第15話
「負けじゃない?」
明里は訝しみながら、聞き返す。
「そうよ」
逢蕾花の表情からして、決して負け惜しみではないようだ。ブラフでもなさそうである。
だが、この圧倒的に不利な状況で何故、まだ自分は負けていないと断言できるのか。それが烈には不思議でならない。
何か秘策でもあるのか?
身構える烈に、逢蕾花は律儀に教えてやる。
「あなた達は私を呼び出す際、理科室は指定したわね。適当な空き教室じゃなくて、理科室を指定したということは、何かがある。それで思い至ったの。剛村くんのクラスは今日、理科室で実験をしていた。その時に教室に何かを仕込んだんじゃないかって」
逢蕾花はスカートのポケットから何かを取り出した。それは小さな黒い四角形であり、烈達に振って見せる。
「これ、剛村くんが置いた小型カメラよね? 後で言い逃れできないよう、私の様子や発言内容を保存するために。君が授業中に教室の端っこで何かこそこそしているなと思っていたら、これを仕込んでいたのね。ダメよ、ちゃんと授業に集中しないと」
小型カメラは明里が用意したものであり、逢蕾花の言う通り、録画するつもりだった。逢蕾花は小型カメラを床に落とし、パンプスで粉々に破壊する。
明里は苦い表情。
「……言って置きますが、そのカメラ以外にもスマートフォンで録画していますよ。破壊したところで無駄ですからね」
「でしょうね。明日見さんのことだから、保険をいくつもかけていることは分かっているわ。だから、君達のスマートフォンも没収させてもらうね」
「どうやって? 力づくですか? ボクはともかく、成人女性でも烈くんには力で勝てませんよ」
人数的にも体格的にも、逢蕾花は不利な状況。それなのに証拠を奪えると考えているのだ。
「もちろん、分かってる。私はそんな無謀なことはしない。だから、ここを使う」
逢蕾花は自分の頭を指で小突く。頭脳でこの状況を乗り切ると言っているのだ。
この状況を覆す何かを、逢蕾花は持っている。
「実はね、小型カメラを回収する際、別のものと置き換えたのよ。見てくれるかしら?」
「別のもの?」
烈は目を離した隙に逢蕾花が逃げるのではないかと警戒しながら、小型カメラが本来置いてあった実験器具の裏側を見る。
「……は? なんだよ、これ?」
そこにはあったのは、奇妙としか言えないもの。試験管が二本あり、双方に何かの液体が入っている。試験管からそれぞれチューブが伸びており、途中でキッチンタイマーを経由し、ビーカーを終着点としている。
烈は謎の装置から目が離せないまま、「これはあんたが作ったのか?」と逢蕾花に尋ねる。
「ええ。最近は便利よね。スマートフォン一つから色々な情報にアクセスできるんだから」
「これはなんだ? 何をするつもりだ!」
「剛村くんには何に見える?」
疑問を疑問で返す逢蕾花。その食えない態度にイラつきながらも、烈は奇妙な装置を観察する。
タイマーがついており、まるで何かの時限装置だ。
「……時限爆弾、とかじゃないよな?」
逢蕾花は「まさか」と鼻で笑う。
「呼び出されてから、たった数時間で爆弾なんて作れないわよ。私はテロリストじゃないもの。でも、時限式というのは当たっている。剛村くんは硫化水素って知ってる?」
「確か、危険な毒ガスだろ。二種類の洗剤を混ぜてできるっていう」
硫化水素とは、大分前に話題となった化学物質。身近にある洗剤を混ぜてお手軽に発生させられることから、若年層の自殺に用いられていた時期があった。
逢蕾花は手をパチパチと鳴らす。
「その通り。そして、その装置は指定した時刻になると、薬品を混ぜて硫化水素を発生させる装置。元の動画では何かの悪戯用だったけど、それを応用して作ったの。意外と簡単だったわ」
「な!」
烈は戦慄。
つまり、目の前の装置は、猛毒ガス発生装置ということだ。烈がタイマーの数値を確認すると、残り時間が丁度ゼロになった。瞬間、両方の試験管から液体がビーカーに流れ始める。
「おい、嘘だろ!」
烈は叫び声を上げるだけで、液体が流れる様子を見ていることしかできない。化学が不得意である烈には、化学反応を止める方法も、発生し始めた硫化水素に対応する術も分からない。
烈の焦る姿から設定した時が来たと確証したのだろう、逢蕾花は暗い笑みを濃くする。
「その装置からは、この部屋を満たす十分な量の硫化水素が発生する。申し訳ないけど、あなた達にはここで死んでもらう。ストーリーはもう考えてあるわ。あなた達は柳先生を死に追い詰めたことで思い悩み、幼馴染二人で死を選んだ。何の狙いがあるのか知らなかったけど、この理科室を選んでくれて、私には好都合だったわ。装置の部品や薬品が手に入ったから」
烈は逢蕾花の奥の手が何なのか、ようやく理解した。毒ガスで烈達を殺害してから、彼らが集めた証拠を没収するつもりなのだ。
「じゃあね、剛村くん、明日見さん。さようなら」
勝ち誇った逢蕾花は烈達に背を向け、扉に手をかける。




