16話
「昨日、買ってきました。自分が覚醒者だって気付いた時に近くの大型ショッピングモールで三つほど……他にも色々買ってきたんですけど役に立ちそうなものを渡しました」
「確かに、切れ味は良さそうだな」
黒いサバイバルナイフ。
刃先を少し触ってみるだけでも、人差し指の薄皮が切れて血が滲み出てきた。
これを本気で刺せば相当な殺傷力になると容易に想像できる。
それがすべてのバケモノに対して通用するかは定かでないが、昨日の一件といい、あのバケモノの猛攻を掻い潜りながら体に刺し込むのは至難の業だ。
物思いに耽る俺を一瞥して、幡代は補足するように言った。
「店員さんに聞いてきましたからね。一番切れ味の良いものをお願いします、って。だからお墨付きですよ」
「お前って、めちゃくちゃ頼り甲斐ある感じするけど……なんか天然なところもあるんだな」
「そうですか? 普通ですけど?」
「いや、普通じゃない」
「まぁ、氷室さんより歳下なので」
「おい……それ、皮肉か……」
遠回しに俺が頼りないってことか……?
それは否めないが、アイロニカルな発言にいたたまれない感情になる。
「ひとまず、行先は決まってるのか?」
「もちろんです。テレビで見たさっきの異空間ですよ。私たちの当面の目的は京都の異空間の捜索とその対処……けれど、その前にデパートに向かおうと思います」
まるで答えを用意していたかのように間を一切置かず、答えた。
「……デパート? なんでだよ、武器もある程度持ってるわけだし別に行く必要なんてないんじゃないのか?」
「そうでもないですよ」
理解が及ばず、小首を傾げる俺を一瞥した束の間、スマホの画面に目を落とした。
「さきほど色々とネットを見ていたんですけど」
「……これって」
画面上に映し出されていたのは京都駅付近──ネット内で出回っている七時間前に投稿された動画だった。
ショッピングモール内ではバケモノに追い回されて凄惨に殺される、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
見るに堪えない、思わず吐き気を催すほどに気分を害する惨状。
「先程も言った通りですが、世界の崩壊を止めるだけでなく、私は民間人も助けたいんです。このデパート内では老若男女問わず、多くの人たちが避難しています」
そう言ったきり、しばらく口を閉ざした。
映像から流れてくる悲鳴と肉が裂けるような音に、俺は思わず目を逸らす。
「……民間人をこれ以上犠牲に晒すわけにはいきません」
「お前には逃げるって選択がないんだな」
「私の責務なので」
覚醒者の責務? 仮に俺だけが覚醒者だとしても保身に走りそうだ。
幡代の言葉になぜか言い知れぬ熱が籠っているように聞こえる。
強い信念のようでいて、どこか痛みを隠している声色。一瞬だけ、幡代の瞳が過去を思い出すように揺れた気がした。
だが、その理由を俺は易々と訊けなかった。
「……まぁ、理由はそのうち話しますよ。聞きたければ、ですけど」
付け加えた幡代の表情には、皮肉とも自嘲ともつかない薄い笑みが浮かんでいた。
それ以上踏み込むのは、なんとなく野暮な気がして、俺は曖昧に頷いた。
「……わかった。じゃあ、まずはそのデパートに行こう」
幡代がスマホの動画を止めてから静かに頷く。
「早ければ昼には現地に着けるはずです。電車は止まってるから車を使うか……最悪、徒歩で近づくしかありません」
「相当ヤバい状況なんだな……」
「ええ。現地の情報はSNSで断片的にしか流れていません。救助も防衛も間に合ってないみたいで……」
幡代は慣れた手つきで再びスマホを操作し、最新の投稿を眺めているようだった。
画面には、血塗れのデパート内部の写真。階段を這って移動する異形のバケモノ。
泣き叫ぶ子どもたちと、それを庇って動かなくなった大人たち。
「……はやく、助けに行きましょう」
言葉は穏やかだったが、決意は強固に見えた。
俺もまた、心の底から湧き上がる一抹の不安と恐怖を押し込む。
まだ、恐怖に苛まれているのか覚醒者と言っても精神状態は普通の人間と然程も変わらない。
だから、幡代を見て無性に俺は怖くなった。




