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明日見明里は退屈が嫌い  作者: 河野守
第1章 変人の幼馴染

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第5話

 放課後、烈は駅前のカラオケ店に来ていた。この田舎ではカラオケは数少ない娯楽であり、烈の高校や他の学校の生徒が店に入って行く姿がちらほら目に入る。

 先ほど明里からメールが来て、相談の打ち合わせ場所としてここを指定された。防音に優れたカラオケ店の個室は相談事に適しているとの判断だろう。明里と今井はすでに入店しているそうだ。

「なんで、花咲まで来たんだ?」

 烈の隣には萌絵がおり、学校からここまでついてきた。

「なんでって、今井ちゃんは私の友達だからさ」

「あの子とも友達だったのか?」

「うん。前に共通の友達に遊びに誘われて、その時に友達になった」

「一回遊んだだけでか?」

「一回でも、遊んだら友達なんだよ。友達が困っているんだから、私も協力しないと」

 どうやら、萌絵の友達判定は大分緩いらしい。たった一回の交流で友人になれるという考えは、正直烈には理解し難い。

 烈達は入店し、明里達がいる部屋を探す。

「カラオケ店はどれも同じような部屋ばかりで迷うな。前に来た時も迷った」

「来たことあるの?」

「ああ。四月の始業式の日に、親交を深めるためにクラスの男供とな」

「私もよくこのお店に来るよ。他のクラスの女の子や男の子達と」

「ふーん」

「……男友達と来たこと、気にしないんだ……」

「なんか言ったか? 店内の音楽が煩くて聞こえなかった」

「いーや、何も言ってないよ」

 ようやく目的の部屋を見つけた烈達は扉を開け中へ。

 部屋の中では明里がノリノリで歌っており、今井がぎこちなくマラカスを振っていた。

 明里は歌うことを辞めず、烈達にソファに座るようジェスチャー。とりあえず烈は歌い終わるまで待つことに。萌絵はテーブルに置いてあったメニューを手元に引き寄せ開く。

「烈くん、何飲む?」

「ウーロン茶」

「はいよ。私はオレンジジュースにしよ」

 萌絵は備え付けの電話で飲み物と軽食を注文した後、タンバリンを叩きながら明里の歌に合いの手を入れる。

「明日見さん、歌上手だね。この歌何の曲かな? 私聞いたことないや」

「十年ぐらい前の刑事ドラマの曲だよ。明里は内容の方も好きで、よく見てたな。何度あいつの鑑賞会に付き合わされたことか……」

「……小さい頃から仲いいんだね。羨ましい」

「花咲も明里と一緒に刑事ドラマを見たいのか?」

「なんでそうなるの……」

 店員が注文の品を持って、部屋に入ってきた。烈はテーブルに置かれたフライドポテトを頬張りながら、嫌いではない明里の歌声に耳を傾ける。



 明里は複数の曲をカラオケマシーンに入れていたようで、一曲では終わらず合計三曲も歌った。歌い終わると烈のウーロン茶のグラスを強引に奪い取り、グラスの残りを全て飲んでしまった。勝手に自分のウーロン茶を飲み干されたことに烈は少々イラっとするも、話を進めることを優先する。

「明里、そろそろ相談とやらの内容を教えてくれ」

「まあまあ、焦らない。まずは簡単な自己紹介をしようじゃないか。お昼にも紹介したが、こちらの今井さんはボクのクラスメイト。花咲さんと今井さんは面識があるんだったかな?」

 今井は「まあ」と肯定し、萌絵は「友達でーす!」と明るく答える。

「こっちの男の子はボクの大事な幼馴染である剛村烈くん。有名だから今井さんも知っているよね?」

「うん。よく事件に遭うって。ヤクザの抗争に巻き込まれて百人のヤクザを返り討ちにしたとか、国際的な人身売買組織を潰したとか。あと、指名手配の殺人犯を捕まえたっていうのも聞いたことがあるよ」

「そこまではしていないぞ!」

 烈は今井の言葉を否定。

 烈の話は大分誇張されて広まっているようだ。ヤクザの抗争に巻きこまれたというのは嘘。不良グループの喧嘩に偶然出会してしまい、双方から敵と勘違いされたのでどちらも殴り倒した。人数は百人もおらず、合計十人ほどぐらいだった。人身売買組織を潰したという噂も、実情は大きく異なる。小学生の女の子が車に連れ込まれる場面を目撃し、誘拐犯の家まで走って追いかけた。烈が一睨みしただけで、犯人はすぐに降参。単独犯で組織なんてものはない。指名手配の殺人犯を捕まえたのは、事実だ。

「色々と尾ひれがついているが、烈くんは荒事に慣れている。ボクが保証しよう。さて紹介も終わったことだし、本題に入ろう。今井さん、これから彼らに事情を話すけど、構わないかい?」

 今井が小さく頷くのを見た明里は「では」と話し始める。

「今井さんは現在、とある男性から付き纏いの被害に遭っている」

「付き纏い? ストーカーってやつか?」

「まあ、そういうものかな……」

 明里にしては何か不明瞭だと思いながら、烈は話を続ける。

「警察には相談したのか? まずは俺達よりも警察に持って行く案件だと思うんだが」

「警察には相談していない。というか、()()()()()()()

「したくない?」

「男性がストーカーになった経緯がちょっと厄介でね。今井さんは『コネクト』という、交際相手や友人を探すマッチングアプリで知り合ったんだ」

「マッチングアプリ?」

 最近はマッチングアプリをきっかけに結婚することなど、珍しくもない。パートナー探しにその類のアプリを使うことに対して、烈は反対しない。だが、看過できないことが一つある。

「確か、マッチングアプリって未成年は使えないはずだろ。……まさか」

 烈は今井に疑惑の視線を向ける。今井はその視線から逃れるように身を縮ませながら、「嘘をついて登録したの」と白状する。

 二ヶ月ほど前、今井は中学時代の友人から簡単に小遣い稼ぎができる方法を教えてもらった。それはマッチングアプリに登録し、マッチングした男性と会うことでお金をもらうというもの。引っ込み思案な今井は最初渋った。しかし、二人なら大丈夫でしょと押し切られ、友人がマッチングした男性と友人と共に会うことに。その男性は今井と友人を可愛いと褒め、高級なレストランに連れていってくれて、帰りにはたくさんのお小遣いをくれた。恋愛経験が少なかった今井は異性から褒められるという行為にハマってしまう。その後は一人でマッチングした男性達と会うことを繰り返すようになった。

 話を聞いた烈は呆れかえる。

「つまり、パパ活ってことか……」

 今井は両手を振り、慌てて弁明。

「あくまでお話をして愚痴を聞いているだけだから。いかがわしいことはしてないよ!」

 例え愚痴を聞くだけだったとしても、男性と会う見返りに金銭を受け取るというのは、烈は快く思わない。少し前にもマッチングアプリを発端とした陰惨な殺人事件が発生している。

「そのストーカー野郎とはいつ会ったんだ?」

「四日ほど前、かな」

 今井はいつも通り、男性の話を聞いてお小遣いをもらって終わりにするつもりだった。

 だが、その男性は今までの男性とは様子が明らかに違った。今井と会うなり、「お前も俺を騙すつもりなんだろ!」「そんなに金がほしいのか! 下女が!」と怒鳴ってきたのである。今井はどうしていいか分からず、その場から走って逃亡。その後も男はマッチングアプリのメッセージ機能を使い、誹謗中傷の文章を四六時中送ってくる。アプリの運営会社に連絡し男のアカウントは凍結されたが、男は別のアカウントを作成し攻撃を続ける。更に男は待ち合わせにした場所を中心に、今井を探し回っている姿が見られた。

「それで怖くなって明日見さんに相談したの。明日見さん、いくつも生徒のトラブルを解決したことがあるから」

 明里は事件に首を突っ込むが、悪戯に掻き回すということはしない。彼女ができる範囲で助言をしてくれる。今井の言う通り、小さいながも生徒のトラブルを解決している。

「ふーむ」

 烈は自分の顎を撫でる。

 明里は今回のトラブルを警察に相談したくないと言ったが、経緯が経緯なので確かに難しい。

 警察に言えば、今井の家族や学校に話が伝わるだろう。そうなれば、学校側から何かしらの処分が下されるはずだ。内密に解決したいというのも分かる。

「それで明里は今回の問題をどう解決するつもりなんだ? お前のことだ、すでに考えているんだろ?」

「まあね。といっても、特別な方法じゃない。単に件の男性と直接会って、付き纏い行為をやめるように説得するつもりだ。烈くんを連れてね」

「あー、そういうことか!」

 萌絵は合点がいったように手を叩く。

「烈くんは威圧感を与える外見だから、烈くんを使って男性をビビらせようってことね」

「その通り。女性である今井さんやボクだけではナメられる可能性があるからね。喧嘩が強い烈くんはまさに打ってつけの人材ってことさ」

 烈は体格が良く、格闘技経験者と間違われることもしばしば。加えて明里の言う通り、数々の場数を踏んだことで喧嘩はめっぽう強い。烈がいれば、話し合いは有利に進むだろう。

「今井さんにはこれから男性に連絡をしてもらう。約束を取り付けた後、詳しい段取りをボクの方から送るよ」

 今後の方針は決まった。ただ、烈には少し気掛かりなことがある。それは男が今井に対して()()()()()()()()()こと。ストーカーは相手に対して攻撃的になることが多いが、今回の男は最初から敵意剥き出しだ。今井に放った言葉も脈絡がなく、何故今井をしつこく攻撃するのか分からない。

 明里は「さて」と立ち上がり、マイクを握る。

「景気づけに皆で歌を歌って、盛り上がろうじゃないか」

「さっきたくさん歌ってただろ。まだ歌うのかよ」

「部屋の利用時間は残っているんだ。お金を払っているのに歌わないのは勿体ない」

 明里は今流行りの曲をカラオケマシーンに入れ、萌絵も「私も私も!」とデュエットを始める。烈は呆れながらも、二人の楽しそうな歌を聴くことにした。

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