第10話
明里はとある封筒を取り出し、手裏剣のように逢蕾花に投げつけた。いきなり封筒を投げられた逢蕾花はびっくりしながらも、上手くキャッチ。
「え、えと、これは何かしら?」
「何って、あなたが要求した証拠ですよ」
逢蕾花は怪訝な顔をしながら封筒を開き、中を覗き込む。
「写真?」
封筒の中に入っていたのは、数枚の写真。取り出して確認した逢蕾花は動きが止まる。
「苫米地さんは、大学でボランティア活動に勤しんでいるみたいですね。大学から何度も表彰されているとか。それらの写真は大学のホームページに載っていたものです。半年ほど前の写真ですが、写真に写っているあなたは件のスニーカーを履いていますね」
写真には、どこかの山で逢蕾花が数名の大学生と共に植林している様子が写されている。苗木を持ってピースサインをしている逢蕾花の足元、スニーカーを履いている様子がはっきりと映っていた。
確たる証拠であるが、逢蕾花の笑顔はまだ消えていない。
「この写真に写っている通り、私はスニーカーを持っているわ」
「お認めになるんですね?」
「ええ。でも、それはあくまでスニーカーを持っているということだけよ。スニーカーを持っていないって言った覚えはない」
「少々屁理屈に聞こえますが、確かにあなたは所有の有無自体は明言していませんね」
「スニーカーは限定ものだけど、製造数はかなり多い。スニーカーが同じイコール、私があの場に居合わせたとはならない」
「おっさる通り。では、次にあの現場に残されていたスニーカーがあなたの所有物であることを証明しましょうか。ここ数日、校内でスニーカーの噂が広まっていましたよね? 警察が学校関係者の中に、スニーカーを持っている人物がいるか調べていると」
明里の確認に、「ええ」と短く答える。
「あれ、流したのボクらなんですよ」
「……君達が?」
逢蕾花の顔に笑顔は張り付いたままだが、陰りが入る。口の端が小刻みに痙攣しており、まるで笑顔を必死に保っているようだった。
逆に明里は楽しそうである。相手の仮面がもうすぐ剥がせると。
「はい。では、何故そのような噂を流したのか? これを手に入れるためですよ」
明里はそう言うと、テーブルの下からあるものを取り出す。黒色のとあるビニール袋で、逢蕾花は目を見開く。
「この袋に何が入っているか、苫米地さんならお分かりですね。ええ、そうです、あなたが捨てたスニーカーですよ。警察がスニーカーについて調べていると知れば、あなたはすぐに処分するはず。この地域では木曜日が燃えるゴミの日ですからね。それに合わせて噂を流しました。別の方法で処分される可能性もあり、正直賭けでしたが、あなたは素直に住んでいるアパートのゴミ捨て場に捨ててくれた。その様子を見張っていたボク達が回収したわけです」
「……」
「靴は回収しただけで、詳しくは調べていません。というか、ボク達には調べる方法がない。ですが、警察に頼んで調べてもらえば、靴底のすり減り具合や土の成分から、あの現場にあったスニーカーだと分かるでしょう」
「……」
逢蕾花は何も喋らない。笑顔は完全に剥がれ、下を俯いている。
明里は逢蕾花の様子を伺いながら、「そして、もう一点」と付け加える。
「あなたの行動には、他にもおかしなものがあります。烈くんから柳先生が花咲さん殺害の犯人だと気づかなかったのかと聞かれた時、あなたはこう言ったそうですね。疑うはずがないと。そして、柳先生が八年前の青薔薇の貴公子だったのか、と逆に烈くんに聞いた」
ビニール袋をテーブルの上に置いた後、明里は烈が購入した週刊誌を手に持ってみせた。
「これは少し前に販売された週刊誌であり、青薔薇の貴公子事件の特集が組まれています。遺族の名前も勝手に記載しているのですが、その中に最初の事件の遺族であり、唯一の生き残りとして樺木逢蕾花さんという名前があります。これ、あなたですよね? 苗字は違いますが、家族の死後、おそらく親族等に引き取られた際に変えたのでしょう。そして、下の名前。この珍しい名前は中々いない。年齢も合っており、東京出身。あなたとしか考えられない」
「……」
逢蕾花は沈黙。その沈黙は肯定である。
烈も最初この事実に気づいた時はびっくりした。だが、重要なのはそこではない。
遺族としての振る舞いである。
「八年前、あなたはとある取材でこう答えている。家族を殺した犯人を絶対に許さない、何年かかっても絶対に捕まえてやると。生徒の烈くんには言うべきでないと考えたかもしれません。そこで警察に確認しました。その結果、あなたからの情報定期用は一切なかったとのことでした」
家族の仇である青薔薇の貴公子を捕まえたいなら、柳は偽物だとすぐに警察に知らせるべきだ。逢蕾花は八年前に犯人の姿を目撃しており、長身の若い優男と証言している。柳とは容姿が違う、自分が見た犯人ではないと分かったはず。
それなのに、逢蕾花は何も言わなかった。
事件解決、犯人逮捕を願う遺族としてはあまりにも不自然だ。
「ボク達は、他にもあなたが青薔薇の貴公子だという証拠を複数持っています。ボク達の執念はあなたの想像以上ですよ。このまま素直に認めてください」
烈達が逢蕾花の過去に気づいたから、彼女が青薔薇の貴公子ではと疑いを持った。罠を張って証拠を手に入れた。
だが、まだ不十分。
スニーカーはあの公園にいたという証明のみ。柳を殺害したとまでは言えない。
警察に情報提供しなかったことについても、いくらでも誤魔化せる。
他にも証拠はあるという明里の言葉は、ハッタリだ。烈達は可能な限り捜査したが、決定的な証拠は見つからなかった。今の烈達の手元にあるのは、スニーカーと状況証拠のみ。
流石は八年前に捕まらなかったことだけはある。軽微なミスはしても、致命的な証拠は残していない。
烈達の唯一の道は、なんとかかき集めた弱い証拠を突きつけ、勢いとハッタリで逢蕾花に自白させるというもの。
観念して認めてくれよ。
「蕾ちゃん先生、なんとか言ったらどうなんだ? いつまでも黙ってるなんて、見苦しいぞ」
烈は焦燥と不安をなんとか隠し、虚勢を張る。
「……ふっ。ふふ。うふふ」
逢蕾花はようやく顔を上げる。
その顔には笑みが浮かべていた。




