第1話
状況を理解できずしばらくの間座り込んでいた烈はようやく我に帰り、消防に電話をかけた。消防が来るまで萌絵に蘇生措置を施し必死に呼びかける。単に気を失っているだけだという可能性に縋っていたのだ。駆けつけた救急隊員がその場で萌絵を診察。蘇生措置を続けようとした烈を「……やめなさい」と制止する。
「はあ、なんでだよ! あんた、救急隊員だろ! 人助けが仕事だろ!」
怒声を浴びせられた隊員は静かに首を振る。
「残念ながら、その子はすでに亡くなっている」
「いや……」
「これ以上の措置は、その子の体を悪戯に傷つけるだけだ!」
「だけど、だけどよ……」
隊員達は烈を萌絵の遺体から強引に引き離し、警察へと連絡。間もなく警察が来て、現場検証を開始した。
烈は第一発見者として、警察から事情聴取を受けることに。
「なるほど。それで君はクラスメイトを探して、ここで彼女を見つけた、と」
髪がすっかり白く染まってしまった壮年の男性刑事が、烈から萌絵の遺体の経緯を聞き、メモ帳に書き留めていく。
「神谷さん、署に確認を取りました。剛村くんの言う通り、被害者は昨日から行方不明となっており、母親から捜査願いが出ていました」
二十代半ばの若い男性刑事が駆け寄り、壮年の刑事にそう報告した。
壮年の刑事の名前は神谷幸一郎。若い方は三浦大輔。共に県警本部、捜査第一課に所属している刑事である。
この二人は烈とよく顔を合わせており、会う度に「また君か」という常套句を言う。だが。今回は殺人事件、しかも被害者が烈の知り合いということで烈に気を使っている。
「三浦、ガイシャの遺族に連絡を入れておいてくれ」
「はい。署に連絡先を確認しますね」
スマートフォンで署に電話を入れる三浦を横目に、烈は神谷に「……あの」と話しかける。
「花咲を殺したのって、青薔薇の貴公子、ですか?」
神谷は「ふーむ」と白い無精髭が生えた自身の顎を撫でる。
「遺体には青い薔薇のコサージュが置いてあった。……だが、それだけでホシが八年前の事件と同一かはまだ分からない」
神谷としては、まだ詳しい検死や現場の捜査をしない段階で断言するべきではないと考えたのだろう。だが、その曖昧な言い方が烈の癪に障ってしまった。
「……分からない? なんだよ、分からないって? 八年前の事件も冤罪で真犯人は見つかっていない。数ヶ月前から青薔薇の貴公子と同じ手口である犯人もまだ捕まっていない。同じ犯人かのかも分からない。あんたら警察は一体何をしているんだよ!」
烈の怒鳴り声に、周囲にいた警察が振り向く。神谷は「まあまあ」となんとか宥める。
「君の言う通り、我々が不甲斐ないことは事実だ。それに関しては申し訳ないと思う。ただ、決して遊んでいるわけでもない。捜査には色々時間がかかるんだ。そして、青薔薇の貴公子はとても手強い。そこら辺は理解してほしい」
神谷の鎮痛な面持ちを見て、烈は怒りのボルテージが下がる。
犯人が憎く、捕まえたいのは警察も同じだ。だが、それがすぐにできないというのは、犯人は一筋縄ではいかない人物だということ。
「……あの、怒鳴ってすんませんでした」
「いや、近しい人間が亡くなったんだ。感情が昂るのも無理はない。君にはこれから署に来てもらう。より詳細な事情聴取のためにね。犯人を捕まえることに協力してくれるかい?」
「それは、はい……」
烈は神谷と三浦に連れられ、県警本部の警察署へと向かった。
烈が警察署から自宅に帰ってきたのは、丁度日付が変わる頃。車で送ってくれた三浦に礼を言ってから、彼の車を降りた。
殺人事件の第一発見者だから、事情聴取はてっきり泊まりがけになると思っていた。しかし、神谷達警察から烈が殺人を犯すはずがないと、疑われることはなかった。警察と関わりが多い故に信頼されているとはなんとも皮肉である。
玄関を開けると、母が奥から足音を立てながら出てきた。
「おかえりなさい、烈……」
「うん、ただいま」
「その、……晩御飯食べる?」
「飯はすでに食べた。神谷さんが、警察が奢ってくれた」
「そっか……烈」
「なに?」
「大丈夫?」
「……ああ……大丈夫。……大丈夫、《《だと思う》》。じゃあ、風呂入ってくるから」
烈は入浴してから寝る支度を整え、そのままベッドへ入った。
今夜は烈の好きな深夜番組が放送されるが、そんなことどうでもいい。
とにかく何も考えずに寝たかった。




