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三章 少女の悲願 21話

 バケモノに襲われていた少女──浜辺玄を助けた俺たちはひとまず、安全な場所に避難する事に決めた。


「みんながひなんしてるところがあるから、そこだとだいじょうぶだとおもう」


 俺たち二人を見上げて消え入る声で呟く。


 まだ幼く今の状況を把握できていないのだろう。

 やはり、たどたどしい言葉ではあったが彼女曰く、多くの避難民がこのデパートにいて、そこで国からの救助が来るまでバケモノから身を潜めているらしい。


 しかし、玄ちゃんが一体なぜこんな場所にいたのかという疑問が胸中で昇華できずにいた。

 この混沌とした状況で一人、しかも安全な場所があったのにも関わらず、外にいるのは些か不可解に感じてしまう。


「でも、どうして玄ちゃんはこんな危ない場所に一人でいたんだ? わざわざ危険に晒すような事をしなくてもいいのに」


 俺が訊いたのを後目に幡代も同様に

「そうだよ。一体ここで何してたの?」と、同様に腑に落ちない点があったようで、大きく頷いて見せた。


 さっきまでの喜色はとうに失せ、何か重大な事実を噛み締めながら俯き加減に涙を堪えている。

 なにか事情があったに違いない。


 俯きがちに、少しずつ吐露し始めた。


「あ、あのね……さっきママとはぐれちゃって、それで……」


「お母さん? いつはぐれちゃったの?」


「わかんない……ついさっきだとおもう」


 一雫の液体が静かに落ちた。

 どこから来たものか判然としない。けれど玄ちゃんの足元を濡らしたその痕跡が涙である事を告げていた。


「ママから、もしはぐれちゃったらひなんじょ? に集合してねって……」


 何があったのかは不明だが、明確な情報としてはぐれてしまった事実は確かだ。

 そして、玄ちゃんが戻っている内にあのバケモノと対峙したという線が濃厚だろう。


 幡代が答えあぐねているところで提案する。


「民間人が避難している場所に戻っているかもしれないな。ひとまず、そっちに向かってからにしないか?」


「……そうですね。確かに戻っている可能性もありえます」


「あぁ、確認してみない事にはわからないし」


 ぽんと、俯いた彼女の頭を撫でた幡代は優しい声色で言った。


「玄ちゃん。きっと見つかるから今は避難所に──」


 慰めの言葉が言い終わらぬうちに、俺の口が割り込む。


「じゃあ、避難所の場所を教えてくれないか? まずはお母さんが戻ってるかもしれないから行ってみよう」


「うん……」


 我ながら少々強引であったと思う。

 割り入るようにして幡代の言葉に被せたのだ。


 懸命に誤魔化すその行為は単なる浅慮から生まれた行動ではなく、 やむを得ない選択だった。

 当の幡代は目を丸くして俺の方を見ていたのだが、構わず話を続ける。


「どこにあるんだ? 教えて欲しいんだけど」


「あっち……」


 目を伏せ、幾許か間があった。

 内心では気乗りしていない様子を見るからに俺の判断は正しかった。


 おそらく、玄ちゃんはお母さんを一緒に探して欲しかったのだと思うが、俺たち二人の意見としては先にこの子を安全な場所に避難させる事が最優先事項で、もしかすれば避難所に親が先に戻っているかもしれない事を考慮すると、その選択は避けられなかった。


 であれば、その言葉を自分と比べて、信頼されている幡代に言わせるくらいなら俺が言った方が幾分かマシだろう。


「ありがとう。じゃあ、行こうか」


「……うん」


 渋々、少女は頷く。


 指を差した方向に向かった先はショッピングモール近くの倉庫だった。

 一階にある関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉、いわゆる搬入口を抜けたところ。


 またその先に繋がる大きな倉庫に多くの人が集まっているようだ。


「…………ここですかね? だいぶと大きい倉庫です」


「そうだな」


 目の前にある少し古びた倉庫。いまいち何を保管していたのか予想はつかない。

 たいてい様々な用品の保管だろうが、現在は使われていないような風だ。


 鉄骨倉庫か……耐震性と強度はピカイチだが、鉄が材料だと冬は極端に冷えそうだな。

 ここで寝泊まりしていると考えると、中々にしんどいものがある。


 大層な鉄扉に手をかけてゆっくりと開く。

 すると、多くの避難客が視界に飛び込んできた。


「ここが、避難場所……蛸詰めにされてるな」


 重たい空気が鼻腔を刺激する。


 倉庫特有の鉄と埃の匂い。

 薄暗く広い空間にはベッドに代用した段ボールや毛布が無造作に敷かれ、あちこちに家族連れや高齢者、若い女性たちが身を寄せ合っていた。


 誰もが疲労困憊の顔で、声も小さい。

 まるで、ここだけ時間の流れが止まってしまったかのようだった。


「……蛸詰めって、言い得て妙ですね」


 幡代は周辺を見渡して、表情を強張らせる。


「これ、明らかに定員オーバーですよ。酸欠にはなってませんけど、空調もろくすっぽ効いていないみたいです」


「外見を見る限り、最近使ってなさそうな感じだったからな。壊れてるんじゃないか?」


「仕方ないと言えば、仕方ないですけど……これじゃ碌に生活できませんよ。換気扇も機能してませんしムッとした空気が……」


 幡代は人差し指を鼻先にあてた。


 確かに、空気がどこか淀んでいた。

 体温と人いきれで蒸された空気が肌にまとわりついて不快さを覚える。

 総じて衛生的に懸念するにしても、どうしようもない状況であるのは周知の事実であった。改善の余地はなく受け入れて我慢する他ない。


 入口近くには受付らしき机がある。そこにスーツを着た中年男性が座っていた。

 顔には深い疲労の色が滲み出ており対応している市民にも、もはや余裕など微塵も感じられない。


 そんな中で玄ちゃんがキョロキョロと周りを見渡して呟いた。


「…………ねぇ、ママは? どこにいるの?」


「ああ。お母さんを探さないとな……」


「そうですね。でも、これだけ人がいたら見つけようにも見つけられないですね」


「もしかすれば、入口付近にいそうだが……玄ちゃんの様子を見ればその線は薄そうだな」


「はい。先にお母さんが戻っているなら、子供が帰ってきたときにわかりやすい場所で待つはずですよね」


 合理的に考えればそうなるだろう。

 しかし、玄ちゃんを見る限りお母さんは入口付近にはいなさそうだった。

 ならば、この倉庫内のどこかにいると考慮する必要がある。


 が、見渡せば人々で埋め尽くされるこの避難所で特定の人物を探し出すのは困難を極めた。

 これでは広大な砂丘の中で一本の針を見つけ出すのと同じようなもの。


「どうされました? 何か知りたい事でも?」


 周囲を見渡しながら挙動不審に入口の前で足を止めていると、さきほどの市役所職員? らしきスーツを着た男性が声をかけてきた。


 瞳には光が宿っておらず虚ろで、加えて声に覇気もない。ただの義務的な会話のようだ。

 ラグジュアリー漂うダーク紺のスーツはよれていて、ネクタイのだらしない感じが今の剣呑な事態を再認識させる。


「……はい、この女の子──玄ちゃんのお母さんはいらっしゃいますか?」


「フルネームでお願いします」


「あ、はい……浜辺玄です」


「少々お待ちください。今確認いたしますので」


 そそくさとスーツを着た人物は手元にあるノートを手に取る。


 迷うことなく、機械的な手つきで一枚ずつ捲りながら目を落としていた。


 表紙を覗いてみると『避難者名簿一覧』と、書かれていた。五十音順でざらりと人の名前が羅列されていて、おそらく遺漏のないように記入する為だろう。


 一秒、一秒を待っている時間が長く感じる。次にその男性から放たれる言葉をまだかまだかと焦れる気持ちが先行する。

 俺は手に汗が滲み、幡代は不安気な表情、玄ちゃんは今にも泣き出しそうな様子だった。


 四、五分くらい経った頃だろうか。すべて捲り終え、荒っぽくノートを閉じた。

 こちらを見据えて、眉を下げる。

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