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17話

 京都駅付近のショッピングモール。

 ネットに出回っていたあの騒ぎを見た俺たちは、民間人を助ける為に向かう事に決めた。


 幡代が手配した車はアパートに停めている彼女の車だ。曰く、つい先日納車したばかりであまり運転していないらしい。

 白い塗装はまだ一度も雨風に晒されていないように艶やかで、車内からは新車特有の漂ってくる有機化合物の匂いがそれを裏付けている。


 彼女は照れくさそうに笑いながら、ハンドルを握った手を微かに震わせていた。


「……まさか運転するのも私なんですね。免許一ヶ月前にとったばかりなんですけど?」


「すまん、俺はまだ運転免許を持ってないんだって。一年近く前に合宿に行って後は学科試験だけなんだが、まだ行ってないんだけど」


「……氷室さん、怠惰すぎません? それにもう期限切れますよ。言ってももうこんな混乱した感じじゃ当分取れそうにないですけど」


「言うな」


「あと、就活のときに何も資格書けないと困りますよ。運転免許くらい書かないと」


 言って、エンジンをかけた。


「余計なお世話だ。あと、英検二級あるわ」


「それ、書かない方がマシですよ……まぁいいです。無免許運転させるよりはペーパーの私が運転する方が余っ程良さそうですね」


 幡代がぶつくさとボヤきながらも手際よくナビをセットしていく。

 彼女の運転免許証は、取り立てでやや心配だったが、荒廃前途の世界でそんなものを気にする余裕はない。


 助手席に乗り込んだ俺は、ナイフの柄をそっと握り直した。滑り止めでザラついたグリップ。

 バケモノを殺す為の道具か。未だに実感が湧かない。


 車が静かに動き出す。アクセルの加減がぎこちなく、最初はガクンと揺れた。

 おそらく、俺の方が上手い。


 幡代が無言で顔を顰める。


「……いや、急発進。ちょっと怖いから、落ち着いてな?」


「黙っててください。ナビの声よりうるさいです」


「ひどい物言いだな……」


 慣れない事に集中しているのかは知らないが、ストレスが溜まっているのだろう。

 さながら金剛力士像を連想させるようなしかめっ面を表に出しておぞましい。


『ジェットコースターに乗ってる気分だな』と、危うく口走ってしまいそうになって必死に飲み込んだ。

 たぶん今の調子だったら殺される。昨日から何かにつけて余計な一言を言いそうになる。


「ふぅ」


 俺は嘆息してシートベルトを強く締め直すと、座席を深く座り直した。

 視界の端にちらちらと見える、相変わらず異様に閑散とした街並みが気にかかる。


 朝の通勤時間のはずなのに、人影はほとんどない。ガラス張りのビルには『臨時休業』の紙がベタベタと貼られ、交差点の向こうに見えるコンビニはシャッターが閉まっていた。


「……静かだな」


「ええ、一昨日までとは別世界みたいです。ネットニュースによると、都市部からの疎開が始まってるらしいですけど」


「そりゃあんなもん見たらな……現実逃避してる場合じゃねえよな。田舎に逃げたからと言って絶対に助かる訳じゃない」


「どうですかね……他の異空間が周辺にあれば、助からない可能性が高いかもしれません。発生源にいるよりは明らかに助かる見込みはありますけど。実際、賭けみたいなものですね」


「まぁ、それもこれも憶測の域を出ない話だけどな」


 窓の外を眺めながら呟く。


 ふと、通り過ぎる民家の玄関先に、飼い犬がぽつんと座っているのが見えた。

 吠えるでもなく、主人を待っているのかただじっとこちらを見つめていた。飼い主が取り残して去っていった事すらも露知らず、迎えに来る事もない。


 その眼に宿る感情を読み取れず、なぜか無性に悲しくなった。


「ところで」


 幡代がふと話切り出す。


「さっきから、そのナイフずっと握ってますけど落ち着くんですか?」


「……いや。落ち着かねぇよ」


 俺は柄の感触を確かめるように指でなぞる。


「正直、まだ昨日の事すら頭の整理がついてない。なんであんなバケモノが現れて、なんで俺が生き残ってて、なんでこんなふうに、幡代と一緒に……世界を救いに行ってんのか。全部、訳がわからないままだが」


「……え〜」と、付け加え言葉を探すようにして口をもごもごと動かす。


「でも、あれだけの死を見て怖いってのが正直なところだ」


 幡代は数秒、黙っていた。

そして口元をわずかに緩めると、前を向いたままぽつりと呟いた。


「氷室さんは変わりましたか?」


「何が?」


「……いや、覚醒者に選ばれて自分の性格が変わったというか?」


「どうだろうな。両親が突然、殺されて確かに妙な感覚にはなったが、根本的には俺の性格は曖昧模糊で物怖じするって感じは変わってないと思う」


 そう、嫌になるほどに俺は優柔不断で嫌な事から目を背けたくなる。


「私も怖いと言えば怖いですよ。戦うのは」


「お前でもそうなのか? 毅然とした感じに見けるけどな」


「……どうですかね」


「まぁ、明らかに俺よりはそうだろう」


「だと良いですけど」


 あまりに気の抜けた返事で俺はハンドルを握る幡代見遣った。


 これ以上話す気はないのか、あるいは運転に集中していて話せないのか、ただ前を向いて口を噤んでいた。

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