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26話

「マ、ママッ……!!」


「えっ……?」


 玄ちゃんの声に、俺たち全員が立ち止まった。

 二階の最奥にあるレストランの前。


 視線の先、崩れた棚に人影が見える。傷だらけで、ボロボロのカーディガン。

 その中に抱きしめるようにして、小さなカバンを持った女性が座り込んでいた。


 目にはハイライトが消え、絶望の表情を露わにする。


「はる……か……?」


 かすれた声。それでも確かに、親子はお互いの存在を認識していた。


 数時間ほどショッピングモール内を散策して、俺たちは玄ちゃんのお母さん──浜辺美佳さんを見つける事ができた。


「「ゲブゥ……ヴォォォ……グビャッ」」


 ──しかし、見つけたのは良いものの、神の啓示を皮切りに発生したバケモノに遭遇していた。


「…………氷室さん、見てください」


「また別の個体のバケモノか……しかも二体いるな」


 これで、俺が対峙したのは三度目だった。 


「美佳さん、離れていてください。あのバケモノ俺が対処します……あと、幡代も危ないから離れてくれ」


「でも、氷室さん。いいんですか? 私も一緒に戦いますけど……」


「構わない。お前には助けて貰ってばかりだからな、これくらいはやらせてくれ……」


「わかりました」と、幡代が小さく頷いたその直後、バケモノの一体が呻き声を上げた。


「……ったく、連戦かよ……芦屋は玄ちゃんと浜辺さんを避難所に連れて行ってくれないか?」


 芦屋は数秒、ぽかんとした表情を浮かべた。しかし、すぐに口角を緩ませて破顔する。


「了解〜。でも、さっき追い出されたけど大丈夫なのかな〜? ふたつ返事で入れてもらえるとは思えないんだけどね〜」


「いや、大丈夫だ。俺たちを警戒していたんだろう……今回は美佳さんとお前がついている。俺たち部外者とは違って元々、避難所にいた人間だから想定では二人とも入れてもらえるはずだ」


「ふぅん……そっか。まぁいいや。あのバケモノ戦うところをちょーっとばかり見たかったんだけど、全然大丈夫だよ!」


 コイツはこの状況でなに戯言を言っているのだろうか? 

 含蓄のある台詞を放ったのは少々気にかかったが、今はそんな事に気を取られている余裕はない。


「それじゃあ、がんばってね〜! 死なないでね」


「……死ぬわけないだろ」


 芦屋は軽く手を振って見せる。


 その目は笑っておらず、瞳の奥は伽藍堂のように空虚だった。


 そのまま、三人は近くの障害物がある影へと身を潜め、物音を立てないよう、裏手へと移動していく。


 彼女らの姿が見えなくなった事を横目に確認すると、バケモノに向き直る。


(……少しでも時間を稼がないといけないな)


 最悪の場合、幡代の助けを借りるかもしれない。しかし、正直に言えば可能な限り避けたい事案ではあった。


 彼女にこれ以上迷惑をかけるのは申し訳ないという事もあるが、それ以上に自分自身を裏切る行為になってしまいそうで怖かった。


 あの日──両親がバケモノに殺された日、俺は心に誓った。


 返答もないただの一方的な約束でありながら、破ってしまえば両親を裏切ったような呵責の念に駆られて、自分の存在意義を見失ってしまいそうな感覚。


 そう、これは単なる利己的なエゴイズムに過ぎないのだ。言い換えるなら、愚鈍な思考で臆病な自尊心を持つ自分を許したくなかった。


 俺はバケモノと対面し、これ以上彼女たちを追いかけないように立ち塞がる。


「……幡代、絶対手を出すんじゃねぇぞ。今度は俺がやるから」


「氷室さんが死にかけたら助けますよ。それだけは譲れませんから」


「何言ってんだ、お前が見捨てろって言ったんだから助けるなよ」


 バケモノが唸り声を上げている。


 これまで出会ってきた異形とは少し違う。やはり、予想していた通り多くの種類がいるという事か。真っ黒の体は他の個体と変わらないものの、背には大きな翼が生えており体長は二メートル近くある。


 なぜ、バケモノはこれほどまでにおぞましい姿形をしているのだろうか。

 もっとこう、ゆるふわな見た目ならビビりな俺でも颯爽と立ち向かえたはずなのに。


(……ったく、何考えてんだ俺は……)


 バカげた考えを巡らせないと、今にも卒倒しそうなのだ。

 痩せ我慢、幡代に気色の悪いアニメさながらのキザな台詞を言ってしまったのだから、ここで逃げ出せば前門の虎、後門の狼状態となる。


「飛んでいるとなると、さすがに骨が折れそうだ……」


 全身は煤のように真っ黒だったが、ただの黒ではない。光を吸い込むようなどこか底知れぬ闇を孕んでいる。


 翼はコウモリのような膜状で黒い骨が露出しており、羽ばたくたびに微かに湿った音を立てた。


 顔は……いや、顔なのかすら把握できなかった。ただ、そこに目らしき赤い点が三つ横に並んでいる。

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