第13話
「とある男性が誤認逮捕されて以降、殺害を止めていましたね。それは何故ですか? 男性に罪をなすりつけるためだったのですか?」
明里は逢蕾花の行動原理、そのものへの理解を諦めた。せめて事件の全貌を理解しようと、そちらに話を移す。
「いいえ。単に怖くなったからよ。自分が逮捕されるかもしれないと怖くなったから、辞めただけ。今思えば、彼には悪いことをしたと思う。彼は無実であると声明を出すべきだったわ」
活動を停止した逢蕾花は自分の元に警察が来るのではないかと怯えながら、日々を過ごす。少しでも警察から逃れようと母親の親族に身を寄せ、苗字を何度も変えた。その間、逢蕾花は自分の行いが間違いだったのではないかと、自問し続けた。
「では、何故八年経った今頃、あなたは青薔薇の貴公子として再び動き出したのでしょうか?」
「簡単な話よ。私は使命を果たすべきだと、改めて分かったから」
しばらくの間、逢蕾花は別のやり方で人々を幸せにする方法を模索し、その一環として奉仕活動に精を出していた。
大学ではボランティアサークルに所属。そのサークルは他大学と交流を持っており、去年のサークル活動の最中にとある女子大生と出会う。同い年であるその女子大生と逢蕾花は趣味嗜好が合い、すぐに意気投合した。
ある日、女子大生から恋愛相談を持ちかけられる。マッチングアプリで知り合った年上の男性と交際をしているのだが、上手くいっていないらしい。詳しく聞いてみると、女子大生は金の無心をされ、更に暴力を振るわれていた。逢蕾花はすぐに別れた方がいいと警告するが、女子大生は相手が別れてくれないかもと消極的。暴力で半ば支配されていた。
心配した逢蕾花は何かあったら、すぐに自分に連絡しろと約束させた。
それから少しして年末近くの冬、逢蕾花が夜遅くに大学からアパートに帰宅している途中、女子大生から一本の電話がかかっってきた。
「助けて、殺される!」
電話に出るなり、聞こえてきたのは女子大生の悲痛な叫び声。取り乱す彼女から何とか居場所を聞き出し、その場所へと向かった。そこは人気のない場所。逢蕾花が到着した時、一人の男が逢蕾花の気配を察知し、闇の中へと走り去った。
地面に倒れている女子大生に駆け寄ると、彼女は殴られたようで顔面に痣があり、酷く膨れていた。手足も折れている。女子大生曰く、先ほどの男は例の交際相手であり、金の無心を断ったら殴られて、無理やり財布を奪われたのこと。女子大生は交際相手に要求されるまま、金を渡し、すでに多額の借金をしていた。このままでは大学の学費も払えず、退学するしかない。
「逢蕾花ちゃん、私、もう辛い。生きてて辛い。これ以上、生きるのが苦しいの」
泣きじゃくる女子大生を見て、逢蕾花は自分の鞄に手を伸ばす。鞄の中にはサークルで使った手芸用のワイヤーが入っていた。それを取り出し、女子大生の首に巻いた。一連の行為を無意識でしていた逢蕾花は、慌てて手を止める。しかし、女子大生から予想外の言葉をかけられる。
「ありがとう、これで楽になれる」
その言葉を聞いた逢蕾花は、今度は自分の意思でワイヤーを引き、女子大生の息の根を止めた。
「その時の彼女はとても安らかな顔だったわ。そして八年前のことを、私は思い出したの。やっぱり、私は間違ってはいなかったんだって。不幸な女性を救わなくちゃいけないんだって!」
絶望しきっていた女子大生にとって。死はまさに救済だった。そして。女子大生の言葉は、逢蕾花の中で燻っていた使命感を再燃させてしまったのだ。
女子大生を殺害した後、逢蕾花は余っていた手芸の材料で青い薔薇を作り、彼女の動かない胸の上に置く。そして、その場を去った。
次に逢蕾花は女子大生の彼氏と接触した。
「その彼氏というは、もしかして柳先生でしょうか?」
明里の問いに、逢蕾花は「そうよ」と短く答える。
「私はね、どの高校に教育実習のお願いをするか決めるため、前々から各高校のホームページを見ていたの。だから、彼がこの高校に勤務する教員だとすぐに思い出した。そして、マッチングアプリで彼を見つけて、誘き出した」
「ご友人への暴行やお金の無心をネタに脅して、自分、青薔薇の貴公子の犯行の隠れ蓑にしたんですか?」
「それはちょっと違うわね。協力関係を提案したのよ」
柳が金に困っていたことを知っていた逢蕾花は、自身が青薔薇の貴公子であることを明かし、とある提案を持ちかける。提案の内容は、柳がマッチングアプリで出会った女性から金を奪い、逢蕾花が後始末として女性を殺害するというもの。柳は最初驚いたものの、すぐに提案を受け入れた。
「柳先生は私と協力するつもりは端からなくて、上手く利用してやろうという魂胆だったんでしょう。私に対して常に居丈高だったから。良かれと思ってアドバイスしても、女だからと聞き入れなかった。まあ、私も同じだったからおあいこね」
烈は、柳が今際の際に発した言葉を思い出す。
なんで、俺がこんな目に……。くそぅ……。俺は利用する側だったのに……。逆に……。
あれは烈達や自身を轢いたトラック、自分を追い込んだ状況にではなく、逢蕾花への恨み言だったのだ。
女として見下していた逢蕾花にいいように利用された挙句、口封じに遭った。なんでこの俺が、と。
「苫米地さんは、不幸な女性を救いたいんですよね?」
「そうよ」
「では、何故柳先生を殺害しなかったのでしょうか? 彼自身が女性を不幸にしている原因だと思うのですが」
明里の疑問はごもっとも。不幸な女性ではなく、不幸の原因を排除するべきだ。
逢蕾花はにこやかに笑いながら、答える。
「柳先生は横柄で良い人間ではないよね?」
「ええ」
「彼に目をつけられた女性は不幸よね?」
「そう、ですね」
「だったら、私の救うべき人間よ。柳先生は自分が支配しやすい、弱った女性を見つけるのに長けていた。彼がターゲットとして選んだ相手を、私が救ってあげなきゃ!」
「……」
今の発言には、明里も流石に絶句していた。
柳に協力し、柳が選んだ女性を救済すべき人間として殺害する。まさにマッチポンプであり、そのことに何の疑問も持たない。悔悟の念は微塵もない。逢蕾花の思考は常人には理解できない領域まで来ている。




