表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/36

14話

 何を言おうかと適当な言葉が見つからずにいると、幡代は続けた。


「一度くらい、家族みんなで笑い合って食卓を囲んで美味しくご飯を食べてみたかったです」


「……なかったのか?」


「はい。私は元々九州の方にいたんですけど、高校から京都に来てそれからずっと一人暮らしをしてます」


「……親元離れてよかったのか? 詳しくは知らないしこれ以上、土足で踏み入る趣味はないけど高校生から一人暮らしなんて聞かないから」



 煙草の火がフィルターまで来た。同じタイミングで幡代の煙草も終わりを迎えていた。


 幡代は大きな瞳をぱちくりとさせ、ふぅと白い息を吐いた。


「延長時間、どうですか? 聞きたいならもう一本付き合ってください」


「でも、チェーンスモークは苦手なんだよ。クラクラする」


「お願いします。今夜は少しだけしんどくて誰かと話していないと落ち着かないんです」


「…………ん、わかったよ」


 まるで、懇願するように、潤んだその瞳を無碍にする事は到底できなかった。

 さっきまで力強く見えた小さな体躯には似つかわしくない哀愁を漂わせている彼女は今にも瞳から何かが零れ落ちそうなのだ。


 不思議なものだ。出会ってまだ数時間も経っていないのになぜ、これほどに親近感が湧くのだろう。

 それもこれも駅の状況と同様に共通項がある故なのか、もしくはこの世界と覚醒者が起因しているのか。

 まるで生き別れの兄妹のような不可解な安心感すら覚えてしまう。


 思っている間に幡代はトントン、と人差し指で開け口とは反対側のソフト煙草を叩いて二本取り出した。 慣れた手つきだった。


「はい、一本あげます。ハイライトのレギュラー。タール高いですけど良いですか?」


「ちなみに何ミリだ?」


「一七ミリです」


「……うぇえ、高いな。でも貰うよ。ありがとう」


 幡代は欄干に肘を乗せ、街の明かりをぼんやりと眺めていた。


 しばしば見える車のライトが川のように流れ、光の点が瞬く。

 そんな光景を前にしても、彼女の瞳はどこか虚ろだった。他愛もない話の続き。


「前提として家って、ただ帰る場所じゃないと思うんです」


 ぽつりと、幡代が呟いた。

 俺は理解が及ばず訊き返す。


「ただ帰る場所じゃない?」


「戻ってきても怒られない場所、ですかね。悪い事をしても、失敗しても迷惑かけても……唯一の許される場所。もちろん、怒るのは大事ですけど最終的に許される、みたいな?」


 淡々とした声だった。

 でもその中に、何かを置き去りにした人間にしか出せない、特有の静けさが内含している。


「私には、なかったから。だから……羨ましいなって思います。誰かの子供でいられる人が」


 返す言葉を探したが、何を言っても薄っぺらい返答になりそうで、気休めの言葉を重ねるほど自分の胸に苦い澱がたまっていくような気がして、俺はただ無言で煙を吐いた。それが正解だと思って。


 幡代は視線を落としたまま、続ける。


「私ですね、昔は優等生だったんです。親に褒められたくて、ずっと勉強して、いい子でいようとして……でも、それって、たぶん失敗だったんです」


「……それっていい事じゃないのか? 子供が頑張っていると親も嬉しくなるもんだろ?」


「いえ……期待されすぎて、壊れたんです。勝手に押しつけられて、勝手にがっかりされて、勝手に捨てられた」


 静かに、淡々と。

 だけど、指先が小さく震えていた。


「九州出身の田舎者が高校から一人暮らしなんて、格好いいもんじゃないです。

 ただ、もうそこにいたくなかっただけ。どうせいないもの扱いされてるなら、本当にいなくなったほうが楽だって思いました」


 煙草の火が赤く光っては、夜の闇に溶けていく。

 吐き出された煙が、彼女の表情を淡く包み込む。


「……今みる限り、幡代はちゃんと生きてるように見えるけどな」


 そう言った言葉が、気休めになっていないか不安だった。

 けれど幡代は、ほんの少しだけ目を細めて、肩をすくめた。 


「どうですかね……色々と罪悪感はあるかもしれません。でも、そう言ってくれるなら延長した甲斐がありました。疲れているのに私情で愚痴を聞いていただいてすみません」


 案の定不器用な笑みに変わりはなかった。

 でも、さっきよりはほんのわずかに、温かみがあるようにも見える……安堵と贖いを孕んだ曖昧な感情で。


「いや、全然構わない。また、言ってくれ」


「ありがとうございます。約束ですよ」


「ああ、約束だ」


 ぼんやりとした淡い月明かりは柔らかに、幡代の微笑みを縁取る。

 そうして肌を刺す霜月の冬風に、しばらくの間俺たちは身を委ねていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ