度か動かす。よし……刃は全然余ってる。


 手に取ったそれは、信用に満ちた武器というよりお守りに近かった。小さく頼りない刃に、自分の齢二十年の命を託すのかと思うと、なんだか笑えてくる。


 だが──今の俺にはただの文房具のようには見えず、一種の希望といえるほどの代物だった。窮地に立たされると、何かに縋りたくて仕方がない。


(丸腰よりは……マシだな。俺には、これしかない)


 ズボンのポケットにそっとカッターを忍ばせ、辺りを見渡す。


 裏路地はコンビニ裏の搬入口と繋がっている。ゴミ袋が山になっていて、異臭が鼻をついたが、今はそれすら安心材料に感じた。

 あの血の臭いに比べれば大した事じゃない。


 同じ道には家がずらりと並ぶ、閑静な住宅街らしきものがあった。扉の前に廃れた自転車や割れた花瓶が放置されている。

 この場所は狭くて死角が多い。逆に言えば、バケモノも入ってこれない……かもしれない。

 とにかく、移動はもうしたくない。


 京都駅からはかなり離れた。だけど家まではまだ小一時間はかかる。途中で何かに遭遇したら、もう一度逃げ切れる保証はない。

 徐にスマホを取り出すと、ネットニュースを確認した。


 インターネット速報ではひっきりなしに朝の報道が続いており追随して怪我人、死者の速報が流れていた。


(くそ、やっぱり……あの夢の後から世界がおかしくなってる。一体なんなんだよ!)


 無意識に、もう一度ポケットのカッターを確認する。


(あれが、また現れたら……本当に、これで戦うつもりか?)


 無理に決まってる。でも、それでも。あのまま階段で固まっていたら間違いなく死んでいた。


「やるしかないだろ……正直なところ心細いのは否めないが……」


 自分に言い聞かせるように小さく呟く。

 あとは、ポケットの中に入っていたオイルライターくらいか……。

 煙草を取り出しパーラメント、九ミリのショートに火をつける。肺に煙を取り込み、紫煙吐き出す。そして、俺は考えた。


『昨日見た夢の事』


 世界の七つの地域に異空間? が出現する。そこからバケモノが産まれて少しずつ世界を侵食し始める、だったか?


 それと『救世主』を創った。額面通りに受け取れば、その人たちがいれば世界は救われるかもしれない。

 ひとまず今は彼らに任せるしかないという事か……それまで生き残れるかわからないが、まだ二十年しか生きてないのにこんなところで死ぬのはまっぴらごめんだ。


 まだ、童貞なのにその肩書きがなくなるまで俺は生き続けなければならない! なんて事はまぁ大袈裟だが、率直に死にたくないのだ。

 情報が多すぎて頭が追いつかない。

 非現実的な事態に頭は混乱していて、すぐに状況を呑み込めない。


 手の中の煙草がもうすぐ根元に届く。慌てて地面に擦り、火を消すとポケットにライターを戻した。とりあえず、今はここから出たくない。


 またさっきみたいなバケモノに遭遇すれば、今度こそ俺は駅での女性のように肉片になってしまうだろう。わざわざ命を捨てる真似はしたくはない。


 もう学校はいい……おそらく経済学入門は落とす。どうせ今の状況じゃ就活も学校も糞もない。世界が終わり始めているのに将来の事を考えている奴は生粋のバカだ、命と将来を天秤にかけてみろ。

 命がなければ将来も何もない。今は自分の命を最優先する事だけが大事なのだ。


 怖い、怖い怖い……死にたくない。

 恐怖が募り、蹲った体はシバリングを起こす。

というのも、霜月上旬の京都は極めて冷えていた。京都の盆地の地形も相まって寒波が予想される。


 ダウンジャケットを着ているものの、容赦なく吹き付けるこの冷風は分厚い防寒着でも防げそうにない。限界は半日持つかどうかといったところだろうか。


 しかし、それよりも今は恐怖が全身を駆け巡り、死に直面しているこの瞬間の方がよっぽど苦しかった。

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