第9話
「ボクが最初にあなたに違和感を抱いたのは、柳先生が搬送された病院にあなたが来た時。苫米地さん、あなたはその時の自分の格好を覚えていますか?」
逢蕾花は少し思案するように黙った後、「私服だったわね」と回答する。
「自宅にいる時に連絡がかかってきたから。カーディガンに、ロングスカートだったと思う」
「靴は?」
「靴? ……ハイヒールだったと思う」
「その通り、ハイヒールでした。苫米地さんは多野先生から連絡を受け、急いで病院に来たんですよね? 急ぎなのに、家を出る時、何故、ハイヒールを、選んだのでしょうか? 歩きづらい、高めのハイヒールを」
明里の追加の質問に、逢蕾花は即答できず、答えあぐねる。
「そこは、ちょっと覚えていない。慌てて咄嗟に選んだから」
「咄嗟だからこそ、動きやすい靴を選ぶのでは?」
「そう言われても、私は特に深く考えずに、最初に目に入った靴を選んだだけだから。同じ状況で全員が全員、ハイヒールを選ばないとは限らないでしょ?」
逢蕾花の反論は決しておかしいものではない。
「まあ、その通りですね。では、次の質問をしましょう。苫米地さんはハイヒールという靴がどのような経緯で誕生したか、知っていますか?」
「誕生の経緯?」
いきなり質問の方向性が変わったことに、逢蕾花は戸惑うばかり。「ちょっと、分からないわ……」と答えるのが精一杯。
「知らないなら教えてあげますよ。ハイヒールが誕生したのは中世のヨーロッパ。当時は衛生観念だと皆無に等しく、人々は道端にゴミや排泄物を投げ捨てていました。それらでドレスの裾を汚さないようにするための靴が、ハイヒールでした」
明里の披露した豆知識に、逢蕾花は「そうなの」と素直に感心。
「明日見さんは物知りね。でも、それがどうしたっていうの? 今関係あるの?」
「苫米地さんが病院に到着した時、スカートの裾が泥で汚れていました」
明里の言葉に、烈は当時のことを回想する。逢蕾花が他の教員と話をしている時、明里は彼女らの足元を凝視していた。
つまり、明里はこう問い詰めているのだ。
ハイヒールを履いているのに、何故、逢蕾花のスカートの裾に泥がついていたのか、と。
その問いに逢蕾花も気がついたのだろう、彼女は苦笑いをしながら「別におかしなことじゃないでしょ?」と返す。
「ハイヒールだからって、スカートが絶対に汚れるということはない。私は途中走っていたんだから、それで泥が跳ねただけだよ」
「その可能性もありますね」
明里は「ですが」と続ける。
「ボクは別の可能性を考えています。それはハイヒール以外の靴を履いている時にスカートに泥が跳ね、その後に靴をハイヒールに履き替ええたというものです」
「……何故、そう思うのかしら?」
「ハイヒールが綺麗だったからですよ。スカートには泥がついている一方、ハイヒールの方には泥が全くついていなかったんです。明らかにおかしいですよね?」
烈も初見時は気づかなかったが、明里の説明を聞いて泥の付き方が確かに変だったとようやく分かった。一目見ただけで矛盾を見抜いた明里の観察眼は、本当に凄まじいの一言に尽きる。
「では、苫米地さんが靴を履き替えた理由は、一体なんだろうか? それはボク達が柳先生と対峙していた当時、あの公園にいたから。柳先生は、あなたが殺害したんでしょう?」
「ちょっと、ちょっと待って!」
逢蕾花は明里を制止しようとするが、明里は気にせず早口で捲し立てる。
「柳先生の旗色が悪いと判断したあなたは、自分のことをうっかり話さないようにと、口封じをした。おそらく柳先生がボクらに負けた場合を想定し、殺害自体はあらかじめ考えていたのでしょう。殺害方法は用意していたのかもしれませんが、逃げてきた柳先生と合流した際、トラックが偶然通りがかる。丁度いいと考え、トラックの目の前に彼を突き飛ばした。そして、その事実がバレないよう、靴を履き替えて我々の前に現れた」
「あ、明日見さん! 私の話を……」
「ボク達は、あなたが持っている靴を可能な限り調べました。あなたは、この学校にいる時はそのパンプスを履いている。それを選ばなかったのは、家にいたということになっているのに、フォーマルなパンプスを選ぶのは不自然だと思われるかもしれないと考えたから。だから、歩きづらいカジュアルなハイヒールを選んだ」
「その話はおかしいわ!」
逢蕾花は大声を出し、やっとの思いで明里の発言を遮る。
「明日見さんはどうしても私を青薔薇の貴公子にしたいようだけど、あなたの推理には決定的な穴がある」
「ほう、その穴とは?」
「例のスニーカーよ。あなたはあの場にあったスニーカーの足跡が、私のものという前提で話をしていたわ。だけど、そのスニーカーを私が持っていると証明していない」
「ああ。そういえば、そうでしたね」
ようやく明里の言葉が止まったことに、逢蕾花は胸を撫で下ろす。
だが、明里の追求は勢いを失ったわけではなかった。
「では、あなたがそのスニーカーを所有していたと、お望み通り証明しましょう」




