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22話

「……申し訳ありません。その子のお母様──浜辺美佳さんは来ておりません」


「「…………えっ?」」


 図らずも幡代と声が重なった。けれど、予想通りだったとも言える。


 束の間、玄ちゃんの表情から色が消えた。

 理解が追いついていないのか、それとも理解したくないのか──小さな唇がぱくぱくと開閉を繰り返すだけで、次の言葉は出てこない。

 ただ、潤んだ瞳が揺れている。


「え、でも……ママ……ひなんじょにって……ここに……っ」


 か細く震える声が溢れた。


 それはまるで、自分に言い聞かせるような、あるいは世界の理不尽を否定したいが為の自分勝手な懇願のようでもあった。


「玄ちゃん……」


 幡代がそっと膝をついて、彼女の肩に手を置く。

 その手が微かに震えているのが視界の端に映り、幡代自身もどんな言葉をかければいいのか考えあぐねている風だ。


 薄々気が付いていた。ノートのページが後半にいくにつれて些細な変化だったが、気を揉んでいく様子を俺は見逃さなかった。


「ちょっと待ってください」


 反射的に声をかける。


「では、美佳さん。玄ちゃんのお母さんはどこに行ったんですか? 外にはバケモノがいるかもしれない状況、母子二人で外にいたのはおかしいと思いますが……」


「いえ、それに関しては役割なので」


「はい? 役割……?」


「そうです」


 訝しげな様子を見せた俺に対して、男性は淡々と言い放つ。


「この避難所では、一定の人数ごとに『役割』が割り振られています。避難所の維持と生活の為に、各々が分担して行動する必要があるんです」


「……えっと、つまりそれって物資の補給って事ですか?」


 玄ちゃんの涙をハンカチで拭いながら、幡代は食い入る。


「おっしゃる通りです。現在、京都はバケモノで溢れている状態なので物資の補給は滞っています……そのため、私たちはここで生きる為に、必要な分の食料や医薬品、生活物資を確保しなくてはなりません。調達班を編成して、毎日ローテーションで外に出てもらっているのです」


「だから、玄ちゃんは外にいたんだ。でも民間人を危険に晒すのは得策とは言えない気がするのですが。それに子供まで……」


「……まあ、そうだな。普通なら国や自治体から支援物資が送られてくるはずなんだがな」


「そうですよね。市民に行かせるのはおかしいと思います」


 それ以上何も言えなかった。


 名簿を持った男性も特に何もせず、いい加減な態度で俺たちに視線を巡らすだけ。

 もう話は済んだ素振り、口をピシャリと閉ざした。


 役割分担という名の生き延びる為の冷たい理屈。間違っているし、間違ってない。

 死ぬかもしれないとわかっていながらも物資を取りに行く。逆に役割を放棄し市民を優先してしまうと、物資が底を尽き大勢で死を待つのみとなる……この避難所はジレンマ的思考に陥っているのだ。


 今回は前者を選んだだけの事。


「では、こちらは仕事があるので失礼します。また何かありましたらお声掛けください」


「……ちょっと待ってくださ──」


 男はまるで幡代の言葉すら聞こえていないかのように、彼はもう次に並んだ避難者へと視線を移していた。


 俺たちは単なる一事案。あくまで、玄ちゃんのお母さん──浜辺美佳さんは多数ある名簿の一行に過ぎないのだ。消えたとしても然程気にもならない、か?


 結局のところ、お母さんの行方はわからなかった。だが、この状況にひどく狼狽していたのは言うまでもなく玄ちゃんだった。

 お母さんの行方が知れず、絶望している彼女の思いは痛いほど理解できた。


「どこにいるの……? 寂しいよ、つらいよ、こわい……」


 俺は弾かれたように視線を玄ちゃんに向けた。


 同時に幡代がこちらを一瞥すると、しんみりとした口調で言い放つ。


「これからどうしましょうか? 玄ちゃんのお母さんがここにいないとなると……」


「ひとまず、この子がゆっくり休める場所に連れていくしかないな」


「にしても、子供一人だけじゃ危ないです」


「それはそうだが……」


 考えている事は容易に理解できた。

 もう既に死んでいる可能性が高いと続けて言おうとしていたのだろうが、口に出すのは憚られたらしく、厭に歯切れが悪かった。

 今でさえ避難所の安全は担保されていないのに外にいると仮定するならばリスクは倍増す。


 普通ならば死んでいる可能性は高い……だが、玄ちゃんの心を蔑ろにする発言はできない。

 それに、この目で見たわけじゃない単なる憶測なのだから別に言う必要もないだろう。メリットもない。


 しばらくの間、途方に暮れていた俺たちはその場で立ち尽くしていた。


すると、ドンッと大きな音を立てて扉が開かれた。同時に叫ぶ声が耳朶をつく。


 三十代前半くらいの男性。憤怒と焦りが入り混じった形相だった。


「……はぁはぁッ!! お、おい! こいつバケモノだ! バケモノが人間に擬態してるぞッ!!」


 言い放った人物は声を荒らげて、俺たちを指差す。

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